まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

雨水過ぎ 川穏やかに 日曜日

2017年02月19日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は5.4度から10.9度、湿度は82%から60%、風は1mから3mの西北西の風が冷たかった。明日の20日は、前線や湿った空気の影響で曇り、昼過ぎから夕方は雨が降る見込みらしい。

 

 ご案内の通り、昨夜は母の祥月命日ということで、兄弟たちによる「飲み会」が行われた。メンバーがそろうと、仏間でのお勤め。みんなで正信偈を拝読する。

 

 その後は、兄弟三人にいとこと娘、それに義兄と奥方の7人の食事会になった。この会では、自分の飲みたいものを持ってくることになっているし、特に食べたいものがあれば持ってくる。

 

 義兄と奥方はおこたでの食事と歓談。特別に外泊が認められている。

 

 やがてにはカラオケ大会になる。義兄もなんだかんだといいながら歌うのに夢中になってきた。

 

 三人兄弟での歌だが、何を歌ったのかは記憶にない。なにせ、午前0時まで歌っていたらしい。

 

 次男の「よっくん」はマイクを握ったら離さない。カラオケにないものは、自分のパソコンを持ってきてテレビにつないで歌い続けるのである。

 

 で、朝の7時前に、みんな蜘蛛の子を散らすように帰って行ってしまった。義兄も朝食が終わると奥方が送って行った。残った私は、恒例の「集落内パトロール」をしながら、一人暮らしのお年寄りに、お風呂に入るときの「ヒート・ショック」について注意するようにお願いもしながら・・。

 

 その後は、おへんろつかさの会のホームページに、三月、四月、五月の行事予定や、そのお知らせを追加更新しておく。

 

 このHPは、ホームページビルダー21のSP版というもので作られている。

 

 続いて、それを、私のホームページの行事予定ページにも反映させておく。

 

 こちらは、同じくホームページ・ビルダー21のクラシック版で作られている。

 

 このホームページ・ビルダは元はIBM社の製品だったのに、いつしか日本のジャストシステム社のものになっている。どんな経緯があったのかは知らないが。

 

 今日の掲示板はこれ。「再び通らぬ一度きりの尊い道をいま歩いている」という榎本栄一先生の言葉から。「一年は短いが、一日は長い」とはだれかの言葉であるが、その長い一日でも、一分一秒ずつ年をとっているのである。どこかの女優さんが「一年が一千万円で買えるなら、私、買いますよ」と言ったそうだが、お金を出して買えるものでもないし、女優だから、それができるという訳でもない。毎日毎日、明日がある、明後日が あると思って、ついうかうかと過ごしているのが私たちである。しかし、いずれにせよ、お互いに「再びは通らぬ一度きりの尊き道をいま歩いている」というわ けである。ややもすれば、いやなことは避けて通り、毎日、おもしろおかしく、押し流されているとも言えるのだが、尊いいのちをいただいている自分自身の本当の姿に気づいて、自分をみつめ直すことが求められているのではないかと思われる今日このごろである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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追憶の 時間ばかりや 落椿

2017年02月18日 | 日常・・ありのまま。

 さぬき市地方は冬型の気圧配置となっているため、概ね曇っていた。気温は5.6度から12.4度、湿度は88%から60%、風は1mから6mの西北西の風が少しばかり。明日の19日は、冬型の気圧配置が緩み、高気圧に覆われてくるため、概ね晴れる見込みらしい。

 

 今日は母の五回忌を行うらしい。本来ならば親戚一同に連絡して・・・というところなのだが、近年の事情で兄弟だけのささやかな法要にした。最近は、どういう訳だか、親戚筋でも法事奉賛にお呼ばれすることがなくなった。お葬式のご案内はあっても、その後は何もない・・という親戚が増えた。

 

 まずは、義兄を施設までお迎えに行って・・・。

 

 高松市牟礼町にある「牡蠣屋」さんに行って、むき身や殻付きのものなどをどっさりと買った。

 

 その後、さぬき市長尾にある「新鮮市場きむら」であなごなどの魚などを買った。野菜や果物も買った。仏壇へのお供え物も買った。

 

 同じく市内にある「ザ ビッグ」というスーパーでも食材とか缶ビールとかも買った。雰囲気としては、「母の祥月命日」を「縁」にした小宴会・・・という感じ。町内の鮮魚店でお刺身なども買った。

 

 おりしも、今日は母のお通夜だった日。母の希望で、「我が家で死んで、我が家のお仏壇の前で葬儀をし、我が家から送り出して欲しい」ということで、お同行さんや、会葬者には狭いところで不自由をかけた。

 

 近年は、葬儀会館やホールでの葬儀になってしまっている。でも、「母の遺志だから」ということで押し通してしまった。少し前ならば、当たり前だった「自宅葬」。祖母も父も自宅から送り出したものだった。

 

 ところが、夜半から雪が降り始めて大騒ぎになった。盛り籠のお供え物やお生花などを家の中に入れなければならなくなった。狭い室内がさらに狭くなった・・・。

 

 そんなことを思い出しながら、お仏壇の準備。

 

 お昼からは、さぬき市の広報を会員さん宅へ配達してきた。この広報に、私の担当するおばあさんが亡くなったと載っていた。たしか、一ヶ月前には元気だったのに・・と、その集落の自治会長さん宅へお伺いしてみたらば、その直後にお風呂で亡くなっていたのだとか。またしても、「ヒート・ショック死」だった。これで三人目だ。一人暮らしで、息子さんが気がついたのは数日後だったとか。

 

 今夜はまた、こうした兄弟だけの小宴会になって・・・

 

 こうしたカラオケ三昧になることだろう。

 

  今日の掲示板はこれ。「二度とない人生 一日一日が宝です」というもの。未来のために現在があるのではないし、現在のために過去があったのでもない。明日のために今日があるのではない。老後のために青春があるのではなく、大人になるために子どもがいるわけではないのである。それぞれが初めての今日、私の今日を生きているのである。かけがえのない今日を生きているのである。悔いることのない、輝ける今日でありたいものである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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春雨や 路頭に眠る 娘あり

2017年02月17日 | 日常・・ありのまま。

 さぬき市地方は湿った空気の影響で曇り、夕方には雨が降る見込みらしい。気温は7.6度から15.7度、湿度は84%から79%、風は1mから5mの西の風が一時は強かった。明日の18日は、冬型の気圧配置となるため、概ね曇るらしい。

 

