まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

ちんちろりん 台風一過の 野をいやす

2016年09月26日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は湿った空気の影響で曇り、太平洋側を中心に雨の降っている所があった。気温は22.3度から28.5度、湿度は94%から82%、風は1mから3mの東の風が少しばかり。明日の27日は、引き続き湿った空気の影響で概ね曇りで、夕方から夜のはじめ頃は雨の降る所があるらしい。

 

 という本を借りてきた。取り立てての意味もなく、そのあたりにあった本を掴んで借りてきたもの。この表紙にガリ版印刷の絵がある。「なつかしの」のすぐ下の絵である。確かに小学校の印刷物やプリント、宿題、絵日記帳・・・なんでもかんでもガリ版摺りだったように思う。

 

 こんなロウ引きの用紙を鉄やすりの上に置いて鉄筆で字や絵を描いたものを、

 

 

 このスクリーンの下に貼り付けて、右のローラーにインクをつけて印刷したものだった。中学校(1963)までは、そのような印刷だった。高校になると和文タイプとか英文タイプで印刷されていた。

 

 その後、輪転機というものになって多量に印刷できるようになった。専用の用紙に鉛筆やボールペンなどで文字や絵やを書いたり貼り付けて原稿を造り、それをローラーに巻き付けてスイッチを押せばどんどんと印刷できた。

 

 設計図面などは、「青焼き印刷機」というもので青焼きした。

 

 会議用資料なども青焼きしたが、ものによっては、

 

 こういうカーボン紙を挟んで複写することもあった。やがてのことに、カーボンには毒があるとか、PCBが入っているとかで複写用紙というものがなくなった。

 

 そしていつの頃からか、ゼロックスのコピー機というものが現れて文書印刷が楽になったことを覚えている。

 

 私のいた部署では、「DT-9658」とか、オアシスとかいうワープロマシンが入ってきたが、この、JW-10 というワードプロセッサーが誕生したのが、1978年の9月26日のことから、今日を「ワープロの日」と呼ぶのだとか。当時のおかねで630万円もしたのだとか。

 

 あれから38年・・・。ワープロという機械はすっかりと姿を見せなくなった。今頃はパソコンの中にワープロ機能を持ったアプリが搭載されていて、いとも簡単に文章を作成できるし、安価なプリンターで簡単に印刷も複写もできるようになった。写真だって簡単に文書の中に貼り付けることができるようになった。

 

 スーパーや郵便局の前には、早くも「年賀状印刷承ります」の案内が・・・。まだ9月の末だというのに・・・。

 

 それだったら・・・ということで本屋さんに行ってみると、あるではないか・・来年用のノートと暦が。ま、来年のカレンダーは決まっているのだから、特別な法律改正とかがない限り印刷することは可能だけれど。

 

 会社員時代から使い続けている博文館から出ている「DESK BLOCK」というダイアリーで、近年はこのB5版だが、それ以前にはA4番を使っていた。

 

 中身はこんな感じで真っ赤っか。

 

 今日の掲示板はこれ。「自分から回っている気の風車」というもので、いつもの赤松先生のお寺の掲示板からのおことばである。『仏説譬喩経』の「黒白二鼠のたとえ」がある。(以下概要)

 一人の旅人が悪ゾウに追いかけられ、木の根を伝って井戸の中に逃げ込んだ。ほっとするのもつかの間、目の前に黒と白のネズミが出てきて、代わる代わる木の根をかじり出した。下を見れば大きな毒蛇が口を開けて旅人が落ちてくるのを待ちかまえている。このままでは確実に根は切れて、大蛇に食べられてしまうことになる。そこに、木の根のミツバチの巣から甘い五滴の蜜が口の中に落ちてきた。その甘さに心が奪われ、もっと蜜をなめたいと思って、旅人は今にも切れそうな木の根をゆすりだした…。(以上)

 ゾウとは時間の流れ、井戸の中の大蛇は私を待ち構える死の影、木の根は自分の寿命のこと、黒白のネズミは夜と昼のこと、すなわち私のいのちが一日一日と死に近づいていることのたとえである。五滴の蜜とは、そんなきわめて危機的な状況も忘れて、食欲、色欲、睡眠欲、名誉欲、財欲という日常的な欲望にうつつをぬかしていることをいうのである。生きる目的は、金でもなければ財でも名誉でもない。「人身受け難し、今すでに受く」(よくぞ人間に生まれたものだ)と生命の尊厳と歓喜に目覚めて生きることなのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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草深き 耕作放棄地の曼珠沙華

2016年09月25日 | 日常・・ありのまま。

 さぬき市地方は湿った空気の影響で曇り、雨や雷雨となる所があったらしい。気温は22.4度から25.3度、湿度は94%から86%,風は1mから4mの東北東の風が少しばかり。明日の26日は、引き続き湿った空気の影響で概ね曇り、雨や雷雨となる所がある見込みらしい。

 

 昨夜は「九月は彼岸の墓参りで酒が飲めるぞぉ~」ということで、三人兄弟だけの飲み会になった。奥方は娘んちの留守番に出かけて不在。鬼の居ぬ間のなんたら・・・というところ。

 

 で、30分も飲んで食べればおなかが満腹状態。そこで、歌声喫茶風に「ロシア民謡」を歌おうよ・・ということになったが、ロシア民謡なんて出てこない。「カチューシャ」だって、最初の一節だけだし、「一週間」だって、月曜日に市場に行って・・・それでおしまい。「トロイカ」だって最初のワンフレーズだけ。

 

 おきまりは「カラオケ一番」でのカラオケ競演。

 

 来月は「十月はお月見で酒が飲めるぞぉ~」かな。

 

 朝の六時半に起きたら、もう、弟たちは昨夜の鍋物のお出汁で「オジヤ」を作って食べて帰った後だった。

 

 次男の「よっくん」がクリが欲しいと言うてたので、クリを売ってる農家を訪ねたが不在だった。そこで、あちらこちらと探してみたが、最近は高齢化とかでクリを売っている農家や道の駅とかにもクリがない。

 

 そのついでに、ここに寄ってみた。いや、お土産屋さんではない。

 

 ご存じ、四国霊場88番札所大窪寺さんである。ここで何やらやっていたのでじっと見ていた。外国人のお遍路さんのドラマ撮影だろうか。左端のおじさんが監督さんみたいだった。

 

 この人がお遍路さん役の外国人。ただ、黙々と歩いたり戻ったり体操したりを繰り返していた。

 

 手水舎(ちょうずしゃ)での撮影中。ここでも何回も何回も手を洗うシーンを繰り返している。この右端の娘さんが見習いカメラマンというかアシスタンとみたいでコマネズミみたいに走り回っている。

 

 で、白髪の監督さんがのぞき込んでいるのはディスプレーで、カメラのモニターになっている。撮影したものをモニターで確認して「OK!」を出している。「あ、デジタルなんだ・・・」と、妙に感心し納得した。

 

 昨日の志度寺さんの記事の中に「面向不背の玉」というのがあったと思うが、志度寺さんの資料の中にあったのがこれ。どちらから見ても釈迦三尊像の正面が見えて、背中は絶対に見えないという玉である。

 

 今日の掲示板はこれ。「人間必ず死ぬ 病気にもなる この身の事実から目をそむける事 それを迷いという」というもの。生まれたものは必ず死ぬことになっている。しかし、死ぬために生まれてきたのではなく、死ぬために生きているのでもない。 未来のために現在があるのではないし、現在のために過去があったのではない。その時の「今」こそかけがえのない「いのちの時」である。 過去に縛られることなく、未来を追うことなく、過去によって成り、未来を生む「今」を大切にしたいものである。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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コスモスは 咲いてその日を 良しとする

