団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

読んでもくれない手紙なんて、書くもんじゃないですね。(苦笑)

2020-01-31 03:32:58 | 日記
 今週の火曜日の夕方 血圧を計っていると、かみさんがタンスからこんな物が出てきたと言いました。
「変なことを書いていないでしょうね?」とかみさんが言いますので、血圧が10ぐらい上がってしまいました。(苦笑)

 恐る恐るページをめくりますと、別にたいしたことは書かれていませんでした。
ただ書いた当事者は、ちょっと気恥ずかしいですが。

 タイトルは「妻への手紙」になっていました。
どうもかみさんの59歳 、11月1日の誕生日に贈ったようです。

 いつも誕生日は花を贈っていますが、よほど暇だったようでお花とこの冊子を渡したようです。
かみさんは読まなかったようですので、私の空振りに終わりました。
少しは喜んでくれると思ったのに。(苦笑)

 2009年の5月19日〜10月31日までの記憶に残ったことを日記形式で書いたようです。
下記の写真は、その冊子から写しましたので見にくいと思いますがご容赦願います。

 3部に渡っています。




 5月19日 最初の書き初めは感謝の言葉を書いています。
「君と出逢えたことが、私の人生で一番良かったことだと思っています。」と書いていますが、
かみさんが読んでいないので、私の感謝の気持ちが伝わっていないです。(苦笑)





 6月1日は、かみさんから叱られたことを書いています。
もう少し柔らかく注意することは出来ないだろうか?と、愚痴を書いています。(苦笑)





 6月10日 かみさんが朝の食器洗いをしています。
私も洗ってくれた食器を拭いているから、多少は手伝っているよねと強調しています。(笑)




 6月13日 かみさんが朝食の準備をしています。
朝食は、いつもかみさんが用意してくれます。





 7月2日長男の孫の保育園の七夕風景の写真です。
中央の男の子が、今は高校1年生の孫です。
緊張マンですので、ガチガチになっています。(笑)





 7月7日〜10日まで富良野・美瑛・旭山動物園の旅に行きました。
ファーム富田の花畑とケンとメリーのポプラの木です。




 新富良野プリンスホテルの近くにある、風のガーデンのロケ地。 



 7月7日 最初に泊まった富良野プリンスホテル。



 
 手紙の1部を紹介しました。
読んでもくれない手紙なんて、書くもんじゃないですね。(苦笑)
今年の70歳のかみさんの誕生日は、物だけにします。(笑)










桑田佳祐 - 白い恋人達
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私も2年前 かみさんが車に跳ねられたので、初めて救急車に乗りました。

2020-01-30 04:11:14 | 日記
 中日新聞の読者投稿欄に「頼れる救急隊員 頑張れ」というタイトルで81歳の女性が投稿されていました。


 夫が正月早々、救急車で搬送された。
突然の鼻血と吐血で鮮血が付着した夫の服を見て私は驚いた。

 幸い病院での血液検査で異常はなく、間もなくして夫は帰宅できた。

 私自身、救急車に乗るのは初めてだった。
狭い車内にさまざまな医療器具があって「動く小さな診療所だ」と感じた。

 医療器具をタコの足のように体に取り付けられた夫に
救急隊員は「大丈夫ですよ」と言葉をかけ続けてくれた。
私も励まされ安堵した。

 人命を預かる救急隊員は一秒を争う素早く的確な判断や処置が求められる。
間近で見て緊張の続く厳しい仕事だと感じた。

 救急隊員であり救急救命士のおいの姿が重なり、いっそう頑張ってほしいとの思いを強くした。

 以上です。

 私も2年前 かみさんが車に跳ねられたので、初めて救急車に乗りました。
座り心地の悪い椅子でびっくりしました。
かみさんも最初ベッドに横たわっていましたが、寝心地が悪かったようで起き上がって座っていました。

 信号を無視して突っ走られるので、あっという間に病院につきました。
救急隊員も命がけですね。
とても助かりました。

 かみさんは、自動車事故の後遺症はありません。
事故が起こったときの、救急隊員の素早い行動に感謝です。






夕暮れ時はさびしそう
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45年に及ぶ無事故無違反を自慢するばかりで、近年増えている高齢者が引き起こした 交通事故のニュースも人ごとのようでした。

2020-01-29 05:07:12 | 日記
 中日新聞の読者投稿欄に「85歳母の運転 強硬阻止」というタイトルで62歳の男性が投稿されていました。


 昨年11月、85歳の母が自宅の敷地内で運転中に車をぶっつけたのを目の当たりにし、
「運転をやめさせるようにしなければならない」との結論に至りました。

 私はこれまでも何度となく運転免許証を返納することを求めてきましたが、
母は45年に及ぶ無事故無違反を自慢するばかりで、近年増えている高齢者が引き起こした
交通事故のニュースも人ごとのようでした。

 そんな母に強硬手段に打って出ました。
まず姉と連携して母の車のキーを隠して免許証を財布から抜き取り、
車庫から母の車を動かし、知人の協力も得て売却してしまいました。

