2010.7/11 787回
四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(6)
しかし、匂宮はこんな折にこそ、なんとか八の宮の姫君たちに近づきたいものと、我慢しきれずに、見事な桜の枝を折らせて殿上童(てんじょうわらわ)の可愛い男子を使いとして御文を差し上げます。匂宮の(歌)
「山桜にほふあたりに尋ねきておなじかざしを折りてけるかな」
――山桜が咲き匂うように美しい貴女方の近くに尋ね参って、同じ花を髪の飾りとして手折ったことよ――
野辺の懐かしさに一夜泊まりました……とでもお書きになったようです。姫君たちはどうお返事申し上げたらよいのか困っておりますと、老女房たちが、
「かかる折のこと、わざとがましくもてなし、程の経るも、なかなかにくき事になむし侍りし」
――こういう場合のお返事は、殊更めいて工夫に手間取るのは、却って良くないことと申します――
と、申し上げます。お返事を、八の宮が中の君にお書かせして、それを差し上げます。
(歌)
「かざしをる花のたよりに山がつの垣根を過ぎぬはるの旅人」
――春の旅人の貴方は挿頭(かざし)の花を折るついでに、私どもの貧しい住いをお過ぎになっただけです(特に私の住いを目指された分けでもございませんでしたでしょうの意)――
と、墨つぎも美しく、見事に書き流してあります。
そうこうしておりますところに、藤大納言(紅梅大納言)が帝の仰せ言で、お迎えに参上なさり、その人数も加えての賑々しさで、一同お帰りになります。匂宮はまたしかるべき機会を捉えて、必ず宇治に来ようとお思いになったようです。
「ものさわがしくて、思ふままにもえ言ひやらずなりにしを、飽かず宮は思して、しるべなくても御文は常にありけり」
――何かと物さわがしくて、十分に心中をお伝えできなかったと、匂宮はたいそうお心残りで、これからは薫の手引きを待たないでもと、じきじきに御文だけは何度となくお送りになるのでした――
◆野辺の懐かしさに=万葉集・山辺赤人「春の野に菫摘みにと来しわれぞ野を懐かしみ一夜寝にける」と詠んだ万葉人のように。
では7/13に。
四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(6)
しかし、匂宮はこんな折にこそ、なんとか八の宮の姫君たちに近づきたいものと、我慢しきれずに、見事な桜の枝を折らせて殿上童(てんじょうわらわ)の可愛い男子を使いとして御文を差し上げます。匂宮の(歌)
「山桜にほふあたりに尋ねきておなじかざしを折りてけるかな」
――山桜が咲き匂うように美しい貴女方の近くに尋ね参って、同じ花を髪の飾りとして手折ったことよ――
野辺の懐かしさに一夜泊まりました……とでもお書きになったようです。姫君たちはどうお返事申し上げたらよいのか困っておりますと、老女房たちが、
「かかる折のこと、わざとがましくもてなし、程の経るも、なかなかにくき事になむし侍りし」
――こういう場合のお返事は、殊更めいて工夫に手間取るのは、却って良くないことと申します――
と、申し上げます。お返事を、八の宮が中の君にお書かせして、それを差し上げます。
(歌)
「かざしをる花のたよりに山がつの垣根を過ぎぬはるの旅人」
――春の旅人の貴方は挿頭(かざし)の花を折るついでに、私どもの貧しい住いをお過ぎになっただけです(特に私の住いを目指された分けでもございませんでしたでしょうの意)――
と、墨つぎも美しく、見事に書き流してあります。
そうこうしておりますところに、藤大納言(紅梅大納言)が帝の仰せ言で、お迎えに参上なさり、その人数も加えての賑々しさで、一同お帰りになります。匂宮はまたしかるべき機会を捉えて、必ず宇治に来ようとお思いになったようです。
「ものさわがしくて、思ふままにもえ言ひやらずなりにしを、飽かず宮は思して、しるべなくても御文は常にありけり」
――何かと物さわがしくて、十分に心中をお伝えできなかったと、匂宮はたいそうお心残りで、これからは薫の手引きを待たないでもと、じきじきに御文だけは何度となくお送りになるのでした――
◆野辺の懐かしさに=万葉集・山辺赤人「春の野に菫摘みにと来しわれぞ野を懐かしみ一夜寝にける」と詠んだ万葉人のように。
では7/13に。