 朝から雨になっていた。本来ならば雪になるはずの雨だろう。母の命日が2月の19日。この日はどか雪で会葬者も我々も大騒ぎをしたことだった。市の斎場にも雪で上れないとかと騒いでいたし、向かわれも、三回忌も雪の日になった。そういう時期だった。

 

 今年は暖かいので雨になったらしい。雨だから、確定申告に行こうかどうか迷ったあげく、最初は混むから来週にしようということで・・・・

 

 香川県立図書館に向かった。借りていた本を返却しておきたいと考えたからだ。いつ、心臓が止まるかもしれないので、用事が済んだものは、早め早めに返却しておこうと考えたのだ。

 

 駐車場はがらがらだったけれど、館内にはけっこうな利用者さんがいる。

 

 おじさんたちは新聞が好きだなぁと思う。職場でも経済新聞からスポーツ新聞まで多種多様な新聞があって、みんなはむさぼるようにして読みふけっていたものだ。私は一切、新聞は読まない。

 

 で、五冊の本を返却して五冊を借りた。別に十冊でも十五冊でもいいのだが、そんなに借りても読めないので借りない。私はさぬき市の観光ガイドだから、歴史や民俗などを勉強している。特に「仏教民俗学」的なものに興味がある。

 

 さぬき市は2002年の平成の大合併で、旧大川郡8町の内の西部5町(志度町・津田町・長尾町・寒川町・大川町)が合併して生まれた市だから、まだ、「さぬき市史」というものはない。

 

 こんな田舎の小さな村でも、調べてみればすごい歴史の上に成り立ってきたのだと知らされる。郷土は歴史の宝庫だとも言える。

 

 昨日は病院代と薬代とで四万円弱を使ったので、今日はささやかにラーメンで昼食。ま、」これだけではないのだが。

 

 さて、午後から、担当区域内のパトロールをやっていたら、こんなものを見つけた。これは人がしゃがんでいるところ。「もしもし、病気ですか?苦しいのですか・・」と、声を掛けたら眠そうな顔・・。眠たいからと言って、こんなところで寝ていたら車にはねられる・・・。

 

教育的指導でお帰りを願ったが、その後、どうしたやら。近くの自治会長さんに確認しても曖昧な情報しか頂けない。「言いたくないことは聞いてはいけない」のだが、市の福祉課に相談すべきか、地域包括か・・・警察か・・。今日の日誌はどうしよう・・。

 

 それと、誰もいない筈のおうちの乗用車が昨日はなかったのに、今日はあった。ここのご主人は入所中・・・。誰が車を運転しているんだろう・・・。

 

 さぬき市の広報は、毎月20日発行ということになっている。だから、前日の19日に自治会長宅に配達される。ところが、今月と来月は19日が日曜日のために、今日の17日に配達された。これを仕分けしたのだが、配達は日曜日の19日にしよう・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「それもこれも みんな当たり前だと思った時から 私の不幸は始まる」というもの。いつもお世話になっている町内の善楽寺さんの掲示板から。

自分の今の幸運を、
当たり前と思った時に、
不運は始まる。

自分と付き合ってくれている人が、心優しい。
そのことを当たり前と思った時に、
不幸は始まる。

気がついた時には、
酷い人に囲まれている。

自分のことを良くしてくれる人がいる。
それでずにのった時に、
地獄の入り口にきている。

一度去ったその人は、もう戻らない。
なぜなら、
その人は、さる前に、できる事を精一杯しているから。

(加藤諦三 金のたまごを生むから)

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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菜の花に 今日の重さを 確かめる

2017年02月16日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていたが、夜は気圧の谷や湿った空気の影響で曇るらしい。気温は3.1度から14.1度、湿度は96%から62%、風は1mの西南西の風が少しばかり。まるで春になったかのような一日になった。明日の17日は、前線や湿った空気の影響で曇り、昼過ぎから夕方にかけて雨が降る見込みなのだとか。

 

 今日は月に一度の県立病院での予約診察日なので、ゆっくりと出たのだが、病院の手前で忘れ物をしたことに気がついた。

 

 この、血圧や脈拍を記録した用紙である。これを毎日記録するようにと言われているもので、これを忘れたら記録にならない。すぐさま引き返して用紙をつかんで病院に向かった。

 

 9時30分過ぎに病院に入って、レントゲン検査室にファイルを入れたらすぐに呼ばれて検査室に入った。

 

 胸のレントゲン撮影だからすぐに終わった。

 

 中央処置室という採血室の前に座ったとたんに番号を呼ばれた。採血もスムーズに終わり、採尿も終わった。

 

 すると、すぐに「中待合」にすすめという表示が・・・。ま、ここで、数分は待たされたけれど、10時前にはドクターの診察が始まった。

 

 こんなことは初めてだ。だいたい、血液検査には1時間はかかると聞いたのに・・。だから、今日は30分ですべてが終わったことになる。

 

 やはり、胸に水がたまっているという診断。で、無呼吸用のマスクを着用してみないかと言われたけれど、それは何度もお断りしている。そしたら、来月は「栄養指導」が用意された。

 

 会計処理が終わって時計を見ると、まだ、10時5分。いつも、こんなに速いといいのだけれど。

 

 帰りに調剤薬局で薬を受け取って我が家に戻った。

 

 今日のお会計・・・。合計3万9020円。少ない年金受給者にはきついお値段である。

 

 どうにも、胸が苦しい・・と、薬箱を開いてみると、今朝の朝食後分を飲み忘れている。以前には三日くらい薬を飲まなくても平気だったのに、どうやら、これは重傷化しとるのかも知れない。

 

 90や80歳の人ががんばっているのだから・・と、ドクターは言うのだが、そんなに長生きしても仕方がない。やりたいことはやってきたし、好き勝手な人生を過ごしてきたのだから、思い残すことは何もない。

 

  今日の掲示板はこれ。「こんなはずではなかった と言って終わるか これでよかったと言える人生にするか それが仏法」というもの。いつもの赤松先生のお寺にあった言葉から。人は死に直面して、はじめて過去の自分の無意味な生き方に気がつくのである。それまでの自分は、家族を守るため、お金を貯めるために生きてきて、「幸せ」 という夢想を埋めるためのものでしかなかった。自分で生きていなかったということに気がつくのである。「こんなはずではなかった・・・」その思いは、「自分だけは大丈夫」だと思い込んでいるために起こるのではないのか。そんな私たちに対して、すべての物事は必ず移り変わるということを、仏教では「無常」と 教えてくれているのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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うすごおり 踏む毎日の いとおしく

