団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

父の写真

2015-10-31 05:08:14 | 日記
子供の頃 父親のアルバムを見たことがあります。
母との結婚式の写真もありました。
若い頃の父と友人が写っている写真もありました。
その中に戦争へ出征する直前と思われる写真がありました。
写真館で撮ったと思われる写真で軍服姿の父が真ん中で椅子に座っており、
左右に若い女性が立っていました。
三人とも神妙な顔で写っています。
たしか右側の女性は和服姿で、左の女性は洋服姿でした。
和服姿の女性は親戚の女性でしたが、洋服姿の女性は知らない女性でした。
洋服姿の女性は子供でも綺麗と思う女性でした。
父親に「この人、誰?」と訊いたのですが、
父は笑って答えませんでした。

 父も母も亡くなってしまいましたので、このアルバムは処分してしまったでしょうね。





森山良子さんの歌で好きな歌です。以前良子さんのコンサートへ行ったことがありますが、この歌を歌われませんでした。
ファンとしては、初期の頃のヒット曲を歌ってほしいです。 No,0006 ふたつの手の思い出 1967




ふたつの手を握りあい
 肩よせて歩いた
 すみれいろの夕暮れも
 いつか消えていった
 星をかぞえて祈っていた
 幸せなふたりはどこへいったの
 ふたつの手のぬくもりが
 私をはなれない

ふたつの手はほどかれて
 風に散っていった
 並んで歩いた道を
 ひとりで歩いてく
 このさびしさがやがていつか
 私を大人にかえるということを
 ふたつの手の想い出が
 わたしに教えてる
 わたしに教えてる

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さださんには、教えられることが多いです。

2015-10-30 07:54:26 | 日記
 前回放送されました「生でさだまさし」を録画で見ました。
さださんには、教えられることが多いです。

番組の中で、さださんが終身雇用制や年功序列を日本らしいシステムと
話されました。
成果主義なるものよりも、日本人にとってこちらの
方が合う。
昔は終身雇用制だったから、この会社で骨を埋めようと考えるし、
愛社精神も生まれた。

 私も終身雇用制でなく、いつリストラされるか分からない会社に愛社精神なるものが
生まれるわけがないと思います。
良くも悪くも昔の会社は家族主義でした。

 日立と並ぶ家電メーカーのトップに君臨した東芝が代々の社長の不正会計により、
会社の母体が揺らぎ始め、大幅なリストラを始めました。
まずは半導体事業の一部をソニーに売却し、従業員もソニーに引き取ってもらうという
話です。
ソニー自体、昔の栄光はなくなって、危ない会社のように私には思えるのですが。

 天下の東芝に入って、一生この会社で働けると思われた社員が可哀想です。
業績が悪化したのは、社長のせいなのに。
これじゃ大会社に入っても安心できないです。
学生がいっそう公務員志望になるでしょうね。

 私自身サラリーマン生活の後半は、リストラの嵐に遭いました。
私が定年で辞める時は、同期と呼べる人間はたった一人でした。
こんな会社に愛社精神を要求されても無理です。
まぁ、思い出したくない会社ですが、37年間もいたので忘れられないです。(苦笑)




さだまさし 惜春 FM東京 DENONライブコンサート 1979






君は坂道を登ってゆく
僕は坂道を下りてゆく
すれ違い坂は春の名残りに
木蓮の香り降る夕暮れ

薄墨の中に沈みゆく愛を
涙と交互に掘り起こせば
出逢うのはいつもあたたかな嘘と
わずかばかりの夢の切れはし

やさしさ故に傷ついて
やさしさ故に傷つけて

君は振り返る弱さもなく
僕は引き止める強さもなく
ただ立ち尽くせば背中合わせに
おだやかに落ちてゆく二人

君は忘れ去る強さもなく
僕は思い出す弱さもなく
ただ音もたてず時の流れに
ふりつもるさびしさの気配

倒れゆく愛の光と影から
こぼれた真実を抱き起こせば
哀しみはつまり風に追われては
枯葉がくり返す吹き溜り

やさしさ故に傷ついて
やさしさ故に傷つけて

君は坂道を登ってゆく
僕は坂道を下りてゆく
すれ違い坂は春の名残りに
木蓮の香り降る夕暮れ
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愛する息子への誕生日メールを忘れてショックを受けていました。

