京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

葉巻の香りのキャンドル

2012年02月11日 04時39分11秒 | モノ
誕生日のプレゼントにアロマキャンドルをいただきました。
サンタ・マリア・ノヴェッラ(Santa Maria Novella)製です。
京男のコロン、ソープ、ハンドクリーム等気に入った香りで楽しんでいる。





サンタ・マリア・ノヴェッラは、イタリアの古都フィレンツェに中世からある薬局。
創業は16世紀なんだそうです。
一度だけですが本店にいったことがある。
香りに圧倒されましたね。



このキャンドルの香りは、説明をそのまま引用してみます。



Tabacco Toscana(トバッコ・トスカーノ)
トバッコ・トスカーノは、トスカーナ地方のみで作られる、独特なコクを持つシガーの葉のエッセンスをベースにした、ウッディーでスパイシーな香りです。マスク、バニラなどのアンダートーンがエレガントな温かみを感じさせ、フローラルやシトラスのトップノートが爽やかに香ります。ユニセックスでお使いいただけます。



最近、嫌われているタバコ・・・この場合はシガー(葉巻)ですが・・・が入った香りなんて想像できないでしょうね。
私も日本の安物の紙巻きタバコの匂いはきらいだけど、シガーやパイプタバコの香りはすき。
日本のタバコは、アメリカ系のバージニア葉がほとんど。
香りもクソも(失礼)ない。
いい葉巻はいいですよ。



シガーのエッセンスを香りにいれるなんてすごいアイデア。
コロンとしては、ちょっと甘すぎるかもしれませんが、キャンドルとしてはいいですね。
いいものをいただきありがとうございます。



いい葉巻が吸いたくなってきた。
大阪の伊勢丹にシガーバーがあるらしいけど、大阪の梅田にいくのはちょっといやや。
チャンと葉巻を管理しているんだろうか。
京都の伊勢丹に作ってほしいな。
「コイーバ シグロ6」ぐらいでいいから吸いたい。

「サンタ・サンタ・ノヴェッラ」地図

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やっぱりこのカレーが好き・・・ビィヤント

2012年02月10日 04時50分16秒 | カレー
昭和50年(1975)創業なんだそうです。
もちろん創業から通っている。
当時、いまと違って一番辛いカレーというのが存在した。
一番最初に行った時、おばちゃんから「あんた、うちの辛口食べたか?食べてなかったらこれを味見してみ」とスプーンに辛口のカレーを試食させてくれた。
当時、私は辛さに対してまったく平気だった。
タバスコなんかも一本使うぐらいだったし。
それで一番辛いカラーを汗もかかず、お水も飲まずに完食した。
それがビィヤントとの出会いでした。
おばちゃんとそのあたりの話しはしていないな。


↑野菜カレー

最近、よく行く、昨日も前を京女と歩いていて匂いにつられてルーを持ち帰った。
今日のお楽しみです。
ビィヤントのカレーなら毎日でもOKだと思う。
私にとって一番好きなカレー。
お昼ちょっと過ぎていくとおばちゃんが自分のお店のカレーを食べてはった。
すごいでしょ。
毎日、自分で食べてはる。
そうでなくてはね。
ここのカレールーは、脂肪分が少なくてサラッとしている。
だから毎日でも大丈夫なんです。


↑シーフードカレー

ビィヤントに京女とよく行く時は、あまりよくない時が多い。
京大に父親が入院している時や他の人が入院している時に行くからなんです。
やっと父親も退院してくれたから一段落。
お陰で後遺症もなく元気。
ビィヤントと実家は同じ町内なんですよ。
おばちゃんはその事実を知らないのです。
そこまでお話ししていないしね。


↑カツカレー(ルーはビーフ、辛さは普通、長男リクエスト)

書いていてまた食べたくなってきた。
今日食べようっと。
うれしいな〜♪


「ビィヤント」地図→この地図ちょっと位置が変。東大路通沿いです。

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昭和の香りがプンプンする喫茶

2012年02月09日 05時50分35秒 | 甘味・喫茶・その他
ここは、京都ノスタルジック3大喫茶の一軒「ソワレ」。
2階が好きなんですが、階段が私にとってスリリングでした。



