Why is There No NATO in Asia?ネットで拾った。
なぜ、アメリカはアジア版NATO
を推進しなかったが。
これまでいろいろ説明はされてきたが、どれも不十分であり、結論的には。
という。
要するに、アメリカの政策策定者はヨーロッパの同盟を共通の平等な共同体とみなしたが、アジアの同盟は、部外者であり、劣等な共同体としかみなかった、ということ。
戦後ヨーロッパもアジアも惨憺たる状況だったが、アジアは弱体のままだが、ヨーロッパは直に回復するだろう。
NATOに対する脅威は「われわれ」の文明に対する脅威とみなされた。
ヨーロッパは多国間の組織を作るに値するほど信頼できたが、アジアとはそうした信頼がないから、2国間での条約しかできんかった。
我々と同じ考えと自由への理想、そして白人からなる国家からの組織だからこそNATOを支持する、と。
アジア支持者がアジアを支持する理由はというと、アジアはアメリカの保護において救われる望みがあり、アジアは、野蛮だが、従順であり、資源や機会にに満ちているし、白人を支持してくれる義理堅い人が多い、と。
ーーまあ、これなんぞ有道くんの意識やろな。
英米、欧州人、アジア人、ラテンアメリカ人、アフリカ人という人種のヒエラルキーがアメリカの外交政策にはある、と。
まあ、個々のアメリカ人が人種差別主義者かというと、そうではない。ほんまにいい人々が沢山いるわけだし、人種差別の歴史があるからこそ、反人種差別の意識も強い。その一方根強い人種差別意識があり、それが外交にも影響することもある、ということは知っておいてよい、と思う。
要するに、アジア版NATOができなかったのは、アメリカにとってアジアは劣等で「われわれ」という共通の自己意識を共有できなかった、と。
翻って我々日本人もアジアにおいて、同盟関係を結ぶさい、共通の何かを掲げたほうがよい。反米・反西洋は受け入れられやすいだろうが、生産的ではない。自由・人権・法の支配などでもいいが、それに加えて、アジア的な象徴がほしい・・・・・なんかいい宣伝文句ないかな?
なぜ、アメリカはアジア版NATO
を推進しなかったが。
これまでいろいろ説明はされてきたが、どれも不十分であり、結論的には。
Perceptions of collective identity, we argue, played an underappreciated role in this decision. Shaped by racial, historical, political, and cultural factors, U.S. policymakers saw their potential European allies as relatively equal members of a shared community. America’s potential Asian allies, in contrast, were seen as part of an alien and, in important ways, inferior community.
という。
要するに、アメリカの政策策定者はヨーロッパの同盟を共通の平等な共同体とみなしたが、アジアの同盟は、部外者であり、劣等な共同体としかみなかった、ということ。
U.S. ofŽ cials believed that, despite
current disparities in capabilities due to the ravages World War II had in� icted on Europe, their European allies would soon rebuild their strength, while their Asian allies would remain permanently weak.
戦後ヨーロッパもアジアも惨憺たる状況だったが、アジアは弱体のままだが、ヨーロッパは直に回復するだろう。
As Dean Acheson saw it, the threat to which NATO responded
was posed “not only to our country but also to the civilization in which we live.” “To understand this threat,” Acheson continued, one had to “go back more than 2000 years, to the very beginning of Western ivilization.”46
NATOに対する脅威は「われわれ」の文明に対する脅威とみなされた。
U.S. policies in both
regions become less puzzling. Once the North Atlantic was constructed as a region that put the United States in a grouping of roughly equal states with whom it identi ed, multilateral organizing principles followed closely.
Once Southeast Asia, in the view of U.S. policymakers, was constructed as a region composed of alien and, in many ways, inferior actors, bilateralism followed closely.
ヨーロッパは多国間の組織を作るに値するほど信頼できたが、アジアとはそうした信頼がないから、2国間での条約しかできんかった。
In his testimony in support of NATO,
Clayton explicitly linked his support of closer U.S. and European relations to racial grounds in addition to cultural ones. He argued that “my idea would be that in the beginning the union would be composed of all countries that have our ideas and ideals of freedom and that are composed of the white race.”86
我々と同じ考えと自由への理想、そして白人からなる国家からの組織だからこそNATOを支持する、と。
Part of what made dealing with Asians rather than Europeans
attractive to Asia-Ž rsters was the sense that backward Asians could still be saved under American tutelage.102 Asians were viewed as “barbarian but obedient,” and Asia was thought of as “a region of vast resources and opportunities, populated by dutiful and cringing peoples who followed white leadership.”
アジア支持者がアジアを支持する理由はというと、アジアはアメリカの保護において救われる望みがあり、アジアは、野蛮だが、従順であり、資源や機会にに満ちているし、白人を支持してくれる義理堅い人が多い、と。
ーーまあ、これなんぞ有道くんの意識やろな。
there is a long tradition in U.S. foreign policy of dividing the world into a racial hierarchy, with the United States and Great Britain at the top, followed by other European peoples, and with Asians, Latinos, and Africans further down the list.110
英米、欧州人、アジア人、ラテンアメリカ人、アフリカ人という人種のヒエラルキーがアメリカの外交政策にはある、と。
まあ、個々のアメリカ人が人種差別主義者かというと、そうではない。ほんまにいい人々が沢山いるわけだし、人種差別の歴史があるからこそ、反人種差別の意識も強い。その一方根強い人種差別意識があり、それが外交にも影響することもある、ということは知っておいてよい、と思う。
要するに、アジア版NATOができなかったのは、アメリカにとってアジアは劣等で「われわれ」という共通の自己意識を共有できなかった、と。
翻って我々日本人もアジアにおいて、同盟関係を結ぶさい、共通の何かを掲げたほうがよい。反米・反西洋は受け入れられやすいだろうが、生産的ではない。自由・人権・法の支配などでもいいが、それに加えて、アジア的な象徴がほしい・・・・・なんかいい宣伝文句ないかな?