2015-10-29 05:12:15 | 日記
 一昨日の夕方 かみさんが「◯◯(息子の名前)の誕生日、昨日だったわね。
お祝いメールを出すのを忘れた!」と言いました。
「今まで忘れたことなんてなかったのに」とショックを受けていました。
毎年 忘れずに出していた息子の誕生日メールを忘れる、かみさんにしては
珍しいです。

私は子供や両親の誕生日を意識したことがないです。
両親の誕生日は今だにいつなのかも知りません。(苦笑)
ただし かみさんの誕生日は覚えています、忘れたら後で何を言われるかわかったものではないですから。(苦笑)

 先週の日曜日に息子は我が家に遊びに来ていましたので、1日早いのですがその時「誕生日おめでとう!」と
言っておけばよかったですが、かみさんも私もまるで気づきませんでした。
かみさんは、最近何かと忙しかったので忘れたようです。

私の娘はそのような事をよく覚えています。
確認はしていませんが、きっと兄貴に誕生祝いのメールを送っていると思います。
私のおふくろ似です。
おふくろは家族全員の誕生日やいろんな出来事の日付を覚えていました。
これもある種の能力ですね!(笑)




森山良子・いつも通るこの道(1979)




いつも通るこの道は
あなたとの思い出いっぱい この石だたみ
ふたり立ち止まり 見つめあいましたね
いつまでも わたしの歌に 出てくるような
すみれ色の夕暮れでした
あなたはわたしを 好きだといって
わたしもあなたが 大好きでした

このうえなく照れ屋のあなたは
無口な少女の心のすきま うめつくすだけの
ことばも言えず ただやさしく
包んでくれました
若すぎたあのころの わたしは すこしだけ
おとなぶって
静かな愛の てざわりよりも
愛のことばが ほしかったんです

あなたにさよなら言った夜
ボロボロ朝まで 泣きました
あれからしばらくは思い出ほっぽり出して
あなたの好きな歌 口ずさんだ
あれから何度か 恋をして
少しちがう私に なりました
あのときもらったやさしさを
いまでも大事にしています

いつも通るこの道に
あなたとわたしのかげがゆれる
いつも通るこの道に
ゆるやかな風のメロディー

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美人薄命と言いますが?

2015-10-28 05:58:06 | 日記
 女優モーリン・オハラさんが95歳で亡くなったという記事が新聞に載っていました。
ネットで調べてみますと、

モーリン・オハラ(Maureen O'Hara、1920年8月17日 - 2015年10月24日)はアイルランドのダブリン出身の女優。ジョン・フォード監督作品やジョン・ウェインの西部劇に多く出演した。

 私が彼女の映画を初めてスクリーンで見たのは、天才少女子役のヘイリー・ミルズが主演した「罠にかかったパパとママ」という
映画でした。
彼女はヘイリー・ミルズの母親役で出演されていました。
当時42歳ぐらいだったと思いますが、艶やかで綺麗な女優さんでした。

今でも印象に残っているシーンは、彼女が足のスネ毛をカミソリで剃るシーンです。
男性が足が毛深くて剃るのはわかりますが、女性が足の毛を剃るなんて、
当時 私は高校生でしたので、信じられなかったです。(笑)

 映画のあらすじはネットで調べてみますと

1962年
罠にかかったパパとママ
1962年3月10日公開出演(Margaret 役)
エリッヒ・ケストナーの小説「双児のロッテ」を映画化したホーム・コメディー。監督・脚色担当はデイヴィッド・スウィフト。撮影は「レッグス・ダイヤモンド」のルシエン・バラード。音楽は「ボクはむく犬」のポール・スミス。出演者はヘイリー・ミルズ(2役)、モーリン・オハラ、ブライアン・キース、チャールズ・ラグルズ、ウナ。マーケルなど。主題歌をトミー・サンズが歌っている。製作はウォルト・ディズニー。
監督デイヴィッド・スウィフト
出演キャストヘイリー・ミルズ モーリーン・オハラ ブライアン・キース チャールズ・ラグルズ


 ジョン・ウェインと共演された「静かなる男」もテレビの再放送で見ました。
アイルランド生まれの気性の激しい女性という設定をうまく表現されていました、アイルランド出身だから当然かな。(笑)
 西部劇のヒロインは、気の強い女性が多いです。(笑)