2017年02月15日 | ふるさと散歩

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は2.2度から12.2度、湿度は88%から60%、風は2mから3mの西の風が少しばかり。明日の16日は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 よい天気の日には布団を干しておく。でも、これが大仕事。おなかに水がたまるものだから、うつむいたり、重い物を持つと心臓を圧迫して苦しくなる。布団を持ち上げるということが苦しいのである。

 

 その後は部屋を片づけて掃除機をかけておく。

 

 今日は年金支給日ということで、銀行とJAさんと郵便局とで一斉記帳したり、週末の母の五回忌用に現金を引き出したりするが、皆さん、同じようなことで、どことも大混雑。その合間に、87番札所の長尾寺さんに今日もやってきた。

 

 今日のターゲットはここ。自在天堂という建物である。自在天というと、ヒンドゥー教のシヴァ神を思い浮かべがちだが、ここはちと違う。ここは、「天満大自在天神」ということで、菅原道真公の御霊を神格化した神様のことである。

 

 長尾寺の鎮護神として、境内の西側に、こういう建物がある。

 

 で、紛らわしいのだが、「自在天」と表記されている。だから、祭神は、「天満大自在天神」ということになる。なんで、ここに菅原道真をおまつりしているのかと言うと・・・。

 

 こういう看板が立っている。平安時代、当長尾寺に明印という名僧がいた。讃岐国司であった菅原道真公と親交厚く、延喜2(902)年、道真公が九州へ左遷のときに志度浦に出て「不期天上一円月、忽入西方万里雲」の詩を贈って心を慰めた。公もまた詩と自画像を明印に与え別れを惜しんだが、後にこの古事により、宝永7(1710)年、天満自在天神宮として建立、当山鎮守として祀られている。

  

 祭事としては、1月25日の初天神祭で、併せて筆供養お焚きあげが厳修される。これが「筆塚」である。

 

 元慶( 877- 885)年中、菅原道真公の知識と言われた明印法師もこの寺に往持した。師、はなはだ博学多通にして、そのほまれは帝都にも達した。

  

 菅公筑紫左遷の砌、志度房崎の沖に、小舟でこぎ寄せて「不期天上一円月。忽入海西万里雲」という詩を贈り、公は幼時の自画像を呈せられ自在天堂に祠る。さらに屋島寺の覚遍法師等々名匠・硯徳相次いで往持した。

 

 ということで、丸瓦には「梅」の紋所、四隅の角には牛の焼き物が載っている。

 

 普段には何気なく通り過ぎる風景の中に、思いもよらぬ歴史が横たわっているものである。今度のガイドの時の話題に追加したいものである。

 

  今日の掲示板はこれ。「老病死は自然である その老病死する事実に向き合わず逃げ回っている我々の姿を無明という」という、赤松先生のお寺にあったことばから。生まれたいのちは、その瞬間から「老病死」を抱いて生まれている。それが全てのいのちに共通する自然である。その事実に向き合わずに、自分だけは死にたくない、老いたくない、病になりたくない・・と、逃げ回っている姿を「無明」というのである。無明とは仏教語で、邪見・俗念に妨げられて真理を悟ることができない無知のことを言う。最も根本的な煩悩で、十二因縁の第一、三惑の一とされている。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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静けさを 春の寒さと 言ってみる

2017年02月14日 | 今週も俵札調査

 さぬき市地方は寒気の影響で概ね曇り、雨や雪の降っている所があった。気温は2.9度から9.8度、湿度は88%から58%、風は3mから6mの西北西の風が少しばかり冷たかった。明日の15日は、高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 冷たい小雨の降る中、恒例の火曜日は前山活性化センターへの出勤である。これは県営前山ダム湖である。その湖畔に、この建物が建っている。

 

 「パソコンのできる人、いませんかぁ・・」というので、手を上げたら、毎週毎週、ここに通うことになって、あっという間の二年間が過ぎた。パソコン作業だけだと思っていたら、ホームページも作りたい、研究資料も作りたい・・と、どっぷりと、引き込まれてしまった二年間。今年の四月からは三年目に入る。

 

 屋根裏につり下げられていた汚い俵の中には多種多様な紙くずが押し込まれていて、主要な「納め札」の調査は終わって、今は、その他の紙くずの整理の最終段階。展示できるものと、それ以外に分類中。

 

 だから、メンバーもぐんと減って、今日は男性3人、女性2人になった。私のお仕事は、ほぼ、ない。単に、ホームページ用の資料の確認と打ち合わせくらいなもの。

 

 これは何かとよくよく見れば、「熊野三山」の護符で、八咫烏(やたがらす)だという。カラスで何かの字を書いてあるんだろうか・・・。

 

 私は日曜日に見た、この句碑が気になって仕方がない。「春風や 人あるかぎり いろは歌」と刻まれている。長尾寺と「いろは歌」の関係を聞いてみたが、誰も知らないという。

 

 現地に行こう、現物にさわろう・・・ということで、冷たい風のながれる中、87番札所長尾寺にやってきた。長尾寺の住職は9代宥意阿闍梨という近郷まれな高僧であった。宥意は静御前とその母磯野母子の上品さとなにか哀愁のある巡礼姿に気をうばわれて、庫裡に招いて悩みを尋ねた。

 

 事情を聞いた宥意が二人に諭したのは「いままでの出来事をすべて忘れて、いまから新しい人生の道をたどるのが最良」と語り、更に"いろは歌※3"を示して仏教的な無常観を解説した。 母子は虚心坦懐な気持ちになり得度剃髪を懇願した。と、この看板に書いてあるではないか。※3 いろは歌は、作者不明の七五調四句の手習い歌の一つである(空海の作は誤り)。仏教信奉者は無常偈の意味があると説明している。

 

 得度して静は〔宥心尼〕、磯野禅師は〔磯野禅尼〕と名乗るようになった。 剃髪した髪は本堂の近くに葬り石を重ねた。いまも護摩堂の前に〈静御前剃髪塚〉があり、凝灰岩の五輪塔のようなものが残っている。これが、長尾寺に安置されている「宥心法尼」、俗名「静」の位牌である。

 

 1191年11月20日 磯野禅尼が長尾寺でお参りを済ませ、薬師庵へ帰る途中、井戸川(鴨部川)のほとりで老衰と寒さもため倒れ、命を落とした。 69才であった。

 

 井戸川橋畔に磯野禅尼の墓があったが、1937年の県道改修工事のとき現在地に移転された。墓石の前に花崗岩の自然石で〈磯野禅尼之碑〉と刻まれた石碑が建っている。

 

