クリスマスイブ4日前の火曜日の夕方6時頃。アイリとショウコは、社の近くにある、イタリアンレストラン「グラッチェグラッチェ」に来ていた。
「ショウコさんと二人で飲むのも、久しぶりですねー」
と、アイリは白ワインを飲みながら、前菜の牡蠣を楽しんでいる。
「そうね。忘年会のハイシーズンだものね・・・というか、クリスマスシーズンだものねー」
と、ショウコは、何か言いたげ。
「何です?ショウコさん、何が言いたいんです?」
と、アイリは洞察力が高いタイプだ。
「ううん・・・さっきも若いイケメンにナンパされちゃった・・・そういう季節だなって」
と、ショウコは華やかな笑顔だ。
「ショウコさんは、美しく生まれ変わりましたからねー・・・イケメンくんもコロリでしょ?」
と、アイリ。
「そうねー・・・でも、イケメンなだけじゃ、男性として物足りないわ。タケルくんくらい、頭の回転が速くなくてわね」
と、白ワインを飲みながら言うショウコ。
「そのタケルですけど・・・」
と、言い淀むアイリ。
「ん、どうかしたの?・・・まさか、喧嘩でもしたとか?」
と、ショウコは少し心配顔。
「違いますよ・・・今、タケルは、日本にいないんです。アメリカはニューヨークに・・・ジョイント・ベンチャーを組んでるアメリカの会社の本社に行ってて」
と、アイリは真面目な感じで話す。
「え?そうなの・・・で、いつ帰ってくるの、タケルくん?クリスマス・ホリデー?」
と、ショウコもキョトンとして言う。
「それが・・・来年の1月末まで、帰れないみたいなんです・・・」
と、アイリも、泣きそうな顔でショウコに訴える。
「えー・・・そうなの・・・それはショックねー・・・わたしも、クリスマスには、タケルくんに会えるかと思ってたのに・・・」
と、ショウコもアテが外れた感じ・・・。
「タケルのプロジェクトのリーダーが・・・須賀田さんっていう、東大出のひとなんですけど・・・そのひとが日本に呼んでくれれば、話は違うんだけどって・・・」
と、アイリも虚しく話す。
「ふうん・・・そのひと、須賀田なんてひとなの?」
と、ショウコが、なんとなく聞く。
「須賀田イチロウさんです。35歳・・・東大出で、仕事をバリバリやる、タケルには、アニキ的な存在の方らしいです」
と、アイリが話す。
「東大出かあ・・・私にも東大には、いくつか、思い出があってね・・・」
と、ショウコは、遠い目をする。
「わたしが日本第一女子大学の1年生の時に、ある男子高校生の家庭教師をやっていたの。その子は高校2年生の17歳だったわ。私はその時、19歳。まだ、若かったわ」
と、ショウコは思い出話を話してくれる。
「その子が、東大志望だったんですか?」
と、アイリ。
「その通り・・・だから、高2から家庭教師をしたんだけれど・・・よく東大狙うのに、日本第一女子の私なんかを指名してくれたわ」
と、笑うショウコ。
「えー、ショウコさん、その頃から、美貌で売ってたんじゃありません?その高校生くんがショウコさんに一目惚れしてたとか?」
と、アイリは笑う。
「それ、当たっていなくも、ないのよ・・・その彼が、高校3年生のクリスマスイブに私を部屋に呼んで・・・昼間だったけどね。まだ・・・」
と、ショウコは笑顔で話す。
「ムーン・リバーを鳴らす、小さなオルゴールと、赤いバラを5本くれたの。きっと高校3年生の彼の精一杯だったんだと思う。バラも高校生には高いものだし」
と、ショウコは白ワインを飲みながら話す。
「へー・・・なんか、いじらしいですね。そのクリスマス・プレゼント・・・きっとその彼、誠実な彼なんでしょうね」
と、アイリが言うと、
「わたしが、赤いバラと、ムーン・リバーを好きなことを知ってて・・・確かにいじらしかった・・・」
と、遠くを見るようなショウコ。
「まあ、彼、真面目な理性の強いタイプね・・・でも、その時、彼は、私に言ったの「ショウコさんとキスするには、どうしたら、いいんですか?」って。真面目な顔で」
と、ショウコは笑顔になりながら言う。
「わたし、何も言えなくなっちゃって・・・ファーストキスは高校時代に済ませてたけど・・・当時、誰ともつきあってなかったし、その彼、かわいかったし・・・」
