団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

「池上線」を聞くとなぜか青春時代をおもいだす。

2006-03-26 20:48:00 | 日記
私の好きな歌は多いですが、その中のひとつでなぜか青春時代を想い出すのが、西島三重子さんが歌ってヒットした「池上線」という歌です。作られたのは1976年ということですから私の青春時代は終わっていたのですが、この歌詞を聴くと私の青春時代にこのような事が起こったように思えるのです。実際にはないにもかかわらず。
なにかこの歌詞に青春時代の一コマを想い出させるかもしれません。一ヶ月前くらいにTVに西島さんが出て「池上線」を歌われたのですが、またまた青春時代を想いだしてしまいました。録画すればよかったと後悔してます。
下記に「池上線」の歌詞を転載します。


作曲者 西島 三重子

作詞者 佐藤 順英

  古い電車のドアのそば
  二人は黙って立っていた
  話す言葉をさがしながら
  すきま風に震えて
  いくつ駅を過ぎたのか
  忘れてあなたに 聞いたのに
  じっと私を見つめながら
  ごめんねなんて言ったわ

  泣いては ダメだと 胸にきかせて
  白いハンカチを 握りしめたの

  池上線が走る町に
  あなたは 二度と来ないのね
  池上線に揺られながら
  今日も 帰る私なの
  終電時刻を確かめて
  あなたは私と 駅を出た
  角のフルーツショップだけが
  灯りともす夜更けに
  商店街を通り抜け
  踏切渡った時だわね
  待っていますと
  つぶやいたら 突然抱いてくれたわ

  あとから あとから 涙あふれて
  後ろ姿さえ 見えなかったの

  池上線が走る町に
  あなたは 二度と来ないのね
  池上線に揺られながら
  今日も 帰る私なの

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日本人でよかったと思わせてください!

2006-03-25 14:55:00 | 日記
昨日の夕刊に全国戦災傷害者連絡会会長 杉山千佐子さんの記事が掲載されていました。あまりに悲惨で私でしたら自殺してしまうと思いました。
杉山さんは、1945年(昭和二十年)三月二十五日に名古屋空襲に出会いました。
名古屋の大規模な空襲は三月十二日から始まり三度目の空襲が二十五日。「いよいようちが焼ける」と家の中に水をまいていたら、大型の爆弾が。防空壕に入ったとたん、爆風で鼻がもぎ取られて顔が裂け、すごい土砂で体ごと埋まった。
二十九歳のときのことです。こら助からんなあと思いました。その後、激痛に苦しみました。顔の傷が化膿して医師がはさみで顔をジョキジョキ切ったら、うみがザーザー流れ出た。左目の摘出は手術室も痛み止めもない中でした。傷あとを初めて見た時は情けなくて、生きてるかいがないなと。日本が負けた時も、屋上から飛び降りようと思った。心の支えは、なけなしの信仰。
「神様は私が死ぬことをお望みでなかった。まだなさねばならない。強く生きてみよう」と。でも悲しいことはたくさんあった。職も行き先もないのに、ずっと面倒を見るといってた弟に「(結婚するから)うちを出てくれ」と言われた時も本当に情けなかった。
七三年に全傷連を作り、民間の戦傷者の救済運動を始められてずっと今まで活動されているが、今も民間の戦傷者を救う援護法は成立していません。
戦争の為に犠牲になられた方は靖国神社に祭られている軍人さんだけではないのです。当然 民間の犠牲者の方が多くみえますし、なおかつ戦傷者の方も数多くみえます。けがのせいで自立できず、誰一人満足な生活はおくってみえません。片腕がないのに同居する子供夫婦から朝のパンしかもらえない人、人間扱いされず家族から「捨てたい」と言われた人・・・。
昨年の「戦後六十年」でもう戦争は終わったという雰囲気があるが、今もなお戦争の傷害で苦しんでみえる民間の方が数多くみえます。政府は大銀行が潰れかかった時には、大銀行が潰れたら日本の経済はむちゃくちゃになると言って国民の税金から大銀行を助けた。大銀行の一つや二つつぶれてもかまわない。戦争に少しもかかわりたくなかったのに戦争の被害者になった民間の方の援護をしなければ日本の品位に欠けますよ!!.
小泉さん、靖国よりも生きてみえる民間の戦傷者さんを少しでも助けるべきではないでしょうか。杉山さんの生きてみえる間に戦時災害援護法を国会に提出して立法化してください。小泉さんは冷たい人のようだから無理でしょう。どこかに弱者を助ける政治家が出ることを期待したいし、そのような政治家が日本にいてほしい。
最近 日本が野球で世界一になったとき、若者の一人が日本人でよかったと叫んでいました。私は日本が弱者にやさしい国になった時、「私は日本人でよかった」と叫びたい。
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ノンビリ行こうよ人生は