2016年09月24日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は気圧の谷の影響で概ね曇っていたが、昼過ぎからは大気の状態が安定したためか晴れてきていた。気温は20.9度から26.1度、湿度は88%から76%、風は1mから3mの東の風がすこしばかり。明日の25日は、引き続き湿った空気の影響で概ね曇り、昼過ぎからは大気の状態が不安定となるため、雨や雷雨となるらしい。

 

 さて、今日は、さぬき市観光協会の「おへんろつかさ養成講座」第三回志度寺研修の日である。ご案内の通り、おへんろつかさの会というのは、四国遍路の知識を伝え、さぬき市を観光的歴史的側面から全国に発信する活動をしている市民団体で、主には、上がり三ケ寺(志度寺・長尾寺・大窪寺)の案内や春と秋に遍路道を歩くまち歩きイベントなどを開催している。

 

 志度寺さんの駐車場は広くないので、受講生はさぬき市役所の駐車場に車を停め、ここに集合して、志度寺まで役員さんがピストン輸送する。

 

 講義は志度寺さんの書院をお借りしてのお勉強になる。

 

 9時からの一コマ目は十河瑞澄副住職より「志度寺現地研修」ということで、志度寺の縁起やいわれ、伝承などや境内内の建物の説明や各種仏像の来歴などについての講義があった。

 

 推古天皇の 頃に創建され、天武天皇の時代に藤原不比等が堂宇を拡張し、持統天皇7年(692)に、行基菩薩が大伽藍を修築したと伝えられているが、現在の堂宇は、寛 文10年(1670)高松藩祖松平頼重公が建立したものである。四国霊場86番の名刹である。本尊は十一面観世音菩薩で、脇士不動明王・毘沙門天と、絹本 著色十一面観音像、絹本著色志度寺縁起図絵六幅、志度寺縁起等付属文書九巻は何れも国指定の重要文化財である。寿永4年(1185)2月、屋島の戦いに敗れた平家一族が、この志度寺周辺で繰広げた源氏との激闘にも敗れ、西国に落ち延びて行った哀しい遠いものがたりもある

 

 天武の昔、 淡海公藤原不比等は、唐の皇祖妃から送られた面向不背の珠が、志度沖で竜神に奪われたため、身分を隠して都から志度の浦を訪れ、純情可憐の海女と恋仲にな り一子房前が生まれた。淡海公から事情を明かされた海女は、瀬戸の海に潜り竜神と戦い珠を取り返したが、竜神の為に傷付き真珠島で命を果てた。房前はのちに藤原家を継ぎ、大臣となった。ある日父より母である海女のことを聞かされ、行基を連れて志度を訪れ、志度寺の西北一丁あまりの所に千基の石塔を建立し、法華八講を修して亡き母の菩提を弔った。中央の大きな五輪塔が海女の墓と言われ、左右の円柱形の二基の石塔は内部を空洞にして経典を収める経塔である。

 

  毎年海女の命日である6月16日には大法会が行なわれ、16度市が立ち、千三百余年の昔をしのぶ供養が今もなお続けられている。また、謡曲「海士(アマ)」、浄瑠璃「大織冠」、歌舞伎「面光不背の玉」などで今に伝えられている。

 

 こうした地図で境内の案内もされたのが新鮮であった。

 

 二コマ目は、渡邊会長による「志度寺縁起絵図の鑑賞」という講義だった。志度寺には、こうした縁起絵図が七掛ある。今回はその内の「御衣木(みそぎ)縁起図」と「讃州志度寺道場縁起図」の鑑賞だった。

 

 本寺の縁起によると、志度浦にたどり着いた霊木を凡薗子尼(おおしそのこに、智法尼とも)が草庵へ持ち帰り安置し、その霊木から本尊(十一面観音)を造立し、堂宇が建立されたという。創建は推古天皇の33年(626)のこととされている。天武天皇10年(681)には藤原不比等が堂宇を増築し、「志度道場」として名づけたという。不比等に関わる「海女の玉取り」伝説は謡曲などでも知られる。また、持統天皇7年(693)には不比等の子・藤原房前が行基とともに堂宇を建立したと伝えている。

 

室町時代には四国管領の細川氏が代々寄進を行って繁栄するが、そののち戦乱により寺院は荒廃する。藤原氏末裔の生駒親正による支援などを経てのち、寛文10年(1671)、高松藩主松平頼重の寄進(本堂・仁王門)など、高松藩主松平氏により再興されている。

 

 三コマ目は、片桐孝弘氏による「さぬき市内の石造物について」という講義であった。

 

 先生は何年も掛けて遍路道沿いの石造物を丹念に調べて歩いて記録されている。

 

 なかなかに、こういうものをガイドする機会はないけれど、石造物を鑑賞する眼というもの、石造物を見て、これは何か・・ということを理解する上では貴重な講義であった。

 

 今日の掲示板はこれ。「念仏は悩みをなくすのではなく 堂々と悩んでいける道である」という曽我量深先生の言葉からである。妙好人といわれた庄松さんはまさしく安心して悩むことができる道を見出された。「(悩みを)持ったまま」「邪険という角を持ったまま」、安心して堂々と悩 んでいける道しか、私たちがすくわれる道がないと仰せになったのは法然上人さん。そこには、いのちを我が物にして苦しんでいたことから解放された法然さん の喜びがある。思いどおりにならない状況のなかに、実は光輝く世界があるもの。法然さんは、「真宗の教えは立派な人になっていく教えではない。人間は愚か であるがゆえに、はかりしれないいのちからの呼びかけを常に聞いていかなくてはならないのだ」と言われている。この呼びかけを忘れて、自分の思いにとらわ れてしまうのが凡夫とよばれる私たちのあり方なのであろう。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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菩提子に ただ合掌の 昼下がり

2016年09月23日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は気圧の谷や湿った空気の影響で曇り、東部を中心に雨の降っている所があった。気温は21.5度から24.3度、湿度は94%から88%、風は1mから2mの北東の風が少しばかり。ずいぶんとしのぎやすい陽気になってきた。明日の24日は高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 今年の春先の頃には、こんな風だった山も・・・。

 

 今朝方にはこんな風になってきた。重機の力はすごいもんだ。

 

 方向を変えて見たならば、こんなだった山が・・・

 

 こんな風になってきた。

 

 ということで、ダム一周の散歩コースを歩いてきた。最近、どうにも腹が張って食事が少ししか食べられない。「それは運動不足やで・・」と言われるので、涼しくなったので歩き出してみた。まだまだ、寝込むような年でもあるまいと思いつつ・・・。

 

 早くも金曜日になったのか・・ということで、香川県立図書館へやってきた。少しばかりアキニレの葉先が色づき始めてきている。

 

 借りていた五冊の本を返却して、また、新たな五冊の本を借りてみた。さぬき市の観光ガイドをやるのだから、さぬき市の文化財ぐらいはしっかりと勉強しておかねばと思い立って・・・。

 

 こういう本の情報の中にもさぬき市の情勢とかも記録されているはずだし・・・

 

 こういう本にだって、さぬき市の歴史にも絡むものもありそうな気がしたし・・。

 

 お昼からは、文化祭用の俵札調査の論文整理をやっていた。これは「私家版」というような性格のもの。メインの教育委員会発行予定のものは提出済み。

 

 メインの論文はひとまず完成。あと、資料編とか、関連する論文を集めての論文集にまとめる予定。

 