 この小さな石碑が磯野のお墓である。家に戻って、養成講座の資料を開いてみると、そのくだりは、ちゃんと資料の中に印刷をされていた。

 

 今日の掲示板はこれ。「占いに 迷い一層 深くなり」というもの。新年を迎えて、神社仏閣のお参りや 今年の運勢を見るために占ってもらう人が多かった。占いはこの「迷」があるから占いに走るという。一般的な迷いのほとんどが、お金や病気、仕事のこと、愛または欲かも知れない。迷いの「迷」は、「米」の八方に引かれた線が方向を表し、しんにゅうの「辶」は走るという意味で、行き先や方向がが分からず、とにかく四方八方に走り回ことを差していることらしい。私もそうだったけれど、お酒を呑む人が その店で満足せずに、次の店に、また、次の店に行くように、占いも、次から次へと「占いのはしご」をするものらしい。おみくじが気に入らないと言って、次から次とおみくじを引く人が居るようなもの。でも結果は、ご自分の中にすでに決めていることがあり、自分に納得できることを求めているからなのかも知れない。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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寒桜 カメラマンの手に 念珠あり

2017年02月13日 | ふるさと散歩

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は2.6度から9.2度、湿度は86%から60%、風は3mから5mの西の風が一時は強かった。明日の14日は、気圧の谷や寒気の影響で、概ね曇りで、朝は雨や雪が降る見込みらしい。

 

 月曜日は資料館も図書館も博物館もお休みなもので、ぽっかりと空いた日をどこですごそうかと考えて、久々にここに来てみた。

 

  丸亀市綾歌町栗熊西にある「梵音山真興院福成寺」という浄土真宗本願寺派のお寺さんである。

 

 ここには、このように、住職さんが植えたとされる「寒桜」があって、今を盛りと咲いている。通りかかったおじいさんが、「一ヶ月も咲いたら、散り出したのぉ~」と、独り言を言いながら歩いて行った。一ヶ月前いうたら、1月の13日やないかい・・。そんなに早くから咲いておったんかいな・・・。

 

 「寒の桜は強いのぉ~。染井吉野は一週間から十日で散るけんのぉ~」と、もう一人のカメラマンにも話しかけて通り過ぎた。そっかぁ・・、もう、終わりなのか、道理で人が少ない筈だ。

 

 この、福成寺の開基は、聖武天皇の頃、行基の開山と伝えられる。嘉承元年(848)真言宗に、応永28年(1421)、中興の祖、了圓により、真宗に改宗した。後小松天皇の応永元年(1394)、長尾大隅守の執権職であった幡多惣左衛門正家が68歳の時、出家し了圓と号し、この地に福成寺を再建した。

 

 了圓の後、 長尾元高の第9子、高乗をその嗣とし、乗高と号し、当山第二世となった。以後、法灯連綿今日迄及ぶ・・・とある。諸堂宇も整い大いに盛んであったが、天正の兵火で焼失。以後再建され、天正14年には、羽柴秀吉から京都大仏殿供養に命ぜられている。

 

 そんなことを、本堂の上の額に詳細に書いてある。ご本尊様に合掌お念仏。

 

 風が吹くと、ハラリ、ハラハラ・・・と花びらが散っていく。

 

 香川のNHKのテレビもラジオも、この話題ばかり。さぬき市沖のなまこ猟の網に、この「白いナマコ」がかかったというている。で、さぬき市大川町にある「雨滝自然科学館」という所に移されて展示されている。数年前にも、同じようなことで、そこで展示されていて、そのときの画像である。突然変異で白くなったものだが、非常に珍しいものだというていた。

 

 昼から、担当区域内を歩いてパトロールしてきたが、今年は梅の花が少ないなぁと思う。菜の花はあちらこちらで見かけるけれど、ふきのとうは全く見かけなくなった。

 

 人影は見かけないが、サルの姿だけはあちらこちらのひだまりで遊んでいる。

 

 もう、そのあたりは排泄物だらけ。気をつけて歩かないと・・・。

 

 東かがわ市の「湊川」沿いに行ってみたのだけれど、そこに植えられた「河津桜」はほんの数輪が花開いた程度。ここの見所はまだ先のことのよう・・・。

 

  今日の掲示板はこれ。「よく自分に問うてください。一度きりの人生をどのようにいきていくのかを・・・・」というもので、今日、お邪魔した「福成寺」さんの入り口にあったもの。「よく自分に問うてください。一度きりの人生を、どのように生きるかを。善人になるより、悪人と気づくことのほうが難しい。」というのが元の言葉らしい。山本有三さんの言葉に「たった一人しかない自分を たった一度しかない一生を ほんとうに生かさなかったら 人間に生まれてきた甲斐がないじゃないか」とある。私たちは一度きりの人生をどう生きるかを、よく自分に問うてみなければならない。人生は何が起こるかわからないもの。時にまさかということも起こってくる。いつ人生が終わるかもわからないのだから、まさに、いまが大事なのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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春そぞろ 静御前の 墓の花

2017年02月12日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は、冬型の気圧配置となっているため概ね晴れていたが、午後からは曇りで、夕方まで雨や雪の降る所があった。気温は2.2度から7.6度、湿度は86%から64%、風は3mから4mの西風が吹いて冷たい一日になった。明日の13日は高気圧に覆われて、概ね晴れる見込みらしい。

 

 先週に引き続いて、今日もおへんろつかさの会のウォーキングコースの下見の日。中央に見える大石神社まで、私とみゆきさんの「木村コンビ」の二代の車に分乗してやってきて、ここから、「木もれ日のみち」という「四国の道」を歩いて「鍛冶池」まで行く。

 

 この日の参加者は6名と運転手2名。歩き部隊はここから「古墳」を見学しながら山道を進むが、私とみゆきさんは、車で先回りをして「鍛冶池」で待つことにする。

 

 この「大石北谷古墳」は地元では、「ばくち場古墳」というらしい。古墳時代後期の円墳とのこと。

 

 こういう横穴式石室が残されている。

 

 今日のコースは長尾町の字の左上から鍛冶池を経由して「川上古墳」から北上して、87番札所の長尾寺で解散となる。

 

 途中、丸井古墳などを見学しながら展望台経由で鍛冶池に向かう。

 

 ここが鍛冶池畔にある「静薬師庵」。その昔、義経亡き後、母磯野禅尼とこの地に落ち延びた静御前が亡くなったとされている場所である。右手奥の白い石碑が静御前のお墓。ここで皆さんと合流。

 