ちなみに京都ノスタルジック3大喫茶とは?
1.フランソワ
2.ソワレ
3.築地
いずれも四条木屋町の近くです。
築地は、久しく行ってないかも。
ここソワレもか。
乙女喫茶とかいわれたら、入りずらいです。


↑チョコレートゼリー

このお店は、画家の東郷青児ゆかりのお店。
創業が昭和23年。
ソワレは、フランス語で夜の時間、夜会、夜の公演の意味らしい。
確かにブルーの照明は、夜の感じやね。
昨日の篠田屋とは違う昭和空間。
アンニュイなイメージというヤツかな。
BGMがないというのも珍しいかも。
大きな声で元気よく喋ったらあかん雰囲気やね。


↑とってもクラシックな盛りつけ

これは、綺麗な飲み物ですね。
ポンチってなにかわかりますか?
英語の「パンチ」はヒンディー語で「5」あるいは「5つの」を意味する「パーンチ」に由来するそうです。
パンチの原型となったインドの飲み物がアラック、砂糖、レモン汁、水、紅茶または香辛料の5つの材料からできていたためです。
そんなのインド料理屋さんで見たことない・・・・。
イギリス東インド会社の船員がパンチの製法をイギリスに持ち帰り、そこからパンチがヨーロッパの他の国々に広まった。
ちょっとビックリでしょ。


↑ゼリーポンチ

パンチは本来、水・砂糖・酒・ライム果汁・香辛料の5種類の材料で作られた飲物のことであり、カクテルの一種といえる。それに果物を加えたのがフルーツパンチ(フルーツポンチ)の由来である。
ただし現在、日本ではアルコールは入らない場合が多く、代わりに炭酸水などを用いる。パンチボウルというボウルに入れて供し、柄の長い専用のお玉杓子でパンチグラスに注いで飲む。
アメリカ映画でよくみかけるものですね。
京男はなぜか「フルーツチンポ」と言ってしまう癖がある。
このお店に行った時は気を付けないとね。(悲)


「ソワレ」地図

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昭和初期のカツカレー?

2012年02月08日 06時00分32秒 | カレー
京都市内からダンダン古い食堂が消えていきます。
ものすごく寂しい。
時流だからしかたないけど。
先日、市役所西側にあった「アローン」の前を通った時、お店が閉店していた。
三条寺町西北角の「キッチンりゆうかい」もなくなっていた!
gooマップでは画像が見られるけど・・・。
入っておくんだった。
でも入る勇気がなかったお店なんですよ。残念。
どんどん昭和が消えていく・・・



今日の写真の篠田屋も昭和の香りがプンプンのお店。
お店に入るとタイムスリップしたような錯覚を覚える。
映画のセットみたいでしょ。
これが現役のお店なんです。
すばらしいと思いませんか?



京男はここの中華そばが好きなんです。
高校時代に食べていた中華そばの味。
普段、ラーメンをあまり食べないのですが、ここの中華そばだけは食べます。
でも今回は、皿盛を注文。
皿盛って、カレー丼にビフカツ、それを平面的に展開したもの(なんか難しい言い方だな)。
福神漬があるだけで、洋風になるから不思議。



味は昔々、琵琶湖に海水浴・・・小学校低学年の時は、琵琶湖を海だと思っていた・・・に行った時、お昼に民宿で出されるカレーライスの味ね。
後年、本物の海(若狭和田浜)で泳いだ時、ショッパイのでビックリしたものです。
スパイシーじゃないけど、許せるのですよ。



フト見上げると小さなプレートがあった。
「品は高田で値は安兵衛」
高田馬場の決闘(たかだのばばのけっとう)なんて知らない人も多いんだろうな・・・。
『血煙高田の馬場』監督マキノ正博・稲垣浩、主演阪東妻三郎なんてのは、知らない世代がたくさんおられるだろう。
かく言う私も、知ってはいますが、話しの内容はあまりよくわからない。