 今日の掲示板はこれ。「秋彼岸 弥陀の本願 無窮なる」というもので、昨日の勝覚寺の掲示板にあったもの。私たちが正定聚の絶対の幸福に救われるのは、南無阿弥陀仏の名号のお働きによることを明らかにされたのが「本願の名号は正定の業なり」(正信偈)のお言葉である。ところが私たちは「生きている今、正定聚不退転(絶対の幸福)になれる」と聞いても、あまりにもすごい救いなのでピンと来ないのがあたりまえ。そんな私たちに親鸞聖人は、あの弥勒菩薩より幸せになれるのだよ、と次のように教えてくださっている。「本当にそうだったなあ~!あの弥勒菩薩と今、同格になれたのだ。全く弥陀の誓願不思議としかいいようがない。しかも弥勒は56億7千万年後でなければ、仏のさとりが得られぬというのに、親鸞は今生が終わると同時に、浄土へ往って仏のさとりが得られるのだよ」と。そんなことを秋のお彼岸に聞かされたのであった。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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法水の 流れ豊かに 秋彼岸

2016年09月22日 | たまにはご法務

 さぬき市地方は湿った空気や前線の影響で雨が降っていた。気温は21.7度から24.5度、湿度は92%から94%、風は1mから3mの北西の風が少しばかり。今日は弱雨の一日になった。明日の23日は、湿った空気や前線の影響で曇り、明け方まで雨が降る見込みらしい。

 

 今日も朝から雨の一日になった。どうにも食欲もなくおなかが張るような感じだったので、軽く散歩に出たが、やっぱり、しっかりと濡れてしまった。傘を差すような雨でもなかったが、40分も歩けばジャージの上下は重たくなってしまっていた。

 

 明日だとばかり思っていた秋の永代経法要が今日だと兄弟子の三好師に知らされて、大急ぎでお寺に入った。午前11時を過ぎていた。

 

  讃岐国名勝図会には、開基は明暦三年(1657)沙門正哲の草創とあるが、寺伝によると、天正四年三好氏 落城のとき、その家臣板西城主赤澤信濃守は中富川の合戦において討ち死にし、天正十年(1582)赤澤信濃守の一子正本法師が菩提を弔うため、大坂天満興正寺で証秀上人につき得度し、丹生の郷小砂村に小砂坊を開基したのが勝覚寺の始めとされている。古い安楽寺末寺帖にも小砂正覚寺とあり、追加の記事にも三本松正覚寺とあり、創建も寺伝による天正年間が正確といえる。安楽寺末寺となったのは、阿波三好氏の関係であろうと思われる。その後正覚寺と号した。九代目願故のときの貞亨元年(1684)三本松村に移り、海暁山勝覚寺となったとされ、港町三本松の発展とともにその勢力をひろめ、寺院としての体裁を整えたと伝えられている。

 

 正午の梵鐘は英海さんが撞いてくれた。正式には7分間に10回の鐘を撞くらしい。私は好きなだけ撞いていればいいと教えられてきたのだけれど。

 

 今日は久々に兄弟子の三好師が出勤してくれて受付をしてくれていた。

 

 空は曇っているし、ときおり雨が落ちてきていたもので、みんな、何人のお参りがあるのだろうと心配していたが、けっこうなお参りの方が集まってくださった。

 

 お勤めは13時30分から仏説阿弥陀経と現世利益和讃。

 

 今回の導師は三男の善海師。清楚な声がよく沁みた。

 

 今日のご法話は高松市の佐々木安徳師。「愛顔敬語」、良き言葉を聞きなさい・・・というようなお話だった。

 

 菩提樹は中国原産の落葉高木で高さは10mほど。花期は6-7月頃で淡黄色の花を咲かせる。我が国へは、臨済宗の開祖栄西が中国から持ち帰ったと伝えられ ており、日本では各地の仏教寺院によく植えられている。お釈迦様が菩提樹の木の下で悟りを開いたとして知られているが、お釈迦さまの菩提樹は本種ではなく クワ科のインドボダイジュ(印度菩提樹、Ficus religiosa)のことらしい。中国では熱帯産のインドボタイジュの生育には適さないため、葉の形が似ているシナノキ科の本種を菩提樹としたと言われているらしい。

 

 今日の掲示板はこれ。「人はみな 生まれて生きて死ぬ 何急ぐ なぜ急ぐ 死を問わず」というもの。いつもの赤松先生のお寺の掲示板にあった言葉である。「人はみな、生まれて、生きて、老いて、病を得て死んでゆく。人は、なぜに生まれたかを知ろうともせず、いかに生きるべきかを問いつつも、なぜに生きているかを問われ、作り上げられた理想は崩れ去る。生きているのは偶然、死んでゆくのは必然。されど人は思う。生は必然、死は偶然と。昨日死んでいても不思議でない私が、今生きていることの不思議さ。人は必然する死を忘れて今を生きる。けれど、死は一刻たりとも私を忘れてはくれない。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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彼岸花 寝ぼけ眼を 嗤われる

2016年09月21日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は湿った空気の影響で曇り、雨の降っている所があった。気温は20.7度から26.0度、湿度は88%から74%、風は1mから2mの東北東の風が少しばかり。明日の22日は、気圧の谷や湿った空気の影響で曇り、雨の降る所がある見込みらしい。

 

 来月の1日2日が氏神さんの秋祭りらしい。で、うちの地区からは獅子と奴さんがいつも出ているらしい。その経費を集金して、大総代さん宅へ収めるのも自治会長のお役目なんだと。ついでに、獅子と奴さんのご祝儀も一緒に大総代さんに預けてきた。

 

 で、領収書をのぞき込んで思わず吹いた!!。「領収いたさいました」とはなんたるこっちゃ、サンタルチア・・・。

 

 昨日はこんなに流れていた水が・・・。

 

 すっかりと水位は下がっていた。大きな被害も出なかったみたい。

 

 台風も一段落したようなので、県道防災工事も再開した様子。こんな木を重機で引き抜いては処分している。一気に山の形が変わってしまった。

 

 散歩を兼ねて、町内にある「みろく自然公園」に行って来た。今日は水曜日と言うことで閉園日。閉園と言っても公園全体が施錠されるわけではない。温泉とか食堂とか民俗資料館などの施設がお休みになるのであって、公園自体はフリーになっている。

 

 そろそろ彼岸花の季節だろうなぁということで覗いてきたが・・・。

 

 おやおや、これは夏水仙。ナツズイセンは、ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草である。 和名は、葉がスイセンに似ていて、花が夏に咲くことから。また、花期に葉がないことから、俗に「裸百合」とも呼ばれる。彼岸花と呼ばれたり水仙と呼ばれたり百合とも呼ばれるらしい。

 

 これは「黄色い彼岸花」とは言わない。ショウキズイセン(鍾馗水仙)という花で、ヒガンバナ(彼岸花)によく似た黄色い花を咲かせる。日本では、九州や四国、沖縄など温暖な地域に自生している。ヒガンバナ科の多年草。花弁が波打っている様子を鐘馗ヒゲに例えたようである。別名はショウキラン(鍾馗蘭)とも。

 

 これが「白い彼岸花」などと呼ばれているが、厳密には彼岸花ではなく、Lycoris albifloraという「リコリス」の一種。ショウキズイセンとヒガンバナの交雑種である。

 

 これも、よくみると花びらが波打っているのでショウキズイセンの流れのよう。じっくりと見てみると、彼岸花のようでもあるが微妙に違いが見えてきたりする。

 

