永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(784)

2010年07月05日 | Weblog
2010.7/5  784回

四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(3)

「例の、かう世離れたる所は、水の音ももてはやして、物の音すみまさる心地して」
――例によって、宇治のような人里離れた所では、河浪の音も却って楽の音を引きたてて、一段と音色が澄むような感じがして――

八の宮は、昔の事を思い出されて、

「笛をいとをかしくも吹きとほしたなるかな。誰ならむ。昔の六条の院の御笛の音聞きしは、いとをかしげに愛嬌づきたる音こそ吹き給ひしか。これは澄みのぼりて、ことごとしき気の添ひたるは、致仕の大臣の御族の笛の音にこそ似たりなれ」
――ああ、笛の音を実に上手に吹きこなしていることよ。いったい誰の笛の音か。昔、亡き源氏の御笛の音を伺ったが、それは風流にも愛敬づいた笛の音だった。今聞こえる音は、澄みきった音にものものしい感じがそなわっていて、それは致仕大臣(昔の頭の中将で後左大臣で逝去)のご一族の伝来の笛の音に似ていることだ――

 などと、ひとり言をおっしゃって、また、

「あはれに久しくなりにけりや。かやうの遊びなどもせで、あるにもあらで過ぐし来にける年月の、さすがに多く数へらるるこそかひなけれ」
――ああ、あれから長い月日が経ったものだ。このような音楽などもせずに、生き甲斐もなく過ごしてきた年月が、積りつもってきたのこそ、思えば侘びしいことだ――

 とお思いになりながらも、勿体ないほどの立派な姫君たちを、このような山間に埋もれさせて了いたくはない、とも思い続けていらっしゃいます。お心のうちでは、

「宰相の君の、同じうは近きゆかりにて見まほしげなるを、さしも思ひ寄るまじかめり、まいて今やうの心浅からむ人をば、いかでかは」
――宰相の君(薫)が、同じ事なら、近しい縁者として(婿)見たい方であるが、まさか、そんな風に考える訳のものでもないだろう。かといって当世風の軽薄な男などをどうして考えられようか――

 と、思い乱れていらっしゃる。

◆致仕の大臣の御族の笛の音=致仕大臣の孫にあたる薫を暗示している。致仕大臣―柏木―薫

ではまた。