ちよ旅、今回は青函トンネルの竜飛海底駅を見学に行きます。
この竜飛海底駅は北海道新幹線の工事に伴い来年3月に廃止されることが決まっていて、駅の見学も11月10日で終了となります。
「竜飛海底駅の見学」にはあらかじめ整理券の購入が必要となり、定員は2コース計80人で見学終了が発表されてからは見納め人気で即日完売が続いています。
余談になりますが、始発前にタクシーを飛ばして「みどりの窓口」の先頭に並び整理券をゲットしました。
9時36分発E5系「はやぶさ9号」で、新青森まで行きます。(左上)
画像左の列車は、出発して行く東海道新幹線の「こだま643号」です。
座席は、軽食・飲み物付きのゆったりした「グランクラス」です。(中上)
1車両のみで、定員は横2+1座席の6列で18人だけです。
これは和軽食(東北編)ですが、腹が減っていたので写真撮るのを忘れてほとんど食べてしまいました・・・すいません。(右上)
残っているのは「いかと鮭の麹和え」と「玉子焼」ぐらいで、「比内地鶏」・「笹蒲」・「銀杏串」などに「五目御飯」が付いていました。
新青森で、指定されている「スーパー白鳥19号」に乗り換えます。
すでに青函トンネルに入っていて、みんなソワソワしています。(左上)
竜飛海底駅に着きましたが、ここでは2号車のドアしか開きません。(中上)
列車が去って見えるのは、線路の向こうの同じ竜飛海底駅の上りホームです。(右上)
これが、青函トンネルの中です。(上)
全長53.85km海底部23.3km最深部240mで、つなぎ目なしのレールは長さ52.57kmで世界一です。
だから、列車の走行音は「ゴトンゴトン」ではなく「シャー」という連続音になります。
トンネルの淵に長く続いているのが、竜飛海底駅の狭いホームです。
新幹線の車両は大きいのでこのホームを削らないと試走も出来ず、駅は廃止されます。
さて見学が始まりますが、ここからは団体行動でまずは人数確認の点呼から。(左上)
ここは「作業坑」と呼ばれ、「本坑(トンネル)」と平行して設置してあり緊急時の避難通路となっています。(中上)
画像右の棚に荷物を置いて、見学はこの「作業坑」を手前に進んで行きます。
ガイドのおじさんが、丁寧に説明をしてくれます。(右上)
竜飛海底駅の「駅名標」ですが、廃止されたらこの駅名標もなくなってしまうのでしょうか。(左上)
次の駅の吉岡海底駅(北海道側)での見学は、すでに中止されています。
画像右が歩いてきた「作業坑」で、左は線路の下を通り上りホームへ通じる誘導路です。(中上)
海面下140mのところにある国土地理院による青函トンネル「竜飛定点」が、地面に埋め込まれています。(右上)
ベンチが並んでいる避難所がありますが、ここは帰りにゆっくり見学します。
やがて、分厚い扉が現れます。(左上)
これは排煙設備で向こう側から毎秒20mの風が吹いていて、火災時には全開されトンネル内の煙の充満を阻止します。
この分厚い扉が2つあり、それを通り抜けるといよいよ「体験坑道」です。
「体験坑道」には、実際に採掘に使われた機械や器具の展示やパネルが掲示されています。
工事中に異常が発生したときに作業員に知らせる、「切羽間警報装置」です。(中上)
これは「水平人車」で、作業現場と斜坑底の間を作業員を乗せて移動する24人乗りの乗り物です。(右上)
1954 洞爺丸が台風で転覆し1,155名が犠牲となり、それを契機に調査が進められた。
1983 「先進導坑」貫通。
1985 「本坑」貫通、その年阪神タイガース日本一。
1988 開業、総工事費6,890億円。(以上パネルより)
ケーブルカーの「体験坑道駅」に着いて、ここから地上へ向かいます。(左上)
このケーブルカーは「青函トンネル竜飛斜坑線」といい、日本一短い私鉄だそうです。
後の窓から下を覗いた画像で、778mを約8分で運んでくれます。(中上)
緊急時のため階段も付いていて、1,316段あります。
「青函トンネル記念館駅」に着きました。(左上)
地上から強い風が入らないようにケーブルカーの発着以外では、この大きな隔壁が閉じられます。(左上)
この隔壁が閉じられて、やっと「もぐら号」を降りて外に出られます。(中上)
地上に出ると、そこは「青函トンネル記念館」の中でした。(右上)
「青函トンネル記念館」では、海底トンネルの構想から完成までを資料パネルや立体モデルなどでわかりやすく展示公開されています。
ここで45分間の自由時間をもらったので、竜飛崎の方に行ってみます。
高台に展望台がありますが、先を急ぐので素通りします。(左上)
遠くに「竜飛岬灯台」が見えますが、時間がないので灯台までは行けません。(中上)
途中に「津軽海峡冬景色歌謡碑」があり、赤いボタンを押すと石川さゆりの歌声が大音量で流れます。(右上)
「♪~ごらんあれが竜飛岬 北のはずれと 見知らぬ人が 指をさす~」、この竜飛岬の歌詞が入っている2番が流れます。
青函トンネルが出来る前の青函連絡船での一コマで、作詞は阿久悠です。
日本唯一の「階段国道339号線」で、団体行動の仲間たちが記念撮影をしています。(左上)
この階段国道を下りたところにある漁村で、遠くに見える陸地は北海道です。(中上)
この辺りの海底に、北海道に向かって青函トンネルが延びています。
集合時間が迫ってきたので、みんなで急いでもどっているところです。(右上)
「階段国道」まで往復しただけで集合時間がきてしまい、「青函トンネル記念館」をじっくり見ることが出来ませんでした。
ケーブルカー「もぐら号」で、また地下までもどります。
ケーブルカーの「体験坑道乗車券」には、日付入りの青函トンネル記念館長発行の「体験証明書」が付いていました。
竜飛海底駅に、向かいます。(左上)
行きとは反対方向に、2つの分厚い扉を抜けます。(中上)
行きにはスルーした避難所ですが、帰りはここでゆっくりします。(右上)
緊急時、避難してくる人たちの為に両側に長いベンチが並んでいます。
画像右の壁には、トンネルが完成していく行程のパネルが順番に展示されています。
ここから電話して「あんた今どこにいるの~」と聞かれたら、こう言ってやる~「海底140mのところ」。
画像右に並んでいる人たちは、記念スタンプの順番待ちで長い行列ができています。
行きに歩いてきた「作業坑」を、反対方向にもどります。
この通路は、「作業坑」と「本坑(トンネル)」を繋ぐ「連絡誘導路」です。(左上)
これは「NO1連絡誘導路」で、この通路が数百mおきに設置されています。
竜飛海底駅に戻り、点呼が行われ見学は終了です。
上り線に貨物列車が通過するので、みんなでシャッターチャンスを狙っています。(中上)
「竜飛海底駅見学コース」は廃止されますが、「青函トンネル記念館」からのケーブルカーと「体験坑道」見学は続けられます。
この後、2号車のドアから「スーパー白鳥25号」に乗って函館に向かいました。(右上)
-ちよ旅4竜飛海底駅・おわり-
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