「篠田屋」地図
※この三条京阪あたりもかわった。
京阪電車が地上を走っていた時の三条京阪の方がずっと雰囲気的によかったと思う。
バカな開発をしたものです。
※できたらお店の前の自動販売機を外してほしいな。醜いし。

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くろ谷へ

2012年02月07日 05時23分08秒 | 社寺




京都以外の人はわからないかもしれませんね。
くろ谷とは、浄土宗大本山・くろ谷金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)のこと。
法然上人が承安5年(1175)43歳の時に念仏の教えを広めるために、山頂の石の上でお念仏をされた時、紫雲全山にみなぎり光明があたりを照らしたことから、この地に草庵をむすばれた。
これが浄土宗最初の寺院となった。
浄土宗といえば知恩院だと思うでしょ。
違うんです。


↑なかなか凄い階段でした


↑もうすこし


↑御影堂(大殿)

ここは、幼稚園前から小学校にかけて毎日ほど遊びにきていた場所。
北側の真如堂や吉田山全体が縄張りだったな。


↑阿弥陀堂







このくろ谷金戒光明寺は、会津藩松平肥後守京都守護職本陣旧跡なんです。
つまりここが新撰組発祥の地ということになります。
実は徳川幕府にとって、くろ谷金戒光明寺と知恩院は、軍隊を隠す場所だったそうです。だからよく見るとお城風の作りになっている。
二条城の所司代で管理し、いざとなったら軍隊がでて鎮圧するというもの。
くろ谷で武装集団をつくったのが新撰組なんです。
新撰組といえば壬生の屯所だけど、くろ谷の方が本陣なんです。
京都ってこういう場所が生々しく残っているんですよ。


↑天風哲人の碑

この碑を見たかったのです。
小さい時に実際に会っていたのかもしれないんです。
このくろ谷で、研修会をしておられたようです。
その時、きっと遊んでいたと思う。
写真を見て、どこかで見たおじいさんだと思ったものです。
夢の中で喋ったりしていました。

入院中、ずっとiPhone3GSに入っていたテープを聴いていた。
やっぱり明治の人はすごいと思いました。
碑の内容を引用します。



天風哲人の碑
天風(中村三郎)先生は、1876年(明治9年)出生、資性高邁俊敏、年若くして日露戦役には軍事探偵として満蒙の地で幾多生命の危険をおかして活躍された。
戦後重い肺炎にかかり、生命、人生に対する疑問をいただき、欧米の学者識者を歴訪したが解決を得られず。帰途不思議な縁によってヒマラヤ山麓のヨガの聖地に導かれ、難行苦行を積むこと3年、ついに不滅の真理を悟られるに至った。
帰国後先生はご自身の体験を基礎に、生命についての深い研究を重ね、それを組織体系化し、実際方法として心身統一法を創見。これを広く世に普及するため、1919年(大正8年)独力天風会を創立されたのである。
心身統一は生命本来の相である。心身統一法は、この真相に基づき、心身に系統的な訓練を施し、生命力を充実、発揮させる驚嘆すべき効果をもつ。爾来、先生は東奔西走、斯法を説かれること半世紀にわたる。
1968年(昭和43年)先生は、寿齢92才にして宇宙の大霊に帰せられた。
天風会創立60周年、京都支部発足50周年を記念して、先生にゆかり深きこの地、黒谷に追慕敬仰の碑を建立する。
   1978年(昭和53年)10月
      財団法人 天風会京都支部



中村天風さんを研究していたのはもう25年ぐらい前だ。
なんとか「クンバハカ」はマスターしました。
気功の師匠もいまやっているとお正月電話で言っていた。
もう一度精密に資料を研究してみたいといけないな。
今年の課題です。

↓最初にであったのはこの本です

天風先生座談 (廣済堂文庫)
宇野 千代,中村 天風
廣済堂出版

98歳で「何だか 私 死なないような気がするんですよ はははは は」と言ってのける宇野千代さんは素晴しいと思ったな。

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京男がうどんを食べるようになった理由(わけ)