 これは、はっきりと彼岸花ではなくてリコリスである。

 

 わが家の土手にもたくさんの彼岸花が生えてきた。これがあるとモグラが嫌って土手を荒らさないとかと言われてきた。

 

 今日の掲示板はこれ。「苦しみも悲しみも 自分の荷は自分で背負って 歩きぬかせてもらう わたしの人生だから」という東井義雄先生のお言葉から。人生の主役はやっぱり自分である。私達は今どこに向かって人生を歩み続けているのか、見失いがちの毎日になる。そして、人生に目標があるとするならば、その目標をしっかり定めて生きていくことが大切なことである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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台風が 去ってバナナが 曲がってた

2016年09月20日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は台風第16号の影響で、雨や雷雨となり非常に激しく降っている所があった。気温は21.7度から23.2度と肌寒いほど。降雨量は1mm/hから27mm/hとやや大目だった。風は2mから6mの北北西の風が一時は強かった。明日の21日は、高気圧に覆われて、概ね晴れる見込みらしい。

 

 ご案内の通り、西日本は台風16号の噂で持ちきり・・・。九州から四国の高知沖から和歌山県に再上陸というコースでゆったりと進んだ模様・・・。

 

 そんなにも降ったようには思わないのだけれど、わが家のすぐ東の津田川は水量が増してきた。音もすごくなってゴォゴォ~・・と流れている。

 

 仕方がないから、迷犬ごんを玄関に避難させた。雨がまともに犬小屋の中にまで吹き込んでいるものだから。ところが、そのあたりにオシッコはするわ、廊下のマットの上で寝転ぶわという傍若無人ぶり。すぐさま、元の犬小屋に連れ戻した。私は動物にはやさしくない。

 

 警報発令だ、避難準備情報だと矢継ぎ早に防災メールが飛び込んでくる。そしてやがてには避難勧告まで発令された。

 

 わが家の上流にはしっかりとした県営ダムがあるし、この水位ならばまだまだ安全。この川の下流の人は危険だなぁと眺めるしかない。とにかくお昼が山場である。お昼を越えたら風も弱まるし、雨も小降りになる。

 

 お昼過ぎになって風も収まったので、自治会長のお役目執行。

 

 まずは農協さんに行って、18日に集金した自治会費と山の神さんのお賽銭とを入金しておく。公金だから無くしても困るのことだ。その後、秋祭りの獅子や奴用の祝儀や、赤い羽根共同募金や年末助け合いのお金を引き出して、それを近くの福祉協議会の事務所に持参して払い込んでおく。いちいち、募金や集金などしないことになっている。

 

 本来の趣旨を考えれば、戸別に集金して領収書を発行しなければならないのだし、金額だって一定ではなくて、それぞれの金額をお願いすべきところなんだろうが、ま、面倒くさい・・ということらしい。それだし、年末助け合い運動の募金までやっつけてしまうなんて事務的過ぎるのだろうが、私にすればそのほうがありがたい。

 

 それから集金した会費の中から、氏神さんの祭典費をここから宮司さんの口座に振り込んでおく。大総代さん宅に獅子や奴のご祝儀を持って行く筈だったのだが、雨が激しくなったので明日のことにした。

 

 確かに、この水量は警戒水位を超えているような。下流の方の被害が出ないことを念じたいもの。

 

 ま、わが家は何の被害もなく、台風16号は過ぎて行った様子。

 

 そそ。この台風のさなかに、わざわざ、この本を届けてくれた郵便屋さん。でも、amazon.comで買った本やKindle版はなぜか読まないのだ。クリックしたら、それで読んだような気になってしまうのかもしれない。

 

 今日の掲示板はこれ。「人がどう思うかより 自分がどう生きたいか 自分らしさが生き易い」というもの。自分は何をしたいのか、自分はどうしたいのかよりも、他人にどう思われるか、他人にどう評価されるかということを優先して生きているうちに、自分の本当の気持ちが分からなくなってしまっているもの。自己肯定感がとても希薄になって、自分に自信が持てない状態になっているのである。苦しいけど、相手の事を思ってしまったり、もめ事は怖い、人にどう思われるかも怖いし結果の自分の損も考えてしまう。そう思ってると、何も言えなくなり、何も行動が起こせなくなる。「何をやりたいか」「何を大切にしたいか」「どんな自分になりたいか」「どんな生き方がしたいか」のような自分の望みを知ること。「何をすべきか」だけでなく,その人らしさ(=「どうありたいか」)に焦点を当てることが大切である。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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糸瓜忌に 子規の生きざまを読み返す

2016年09月19日 | 日常・・ありのまま。

 さぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で、雨や雷雨となっている。気温は23.9度から24.7度と久々に涼しくなった。湿度は94%から89%、風は1mから3mの東北東の風が少しばかり。明日の20日は、台風第16号が接近するため雨や雷雨となり、非常に激しい雨の降る所がある見込みらしい。

 

 連休だからとキャンプに行っていた娘家族が避難をしてきて、昨夜は賑やかな一夜になった。おかげかどうか、今日はおなかの調子がイマイチである。

 

 弟から電話があって、お彼岸中にお墓参りに行きたいのだけれど・・というので、お墓の掃除や草刈りをやっておかないといかんのだけれど、雨ばかりではどうにもならん。

 

 雨が小降りになったスキをついてお墓にやってきた。そんなに草を刈り払うほどでもないが、お墓の周りだけでもと草を刈っておくことにした。

 

 でも、お墓の周囲だけを刈ってみると、なんかおかしい。ということで、畑部分もみんな刈り払うことになった。

 

 私が子供の頃には、ここはサツマイモ畑だった。でも、子供らが大きくなるとサツマイモの時代ではなくなってそのまんまになっている。

 

 で、お花もついでに投げ込んできた。

 

 30分ほどで草刈りが終わったけれど、作業服も下着も汗と雨とでずぶ濡れになっていた。

 

 今日(9月19日)は、「子規忌,糸瓜忌,獺祭忌」である。1902(明治35)年の今日(9月19日)は、俳人・歌人の正岡子規(まさおかしき)の忌日で、糸瓜忌、獺祭忌とも呼ばれている。子規は、洋画の写生の精神を文章表現に応用して、俳句、短歌の革新を試みた。しかし、若くして結核を患い喀血をくりかえし、20代後半からは結核の骨髄感染(脊椎カリエス)のため歩くことすらできなくなり、病に臥していた。病臥する子規の棲家であった東京・根岸の子規庵には多くの門下生が集い、明治以降の日本俳壇史にもっとも大きな影響を投げかけた場所と なった。

 

 この“子規庵”には、日覆いかわりに、糸瓜(へちま)棚がしつらえてあり、彼の随筆や句集の中にたびたび登場する。この糸瓜の茎からは、「ヘチマ 水」が採れ、この「へちま水」は「せきどめ、利尿剤の薬用もあるので、そのためにも植えられていたのであろう。「痰(たん)一斗 糸瓜の水も 間に合はず」/「糸瓜咲いて 痰のつまりし 仏かな」/「をととひの へちまの水も 取らざりき」 自分の死期を悟った子規は、ちょうど死の前日の18日、この三句を仰臥したままで記したという。痰を切るのに効果のある糸瓜の水は陰暦の8月 15日に取るとよいと言うが、もうとても自分には間に合わない。すでに仏同然と、病み呆けた自分を客観視しているのである。なんという強靭な精神力だろう か。忌日を「糸瓜忌」とよぶのは、子規の辞世(絶筆)の句となった、上記3句によるものだとラジオが報じていた。

