礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

ナチ空軍における製品検査制度

2017-11-19 03:10:47 | コラムと名言

◎ナチ空軍における製品検査制度

 新聞紙上では、完成車の「無資格審査」の問題が、あいかわらず話題になっている。日産自動車の一部工場では、三十八年前の一九七九年から、無資格審査がおこなわれていたという(毎日新聞2017・11・17)。
 この問題に関するコラム子の立場は、一貫して変わらない。長期にわたって「無資格審査」がおこなわれてきたにもかかわらず、そのことによって、これまで、大きな問題が起きてこなかった以上、この問題で、大騒ぎする必要はないと考える。
 無資格審査で問題が起きなかったということは、完成車の審査に「資格」などいらないこと、あるいは、完成車審査(初回車検)そのものが必要のない制度だったかもしれないということを、事実によって示しているのではないのか。そうした視点に立って、さらに、この問題を追究した論説があらわれることを期待する。
 さて、本日は、戦中の一九四四年(昭和一九)に出た飯島正義著『ドイツの航空機工業』(山海堂)という本から、ナチ空軍の製品検査制度を紹介した文章を引いてみたい。管見では、日本における製品検査制度のルーツは、ナチ軍需工場における製品検査制度にある。この製品検査制度は、戦中の日本において、すでに導入され、その後、態様を変えながら、二一世紀の今日まで引き継がれてきたのではあるまいか。
 以下は、同書「附録」の「製品の検査と空軍検査班」の全文である(ただし、各種の「表」は省いた)。