 これが、静御前のお墓とされているもの。侍女「琴路」は静が亡くなった七日後に、この鍛冶池に身を投げたと言われており、そのお墓もここにある。

 

 今日の鍛冶池には若者数人がルアー釣りを楽しんでいた。

 

 次に向かったのが「川上古墳」。古墳時代中期後半ごろの古墳とされ、朝鮮式の古墳だということだった。

 

 私とみゆきさんは、先回りをして長尾寺で待つことにした。その間に、お寺の裏にある墓地を見て回った。墓地の入り口には歴代住職の無縫塔があって、村岡大僧正のお墓も確認できた。

 

 庭園をお掃除していた庭師さんにお願いして「お庭」に入れてもらった。落ち葉もなく、きれいに掃除されているのが印象的だった。

 

 どうしても見ることのできなかった、この句碑を見せてもらった。長尾寺の中興の祖、村岡住職の句碑である。「春風や 人ある限り いろは歌」と刻まれている。また、自蔵園楠蔭と号して俳借をよくし、ことに長尾俳壇の中心として、いまにその流れを汲む者、山下抱月をはじめ数多く、その命日には楠蔭忌として句会が続けられている。

 

  今日の掲示板はこれ。「終わりと初めは遠くて近い 失敗したら出直すだけさ」というもの。また、別な掲示板では、「終わりと初めは 遠くて近い どん底落ちれば また 出直すだけさ くよくよするなよ なにこれしきと 不屈の闘志でよみがえれ」というものもあった。ま、落ちたら立ち上がればいい。失敗したら、もう一度やってみればいい。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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うどん屋に 水仙がある あたたかさ

2017年02月11日 | 日常・・ありのまま。

 さぬき市地方は強い冬型の気圧配置となっているため概ね曇り、昼過ぎから夜のはじめ頃にかけて、雪や雨の降る所があるらしい。気温は2.6度から6.2度、湿度は80%から66%、風は4mから8mの西風がやや強かった。明日の12日は、引き続き冬型の気圧配置となるため、概ね曇る見込みらしい。

 

 あんまり必要でもないのだが、あんまりにもしつこくメールをよこすものだから、ついつい、クリックしてしまった。

 

 ホームページビルダーのV21である。新しくなったと言っても、私にとってはさほど必要でない機能ばかりが追加されているばかり。しまったしまった、島倉千代子。

 

 クラシック版というのはすぐに更新できるようになったのだが、SP版というものがある。例の「おへんろつかさの会公式ホームページ」というのは、会長がSP版で作ったので、以降は、私が更新しているのだが、これがまた面倒なのだ。

 

 本当は、「初心者でも簡単に作れます」というもので、難しいことを覚えなくてもすぐにホームページができてしまう。ところが、更新しようとすると、元のソースがどこに格納されているのかわからない。

 

 そこで、プロバイダーのサーバーにアクセスしてFTP(ファイル転送システム)で、送り返してもらうのだが、それがなぜだか、去年のデータ。そんなもの使える訳がないが、最初から作り直すよりは少しはまし・・・かな。

 

 10時半過ぎに、けいこばぁと、お兄ちゃんを迎えに施設に行った。着替えとか頼まれていたCD集とかも運び込んで・・・。

 

 その後、さぬき市宮西というところにある、セルフのうどん屋さんに行った。先週は「一般店」だったので、今週は「セルフのお店」ということでここにした。讃岐のうどんは、こんなのもあるんやで・・というところを見せたかったらしい。なにせ、さぬきうどんを食べたのは、「仁尾太陽博覧会」の時に、途中のこんぴらさんの参道で食べて以来・・だというから、実に38年も昔のことらしい。

 

 私は、冬場限定メニューの「しっぽくうどん」の小。たしか、360円だったような記憶。

 

 兄ちゃんには、ここだけのメニューの「溜うどん」。当店の看板メニューで、こだわりの南高梅に鰹節、溜のオリジナル醤油と山芋を絡めるもの。これの中(2玉)を、おいしそうに食べてしまった。

 

 奥方は、いつでもどこでも「かけうどんの小」である。

 

 その後、スーパーで果物を買った。どうしても、施設だと果物が不足するのだという。

 

 その後、再来週の25日に、兄ちゃんの奥さん、義理の姉さんがここにやってくることになった。こちらは、特別養護老人ホーム。兄ちゃんの盲養護老人ホームとは、向こうに見える渡り廊下で往来ができる。今日は、その打ち合わせだった。部屋の大きさを確認して、どれくらいの荷物が必要かなどなど。

 

 今日の掲示板はこれ。「人生見えない事ばかり。だから面白い!」というもの。今回の句碑探し、歌碑探しは全く先の見えない作業ばかり。全く、暗闇の中で手探りでやっているようなもの。この先どうなるの?とか、将来の不安を感じても仕方がないではないか。今の状況から先がわかる人などいないのだ。とにかくやるしかないと、行動ひとつで将来は変わってくる。そう思って、行動してみるしかないのである。昨日より今日、今日より明日が楽しめまるというもの。ワクワクするではないか。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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雪やんで 犬の散歩を せがまれる

2017年02月10日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は、強い冬型の気圧配置となっているため概ね曇り、雪の降っている所があった。気温は3.6度から6.2度、湿度は78%から60%、風は4mから9mの西の風が一時は強かった。明日の11日は、引き続き冬型の気圧配置となるため曇りで、昼過ぎから夕方は雪や雨の降る所がある見込みらしい。

 

 朝方は粉雪が舞い降りてきて、見る見るあたりが白くなってきた。今日は奥方の大切な検診日。介護施設の職員がインフルエンザやノロウイルスに冒されると大変なことになるので、特別検診だからと、早めに出かけていった。

 

 そんな中、自治会員さんから、「うちの横で竹がケーブルに倒れかかっているの。雪で切れたら大変やから、竹を切るように連絡してちょうだい!!」との金切り声。「はい、先日に連絡して手配しております」と答えたら安心したみたい。

 

 そんなに心配せんでも大丈夫。最近のケーブルは、讃岐の雪では切れたりはしない。すぐに雪はあがって青空が見えてきた。現場はこんなもの。枯れた竹が、北風で折れて倒れた物。案ずることは何もない。

 

 雪はすぐにやんでしまって、溶けて流れ出した。

 

 雪はやんだことだし・・ということで、香川県立図書館へ、借りた本を返却に行った。用事が済めばさっさと返却しておく。

 

 寒いせいか、駐車場はガラガラ・・・。館内にも人影は少ない。

 

 で、五冊の本を返却して、またも、五冊の本を借りた。

 