 

 tenki.jpによると明日も終日雨になるらしい。16号台風(マラカス)は明日の正午ごろにさぬき市あたりを通るらしい。あさっては晴れる予想らしい。高知上空でしっかりと雨を降らせて欲しいものである。

 

 今日の掲示板はこれ。「"人"の"為"と書いたら "偽り"という字になりました」というもの。「人の為」だと思って物事を為すことは尊いことである。「人の為」と思うからこそ、物事を為すことができるのかもしれない。しかし、たとえ純粋な想いで始めたことでも、いつの頃からか「お礼を言われなかった」「誉められなかった」「見返りがなかった」など、不平不満の気持ちが溢れて来るもの。そのことを否定する つもりは毛頭ないけれど、本当に「人の為」を想ってのことなのかどうか、自分を中心に考えていなかったか?不平不満が出たときにこそ、問い返されることである。「偽り」と表現すると、わたしの想いや行動を否定されるように聞こえるかもしれないけれど、そうではなくて鏡のことばとして受け止めよう。「偽り」とは、わたしの姿を映し出していることばなのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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萩の花 恥ずかしそうな 赤である

2016年09月18日 | 日常・・ありのまま。

 さぬき市地方は前線を伴った低気圧や湿った空気の影響で雨となり、雷を伴って非常に激しく降っている所があった。気温は23.7度から27.5度、湿度は94%から88%、風は1mから3mの西北西の風が少しばかり。明日の19日は前線の影響で概ね雨となり、雷を伴う所がある見込みらしい。

 

 小雨の降る朝の6時半に集合して作業開始。公的案内時間は午前7時なのだけれど。今日は「地神さん」のお祭りの日。地神信仰というのは、「阿波淡路右両国之内、古代之天子葬之場所有之由云々」ということで、阿波国内の天皇陵や古代の遺跡を掘り荒らした蜂須賀氏がいた。その神罰を恐れた、阿波徳島藩第11代藩主の蜂須賀治昭が、神職早雲伯耆の建白を受けて、藩内全域に地神塔(塚)を建て、春秋の社日(戌の日)に地元の氏子や農民に「地神祭」を行うようにさせたことが始まりとされ、阿波徳島藩や淡路藩、讃岐の東部、北海道などに地神として祀る碑や祠(地神社)が、千数百基はあるといわれている。

 

 その形は「五角柱の心石」「五角形の祭壇」「屋根がない」という統一性があり、塔の五面には、①天照大神【農業祖神・皇祖】※必ず北向き。②倉稲魂(ウカノミタマ)命【五穀祖神・稲米(五穀)の神 】。③埴安姫(ハニヤスヒメ)命【土御祖神・埴土(はに《=土器や祭祀》)の神】。④少彦名(スクナヒコナ)命【五穀祖神・薬学の神】。⑤大己貴(オオナムチ)命【五穀護神・葦原中つ国の盟主神】の五神の名をそれぞれの面に刻んである。

 

 今年の社日は、9月23日(金)であるが、町内の幾つかの集落は前に引き上げての日曜日に行うようになった。

 

 これは今年、新調した五社のぼりである。

 

 お掃除が終わってのぼりを立てて終わったのが、開始予定時間の午前7時(笑)。

 

 小雨の降る中、町内を走ってきた。ほぼ集落ごとに、この地神さんはあるみたいだが、全く見えない集落もある。来週の23日の社日の日になればのぼりが立っていればすぐにわかるのだが。ここはしめ縄も紙垂も新しいしサカキも新しい。近くにのぼりも立っていた。

 

 ここは何もされていないし・・。

 

 ここは集会場の裏手にあるが、ここも何もされていない。

 

 ここは紙垂(しで)もしめ縄も御幣も新しいから今日が例祭日らしい。

 

 ここも何もされていない・・。結局の薬局、町内をざっと走ってきたが、今日が例祭日なのは十ヶ所程度だった。来週の23日にも走ってみよう。娯楽の多様化や信仰心の変化で、おまつりをされなくなった集落もあるに違いない。 

 

 で、3時(15時)からは集会場で「直会(なおらい)」が行われるのだが、これまた30分前の2時半には集合することになる。ここではパン二個とお茶での井戸端会議に終始する。ま、これも地域の団結力向上策であろうか。今風に言えば、「情報の共有化」。

 

 で、昨日に準備しておいたさぬき市の広報などを配布して、村の鎮守さんの祭典費や自治会費を集金する。

 

 これまた、昨日に用意しておいた敬老のお祝い金をお渡しする。

 

 昨日に、千代紙で包装しておいたものをお渡しするのである。

 

 今日の掲示板はこれ。「ただいたずらにあかし いたずらにくらして年月をおくるばかりなり これまことになげきてもなお悲しむべし」という蓮如上人のお言葉から。先日、俵札調査の仲間から、「法然上人、親鸞聖人、蓮如上人やと言うけど、たかが上人でしょ。空海さんはお大師さんなんよ」というお言葉があった。世の中ではそういうことなんやね・・。「法然さんは8つも大師号があるんよ・・」と説明したけれど案外と知らないことらしい。法然さんは、圓光大師・東漸大師・慧成大師・弘覚大師・慈教大師・明照大師・和順大師と、今の天皇からは法爾大師という大師号を頂いている。親鸞聖人はご存じ見真大師、蓮如上人は慧燈大師という大師号を頂いている。さて、私も今年で68歳、前期高齢者の仲間入りをしている。母は88歳、父は46歳で還浄しているもので、今更ながら自分の歳の重みと、蓮如上人が「ただいたず らにあかし、いたずらにくらして、年月をおくるばかりなり。これまことになげきてもなおかなしむべし。」と申してくださっている言葉をありがたく いただく ばかりである。そういうことで、ま、あちらこちらと走り回っているという次第でもある。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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降り足らぬ 雲多くして 秋の暮れ

2016年09月17日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は前線や湿った空気の影響で概ね曇り、雨の降るところがあるらしい。朝夕は涼しくなったが、日中は蒸し暑い一日になった。気温は24.0度から29.6度、湿度は94%から78%、風は1mから2mの東の風が少しばかり。明日の18日は、低気圧や前線の影響で雨が降り、夕方まで雷を伴う所がある見込みらしい。

 

 世の中は三連休だ、シルバーウィークだと言うてるらしいが、ドーナツの「ド」が付く田舎には全く関係のない話である。

 

 さて、ご案内の通り、今日は高松市福岡町にあるRNC総合展示場「セトラ高松」というところで「市民が語る讃岐の歴史講座」にお招きを頂いての出講の日である。後援が草創の会ということで、その会長さんの依頼であった。

 

 先月には古川庄八・古川阪次郎・山口嘉次郎という三人のお話をしたが、今回の担当だった先生が急遽入院されたということで、今月もお招きを頂いて、「英国士官レキ」についてのお話になった。

 

 ところが、今回は、ここでイベントが行われている・・・ということで大型テレビを貸してくれない。

 

 前回は、スクリーンの代わりに、このテレビを使っての講演になったのだが、今回はそれがないという。私も今回はプロジェクターもスクリーンも持って来ていないのだ。これではせっかくのパワーポイントでのプレゼンができない。

 

 仕方がないものは仕方がない。「それではお話ができません」という訳にもいかないので、ごく普通の口頭によるお話にするしか手はない。今までの「英国士官レキ」についてのお話よりも、その後のお話をお話することにした。これは、英国を代表してレキの墓を守ってくださった広島島民に対して感謝の言葉を贈ってきた、駐日英国公使のアーネスト・サトウ氏である。