2012年02月06日 04時37分41秒 | 

↑ペリエで乾杯・・・情けないけどしかたない

先週の週末、珍しく京女と二人でランチ。
私の誕生日&結婚記念ということでブションにいきました。
京女はブションに行ったことがなかったのです。
結婚前から京女とはうどんが多かったな。
最初のデートは、フランス料理だったけど。
京都グランドホテル(いまはリーガロイヤルホテル京都)の屋上の回転展望レストランでフランス料理だった。
あの頃、ランチはフランス・イタリア・インド・広東料理しか食べないと豪語していた時代なんです。バブルで絶好調の時代だったな。服装もISSEY MIYAKEだった。
それから比べると最近の若い子の服装の貧相なこと・・・。


↑オマール海老のテリーヌ


↑「こんなのが病院ででたら最高なのに」と京男の言

回転展望ということで、席がゆっくり回転して京都市内を見ながら食事できた。
イスを引いて着席させた(なかなかやるでしょ!)。
京女が「私乗物に弱いの」と言った。
これには参った。回転展望台が乗物の一種なんだ!
取りあえず進行方向を見ながら食事できるように座席を変更。


↑キノコ入りサラダ生ハム添え

メニューを見ながら「何を食べる?」
でもリクエストがない。
仕方なく自分のペースで注文した。
ワインは当時でもナシだったと思う。
彼女は車だったし、私はアレルギーだし。


↑プロヴァンス風牛肉の煮込み。京男のオーダー


↑歯なんかいらないぐらいねっ!


↑サーモンポワレ、皮がパリッとして美味しい。

フォアグラのステーキがきたけど、彼女は食べない。
「なんで・・・?」と聞くとどうやら嫌いらしい。
どうも食が進まないので再度聞いてみた。
「食べ物で何が好きなん?」
彼女は、うどんが好きらしいというのがわかった。
そうなんだ!
以来デートは、彼女が好きな大黒屋、権太呂、権兵衛になってしまった。
しかも彼女の車で送り迎えしてもらっていたから店を選べない。(悲)
当時、私はうどんなんか食べなかった。
でも彼女と付き合うために雅満(我慢のこと、私はこう表現します)しておりました。オテンバキキ(いまはGOSPELという名前になっている)なんてのもよく行った。こんど二人で行ってみよう。
京女とは「やまぐち」に行ってないな。次女とはよく行ったけど。いまはもうない。


↑季節のタルト


↑桜桃のクラフティ


↑こういうところのデザートのケーキが好き。私が得意とするのはこういうフランス料理のデザートね。京女は洋菓子が得意だけど。

彼女の車なので、神戸とかはいけなかった。
当時、私のホームベースが全然使えない状態だった。
手足を縛られてプールに放り込まれた感じね。
無事結婚していまでは銀婚式も過ぎた!子供も4人!
信じられないぐらい時の流れが速い。
たまには、こうやって原点にもどって食事もいいものです。
二人とも食べるものに違和感がなくなったしね。


「ブション」地図

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冥想歩き?

2012年02月05日 05時59分19秒 | 風景
ドンツクドンドンツクツク・・・ナウマクサマンダーバーザラダンセンダーマーカロシャダーターカンマン・・・
ギャーテーギャテーハーラーギャティーボージーソワカー・・・


↑実は、豆撒きを見ていなかった。こんな風景を見ていた。

太鼓の音にあわせて唱えられる般若心経や各種真言を知らず知らず唱えている。
頭の中で宇宙が展開し始める・・・。
不思議な感じだ。
福と鬼なんてどうでもよくなってしまう感覚。
感情から解き放ち純粋に思考せよ。
そうすれば宇宙と一体になれる・・・。
宇宙から祝福されている感じがした。包み込まれている感じ。
自他渾然とした感じ。
脳出血のお陰で獲得した「共感覚」というのも悪くないな。
松葉杖とかどうでもよくなってきたし。