 今度は民俗関係の本を五冊。「両墓制」と、「葬送儀礼」、「娘遍路」の資料調査のためである。

 

 この二冊が実に興味深い。

 

 お昼過ぎに、ケーブルネットワークの協力会社さんが、竹を切りにきてくれた。本来ならば、ケーブル側が被害者である。自分ちに竹が倒れかかって来たら、当然、竹の持ち主に文句を言うはず。ケーブルに傷でもついたら、保障問題にもなる筈。それを住民は、ケーブル側に竹を切れ・・・というのは筋が違うと思う。ま、前自治会長が、そう、しろ・・と言うので、ケーブル側にお願いしたけれど。

 

 ハイ、終わった、終わった、尾張名古屋は城で持つ。

 

 午後からは借りてきた本の中から、「遍路墓と葬送」とか、「三野町の両墓制」という部分をスキャニングした。人間はいつか死を迎える。遺体がが発生する。遍路墓や両墓制は見逃せない事実なのである。

 

 この部屋から見る限り、雪はない。しかしのかかし、一つ山を越えたら、きっと、雪の積もった里があるのだろうなぁと思うことだった。

 

   今日の掲示板はこれ。「迷いの岸から悟りの岸へ 合わす手と手が渡し船」というもの。さすが、いいことを云うなぁと思った言葉だった。彼岸とは、仏さまの悟りの世界、それに対して私たちの住む世界を此岸と呼んでいる。 この二つの世界の間に流れているのが三途の川。この川には、その名の如く火途(地獄道)・血途(畜生道)・刀途(餓鬼道)の三つの瀬があり、人は死後、その行いや罪の重さによって、いづれかの途を渡らねばならないと云う。これでは向こう岸にたどりつくのは無理。ほとんどは川に溺れ、今以上の苦しみを味わう事になってしまう。そこで仏さまは人々に「今までの生き方を悔い改めよ」と懺悔の法を説き、救いの〝船〟を用意されるのだ。どんなに大きな石でも、船に乗せれば水に浮かぶように、罪の重さで、苦しみの底に沈もうとする人々に、大切なのは素直に反省する心である。たとえ小さな針でも、そのままでは水の底に沈んでしまうもの。迷いの岸から、悟りの岸へ。あなたの合わす手と手の中に、仏さまの〝渡し舟〟はいつでも用意されているのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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黄水仙 今日の一歩は 温かい

2017年02月09日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は低気圧の影響で全般的に曇っており、雨や雪が降っている所があった。気温は2.9度から8.5度、湿度は90%から68%、風は1mから6mの西の風が一時は吹き荒れていた。明日の10日は、冬型の気圧配置となるため曇りで、朝は雪が降り、雷を伴う所がある見込みらしい。

 

 朝からしっとりと雨になった。本来ならば雪になる筈の雨。今期はまだ、雪が積もったことがない。

 

 奥方が、「ガソリンがないから借りて行くね~」と、私のムーブに乗ってお仕事に出かけていった。

 

 仕方がないから、私が奥方のアトレーに乗って給油スタンドへ。こういうことが何回かある。ひどいのは、「パンクしているから借りて行くね・・」とか、「バッテリーがあがったから、借りるね・・」というときもあった。そうなると、車屋さんに連絡して、直るまで待たないといけない。

 

 県道の防災工事は雨の日でも続けられている。昔は、「土建屋殺すに刃物はいらぬ。雨の三日も降ればいい」というような言葉があったし、私らも「電話屋殺すに刃物はいらぬ。雨が三日も降ればいい」などと言って、工事はお休みになったが、すぐに「雨具を支給しとるんだから、雨でも仕事に行ってください」と、雨でも外に出されてしまった。

 

 さて、市役所からお兄ちゃん宛に、「個人番号カード継続使用について」という文書で、暗証番号の設定用紙が送られてきたらしい。本来は、奥方がやるべきものだが、代わりに、書類を市役所に出してきて欲しい・・というので、施設にやってきた。

 

 で、暗証番号を記入した用紙やら、マイナンバーカードと身障者手帳を預かって、さぬき市役所に向かうことにした。

 

 市役所で、暗証番号の変更処理をするにも十数分ほど待たされた。そういえば、私もマイナンバーカードの暗証番号なんぞ覚えていないなぁと思いながら・・・。

 

 この前に、お兄ちゃんにパソコンを持って行ったのだが、マウスがないと仰る。確か、マウスは使わない・・とか言うていたように思うのだが。だから、量販店に立ち寄って、

 

 マウス1個を買って・・・

 

 施設に戻って、個人番号カードと身障者手帳、マウスを手渡して戻ってきたらお昼前になっていた。

 

 午後からはデスクワーク。自治会の会計処理とか、我が家の財務管理とか・・・

 

 おへんろつかさの会公式ホームページの更新作業とかをやっておれば、すぐに16時が来てしまう。

 

 今日の掲示板はこれ。「欲しいものはたくさんあるけれど 必要なものはそう多くない」というもの。どこの誰の言葉かはわからない。若い頃には「あれも欲しい」「これも欲しい」と思っていたが、年のせいかどうかは知らないが、あんまり欲しいものもなくなってきた。欲しいものと言えば、 新しいパソコンとかタブレット端末だとか、レーザープリンターとか・・・。でも量販店でながめていても、「必要かなぁ」と考えるとどうでもよくなってしま う。衣類でも図書でも似たようなもので・・・「欲しいものはたくさんあるけれど、必要なものはそう多くない」。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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迷い道 冬の日暮れの 早いこと

2017年02月08日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れていたが、気圧の谷の影響で夕方からは曇ってきた。気温は1.0度から8.2度、湿度は82%から63%、風は1mから2mの西北西の風が少しばかり。明日の9日は、低気圧や前線の影響で概ね曇り、朝まで雨や雪が降る見込みなのだとか。

 

 愛用のノートPCは、インストールを繰り返しても回復せず、とうとう画面が点滅してしまい、壊れてしまった。数年も使ったから寿命だったのかも知れないが、まったく恨めしい自動更新だったと腹立たしいばかり。

 

 で、昨日に届いた、Windowse7のノートPCに、アプリケーションを組み込んで、全く同じ物に作り上げていく作業をやっていた。

 

 このノートPCには、Office2010が搭載されていて助かった。うちのものは、もう、何台にも乗せたものだから、認証を受けるのが面倒だった。

 

 ここには、4台のプリンターもあるので、それらのインストールとか無線LANの設定とかも済ませた。

 