 

 この方は、お雇い外国人第一号、リチャード・ヘンリー・ブラントン技師である。この人は日本に26の燈台を設計し完成させた人である。この人が乗った船がマニラ号であり、レイク士官候補生は、その乗組員であった。

 

 これが瀬戸内海の坂出市沖にある鍋島燈台で、これをブラントン技師が設計したものである。

 

 一方、こちらは兵庫県淡路島にある「江崎燈台」で、これもブラントン技師の設計によるものである。見る方向が違うので感じが違うが、ほぼ、「同じ形をしている燈台である。

 

 今日はイベント開催中ということで、ピザ・フレンチトースト・たこ焼き・蜂蜜ソーダの中から一点サービスということで、蜂蜜ソーダを頂いたが、これが乾いた喉には冷たくて甘くておいしかった。

 

 毎月19日に送られてくる公報類。今月は19日が祝日だということで昨日、送られてきた。これを仕分けして戸別にまとめて袋に詰めた。明日の日曜日が「地神さん」のお掃除の日なので、そのときに皆さんにお配りする。

 

 わが家の前の県道防災工事。だんだんと山の形が変わっていく。

 

 あちらこちらでススキの穂が見られるようになってきた。確かに季節は秋らしくなってきている。

 

 今日の掲示板はこれ。「人間の大きさは その人が出会っている世界の大きさ」であるという言葉。町内の善楽寺さんの掲示板からである。農業をやっている人はどこに旅行しても、稲のできばえとか野菜の育ち具合しか見ないという。会社の事務職員は自分の仕事の範疇しか知らないし、技術者は自分の担当している職場しか知らない。孫悟空がどこまでもどこまでも飛んでいったのに、お釈迦様の手のひらの中で遊んでいただけのように、「人間の大きさは、その人が出会っている世界の大きさ」なのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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手を合わせ 初心忘れな 曼珠沙華

2016年09月16日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は前線や湿った空気の影響で曇り、雨の降っている所があった。気温は22.5度から28.7度、湿度は87%から70%、風は1mから3mの北東の風が少しばかり。明日の17日は、前線が日本海に北上するけれど、湿った空気の影響で概ね曇り、夕方から雨の降る所がある見込みらしい。

 

 朝が来るのがすっかりと遅くなってきた。目が覚めたのは6時過ぎだった。小雨が残っていたので、今朝も犬の散歩はやめにした。で、朝ドラが終わったので香川県立図書館にやってきた。借りていた本を返却するためだった。

 

 マグロかカツオかのようにじっとしてはいられない性分で、走り続けていないと息が詰まってしまいそうになる今日この頃、今日はここまでやってきた。

 

 一昨日、自治会長さんとのお話の席で、「英国士官没後150周年記念祭」をやらないとアカン・・ということになった。英国士官レイクさんのご子孫も見つかったし、そのご子孫も来日したいと言うてるらしい。どういうセレモニーをやればいいのかと探してみたが、どういう部門を探せばいいのかもわからない・・・。

 

 二年後の2018年の八月の夏休み期間中に墓前にテントを張って慰霊祭を行いたいとか・・。命日の12月20日は寒いし、かといって8月の夏休み期間中は暑すぎるやろ・・・。

 

 私は体育館の中で、両国国旗を掲揚し、両国国歌を演奏して、献花して、来賓のスピーチがあって、レセプションになればいいなぁと思って居るが、予算的なものもあるしな・・・と。

 

 それはそれとして、明日は早くも「歴史講演会」の日。慌てて、泥縄方式でパワーポイントの調整とリハーサル。画面を追加したり削ったり・・・。

 

 タイムを計ってページを削ったり修正したりして・・・。ほぼ80分にまとめてみた。あとの10分間を質疑応答時間に充てることにする。

 

 明日もお天気はよくなさそう。台風16号もやってくるのだとか・・・。

 

 ま、明日は台風の影響はないと思うが、お年寄りはお天気次第で出足が変わる。

 

 それだし、配布用資料がまだできていない。歴史年表でも印刷しておこうか。

 

 畑の中に子犬がいるのかと思えば瓜坊ではないか。サルの姿が見えないと思ったらイノシシが急増しているみたい。最近、イノシシ捕獲用のケージも見かけない。ああいうものにも休猟期間というものがあるのじゃろうか。

 

 わが家の目の前での掘削工事。だんだんと下に下りてきた。でもまだ半分程度。重機のゴツン・ガツンという音が響いてくる。今年中には終わるんじゃろうか。

 

 今年は少ないな、今年は遅いな・・と思って居たが、時期が来れば出て来るから不思議なもの。ちゃんとお彼岸が近づけば花が出て来る。彼岸花/曼珠沙華/死人花/地獄花/幽霊花/剃刀花/狐花/捨子花/毒花/痺れ花/天蓋花/狐の松明/狐花/葉見ず花見ず/雷花/レッドスパイダーリリー/ハリケーンリリー/マジックリリーなど実に1035もの名前があるのだそうだ。

 

 今日の掲示板はこれ。「みようみまねで合わす手に やどるすなおな菩提心」というもの。仏さまの眼から見れば無心に遊ぶ子供たちの姿の中にも、菩提心はあるということなのだろう。そういえば、幼い子供は、みよう見真似で小さな手を合わせている。それにどんな意味があるのか、なぜそうなるのか知らないままに合わせる両の手。それでいながら、そこには不思議なほど仏さまの世界との一体感が感じられる。言い方を変えてみれば、大人より子供たちの合掌の姿の方がずっと絵になるのである。子供は純粋無垢という点で私たちより仏さまの世界に近いのかも知れない。だから素直な心そのものが菩提心だと受け止めてみてもいいのかもしれない。

 

じゃぁ、また、明日、合えたらいいね。

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あいにくの雲で 名月は見えないか

2016年09月15日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 丸亀地方は前線や湿った空気の影響で概ね曇り、雨の降っている所があった。気温は22.9度から28.3度、湿度は92%から74%、風は1mから3mの北北東の風が少しばかり。明日の16日は、引き続き、前線や湿った空気の影響で概ね曇りで、雨や雷雨となる所がある見込みらしい。

 

 昨夜は自治会長さんがやってきて、久々のお話会になった。この江の浦集落でもお年寄りが亡くなっていき、10月の秋祭りができるかどうか・・という話から、咸臨丸乗組員のお墓のお話になった。

 

 これは有名な「伴幸吉のお墓」とされるものだが、そのお隣の伴さんの子孫の方は「うちのお墓とは違う」というし、丸亀市在住の伴さんも「伴幸吉はうちの先祖やけど船乗りではなかった」とクレームをつけているらしい。確かにここには「伴幸吉」とは刻まれていない。けれど、この墓碑銘からすれば、咸臨丸に乗っていて戦死した伴幸吉のお墓なのである。

 

 これは20年前の廣島神社の秋祭りの時の写真であるが、中央のスーツ姿の人以外、みんな西の国にお帰りになってしまった。今年は神主さんの都合で10月の7(金)8(土)日に行われるらしいが、人が集まるかどうか分からないという・・。そんな話で22時半まで話し込んだものだった。

 

 そんなこんなで、眼が覚めたのは朝の6時半過ぎだった。少しばかり飲み過ぎたかも知れない。

 

 ということで、朝から大掃除。誰もいなかったのに、箒で掃いても、掃除機を掛けても、ゴミはいくらでも降ってくる。さっき、きれいにしたのに・・・と思うのにほこりがあちらこちらに・・・。10畳の和室が二間に、トイレ・廊下・風呂場・ダイニング兼リビングしかないのに、掃除ばかりをやっていた。

