「秘密と嘘」 1996年 イギリス
監督 マイク・リー
出演 ブレンダ・ブレシン ティモシー・スポール
フィリス・ローガン クレア・ラッシュブルック
マリアンヌ・ジャン=バプティスト エリザベス・バーリントン
ストーリー
ホーテンスの養母が亡くなり、彼女は生まれてすぐ別れたはずの実の母を探し始める。
福祉事務所で自分の養子縁組関係の書類を見た彼女は、黒人である自分の実母が白人だという記述に驚く。
一方写真家のモーリスは姉のシンシアとその娘ロクサンヌのことが気掛かりで、妻のモニカと話し合ってロクサンヌの誕生日に二人を新築の自宅に招待することに決める。
ホーテンスは実の母の住所を探し当て、悩んだ末に電話したところ、その実の母こそシンシアだった。
彼女は戸惑い、二度と電話しないでというが、やがて会うことを承諾する。
待ち合わせ場所で黒人のホーテンスに尋ねられて彼女は驚いた。
近くのコーヒーショップで話しているうちに、シンシアはホーテンスを身ごもった時の事情を思い出して泣き崩れ、何も言えなくなった。
反抗的なロクサンヌに悩まされていたシンシアは、やがてホーテンスと会うことが嬉しくて仕方がなくなる。
彼女は「私の友達ということにしておけば大丈夫よ」とホーテンスをロクサンヌの誕生日に招く。
そして誕生日、モニカとロサンヌはシンシアの“友達”に少し戸惑いを見せるが、モーリスは親切だ。
パーティーにはロクサンヌの恋人ポールとモーリスの助手のジェーンもいる。
やがて誕生ケーキが出てきたころ、シンシアは幸せのあまり、ホーテンスについての真実を打ち明けてしまう。
一同は驚き、ロクサンヌは怒って外に飛びだしていき、ポールも後を追う。
モーリスがバス停で座っていた姪とその恋人を説得して連れ戻す。
モーリスは妻が子供を生めない体であることを明かす。
なぜ最も愛し合うべき肉親どうしが傷つけあうのか、と彼は問いかける。
寸評
育ての親が亡くなり生みの親に会いたくなると言う話なのだが、人種問題も加わって家族とは、人生とはと感じさせる地味ながらもジワジワと心にしみてくる素晴らしい作品だ。
冒頭で黒人の葬儀の場面が描かれ、次には白人の太ったひげ面のおじさんが結婚式の写真を撮っていて、葬儀の場面から結婚式の場面に変わるギャップに戸惑うオープニングである。
黒人女性のホーテンス、写真館を営んでいるモーリスとモニカ夫婦、モーリスの姉であるシンシアと娘のロクサンヌ親子が描かれていくが、それぞれが抱える問題点がリアリティを持って示される。
シンシアとロクサンヌの親子関係はうまくいっていないが、原因は貧困にある。
ロクサンヌは市役所に勤めていると言っているが仕事は道路清掃であり、母親は段ボール工場の立ち仕事でなんとか生活を維持している。
親子間にまともな会話はなく、母親が娘に行先を聞いても答えることはない。
シンシアはモーリスが新居を構えたのに招待してくれないこと、連絡一つないことを気に病んでイライラ状態。
モーリスの妻であるモニカはいつもイライラしていて、夫を夫と思わないような態度を見せるし、義姉のことを良く思っていないような態度も見せる。
ホーテンスは兄たちと幸せに暮らしていたようだが、養子として迎えられており実の母を探そうとしている。
それぞれの生活が交互に描かれ、この時点では誰が主人公なのかよく分からない。
物語はホーテンスが役所を訪ねるところから急展開していく。
連絡をよこしてこなかったモーリスが姉の家を訪ねると、姉のシンシアは異常とも思える愛着を示し、この人は精神異常ではないかと思ってしまう。
シンシアが実の母親だと知ったホーテンスがシンシアに電話すると、「私の家には絶対に来ないで、二度と電話もしてこないで」と動揺するシンシアなのだが、自分勝手には見えるがシンシアの戸惑いは理解できところがある。
それでもホーテンスはシンシアに会おうとしているのだが、幸せに育ったはずのホーテンスはどうしてそんなにも顔も知らない実母に会いたい気持ちになったのだろう。
僕も父親の顔を知らないで育ったが、父親の生存を知っていても会いたいと思ったことなど一度もなかった。
母親と父親の違いがあるのかもしれない。
やがてシンシアはホーテンスと頻繁に会うようになっていくのだが、行先を聞く娘に「あなたも言わなかったでしょ」と出かけるのが愉快で、その為に娘は母親に男が出来たのではないかと疑うのも愉快。
親子のお互いの男関係について、避妊の話題を介して会話するのが面白い。
緊迫感が一気に高まるのが、ロクサンヌの21歳の誕生パーティをモーリスの家で行う場面からだ。
当初から不安定感を見せていたシンシアの感情が揺らぎ、話さなくていいようなことを話しだして、物語は一気に頂点に達する。
そこからモーリスの良識によって結末をストンと落とし、「人生っていいわね」と終わらせるのが心地よい。
人には誰でも家族を含めて人には明かせない生涯の秘密があり、幸せを維持するための嘘も必要なのだ。
写真館での撮影シーンが長いのも、写真に残すために行う偽りの表情を見せて嘘の必要性を示したんだろう。
ホーテンスはずっと冷静だったし、モーリスだけが凄くいい人に見えて、二人は立派過ぎたように思う。
中学生と小学生の兄弟でしたが楽しい日々でした。
肉親の、家族の素晴らしさを体感した数日間でした。
久しく観たいと思いながらも、なかなか観れずにいたのですが、今回ようやくDVDで観ることができました。
この映画は、家族の崩壊が言われている時代、核家族化が進行する中で、家庭が求心力を失っていく現代に、逆に家族の発見を描いていて、古くて新しい普遍的なテーマを持った作品であると思います。
ある日、白人の母親が白人の娘の前に黒人女性を連れてくる。
「この人はお前の姉だよ、父親は違うけれど」と言って-------。
白人と黒人が兄弟姉妹とは、日本ではまるで想像できません。
現在のイギリス社会で、人口の約13%をアフリカ系の人々で占めているという、イギリス社会を背景に、ハートウォーミングな人情劇を、まるで日本のホームドラマを観るような気分で観てしまいます。
白人の母親と黒人の娘の再会シーンは、カメラが固定で動かず、この二人を正面からじっと写し続けるんですね。
映画的なカメラワークから言えば、全くの無技巧なんですが、そくそくと二人の微妙な心理の綾が感じとれて、感動的ですらあるんですね。
しかも、ラストがまた素晴らしい。
肌の色の違う姉妹を前にして、母親が爽やかに「人生って素晴らしい」と言い切るんですね。
生きることに、つらい日々を送り、心に傷をいっぱい持ち、だからこそ「秘密と嘘」でごまかして生きてきたが、「秘密と嘘」から解放され、真実の気持ちでつながった時、真に家族が家族であることができたのだと思います。
家族は人間が幸福を築く砦なのだと、改めてこの映画を観て感じましたね。