↑地面の模様をジット見ていた

そんな言葉じゃなくイメージが湧いてきた。
面白い!
歩きながら考えをまとめようとして、気がついたら聖護院から高島屋まで歩いていた!
途中、母方の祖父、祖母の眠るお墓のある寺を通った。
好きだった祖父に挨拶した。
この祖父は、和菓子専門だったのです。
不思議な感覚でしたね。
昨日はなんだったのか。


↑聖護院の斜向かいの須賀神社


↑懸想文を売るお兄さん

でも今日は手のひらがボロボロ。
松葉杖で歩くというんは、手のひらで体重を支えるのです。
後ろに思い切り突き出して加速するのですよ。
杖にバネが仕込んであるから。
結果的に一万歩以上も歩いてしまった。
この手の痛さのおかげで日常を思い出しました。(笑)
整形リハビリ担当からこんなことを話したら怒られるだろうな・・・。


↑人の思いがいっぱい結んであった

浮かんだイメージを文章にしなければいけない。
頼まれている原稿もあるしね。
すんません、もう少々時間がかかります。
(東に向かって最敬礼)

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鬼も豆を撒いていました・・・聖護院門跡

2012年02月04日 05時25分14秒 | 社寺


昨日、実家に行きました。
実家の隣の町内に本山修験宗総本山聖護院門跡があります。
幼稚園前から遊び場所だった。
幼稚園や小学校への通学路なんです。





でも何をするところかずっとわからなかった。
「門跡」ということは皇室との関係が深い。
聖護院の説明によると、後白河天皇(1156−58)の皇子、静恵法親王が宮門跡として入寺されてより後、 明治維新まで37代門主のうち、25代は皇室より、12代は摂家より門跡となられた皇室と関係の深い寺院です。



この聖護院は「聖護院大根」で有名な聖護院なんですよ。
八つ橋も聖護院の名産なんですよ。
昔は、生八ッ橋なんかは近くでしか買えなかったな。
お土産に持って行くとみんながありがたがった。



ここは役行者がはじめた山伏の総本部みたいなところなんです。
ここから、智積院や今熊野神社に護摩焚きに来てはります。
だからここの山伏さんは顔見知りなんですよ。(笑)



ここの節分の豆撒きは面白いんです。
鬼を説得して改心させ、いっしょに豆撒きをするんです。
豆を見に来ている人に撒かはると、見ている人が急に鬼になるのが面白い。
自分だけが豆(福)をもらいたいと必死になる。
なんとあさましい姿なんでしょうね。
人間なんてこんなものです。
縁と出会えば鬼にも福にもなります。
難しいものやね。


↑この豆は撒いたはった豆。袋入りなのが親切ね。あとからみんなにくださった。

豆の他に甘酒接待をしたはった。
でも京男は、受け取れないのでパスでした。
甘酒が飲みたかったな・・・。


「聖護院門跡」地図

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鞄の手入れ

2012年02月03日 06時04分04秒 | モノ
昨日、革のバックから「手入れをして欲しい」と声が聞こえてきた。
ほんまに聞こえてきたわけじゃないけどね。
この革のディバックは、いまとなっては昔々PowerBook2400/G3/320/1Mを使っていたAppleと日本IBMが共同で開発したモデル。
発売は、1995年5月発売でした。
このモデル用に革職人さんに作ってもらったのがこのディバック。


↑PowerBook2400/G3/320/1M

去年オーバーホールをしてもらい、現役で活躍している。
革は、野球のグローブ用で、丈夫で柔らかい。
この鞄の中は二重構造になっていてPCを守ってくれる。
いまは、デジカメなんかを入れています。
つくった職人さんともいまだに交流があるから、いざとなったら修理してくれるのです。
やっぱり作った人をしっているのが一番。
使っていて安心だもの。
言葉の通じない、顔のわからない人じゃないしね。
この手の皮はあまり手入れの必要はないのですが、ときどきミンクオイルで手入れをしてあげるのです。
ミンクオイルは、手の熱で溶かしながら塗りひろげる。
ぬったら一晩置くのが理想。
革がしっとりします。
自分の手も。(笑)