 

 冷蔵庫も大掃除。野菜室には芽を出したジャガイモに葉っぱの出ているタマネギ、腐ってしまっていたナスなんぞ・・。みんな廃棄処分にした。

 

 冷凍室もみんな取り出して廃棄するもの、持ち帰るものに分けて整理した。また、コストコで仕入れた大量の牛肉や唐揚げや焼きそば用具材などを持ち込むのに違いない。そのスペースを確保しておく。冷蔵室もすっかりと空っぽにした。

 

 今週の土曜日にお話をする準備も確認しておく。私のいる「しわく広島」はこういう所にある。

 

 このマップのレキの墓近くにわが家がある。昨日のガス屋さんは「甲路漁港」近くにある。

 

 これがわが家の表札(?)。千葉のお友達の高橋先生が刻んでくれた「暁光庵」の扁額である。字は奥方の親父さんが書いてくれたもの。

 

 草刈り・お掃除・プロパンガス交換が終わったので撤収。10時45分発の高速艇で島を出る。島に向かうときはウキウキとして朝食は何で昼食は何で・・と計算をして島に向かうのだが、島にいると、「いつ帰ろうか」「何時で帰ろうか・・」とソワソワするから不思議なものだ。

 

 今度は10月6日、県立病院の予約診察が終わってから島に向かう。で、7日が「出事」でお宮さんの掃除やお祭りの準備、宵宮、8日が例大祭。9日の午後に帰宅予定。

 

 今日の掲示板はこれ。「決して順風満帆ではなかったはずだが、回顧するとそのように見えるから不思議だ。いやな思い出を忘れることができるからこそ、人間は希望をもって生きられるのかもしれない。」という樫山純三さんの言葉から。樫山純三(かしやま・じゅんぞう)さんは日本を代表する大手アパレルメーカーのオンワード樫山の創業者。大阪貿易学校を卒業し、樫山商店創業。その後、樫山(現:オンワード樫山)創業した。競走馬の馬主としても有名である。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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あれこれと 悩んだオツムに 虫の声

2016年09月14日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 丸亀地方は前線や湿った空気の影響で雨や曇りとなり、雷を伴う所があるらしい。気温は22.4度から26.4度、湿度は94%から82%、風は1mから2mの北東の風が少しばかり。明日の15日は、引き続き前線や湿った空気の影響で概ね曇りで、昼前まで雨が降る見込みらしい。

 

 さて、突然に京都にいる周平君が友達を連れて島に行く・・という。そんなことを言われても・・・。丸亀市沖にある塩飽広島は、5月に草刈りをしてからそのまんま。それだし、プロパンガスが空っぽになったまんま。誰も島の家に行かないものだから、草刈りもせず、ガスの補充もしないまんまだったのだ。

 

 それじゃぁダメじゃん、春風亭昇太。ということで、雨を覚悟で丸亀港にやってきた。朝ドラを見てから家を出て、途中、娘んちへ寄って島の鍵を頂いてから丸亀に来たものだから2時間ほどかかってしまった。近くのスーパーで食材を仕入れて、11時10分発の高速艇に乗ることにした。

 

 高速艇に乗るのは10人ほどだった。この頃になると雨もあがってきていた。

 

 高速艇は海上15分でしわく広島の江ノ浦港に着く。

 

 江ノ浦港に着いてびっくりポンや・・・。タイヤがぺっちゃんこ。蒸し暑くなってきた最中にタイヤ交換。汗まみれになってしまった。ご覧の通り、潮風を浴びてボルト・ナットは赤さびで動かない。

 

 交換したタイヤがこれまたぺっちゃんこ。空気入れを借りて空気を入れたらどうにか動きそう・・・。

 

 我が家に着いたら、草ぼうぼう・・・。仕方がないものは仕方ない・・・。まずはお昼を食べてから・・と思ったら、ガスが空っぽでコンロが使えない。仕方がないから、カセットコンロでお湯を沸かしてそうめんを湯がいて食べることにした。

 

 お昼を食べてから、島のガソリンスタンドまで軽トラにガスボンベを積んで行ってきたが、配達中とかで不在。電話番号を調べてかけても、古い番号らしくてつながらない・・。へとちまとち・へとちまとち。

 

 仕方がないから、覚悟を決めて草刈り開始・・・。とりあえず、家の周囲だけを刈り払っておく。

 

 長い草だけでも刈り払っておくと見栄えがいいし、歩きやすい。ほぼ1時間ほどで草刈りはおしまい。でも、ガス屋さんは配達にこない。仕方がないから冷水シャワーで身体を洗って着替えて、着ていたものはすぐさまお洗濯。

 

 待てど暮らせどガス屋さんは来ない。これでは夕食が食べられないぞ・・と、空きボンベを積んでガス屋さんまで行ってボンベの交換。10Kgのボンベで4500円、それにタイヤの交換もお願いしてきた。パンク修理ではなくてタイヤが裂けていたので交換になった。出費ばかりの一日になった。

 

 この、もう一本の空きボンベは10月に交換予定。あくまで、来客用の当座の準備だけ。

 

 今日の掲示板はこれ。島の家では資料も在庫もないので目についたものから。「失敗したらどうしようと考え始めた時から失敗が始まっている」というもの。昨日も、島に草刈りに行くのだけれど雨らしいのでどうしよう・・と考えたし、今朝も、「島の軽トラのキーがない・・」と思い悩んだけれど、やってみたらばなんとかなるもの。何とかなったから、そろそろ夕食にしようか・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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こおろぎの 顔遠くなる 日暮れかな

2016年09月13日 | 今週も俵札調査

 さぬき市地方は前線や湿った空気の影響で曇りや雨となり、雷を伴って激しく降っている所があった。気温は24.0度から28.2度、午前9時台の降雨量は5mm/hで雷鳴が轟く土砂降りだった。湿度は99%から80%、風は1mから3mの北の風が一時強かった。明日の14日は、引き続き前線や湿った空気の影響で概ね雨となり、雷を伴う所があるらしい。

 

 今日は恒例の火曜日出勤の日。激しい雨の隙間をついてさぬき市前山にある「おへんろ交流サロン」にやってきた。こんな日にも歩き遍路さんが休憩をしていた。

 

 ここ、おへんろ交流サロンは、お遍路さんたちの情報交換や地域住民との交流の場になっており、また、交流サロン内にある「へんろ資料展示室」には、江戸時代の紀行本や古地図、また接待を受けたお遍路が残した江戸中期からの納札や古い納経帳、手形など、四国遍路の歴史を感じさせる貴重な資料となる品々が展示されている。

 

 で、ここで、私たちは「俵札調査」ということを平成25年からやっており、寒川家、飯田家、田淵家の屋根裏から発見された俵に押し込まれていた紙くずを調べているという訳である。現在は寒川家の俵から発見された紙くずを丹念に調べている。

 

 これなどは、まだ、マシなほうの紙くず。これの分類名は「六十六部」となっている。 「六十六部」は六部ともいわれ、六十六部廻国聖のことを指している。これは、日本全国66カ国を巡礼し、1国1カ所の霊場に法華経を1部ずつ納める宗教者である。中世には専業宗教者が一般的だったが、山伏などと区別のつかない場合も少なくなかった。また、近世には俗人が行う廻国巡礼も見られたという。 なお、奉納経典66部のことを指して六十六部という場合もあった。