 これで母も運転を諦めるかと思いきや、
今度は認知症が進行して「車が盗まれた」と私に1日に何度も電話をかけてきます。

 正直、強引に運転をやめさせたことで良かったのかどうか分かりません。
ただこれでハンドルを握った母が交通事故の加害者になることだけは防げたと思っています。

 以上です。

 私もよく高齢者の運転問題をブログで取り上げていますが、
ご家族の中で高齢にも関わらず、運転されている方がいらっしゃると、
見守るご家族も心配ですよね。

 この投稿者さんのお母様のように、「45年に及ぶ無事故無違反を自慢するばかりで、近年増えている高齢者が引き起こした
交通事故のニュースも人ごとのようでした。」。
このような感覚のご高齢の方だと運転をやめさせるのも一苦労だったと思います。

 この投稿者さんは強硬手段でお母様の車を売却されてしまいましたが、
ここまで出来るご家族の方は少ないように思います。

ちょっと認知症気味のお母様を強硬手段によって交通事故の加害者になるような事を
防げたのは、投稿者さんの英断のおかげだと思います。








三人家族-あおい輝彦
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私たちは泣きながら帰宅したが、子どもながらにも何か悪いことをしたのではないかという罪悪感でいっぱいになった。

2020-01-28 04:56:00 | 日記
 中日新聞の読者投稿欄に「弱者の力に仕事の原点」というタイトルで56歳の女性看護士さんが、投稿されていました。



 半世紀近く前の小学生だったとき、学校近くの高齢者施設を訪ねて触れ合う機会があった。
それがきっかけで、週末になると友人3、4人と施設に行っては入所者とさまざまな遊びをしながら1〜2時間を過ごした。

 初めの頃は施設職員も「普段あまり表情を変えない人もあなたたちが来てくれると本当に楽しそうに笑顔を見せてくれる。
ありがとうね」と言ってくれたが、2ヶ月ほどたつと今度は職員から
「ここに来るのは終わりにして欲しい。
あなたたちが来られなくなったときに入所者の方が悲しむから」と伝えられた。

 私たちは泣きながら帰宅したが、子どもながらにも何か悪いことをしたのではないかという罪悪感でいっぱいになった。

 今振り返るとボランティアが今ほど一般的でなかった時代だけに
施設側もきっと私たちの対応に苦慮したのだろうと想像する。

 あのときの弱者の力になりたいとの思いから私は看護師を目指し今に至っている。


 以上です。

>「ここに来るのは終わりにして欲しい。あなたたちが来られなくなったときに入所者の方が悲しむから」と伝えられた。

 これは無いように思います。
ボランティアは永続するものばかりでは無いと思いますから。
何か大人の事情があったように思いますが。

>「私たちは泣きながら帰宅したが、子どもながらにも何か悪いことをしたのではないかという罪悪感でいっぱいになった。」

 それにしても、週末の時間をボランティアしてくれた子どもたちに、このような気持ちにさせてはいけないですよね。
施設側のお断りの説明の仕方に問題があったように思います。

 弱者の力になりたいという思いを持ち続けられて、看護師になられた投稿者さんには頭が下がります。





スピッツ / ロビンソン
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私も現役中の週末は、かみさんとあちこちの喫茶店へモーニングを食べに行ってました。

2020-01-27 04:57:17 | 日記
 中日新聞の「くらしの作文」に「コーヒーチケット」というタイトルで64歳の女性が投稿されていました。



 私の手元に、2枚のコーヒーチケットがある。

 一昨年暮れに72歳で逝った夫は喫茶店が好きで、若い頃から週末になると、
私や娘を連れて出かけていた。

 やがて子供たちは独立。
夫が定年を迎え、夫婦二人の暮らしになると
「モーニング行く?」が朝のあいさつ代わりになった。

 毎日ではなかったが、本当に二人でいろんな喫茶店へ行っては、
何を話すでもなく、その空間の雰囲気を楽しんだものだった。

 徐々に喫茶店は少なくなり、代わりにおしゃれなカフェが増える中、
「これも時代だなあ」と言いつつ、あちこち出かけていた。

 その時々に買っていたコーヒーチケットが残り少なくなったころ、
夫は持病でだんだん体力が弱ってきた。

 ある日の喫茶店の帰り、大変つらそうで、
私は「あっ、もうモーニングも今までのように来られないかもしれない」と思った。

 その直後、夫は入院、わずか一週間で旅立ってしまった。
財布には2枚のコーヒーチケットが残っていた。

 あれから私はそのチケットを使えず、いまもそのままだ。

 いつか私が夫の元へ行ったとき、このチケットで幾年ぶりかのコーヒーを楽しもう。
もちろんモーニング付きで。

 以上です。

 仲の良いご夫婦でしたね。

>「モーニング行く?」が朝のあいさつ代わりになった。

 私も現役中の週末は、かみさんとあちこちの喫茶店へモーニングを食べに行ってました。
今はかみさんは喫茶店へいかなくなりましたので、午後から私は喫茶店へ一人で行っています。

 朝のモーニングは喫茶店ではなく、自宅でコーヒーを二人分私が淹れています。
まぁ、喫茶店のコーヒーとそんなに遜色がないように思います?
コーヒーと菓子パン半分が、私のモーニングになっています。(笑)






YES YES YES -オフコースー
コメント (8)
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