2012. 5/13 1106
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その14
「ねぶたしと思ひければ、いととう寝入りぬる、けしきを見給ひて、またせむやうもなければ、しのびやかにこの格子をたたき給ふ。右近聞きつけて、『誰そ』と言ふ」
――(右近は)よほど眠かったようで、すぐに寝入ってしまったようです。匂宮はその様子に、こうなってはしかたがなく、ひそやかにそこの格子をお叩きになります。右近がすぐに聞きつけて、「どなたでしょう」と言います――
「声づくり給へば、あてなるしはぶきと聞き知りて、殿のおはしたるにや、と思ひて、起きて出でたり。『先づこれ開けよ』とのたまへば、『あやしう、おぼえなき程にも侍るかな。夜はいたう更け侍りぬらむものを』といふ」
――(匂宮は)咳ばらいをなさると、それだけで尊い御方と察して、薫大将がお出でになったのかしらと思い、起き出てきます。「まず格子を上げよ」とおっしゃる。「妙なことですこと。思いがけない時分のお越しですもの。夜もすっかり更けていましょうに」と呟やいています――
「『ものへ渡り給ふべかなりと、仲信が言ひつれば、おどろかれつるままに出で立ちて、いとこそわりなかりつれ。先づ開けよ』とのたまふ声、いとようまねび似せ給ひて、しのびたれば、思ひも寄らず、かい放つ」
――「(浮舟たちが)どこかへお出かけになるらしいと、仲信が言うものだから、目が覚めるとそのまま出掛けてきたが、いや、ひどい目に遭った。まあとにかく格子を上げてくれ」とおっしゃる声が、大そう上手に薫の声音を真似られた忍び声でしたので、右近はまさか匂宮とは思いも寄らず、格子を開けます――
「『道にて、いとわりなく恐ろしきことのありつれば、あやしき姿になりてなむ。火暗うなせ』とのたまへば、『あないみじ』とあわてまどひて、火は取りやりつ。『われ人に見すなよ。来たりとて、人おどろかすな』と、いとらうらうじき御心にて、もとよりもほのかに似たる御声を、ただかの御けはひにまねびて入り給ふ。ゆゆしきことのさまとのたまひつる、いかなる御姿ならむ、といとほしくて、われも隠ろへて見たてまつる」
――「途中でひどく恐ろしい目に遭ったので、見ぐるしい姿をしている。灯を暗くしておいてほしい」と仰せになりますので、右近は「まあ、お気の毒に」と慌て急いで灯をあちらへやってしまいます。「だれにも見られたくない。私が来たからと言って、だれも起すのではないぞ」と、匂宮はすっかり物馴れたご様子で実に周到に、もともとどこか薫に似ていらっしゃる御声ですので、そっくりそのままのお感じで室内にお入りになります。右近は途中恐ろしい目に遭われたとおっしゃったことで、どんなお姿なのかしらと、お気の毒な気がして、物陰で拝見します――
では5/15に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その14
「ねぶたしと思ひければ、いととう寝入りぬる、けしきを見給ひて、またせむやうもなければ、しのびやかにこの格子をたたき給ふ。右近聞きつけて、『誰そ』と言ふ」
――(右近は)よほど眠かったようで、すぐに寝入ってしまったようです。匂宮はその様子に、こうなってはしかたがなく、ひそやかにそこの格子をお叩きになります。右近がすぐに聞きつけて、「どなたでしょう」と言います――
「声づくり給へば、あてなるしはぶきと聞き知りて、殿のおはしたるにや、と思ひて、起きて出でたり。『先づこれ開けよ』とのたまへば、『あやしう、おぼえなき程にも侍るかな。夜はいたう更け侍りぬらむものを』といふ」
――(匂宮は)咳ばらいをなさると、それだけで尊い御方と察して、薫大将がお出でになったのかしらと思い、起き出てきます。「まず格子を上げよ」とおっしゃる。「妙なことですこと。思いがけない時分のお越しですもの。夜もすっかり更けていましょうに」と呟やいています――
「『ものへ渡り給ふべかなりと、仲信が言ひつれば、おどろかれつるままに出で立ちて、いとこそわりなかりつれ。先づ開けよ』とのたまふ声、いとようまねび似せ給ひて、しのびたれば、思ひも寄らず、かい放つ」
――「(浮舟たちが)どこかへお出かけになるらしいと、仲信が言うものだから、目が覚めるとそのまま出掛けてきたが、いや、ひどい目に遭った。まあとにかく格子を上げてくれ」とおっしゃる声が、大そう上手に薫の声音を真似られた忍び声でしたので、右近はまさか匂宮とは思いも寄らず、格子を開けます――
「『道にて、いとわりなく恐ろしきことのありつれば、あやしき姿になりてなむ。火暗うなせ』とのたまへば、『あないみじ』とあわてまどひて、火は取りやりつ。『われ人に見すなよ。来たりとて、人おどろかすな』と、いとらうらうじき御心にて、もとよりもほのかに似たる御声を、ただかの御けはひにまねびて入り給ふ。ゆゆしきことのさまとのたまひつる、いかなる御姿ならむ、といとほしくて、われも隠ろへて見たてまつる」
――「途中でひどく恐ろしい目に遭ったので、見ぐるしい姿をしている。灯を暗くしておいてほしい」と仰せになりますので、右近は「まあ、お気の毒に」と慌て急いで灯をあちらへやってしまいます。「だれにも見られたくない。私が来たからと言って、だれも起すのではないぞ」と、匂宮はすっかり物馴れたご様子で実に周到に、もともとどこか薫に似ていらっしゃる御声ですので、そっくりそのままのお感じで室内にお入りになります。右近は途中恐ろしい目に遭われたとおっしゃったことで、どんなお姿なのかしらと、お気の毒な気がして、物陰で拝見します――
では5/15に。