2006-03-19 09:08:00 | 日記
以前も取り上げた事がありますが、私が尊敬する人のひとり漫画家の水木しげるさんの記事が日経の夕刊3月9日に掲載されていましたので、抜粋してお伝えします。
まず水木さんは「睡眠至上主義」です。
水木さんは子供の頃から好きなだけ寝ていたとのこと。父親は水木さんのことを低能だと思い、幼稚園に行かせてくれなかったとのこと。一年送れて小学校に入ってからも、兄と弟があくせくと学校に出かけてから、ゆっくり起きて、腹いっぱい朝飯を食い、二時間目から悠々と教室に現れたとのこと。
「決まり切った常識や窮屈な規律に従わずに、子供のころから自分本位の価値観、すなわち(水木さんのルール)で生きてきたきたわけです。「睡眠を削って頑張るのを良しとする風潮が日本中を覆っています実に嘆かわしい。眠るが勝ちです。眠る時間まで犠牲にして粉骨砕身、努力してきた手塚治虫さんや石ノ森章太郎さんは早々とあの世に行ってしまった。眠りに忠実な水木さんは百歳まで生きるような気がしています」
次に「幸せ、幸せと叫びすぎると、小さな幸せは逃げてしまう」
「自分の幸福は自分で追求しないといけません。我が道を行くわけです。他人の知恵を使おうとするからいかんので、借り物の知恵はカスです」「あきらめも肝心です。欲望にはきりがないから、自分で幸せのレベルを決めておく。どこかで線を引かなければダメです。幸福を渇望して幸せ、幸せと叫びすぎると、小さな幸せは驚いて逃げてしまう。ほんの少しの幸せを感じて味わう能力が大事です。幸福が欠乏したら自分で補充すればいい」
 幸福を補充する方法が凡人には分からない。
「簡単です。よく寝ると幸福の感度が上がります。眠りの達人の水木サンが言うのだから間違いない。一日十時間眠るのです。それを一年間続ける。欲張ってあくせくした人生観が一変します。すなわち半分バカになる。幸せの第一歩です。それができないと、いつまでたっても幸せ下手から抜け出せません」

水木サンが言われるように睡眠時間十時間取ることが幸せの第一歩とのことですが、私にとってチヨットむつかしい。定年になったら、一日十時間の睡眠を取るよう努めたい。
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岡部伊都子さん「加害の女だから戦争と差別憎い」