 静かなる男のあらすじはネットで調べますと、

アイルランド系アメリカ人の青年ショーン(ジョン・ウェイン)は、生まれ故郷であり幼少期をすごした、アイルランドの小さな村イニスフリーを訪ね、居を構える。最初は奇妙がられていたものの、誠実で逞しく気のいい青年は、たちまち街の人々の人気者となる。
ショーンはやがて隣のダナハー家の勝気な村娘メアリー・ケイト(モーリン・オハラ)と恋仲になる。しかし粗暴でひねくれ者の兄レッド・ウィルはショーンを気に入らず、二人が結婚した後も持参金を持たせなかった。それはアイルランドの風習では恥に値することであったが、アメリカ育ちのショーンには理解できない。
メアリー・ケイトに背中を押され、とにかくも説得を試みようとするショーンをレッド・ウィルは挑発し、決闘をもちかける。しかしショーンは拒絶する。ショーンはかつてアメリカでプロボクサーをしていた頃、試合で相手を殴り殺してしまったことがあり、二度と金のために暴力は振るわないと誓っていたのだ。
しかしそれは、やはりアイルランドの気質からは外れたものであり、愛しながらも夫の臆病さを恥じたメアリー・ケイトは、とうとう新居を出ていってしまう。
これ以上彼女に恥をかかせるな、という友人らの忠告に、いよいよ覚悟を決めたショーンは、メアリー・ケイトを力ずくで連れ戻し、レッド・ウィルと決闘する。街中の人々が取り囲み、やんやと騒ぎたてる中で、男2人の激しい殴り合いが続く…。
その晩、拳で理解しあった2人は、肩を組んでメアリー・ケイトの待つ新居へ戻り、黒ビールで乾杯するのであった。

 この映画のジョン・ウェインは、寡黙な男がとても似合っていました。
私が子供の頃、西部劇といえば、ジョン・ウェインでした。
モーリン・オハラとの恋仲になる過程がよかったです。
たしか漫画家のやなせ たかしさんがタイトルは違っていたように思いますが、このシナリオを漫画化されたのを
読んだ記憶があります。

 美人薄命と言いますが、95歳まで生きられた美人女優さんがいらしたので、この言葉も当てはまりませんね。(笑)





  モーリン・オハラさんは、この映像の二本目の「静かなる男」に写っています。59秒後です。
じゃじゃ馬らしい気性の激しさが現れています、でも綺麗な女優さんです。(笑)
一本目の「駅馬車」もリバイバルで見ました。駅馬車でインディアンと戦うシーンが有名な名画です。
ジョン・フォード監督生誕120年!『駅馬車』『静かなる男』デジタル・リマスター版上映
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私より年上の男性に「おじさん!」と呼ばれて、カチンときました。(苦笑)

2015-10-27 06:22:03 | 日記
 昨日の正午過ぎにスポーツ・ジムへ行きました。
バイトを辞めてからは、けっこう真面目に行ってます。(笑)
かみさんは1階のプールへ、私は2階のフロアに行きます。
今は小指を痛めていますので、小指に負担がかからない器具を使って運動しています。
最初にウォーキング・マシンを使って30分ほど歩きました。
かみさんとの待ち合わせ時間がありますので、最後にまたウォーキング・マシンを
使って15分ぐらい歩きました。
歩き終わってホワイトボードの使用時間を消そうとしました。
このジムではホワイトボードに使用開始時間と終了時間をあらかじめ記入しなければ
いけないことになっています。それも最大30分までということに
なっています。

 たまたま私が使っていたウォーキング・マシンを使いたいと
思われた男性が「おじさん!これ消していいか!」と言われました。
「すいません、お願いします」と答えました。
私の書いた時間を消して、自分の使用時間を書かれました。

 この男性、髪は白髪、あご髭も白い、どう見ても75歳前後の男性でした。
私より年上の男性に「おじさん!」と呼ばれて、カチンときました。(苦笑)

 老人ホームでのバイトでも80歳ぐらいの女性に
「おじさん!」と呼ばれて、よくカチンときていました。(笑)
なんで、俺より年上の人に「おじさん」と呼ばれなくてはいけないのかと。
先ほどの男性も私に「おじさん」と呼びかけないで、ただ「これ消していいか」だけで十分わかるのに。

 考えてみると私の名前をご存知の方は「◯◯さん」と呼ばれますが、
私の名前をご存知ない方は「おじさん」と呼ぶ以外ないかもしれないですね。(苦笑)
水商売のお姉さんのように「お兄さん」と呼ぶ訳にもいかないでしょうから。

 日本語って、いろいろ細かいことまで言葉がありますが、
見知らぬ人に話しかける頭出しの呼称の言葉は、少ないように思います。(苦笑)






舟木一夫/高校三年生
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