 

 六十六部廻国巡礼の風習がいつ、どのように始まったのかは、はっきりしない。縁起としてよく知られているのは、『太平記』巻第五「時政参籠榎嶋事」である。北条時政の前世は法華経66部を66カ国の霊地に奉納した箱根法師で、その善根により再び生を受けたと説くのだった。また、中世後期から近世にかけて、 源頼朝、北条時政、梶原景時など、鎌倉幕府成立期の有力者の前世を六十六部廻国聖とする伝承が定着していた。これらは、六十六部廻国巡礼の起源が関東にある可能性を示唆している。

 

 六十六部廻国聖による納経は、その名の由来どおり1国1カ所が原則的だったが、なかには1国内で66カ所をめぐった簡略形もあったし、逆に1国66カ所を66カ国分納経した例もあったという。いずれにせよ、固定された納経霊場がないのが特徴だった。

 

 それが終わると、「神符」の整理に入った。神符というのは神社などが発行する護符・お札・お守りなどのたぐいである。

 

 神札を守札、神符と呼ぶ神社もある。下賜されるものは他に「御守」(「お守り」「守札」)、「撤饌」(「おさがり」) があるが、撤饌は一般にはおふだとおまもりを除き、また神様に供えた供物(食物)を指すことが多い。神札は紙製であることが多いが、神社によっては木製、 金属製のものもある。また紙1枚のものもあれば、和紙に折りたたんで中に神札を封印してあるものあるが、この場合は開封は厳禁とされている。表面には神社名や祭神名が書かれている。

 

 今日もいつものメンバーでの作業となった。男性陣は区分けされたものを整理しながら「ナンバリング(一連番号付与)」をしながら、年号や氏名などを確認し記録していく。女性陣は紙くずのしわ伸ばし・・・。

 

 お医者さんもいない、薬屋さんもない、農業試験場もない時代に、人びとがすがったのが神さんや佛さんだったのだろう。今だって受検シーズになると天神さんにお参りして絵馬を奉納したり、入学祈願でJRの学駅の入場券を買ったり、蒸気機関車の滑り止めの砂を買い求めたりするのだから・・・。

 

 これの分類がわからないのだが、こんぴらさんの絵地図にはなっているが、単なる観光案内地図ではなさそう。ちゃんとご朱印が押してあるのだから。

 

 今月の20日あたりから、島の家にお客さんが遊びに来るというので、明日から草刈りやら室内のお掃除に行くのだが、明日も激しい雨が降る予想。「さあて、どうしたもんじゃろうかいのぉ~」。あさっての15日には晴れそうだけれど。

 

 今日の掲示板はこれ。全く、今日の日記とは関係ないのだけれど、「失敗はありがたい 失敗して自分を知る 他人を知る 人生を知る」というもの。「失敗もおかげである 失敗して自分を知る 他人を知る 人生を知る みんなありがたい」という倉科良俊さんの言葉からのようである。しかしながら、その倉科良俊さんがどのような人なのかは分からなかった。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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曼珠沙華 紅さばかりに 目を取られ

2016年09月12日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は前線や湿った空気の影響で曇り、雨の降っている所があった。気温は24.5度から27.2度、湿度は88%から91%、風は1mから5mの東の風が吹き殴っている。午後からは雨になってきた。明日の13日は、引き続き前線や湿った空気の影響で朝晩を中心に雨が降り、雷を伴う所があるらしい。

 

 昨日の山の神神社の例祭の時、今月分の集金の案内をしたのだが、前の自治会長さんから「獅子・奴の負担金」の集金が抜けている」との指摘を受けた。で、あれこれ調べた結果、やはり、一戸あたり500円の集金が必要だということが分かって、その追加集金の案内文や秋の例大祭の案内状などを投げ込んできた。

 

 で、今日は地区の老人会の交通安全教室が行われるらしい。近年はお年寄りの数も減ってきたので、自治会長も参加して欲しい・・と頼まれて出席してきた。ま、「若木も山の賑わい(?)」、頭数揃え・・・ということで参加したようなものだ。

 

 昔の小学校から南方面一帯を、「南友(なんゆう)」と呼んでいたが、その方面のお年寄りもぐんと数が減ってしまった。今日は30名余り・・ということだった。

 

 この方が、このあたりの老人会の会長さんだが、私よりか一個上だから、今年で69歳ほど・・・の筈。老人会というのは、何歳からメンバーになるのだろう。私にはお誘いなんてないし、老人会への案内もない・・。

 

 講師は香川県交通安全教育推進隊の方で、「高齢者交通事故防止教室」というものだった。内容はDVDのドラマを通して交通安全、高齢者の安全な自動車の運転方法なんぞを勉強するもの。警察官の言葉は漢字が多いので馴染みにくい。「はくぼじ」と言われても「何のこっちゃ・・・」と考えてしまう。「薄暮時」のことらしい。「あんにんしょう(暗認証)」とか「めいにんしょう(明認証)」、「さいろそく(最路側)」などなどなど・・・。

 

 でも、聞いていると、朝の3時に自転車に乗っていて車に跳ねられたとか、朝の4時に乳母車を押していた老婆が自動車に跳ねられたとかという事故が多いそうだが、そんな時間帯にお年寄りが何をしよるん???

 

 子供が小学生だった頃には「子供会」というのがあって、この集会場でクリスマス会なんかをした記憶があるが、娘が小学校を卒業してしまうと、その父兄たちとも離ればなれになって、すっかりと、浦島太郎状態・・・。もう、娘も40歳を過ぎたのだから、30年も昔のことになると、誰が誰やらわからない・・・。

 

 で、老人会の会員さんは500円でお弁当。私はまだ若くて会員でないので1,000円のお弁当なのだそうだ。品物は全く同じもの。だから、お持ち帰りで自宅で食べたが、私の好みではないので奥方に食べてもらうことにした。肉や魚、油濃いものやお寿司は食べられない。

 

 おみやげに、反射材付きトートバッグやらミニLEDライト、反射材付きのストラップなんぞを頂いた。参加賞みたいなものらしい。

 

 さぬき市から、高齢者に敬老会の記念品代を振り込んだから・・という通知が来ていたので、農協さんでその補助金を引き出して、市の商工会発行の商品券を買った。これを、来週の敬老の日にお渡しするのである。80歳以上の方に1,500円の商品券だというから、事務的と言えば事務的。この集落でも80歳以上の方は3名だけ。さみしくなってしまったものだ。

 

 こういうものが3枚入っている。5年前には自治会堂で敬老会をやっていたので、その席上でお渡ししたのだが、その後は敬老会もできなくなってしまったらしい。

 

 この集落の人口は減るばかりだが、サルとイノシシは増えるばかり。やがてには彼らの王国になるのかも知れない。

 

 今日の掲示板はこれ。「掃けば散り 払えばまたもちり積もる 人の心も庭の落ち葉も」というもの。道歌らしい。釈尊の弟子のチューラパンタカ(周利槃特)はすぐにもの忘れをする人間だったが、釈尊から“塵を払わん、垢(あか)を除かん”との短いことばを与えられ、このことばをくり返して、ついにさとりを得たという。彼は、このことばを唱えながらあちらこちらを清掃した。やがて清掃とは自分の心の煩悩を整頓することだと気づいた。人の背を洗いながらも、このことばを唱え、その人の心も清かれと念じる。あるこき、チューラパンタカは釈尊に命じられて人びとに説法するが、彼はただ一言“塵を払わん、垢を除かん”と言っただけだった。しかし人びとは大いに感動したという。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

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