と、ショウコ。
「あー、なんか、いけない匂いが、漂いましたよー、そのシチュエーション・・・」
と、はしゃぐアイリ。
「正直、彼なら抱かれてもいいかなって、当時、思っていたことは、確か。でも、二人の未来にそれはよくないんじゃないかって、それも思ってた」
と、ショウコ。
「ショウコさんは、いつでも、真面目ですからねー。で、どうなったんです?」
と、いたずら顔のアイリ。
「彼の本気の眼差しに負けたわ・・・ありふれた手よ・・・「東大に合格したら、キスしてもいいわ」って言ったの」
と、ショウコ。
「さすが、ショウコさんですねー。お互いの未来を考えて、未来に資するようなセリフじゃないですか!」
と、アイリ。
「そしたら、彼がんばってね。一発合格を決めてくれたわ」
と、ショウコ。
「で、どうなったんです、キスの方は!」
と、アイリは盛り上がっている。
「合格発表から、何日か後に・・・昼間、彼の家、彼だけになったの・・・その時に彼に呼び出されて・・・それで・・・」
と、ショウコはさらりと言った。
「彼、気を強く持つために、アイリッシュ・ウイスキーを何杯か飲んで・・・それで私にキスしたんだけど・・・おかげで、気持ちが止まらなくなっちゃってね」
と、ニヤリと笑うショウコ。
「そのまま、最後まで、行っちゃって・・・わたしも久しぶりだったし、やっぱり、彼が東大に受かってくれて、本当にうれしかったのよ」
と、ショウコ。
「彼は多分、それが女性を抱いた最初・・・わたしが気持ちよくなる前に、一瞬でイッてたから・・・」
と、笑うショウコ。
「二度目は、わたしが上になって、「エッチって、こういう風に、やさしくするものなの・・・」って感じで、教えてあげたわ。大人のエッチを」
と、ショウコは、ニヤリとしながら話す。
「へー・・・で、その時は、何回したんです?エッチ」
と、アイリが聞く。
「午前中2回、午後2回・・・元気だったわ、彼」
と、ショウコは素直に話す。
「でも・・・それを最後にしたの。わたしたち・・・キスする前にわたしが釘を刺しておいたの。「キスしていいけど、もう会わないからね」って」
と、ショウコは笑顔のまま話す。
「そうなんですか・・・じゃあ、別れること前提のエッチ・・・だから、その彼は、いつまでも、ショウコさんを離さなかったんですね」
と、アイリ。
「まあ、そういうことね。二人ともずっと裸で・・・5回目は、さすがにダメで・・・わたしが舐めてあげたけど、ダメだった」
と、ショウコ。
「でも、最後は、きっぱり別れたの・・・それを最後に、これまで、一度も会ってない・・・その彼とは」
と、ショウコ。
「へー・・・さすがにショウコさんですね。そういうところは、キッパリしてる」
と、アイリ。
「相手に、変な期待を持たせるのは、本来、わたし嫌いなんだけど・・・そんなことしたのは、彼が最初で最後だった」
と、ショウコ。
「へー・・・なんか、ショウコさんって、オトコマエですよねー・・・キッパリしているもの、生き方が」
と、アイリ。
「どうかしら・・・わたしは、こう、したいって決めたら、とことんやるだけ。あとは、相手のことを少しまじめに考えてあげる・・・それだけよ」
と、ショウコ。
「だから、あの時も、多分・・・わたし、彼に抱かれたいと思っていたのよ、きっと」
と、ショウコ。
「でも・・・それを実現しちゃうんだから、すごいじゃないですか。それも含めて、ショウコさんの力なんじゃないですか?」
と、アイリ。
「ちから、か・・・それなら、いいんだけどね」
と、笑うショウコに、
「さて、次のワイン、何にしましょうかー」
と、上機嫌で聞くアイリだった。
同じ頃。社の近くにある、焼き鳥屋「十郎太」には、マキとアミが顔を揃えていた。
「ここのつくねは、いつ食べても絶品ね」
と、マキがつくねに、ぱくついている。
「ほんと、鶏肉が全然違うもの・・・ジュウシーで、おいしい」
と、アミも笑顔で、ぼんじりを美味しそうに楽しんでいる。
「しかし、この季節は、やっぱり、焼酎お湯割りねー」