  2. 製品の検査と空軍検査班

 軍需経済運営の保護援助機関としては軍需監督庁が配置されて居ることは本文に記述した通りであるが,空軍は更に自己の直接代表者として所要の軍需工業に検査班を分置し,次のやうな業務を担当させて居る.
(1)国家註文器材の製造監督及び製品の合否を判定すること.
(2)空軍註文品の生産実施に関し会社へ助言すること.
(3)会社が調達及び供給計画を策定する際助言し且援助すること.
(4)会社より提出する製用材料交付請求書を下検査すること.
(5)納入予定を監督し供給状況を報告すること.
(6)武器弾薬等を貯蔵し所要に応じこれを会社へ交付すること.
(7)修理の方法を認可しその実施を監督すること.
(8)新製第1回完成機の堪航証明精密検査を実施すること.
(9)新製或は修理飛行機に堪航証明飛行許可を与へること.
(10)航空機堪航証明所の委託に甚き民需註文品及び輸出註文品の製造を監督し合否を判定すること.
(11)合格品を受領すること.
(12)器材の完成を報告し空軍他官衙との間にこれを授受すること.
(13)国有器材を管理すること.
(14)修理に際し屑金及び残つて居る油脂を監督しその授受を立証すること.
(15)会社から空軍へ提出する各種の勘定書を下検査しチエツクすること.
(16)会社から組立艤装工を社外へ派遣することを指導し且会社から提出するその報告及び支払請求書を立証すること.
(17)試作問題に関し空軍の当該局課へ助言すること.
(18)シリース製造器材の改修に際し協力すること.
(19)軍需監督庁を援助し且助言すること.
(20)社内検査員を監督しこれに飛行許可を与へること.
 検査班一般の隷族関係並に検査班編成の一例を示せば次のやうである.
【このあと、二ページにわたって、ふたつの表があるが、略】
 即ち検査官長は数個の製作所を有する各コンツエルンに1名宛〈ズツ〉配置されるもので,該コンツエルンの試作になれる器材の生産及び合否判定に関するすべての問題の統一を策するを任とし,コンツエルンの基幹製作所に配置された検査班に位置するを通常とするも,時としてコンツエルン内の他製作所及び製作権を買収して,多量生産に従事する他会社製作所の全般を指揮するに便なる中央位置の検査班に位置することもある.そして自己コンツエルン内の各検査班に対しては直属上官として,又他コンツエルン或は単一会社で製作権を買収して生産に従事する製作所の検査班に対しては助言者としての地位を持つて居るのである.
 検査班は製作所に常時在勤するか又は一時的に分遣せられるもので,班長の指揮により班員は在勤製作所に於ける所謂検査業務を執行するのである.又試作検査班は試作器材の製作所に試作期間設置せられるもので,試作指導に必要な特殊の人員を以て臨時に編成し,試作器材のみに関する所謂検査業務を執行するのである.
 製品はその加工間より完成に到るまで屡々社内検査員に依り検査せられるもので,検査班長は以上のやうな社内検査中,官の検査を実施すべきものを指定するのである.勿論これ等の官の検査は厳密な全数検査を本則として居る.しかし検査班本来の編成人員のみでは到底斯くの如き全数検査を負担し得るところでないから,検査班作業力の欠を補ひ且官の検査と社内検査との重復を避くるの見地から,免許検査員といふ特殊の制度を採用して居るのである.
 免許検査員とは,優秀な社内検査員を官の委託検査員としたやうなもので,次の如き性質を持つて居る.
(1)会社の命に依り社内検査に従事しある某社内検査員に対し,検査班は会社の同意を得てその社内検査業務の全部又は一部を官の検査として実施することを委託する.斯くの如き委託を受けた社内検査員は委託された業務の範囲内に於ては免許検査員である.
(2)委託は会社の仲介によることなく,官と本人との間に実施し,免許検査員の責務は官史服務規定をそのまま適用することなく,官と間の対個人契約書に基き法律的に発生するものである.例へば官吏に対し贈賄となる行為も,免許検査員に対しては業務干渉となるやうなものである.
(3)免許検査員の雇傭関係は会社と本人との間にある.そして官より何等報酬を受くることがない.但し会社は検査班の同意を得ず労働条件等身分関係を変更することが出来ない.
(4)委託された範囲内に於て免許検査員が実施する検査は,社内検査であると同時に官検査たるの特質を有し,検査の実施や合否の判定に関しては自己の所属する官の合否判定全権者の指示を受け,且その結果を直接同官に報告するのである.
 又一般社内検査員のやうに会社の検査具や測定具を使用せず,官のものを使用し官の検印を捺すのである.
(5)免許検査員の実施した検査に対しては,適時官の検査員が抽出検査してその適否を点検する.
 検査班の駐在しない下請部品製作所の製品は,親会社への持込検査を原則とし,要すれば空軍検査班は親会社の社内検査員を派遣して駐在せしめ,下請製作所に於て検査業務を実施させる場合もある.又材料の検査は本文に記述したやうに航空工業連盟の検査に一任し,会社は入庫時これが点検試験を自ら実施して居るが,空軍検査班は要すればこの点検試験に立会つて居る.
 何はともあれ会社がその製品の検査を重視して居ることは非常に大である.製作転換を指導する場合にあつても,第一に移しうゑるのは検査技術のやうであるし,又日本へ製作権を譲渡する場合にあつても特に優秀な検査技術員の招聘を推奨するのが常のやうである.勿論各会社の技術陣にはそれぞれ自負心があり,日ならずして同じやうな品物が製作出来るやうになるのは当然であろう.しかしドイツ航空機の信頼性はかうした小さい心遣ひにも基因して居ることの大なのを再思すべきで,以て他山の石とすベきものと考へる.
 因に〈チナミニ〉ドイツの或る発動機製作所で,製作発動機100台当りに使用して居る社内検査工の数とその編成とを示せば次のやうである.
【このあと、六ページにわたって、六つの表があるが、略】

 以上の文章のみを根拠に、あれこれ言うことは控えなければならない。しかし、この文章に出てくる「免許検査員」の性格は、今日の日本の自動車産業で、完成車審査(初回車検)を担当している「審査員」(正規検査員)に酷似している。
 おそらく、これは偶然の一致ではない。後者のルーツが、系譜的に前者にあるということを、明白に語っているということではないのか。

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