 そうして、同じような仕様のノートPCが4台と、デスクトップPCが1台ができあがった。どれが故障しても通信やデスクワークが停滞しないようにしてある。主なデータ類はハードディスクに保管して共有しているから慌てることはないが、微妙にデータが食い違うことがたまにある。

 

 愛用のノートPCは、廃棄してしまうことにした。

 

 お兄ちゃんが使っていた電話機は、私の部屋に取り付けた。

 

 その子機は、奥方の枕元に置いた。昨日に買った電話機の子機は私の机の上に置いてある。こうしておけば、私の部屋に情報が集中することになる。携帯電話は滅多に出ないことにしてある。あくまで緊急用ということで。

 

 この一週間ほどは、ノートPCの遅さやフリーズとかでイライラしたし、Windowse7への切りかとかでもやもやしていたが、これで、どうにか落ち着くことができた。

 

 お昼からは、民自協の定例会。お役所からのお願いばかりで終始した。

 

 私の担当区域は全くの異常なし。1時間ほどで終わってくれてほっとした。明日が空き缶の回収日なもので、空き缶を集積場まで運んでおかないといけないし、奥方のお布団や洗濯物の取り込みとかもあるし、最近は「主夫」のお仕事が大変だ。

 

 自治会長と民児委員ほかをやっているもので、来客やら電話が多くなって、ドアホンとか玄関チャイムとかを取り付けたり、電話を二重三重に新しくしたりとバタバタしたが、こちらも一応片付いた。

 

 今日の掲示板はこれ。「災難が来ぬように祈るのが信心ではない どんな災難が来ても引き受けてゆける力を得るのが信心です。」というもの。この世は無常である。常なるものは何もない。「ゆく川の流れは絶えずして、もとの水にあらず」と言われるように常に変化している。「時間よとまれ」ということはありえない。無常なるがゆえに、一寸先は何が起こるかわからないもの。一寸先は闇。いくら一生懸命努力しても、勉強しても、頑張っても、結果はどうなるかわからない。どっちに転ぶかもわからない。どっちに転んでも大丈夫といえるものを身につけていなかったら、結果が悪かった時、とても苦しいし、辛い。仏法を聞くとは、どっちに転んでも、災難がきても、思い通りにいかなくても大丈夫というものを得ることである。災難が来ないように祈るのが信心ではない。この世は必ず、生老病死の苦しみに会うところ。祈って無くなるものでは決してない。生きていれば必ず別れや死がある。与えられたことを引き受け、それを乗り越えていくしかないのである。その乗り越えていく力を得ることが信心だというているのだ。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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寒牡丹 私が私で あるように

2017年02月07日 | 今週も俵札調査

 さぬき市地方は冬型の気圧配置となっているため、概ね曇りで時折、小雨が降っていた。気温は4.2度から8.2度、湿度は75%から62%、風は3mから4mの北西の風が冷たかった。明日の8日は、気圧の谷の影響で、概ね曇る見込みらしい。

 

 朝、8時前に、自治会の会員さんから、太い竹が倒れて光ケーブルが切断されそう。至急、ケーブル会社に連絡して切ってもらって・・・」という連絡が。ま、枯れた竹が強風で倒れたもの。ま、連絡はしておいたが、夕方に見たときはそのまんまだった。

 

 今日は火曜日だということで、さぬき市前山にある「おへんろ交流サロン」に出勤した。さすがに、この時期の「歩きへんろ」の方は一人、二人・・・。

 

 今日の出勤者は男性4名、女性3名になった。作業は大詰め段階。どのように展示をするかを考えていた。

 

 このような新聞が何枚か発見されて、ああだこうだと読みふけっていたり。中には、新聞紙で袋を作っていて、その袋を開いてしわを伸ばしたりの作業になった。

 

 画像化の作業も大詰め。ただ、紙のサイズがまちまちで、立ったり座ったり、スタンドでは画面が入りきらず、手持ちで撮影したりと苦労している。

 

 お昼からは量販店に出かけていって、テレビ工事と電話工事の部品や機材を買った。

 

 お兄ちゃんちのテレビを奥方の寝室に置いて欲しいという。お兄ちゃんはラジオで十分だし、CDラジカセやパソコンがあれば十分だという。で、昨夜、工事をしたら、私の部屋のテレビが見られなくなった。そこで、新しい分配機を買ってきた。

 

 地上波とBSを分ける「分波器」も用意した。

 

 何が悪かったのか、今日は二台とも正常に、地上波、BSともに見られるようになった。

 

 電話機の工事も終わった。最近は自治会長だ、民児協だ、レキ研究会だ、おへんろつかさだと、電話がよくかかるようになった。一階のリビングで奥方が電話を受けても、二階の書斎に転送しなければならなくなったのだ。

 

 私は40年も通信会社にいて、電話で暮らしてきて、もう、電話は大嫌い!と、パソコン通信やらメールやらでやってきたのだが、最近は、そうもいかなくなった。そこで、一階から二階へ転送してもらう必要ができたというわけ。

 

 それが終わると、今度は奥方のご用で、掛かり付けのお医者さんで薬を処方してもらって、

 

 お隣の薬局で薬を調剤してもらって・・・

 

 家に戻ると、宅配屋さんが待っていて、amazonに注文していたノートPCが届いた。まだ、隣では、Windows7のインストールを延々とやっているが、再再インストールをやりなおしても、動作が遅くて使い物にはならない。何がどうしたというんだろうか・・・。最後には、カラーフラッシュイするようになった。だめだな、これは・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「幸せという文字には 辛いと字が かくれている」というもの。いつもの赤松先生のお寺の掲示板にあったものだが、誰の言葉かわからなかった。でも、似たような言葉を、星野富弘先生が書いている。「辛いという字がある。 もう少しで幸せになれそうな字である。」 辛いことを乗り越えた先に、どんなことが期待できるかをイメージしよう。いまは苦しくて辛いかもしれないけれど、そこだけを見て意識してしまうと、いつまでも負の循環から抜け出せない。辛さを乗り越えれば、希望が見えてくるというものだ。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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お遍路の 防寒衣と すれ違う

2017年02月06日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は、冬型の気圧配置となっているため、午前中は晴れていたが、午後からは概ね曇りで雨の降っている所があった。気温は8.2度から10.4度、湿度は74%から55%、風は9mから5mの西風が強く吹いて、体感的には冷たい一日になった。明日の7日は、引き続き冬型の気圧配置となるため、概ね曇る見込みらしい。

 