と、マキはお湯割りを飲みながら、真っ赤になっている。
「そうねー。やっぱり、身体が温まるから、お湯割りは、冬には、最高ねー」
と、アミも幾分真っ赤だ。
「で、どうしたの?くさくさしたって」
と、アミが笑顔で、マキに、しっかりと質問してあげる。
「それがさ。「Soccer Next」に、市沢さん(31)っているじゃない」
と、マキ。
「ああ・・・なんとなく、一緒には飲みたくはない、ださいおっさんタイプのひとでしょ?」
と、アミもさすがに知っている。
「そう。それそれ・・・それが「イブ、どう?」だって・・・もう、頭来ちゃった・・・自分が女性にどう評価されてるのか、全然知らないんだよねー、ああいうタイプ」
と、マキはその風景を思い出したのか、少しキレ気味だ。
「ああいうタイプは、仕事さえ出来てれば女性に評価されるもんだっていう・・・浅ーい脳しか持ってないから、近づいてはダメって、日頃から私言ってるじゃない」
と、辛辣な口ぶりのアミ。
「だって、仕事の話だっていうから・・・」
と、口を尖らせるマキ。
「ああいう男って、騙し討ちとか、ヘーキでやるから・・・女性の気持ちなんてまず考えないから・・・」
と、アミ。
「そうそう。なんか、わたしを誘ったのも、「自分が甘えたいから」って、へーきで言うのよー・・・自分のことしか考えてないじゃない・・・もう、ダメ私、すごく不快」
「ああいう男、絶対人類共通の敵だわ」
と、頭にきているマキは、焼酎お湯割りを、がぶ飲みしている。
「ああいう男って、自分のことしか考えられないのよ。女性をしあわせになんか、絶対出来ないタイプよ。だって、女性が何を考えてるかすら、わからないんだから・・・」
「結婚しても、女性がしあわせになるはずないもの・・・絶対結婚しちゃ、いけないタイプ。仕事以外じゃ、口を聞いてもダメよ・・・」
と、アミも、辛辣に言いながら、焼酎お湯割りを、がぶ飲みしている。
「ったく・・・毎年、この時期になると・・・男性に誘われるのは、いいんだけど、わたしの場合、こういうダメ男ばっかりなんだから、頭来ちゃう」
と、マキ。
「確か、去年も同じような話してなかった?「You」編集の村川さん(31)に誘われたんでしょ、マキ」
と、アミは記憶力がいい。
「そう。あの、デブサイク・ダサ男・・・「僕、マキちゃんとだったら、うまくいけると思って」って、何がどう、うまく行くって言うのよ、まったく」
と、マキはさらに記憶を思い出して、怒り狂っている。
「マキってさー・・・あの手に絶大な人気があるじゃない・・・女性のことがわからなくて、超ダサ系で、裏では女性から嫌われているのに、姉御タイプは、別だ、みたいな」
と、アミは辛辣に言葉にしている。
「そうなのよねー・・・なんで男って、外見を気にしないのかしら。女性は皆、外見を気にして、毎日努力して過ごしているというのに・・・」
と、マキは本質的な疑問を言葉にしている。
「それは、あれよ。男は仕事が出来る男がモテるんだって、勝手な勘違いをしてるのよ・・・外見に気を使えるかっこいい男だからこそ、仕事が出来て」
「・・・そういう男性だから、当たり前にかっこいいから、女性は、「三島さん、仕事が出来て素敵です!」みたいな言い方になるのよねー」
と、アミが説明する。と、マキは頷いている。
「同じ女性だったら、「三島さんがかっこいいから、そういう言い方にしてるんだな」ってわかるけど、男はわからないのよ」
「で、「男は仕事が出来れば、おんなにモテるんだ」っていう浅い勘違いになるのよ。馬鹿じゃないかな。それくらいわからないなんて・・・」
と、アミは辛辣に説明する。
「そっか・・・そんなこともわからない男は、出世すら、危ういわ・・・」
と、呆れたように言う、マキ。
「いずれにしろ、そんな簡単なことすら、思いが及ばない男って、要は女性の気持ちを考える余裕すら、ないってことよ。だって、共通しているのは「自分大事」これでしょ」
と、辛辣に言葉にするアミ。
「確かにそうだったわ。自分が気持ちよくなるため・・・そういう理由をわたしに押し付けて、へーきでいる男の気持ちが理解できないわ、ほんと」