2006-03-18 19:50:00 | 日記
昨日の夕刊に随筆家の岡部伊都子さんの記事が載っていました。それ以前に本の書評で岡部さんの記事を多少覚えていましたので、興味を持って記事をよみました。岡部さんは自分で「加害の女」という烙印を押されています。というのは戦争中、婚約した日、初めて、婚約者と二人だけで向かい合った日
見習士官の婚約者が「この戦争は間違いやと思うてる。僕は戦争のために死にたくない」。岡部さんはその婚約者に「わたしだったら喜んで死ぬけど」。と答えてしまった。その日の晩、婚約者を大阪駅で日の丸の旗を振って戦地へ送り出した。
戦争の最中、「戦争間違ってる」ていった男の子、聞いたことない。覚悟しないと言えない。うっかり言って、人に聞こえたら牢獄に入れられる時代です。みんな死にたくなかったのに、死んだ。岡部さんは婚約者を戦地に送りこんで死なせた加害者。だから自分の正体は、自分が明らかにせないかん。それをしないと、うそをついたまま死ぬことになる。
婚約者は沖縄戦で両足を失って自決。沖縄には複雑だが、思慕のような思いもある。
今、時代の空気がよどんでいます。郵政民営化とだけ声高に叫んだ総選挙がおましたやろ。あの時、日本の未来はどうなるか、なんも考えない国民を信じられなくなっちゃったよ。なんで日本人が、国民が、小泉純一郎首相の言いなりにならんならんの。真実を見て生きたいと思う人よりも、格好よく生きていたいと思う人の方が多いんとちゃう。真剣に自分と向かい合って、自分の真実をゆるせるかどうか。どこに立ってるかを考える努力がいる。
憲法も危ういな。九条を守ることが、憲法やがな。改憲しようとしている人たち。自分たちのしていることを何だと思ってんだろうな。
「加害の女」であるからこそ、言うんだということもあるわな。だけど、言いたいことは言うて死にまっせ。今、信じられないくらい九条の周辺がややこやしくなってるの。九条があるということだけを信じたら駄目だよ。自分の中に本当の九条を置きなはれ。と岡部さんは言われる。
岡部さんのような人たちの声を私たちは真摯に受け止めなければいけないと思います。国民よ目を覚まそう。人の声に耳を貸さず。何が自分たちに幸せなのかを自分の心でかんがえようではありませんか!


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美輪明宏さんのハートナビ(人生相談)②

2006-03-12 16:05:00 | 日記
以前 美輪明宏さんの人生相談を取り上げた事がありますが、昨日の夕刊にも美輪明宏さんの人生相談の回答に感心させられましたので記載します。
女子大学生が自分の母親に関して相談しています。相談内容は5年前に父と別れ女手一つで大学まで行かせてくれ、心から母親に感謝しています。母親には新しい幸せを見つけてほしいと思っていました。
ところが、母が2、3ヶ月前から身だしなみにも気をつかうようになり、いつもうれしそうにしているのを見るとどうも彼氏ができたみたいなのです。最初はこれで母も第二の人生を歩きだすんだと、祝福する気持ちが多かったのですが、最近になってなぜか許せなくなってしまいました。母にはいつまでも母でいてほしいと思う心と、やはり女として幸せになってほしいと思う心が毎日、私の中で葛藤しています。
という相談内容にたいして美輪さんの回答は
恋をしたお母さんを許すとか、許せないとか、人に対して思うのはごう慢ではありませんか。
人間社会で生きていくルールは「人と付き合う時は腹六分」ということ。
誰だって見せたくない所はあるし、入ってほしくない部分もあります。「親しき仲にも礼儀あり」というように、親子、夫婦、きょうだいであっても礼儀はあります。
「お母さん」「お父さん」「息子」「娘」などという名は、意味のない記号の」ようなものです。あなたから見れば「お母さん」ですが、お父さんには「妻」、他人から見れば「おばさん」。相手によって、くるくる変ります。基本は「人間」ということです。「人間」ならば恋もします。それが許せないならお母さんを「人間」として見ていないのです。「お母さん」というレッテルを押しつけている独裁者です。この人間社会の基本を理解すれば、どこの世界に行っても、苦しみや悩みは半減すると思います。以上が美輪さんの回答ですが、いつもながら感心させられます。
特に人間社会で生きていくルールは「人と付き合う時は腹六分」の記述には感心しました。なかなか難しいですが、みんながそのルールを守れば最近の夫婦、親子、祖父、孫 間の事件など少なくなるとおもいます。誰にも入ってほしくない部分があります。「親しき仲にも礼儀あり」を守るように心掛けましょう。 


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