角の部分なんかが擦れて白っぽくなる。
その場合は、靴墨を薄くつけてあげると綺麗になります。
こんなことをしているのは、我が家では私だけです。
靴や鞄をもっと手入れしないといけないな。
「足下(元)を見られる」というのはありますからね。
性格が、ばれてしまう。
それから他の家族は外出する時、とても大ざっぱかも。
携帯のバッテリーを満タンにしてかない、装備をチェックしていないし。
肝心な時にバッテリーがないという場面をよく見るもの。
待ち合わせなんかもアバウトだしね。
携帯文化(?)の影響だな。
しっかり決めて行動しない。
一人で行動する私としては考えられない。
バッテリー切れというのが命取り(ちょっと大層か)になりますからね。


↑長久堂「花の目覚め」


↑きんとん、粒あん

節分だというのに関係ない記事だ。
現時点では、行事に行く予定を立てていないんです。
もし行ったら明日にでもご紹介しますね。

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節分考

2012年02月02日 03時54分21秒 | 行事
そろそろ節分やね。
節分とは、立春の前の日をいいます。
今年2012年は、2月4日が立春。
つまり4日から春ということになります。
節分は、立春の前日をいいます。
季節の変わり目ということでいうと節分は年に四回あります。
立春、立夏、立秋、立冬なんです。
でも冬から春がやっぱり節分という感じがしますね。



季節が移行するから波動的に不安定ということで、その時は日頃静かにしている邪鬼(鬼)が騒ぐという考え方です。
節分の行事は、邪鬼を祓うという行事です。
その代表が豆撒きやね。
最近は、大豆(炒り豆)じゃなく袋入りピーナッツなんかを巻くようです。
後片付けからいうとそうやけど・・・効果はないだろうな。


↑吉田神社追儺式、方相氏

節分鰯というのもあります。
鰯を焼いた煙でいぶしたり、門(かど)に鰯の頭を柊の枝でさらしものにする。
邪鬼は、生臭い匂いが嫌いらしい。
そんなのやられたら京男でも家に入られへん。


↑吉田神社、黄鬼

家族が笑う。
家族が明るく笑うのを邪鬼は嫌うそうです。
例え明日デフォルトになっても、笑いましょう。
無意味に笑われても結構怖いけど。
京都の商家の節分では「福は内、鬼は外」と家長がまき、その後ろから「ほんまにほんまに〜」という人がいる。それを聞いて家人が笑うというのがあるとききました。
なかなか奥深いですね。
まあ、鬼も福も個人個人の潜在意識に潜んでいるものでしょうから、自分に向って大きい声で言えばいい。理想は「心の中にいる、福さん、鬼さん、仲良くしましょ!」と言えばいい。
「私の心に鬼なんかいない!」というあなた、たまたま鬼が出てくる縁にふれてないだけです。


↑千本釈迦堂・おかめ節分会

京都の花街では、「お化け」というのもあります。
芸者(舞妓、芸妓)やホステスが、節分の前後に通常の芸妓衣装ではない、様々な扮装をする。
それはそれで面白いと思います。
厄払いとは関係ないかも。
京都の街には、年中お化けみたいなカッコをしたお兄さん、お姉さんが闊歩していますな。これも面白いけど。
そうそう祇園なんかを歩いていると偽物のお化け舞妓なんかも出没しています。
恐ろしい世の中になったものでございます。


↑いつかの年の巻き寿司


↑もらいものの巻き寿司、我が家は切っていただきます

恵方巻きというのもありますね。
あれは、大阪の海苔組合が考え出した行事。
元々は、お座敷で舞妓さんに海苔巻きを咥えさせて、食べる様を喜んでいたもの。だから結構やらしい行為なんですよ。知らないでしょ。
巻き寿司は、切ってお箸でいただきましょう。
だからそんなことをしても恵方から神様はやってきませんね。
夢を壊してしまってすんませんな〜。

※本日の写真は過去のものです

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