と、辛辣に言葉にするマキ。
「粗雑な脳なのよ・・・自分が言った言葉で、女性がどう感じるかなんて、まるで考えない・・・絶対出世しないタイプだし、絶対結婚しちゃいけないタイプ」
と、吐き捨てるように言う、アミ。
「あー、やだやだ・・・今日はそんな男からの誘いが2度もあって、正直、不快を通りこして、吐き気さえしたわ。わたし、キャラ変えたいくらいよ」
と、マキは憂鬱そうに言う。
「なに、もうひとり、誘われたの?」
と、アミ。
「総務の永田(28)に呼び出されて・・・なにかと思うじゃない・・・「イブ、空いてる?」だって・・・」
と、くさるマキ。
「あー、あの陰険偉そうキャラの永田・・・彼、うちの会社の全女性に嫌われているのに、まだ、気づかないのかしら・・・」
と、笑うアミ。
「もう、そんなのばっかり・・・助けてよ、アミ・・・アミだって、今日あたり、いろいろ誘われたんでしょ。毎年のことだけど・・・」
と、懇願するマキ。
「まーねー。マキも知ってる三上くん(26)と、徳重さん(32)に、イブ誘われたけど・・・どっちも断ったわ」
と、アミ。
「あらー、もったいないことするのね・・・わたし、三上くんだったら、オーケーだったな」
と、マキ。
「マキは本来、年下好きキャラだもんね。だから、タケルくんのこと、好きなんだー」
と、アミ。
「だから、言ってるでしょ。タケルくんは、アイリの未来の旦那なのよ・・・期待しても、白馬の王子様には、なってくれないの。だから、わたしは・・・」
と、マキは続け、
「無駄なことはしないタイプ・・・そう言いたいんでしょ」
と、引き取るアミ。
「そうよ・・・でも・・・なんとなく、わかってきたな・・・」
と、ため息をつきながら、マキ。
「何がわかってきたの?」
と、アミ。
「結局、おんなは、誰に愛されるか、じゃないってこと」
と、マキは珍しく自分から考えを述べている。
「自分勝手な男に愛されたって、ひとつもうれしくないもの・・・それより、自分が愛したいひとを愛する方が、しあわせになれる・・・それが徐々にわかってきたの」
と、マキ。
「でしょー・・・だから、わたしは、最初から、タケルくんのことしか、見てないんじゃない・・・」
と、アミ。
「まあ・・・そのアミの気持ちがやっと、今日わかったの」
と、マキ。
「それに・・・今日わかったけれど・・・三上くんも、徳重さんも、タケルくんに比べると、ものすごくポテンシャルが落ちちゃうの」
と、アミ。
「わたし、今まで、三上くんも、徳重さんも、それなりの目で見てたのよ。つきあえるかも・・・寝るのもありかも・・・そんな目でね」
と、アミ。
「でも・・・今日、三上くんと徳重さんをタケルくんと比較してみたら・・・」
と、夢見るような表情で話すアミ。
「タケルくんなら、絶対に女性の気持ちを察して、絶対に、女性がしあわせになるように、動いてくれる・・・それがわかってるから、信頼できるんだけど・・・」
と、嬉しそうに話すアミ。
「そのタケルくんと、三上くんや、徳重さんを、比較してみたら・・・」
と、思案顔のアミ。
「全然ポテンシャルが、違うことが、わかっちゃって・・・三上くんも、徳重さんも・・・」
と、やわらかな笑顔のアミ。
「その時わかったの。わたし目が磨かれたんだって・・・タケルくんとつきあっているうちに、彼のすごさを目の当たりにしてきたから、わたし自身成長出来たんだって」
と、嬉しそうにするアミ。
「今日、マキがそんなにすごい怒り方をしているのも、実は市沢さんも、昨年の村川さんも、陰険野郎の永田も、タケルくんと比較してたから、怒ったんじゃない?」
と、アミが指摘する。
「比較対象があるから、怒れるのよ。比較対象がすごすぎるから、市沢や村川、永田のひどさがわかったのよ。そうじゃない?」
と、アミ。
「そうか・・・確かに、アミの言うとおりかもしれない。だって、去年は村川さんに誘われたの・・・断ったけど、満更じゃなかった・・・」
と、マキ。
「わたしも成長したんだ・・・タケルくんとつきあってるうちに・・・そうか。そうだったんだ・・・」
と、マキはちょっと驚いている。
