永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1103)

2012年05月07日 | Weblog
2012. 5/7    1103

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その11

「いそぎて、宵過ぐる程におはしましぬ。内記、案内よく知れるかの殿の人に、問ひ聞きたりければ、宿直人あるかたには寄らで、葦垣し籠めたる西面を、やをらすこし毀ちて入りぬ」
――匂宮はお急ぎになって、宵も過ぎた頃にお着きになりました。内記は、宇治の家の勝手をよく知っている薫の本邸の家来に、あらかじめ尋ね聞いておいたので、宿直人のいる方には寄らないで、葦垣を厳重にめぐらした西側を、そっと少し毀して忍びこみました――

「われもさすがに、まだ見ぬ御住まひなれあば、たどたどしけれど、人繁うなどしあらねば、寝殿の南面にぞ、火ほの暗う見えて、そよそよとする音する。参りて、『まだ人は起きて侍るべし。ただこれよりおはしまさむ』としるべして、入れたてまつる」
――内記自身もそうはいっても、まだ見たことのない御住まいなので、様子がはっきりしませんが、人けも少ないらしく、寝殿の南面にほの暗く灯りが見えて、さやさやと衣ずれの音がします。内記が戻って匂宮に「まだ人は起きているようでございます。ここからずっとお入りください――と、案内して内にお招き申し上げます――

「やをら上りて、格子の隙あるを見つけて寄り給ふに、伊予簾はさらさらと鳴るもつつまし。あたらしうきよげにつくりたれど、さすがにあらあらしくて隙ありけるを、誰かは来て見む、ともうちとけて、孔も塞がず。几帳のかたびらうちかけておしやりたり」
――(匂宮は)そろりを寝殿の縁に上られて、格子の隙間のあるのを見つけて歩みよられますと、伊予簾がさらさらと鳴っています。新築ですがしく造られてはいますが、まだ手が回らぬとみえて、隙間だらけで、覗きに来る人もあるまいと安心して塞ぎもせずにおいたものらしい。几帳の帷子も上に掛け上げて隅におしやってあります――

「火あかうともして、もの縫ふ人三四人居たり。童のをかしげなる、糸をぞよる。これが顔、先づかの火影に見給ひしそれなり。うちつけ目か、と、なほうたがはしきに、右近と名のりし若き人もあり」
――灯を明るく灯して、縫いものをしている女房が三四人います。それに可愛らしい女童が糸をよっています。この童の顔が先ずあの二条院の灯影で御覧になったあの顔なのでした。あの時は不意に御覧になったせいかと、匂宮はやはり疑わしい気がなさいますが、右近と名のっていた若い女房もいます――

「君はかひなを枕にて、火をながめたるまみ、髪のこぼれかかりたるひたひつき、いとあてやかになまめきて、対の御方にいとようおぼえたり」
――浮舟は手枕をして、灯のほうを眺めておいでになりますが、その目もと、髪のほつれかかった額つきなども、まことに上品で美しく、対の御方(中の君)にそっくりです――

◆伊予簾(いよす)=細い竹で編んだ簾だれ

では5/9に。