 おへんろつかさの会長から、「大窪寺門前に午前8時45分集合」という連絡を受けて、大窪寺に着いたのが8時40分。今日は3月のウォーキング「るんるん♪春へんろ」の下見をするということだった。で、私はいつものように車での伴走の役目。

 

 左上の88番大窪寺から、一部、旧へんろみちを歩いて、途中からはマイクロバスに乗って、10番切幡寺に向かうというもの。今の歩きへんろの方でも、このルートを歩いて、1番札所の「霊山寺」に向かう人がいるという。

 

 会員さんの中には同じ姓の人が多い。この青い車のご婦人さんが「みゆきさん」、私は「お上人さん」と呼ばれている。ともに同じ姓だからである。こうして伴走しながら荷物の運搬などを担当する。今日の参加者は6人と伴走者2名である。

 

 途中の産直のお店で休憩したり、お買い物をしたり。この「長野」という集落からは、二台の車に分乗して、直接、切幡寺に向かう・・・。

 

 切幡寺の山門脇に車を置いて、ここから333段の石段を登る。皆さん、健脚だ。いや、私の足が軟弱なのかも。ゼーゼーハーハーと大息をしながらついて行くのがやっとである。

 

 何度か来たことがあるが、この石段はきつい。

 

 でも、境内の紅梅が満開できれいだった。

 

 皆さんは多宝塔などを見学したりお参りをしていたが、私とみゆきさんは、彫刻を見たり、瓦の彫り物などを見て楽しんでいた。

 

 これがみゆきさん。

 

 これが客殿の屋根瓦。鬼瓦でもなく、鴟尾(しび)でもなく、しゃちほこでもない。

 

 反対から見ると、鯉のようでもあるし、何だろう・・・。

 

 途中、この「犬墓大師」にも足を伸ばすそう。犬を連れてこの地の山に分け入った弘法大師が猪と遭遇したところ、その犬が弘法大師を猪から守った。しかし犬は、誤って滝壺に落ちてしまい、犬の死を憐れんだ弘法大師が犬の墓を立てこの地を犬墓と名づけたと言われている。墓は享保(1716~36)の頃、犬墓村庄屋松永傳太夫が造ったとされている。

 

 最後は、大窪寺門前の「八十八庵」で、打ち込みうどんでの打ち上げになった。伴走者のみゆきさんと私は「ごちそう」になった。

 

 強い西風で冷え切った体には、このあたたかさがご馳走だった。

 

 午後からはお兄ちゃんの部屋に、ノートPCとプリンターを持って行って接続した。はてさて、これをどんな風に使うのだろうか。

 

 今日の掲示板はこれ。「明日こそ明日こそ 弁解しながら 過ぎて行く日々」というもの。下級貴族の子息であった親鸞聖人(幼名を松若丸といった)は、両親と幼くして死に別れた。生活に困窮していたであろう親鸞聖人は九歳でお得度されたのだったが、その時の話が次のように伝えられている。得度のために青蓮院の慈円和尚のもとを訪れた時には夜も更けていた。「もう遅いから明日に得度をしましょう」といった慈円和尚に、親鸞聖人は「明日ありと、想うこころの仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは」という歌を詠まれたということである。「今、咲いている桜も、夜中の嵐で明日には散っているかもしれません。それと同じように、私の命も無常の世にあって明日がないかもしれません。どうぞ、今日のうちに得度させてください」という親鸞聖人の懇願に、慈円和尚はすぐに得度の儀式をとりはからったのであった。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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一仕事 終えて水仙 雨宿り

2017年02月05日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は前線や低気圧の影響で、雨が降っていた。気温は5.8度から13.4度、湿度は92%から82%、風は1mから3mの東の風が少しばかり。明日の6日は、冬型の気圧配置となるため、概ね曇る見込みらしい。

 

 朝から雨になっている。奥方は「研修」とかで、午前7時過ぎから出かけていった。迷犬ごんは、「雨がいやだから」と散歩にも行かない。

 

 そこで、借りていた本を返却するために、香川県立図書館に行って来た。

 

 アセビのつぼみも膨らんできた。少しずつ、春めいてきている。

 

 今日は日曜日ということで大勢の方が新聞を読んだり、雑誌を読んだりと楽しんでいる。で、いつものように、五冊の本を返却して、また、五冊の本を借りてきた。

 

 明治の頃の「造田村」のことや、造田神社の記録などをまとめたものらしい。

 

 肩のこらないものを・・ということで、小学生の書いたものを選んでみた。我が町の言い伝えや名所なんぞをまとめたものである。

 

 この話、「おじょろ松」という伝承が書いてあった。今の、この集落に伝わっている話である。私が子供の頃には、二代目の大きな女松があって、まつたけ狩りの時には、その松に登って遊んだものだったが、いつしか、有名な松も枯れて倒れてしまった。

 

 そのことを、「大川町史」を開いて調べていたら、奥方が研修から戻ってきて、「これをインストールして欲しい・・と言うとるよ」という。目の不自由なお兄ちゃんが、プリンターをどうやって使うんだろう・・・と、考えながら、梱包を解いて(全くの新品)、接続して・・・

 

 インストールした。しかしのかかし、「LAN接続」が、何度やってもいまくいかない。

 

 この、ノートPCは、Windowse10で、私がどうやっても、カーソルが動かない。兄ちゃんは「マウスは使えない」と仰るが、矢印キーではマウスは動かない。パッドを使っても動かない。仕方がないから、私のマウスを接続して作業を始めたが、ブラインド用に音声ガイドシステムが入っていて、やたらとしゃべるから、どうにも気が散ってはかどらない。

 

 最後の手段で、USB接続して、どうにかインストールは終わったが、これを何のために使うのかが疑問。

 

 このプリンターの説明書を斜め読みしたが、「点字プリンター」だとは、どこにも書いていない。確かにカラーインクもセットしたのだが・・・。

 

 ま、言われたことだけをやっておけばいいのかも・・。ということで、短い冬の日が暮れようとしている。

 

 今日の掲示板はこれ。「悟りの花は どこに咲く 悩みの池の 中に咲く」というもの。お遍路に出るきっかけはさまざま。リストラや失業や退職、不登校から病気、怪我、失恋・・・さまざまな悩みを苦悩を抱いて人は遍路に出た・・・。そして、涙を流し、雨に打たれ、嵐に揉まれながら、再生していく。感謝や奉仕や悟りを得て、再び人は社会へと戻っていく。悟りはお釈迦様だけの専売特許ではない。「生かされている」、「感謝の心が生まれた」、「思わず合掌した」・・・。それらだって立派な「悟り」ではないか。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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