礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

銀河の内翼主桁の合否をめぐる論争(1944)

2017-11-20 05:30:17 | コラムと名言

◎銀河の内翼主桁の合否をめぐる論争(1944)

 森伊佐雄〈モリ・イサオ〉著『昭和に生きる』(平凡社、一九五七)という本がある。「人間の記録双書」の一冊である。
 著者は、もともと、東北の漆塗り職人だったが、戦時中は徴用されて、群馬県尾島町〈オジママチ〉の中島飛行機株式会社尾島工場の中の、「海軍関係の内外翼主桁〈シュゲタ〉製作工場」に配属された。
 著書には、このときの徴用生活の日々が、リアルに描き出されているが、本日は、「検査工の人間性」と題する節の全文を紹介してみよう(一一〇~一一一ページ)。

 検査工の人間性

 昭和十九年三月九日 塗装のほうは専ら女工員に委せ、男工員は未発送の縦通材、内翼、外翼の整理をする。組長は現場事務所の机にもたれて本を読んでいる。工場の発送関係の帳簿と本を重ね、守衛とか上司が巡視にくると、巧みに帳簿で本を隠し何か調べているようなふりをする。読んでいる本は講談『鍋島騒動記』で、一昨日から読み始めたようだが、まだ十頁くらいしか読んでいない。組長は別に学歴とてなく、長い工員経験がものをいって組長の地位にのし上った人で、読むのもたいていは講談本で、一日最低二時間以上は読み続けているのだが、それでも一冊を読了するのは一月近くかかるようだ。仕事のほうはすっかり私たちに委せっきりで大した干渉もせず、たまに渉外関係を受持つだけで、組長の権威を振り回さないだけ工員には御しやすい組長の訳だ。薄っぺらな偽善者である。
 午後、銀河〔海軍の双発爆撃機〕の内翼主桁合格の是非をめぐって、製作現場側と検査側が私の職場で議論した。塗装を終えて発送するばかりの内翼主桁の傷が検査工に発見され、材質不良で検査が保留されたのである。その傷というのは、米粒くらいの小さいものである。現場側は緊急命令で今月中に十台分を完成発送しなければならない。一にも飛行機、二にも飛行機と叫ばれている現今、内外翼ができないばかりに完成しない半完成機が組立工?の格納庫に眠っている。このくらいのす(傷)なら実用に耐え得るかも知れないから合格にしてくれ、というのである。しかし、検査側は、もしこのまま合格させて完成し、実戦に使用された場合、この傷のため翼が折れでもしたらどうする。すくなくとも双発の爆撃機には四人以上の乗員が搭乗するに違いない。この人たちを自分(検査工)や君たち(現場側)の利害や情実で、不良品を合格させたばっかりに、その犠牲になって犬死させることはできない。耐え得るかもしれない、というのは、或いは耐え得ないかも知れないということだ。絶対に耐え得ると認定したのでなければ良心が許さない、といって合格を拒否した。ヒューマニズムの問題である。
 第二職場の係長も来て、その検査工に立場を説明して頼んだが、彼は拒否した。もし、係長の伜〈セガレ〉が乗る飛行機だとしたら、恐らくこの内翼を不合格にしてくれ、と反対に頼むかも知れない、と彼はあとで私に語った。結局、化学反応検査をしてみることで両方が納得して別れたが、私はその検査工の態度を尊いと思った。

 以上の短い文章をもとに、あれこれ言うことは控えるべきだが、少なくとも、次のようなことを言うことは許されるだろう。以下、箇条で記す。
○戦中に海軍航空機を製造していた中島飛行機では、各製作工程ごとに、「検査工」が製品を検査し、合格・不合格を判定する制度が導入されていた。
○この「検査工」は、中島飛行機の従業員であると同時に、海軍から検査を委託されているという立場にあった(正式な呼称は不明)と推定される。
○実際の現場では、利害や情実によって、不良品を合格させてしまう場合が多かったのではないか。この一件は、むしろ例外的なケースであり、それゆえに著者は、この一件を記憶にとどめていたのではないか。

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