「わたしも、マキも・・・いつの間にか、成長させられてた・・・多分タケルくんは、周りすべての人間を成長させているのよ・・・」
と、アミは言う。
「そういえば、ガオくんも、タケルくんに負けないようにがんばるって、言ってたし・・・」
と、アミは思い出す。
「彼、私たちの救世主かも、しれない・・・」
と、アミは、タケルがいるはずの、遠くニューヨークの方を見ていた。
「アミのいうことわかる・・・初めて実感した、その思い・・・今日、はじめて・・・」
と、マキも遠い目をしていた。
(つづく)
→物語の主要登場人物
→前回へ
→物語の初回へ
→本編「ボクがサイクリストになった、いくつかの理由」初回へ
「ショウコさんと二人で飲むのも、久しぶりですねー」
と、アイリは白ワインを飲みながら、前菜の牡蠣を楽しんでいる。
「そうね。忘年会のハイシーズンだものね・・・というか、クリスマスシーズンだものねー」
と、ショウコは、何か言いたげ。
「何です?ショウコさん、何が言いたいんです?」
と、アイリは洞察力が高いタイプだ。
「ううん・・・さっきも若いイケメンにナンパされちゃった・・・そういう季節だなって」
と、ショウコは華やかな笑顔だ。
「ショウコさんは、美しく生まれ変わりましたからねー・・・イケメンくんもコロリでしょ?」
と、アイリ。
「そうねー・・・でも、イケメンなだけじゃ、男性として物足りないわ。タケルくんくらい、頭の回転が速くなくてわね」
と、白ワインを飲みながら言うショウコ。
「そのタケルですけど・・・」
と、言い淀むアイリ。
「ん、どうかしたの?・・・まさか、喧嘩でもしたとか?」
と、ショウコは少し心配顔。
「違いますよ・・・今、タケルは、日本にいないんです。アメリカはニューヨークに・・・ジョイント・ベンチャーを組んでるアメリカの会社の本社に行ってて」
と、アイリは真面目な感じで話す。
「え?そうなの・・・で、いつ帰ってくるの、タケルくん?クリスマス・ホリデー?」
と、ショウコもキョトンとして言う。
「それが・・・来年の1月末まで、帰れないみたいなんです・・・」
と、アイリも、泣きそうな顔でショウコに訴える。
「えー・・・そうなの・・・それはショックねー・・・わたしも、クリスマスには、タケルくんに会えるかと思ってたのに・・・」
と、ショウコもアテが外れた感じ・・・。
「タケルのプロジェクトのリーダーが・・・須賀田さんっていう、東大出のひとなんですけど・・・そのひとが日本に呼んでくれれば、話は違うんだけどって・・・」
と、アイリも虚しく話す。
「ふうん・・・そのひと、須賀田なんてひとなの?」
と、ショウコが、なんとなく聞く。
「須賀田イチロウさんです。35歳・・・東大出で、仕事をバリバリやる、タケルには、アニキ的な存在の方らしいです」
と、アイリが話す。
「東大出かあ・・・私にも東大には、いくつか、思い出があってね・・・」
と、ショウコは、遠い目をする。
「わたしが日本第一女子大学の1年生の時に、ある男子高校生の家庭教師をやっていたの。その子は高校2年生の17歳だったわ。私はその時、19歳。まだ、若かったわ」
と、ショウコは思い出話を話してくれる。
「その子が、東大志望だったんですか?」
と、アイリ。
「その通り・・・だから、高2から家庭教師をしたんだけれど・・・よく東大狙うのに、日本第一女子の私なんかを指名してくれたわ」
と、笑うショウコ。
「えー、ショウコさん、その頃から、美貌で売ってたんじゃありません?その高校生くんがショウコさんに一目惚れしてたとか?」
と、アイリは笑う。
「それ、当たっていなくも、ないのよ・・・その彼が、高校3年生のクリスマスイブに私を部屋に呼んで・・・昼間だったけどね。まだ・・・」
と、ショウコは笑顔で話す。
「ムーン・リバーを鳴らす、小さなオルゴールと、赤いバラを5本くれたの。きっと高校3年生の彼の精一杯だったんだと思う。バラも高校生には高いものだし」
と、ショウコは白ワインを飲みながら話す。
「へー・・・なんか、いじらしいですね。そのクリスマス・プレゼント・・・きっとその彼、誠実な彼なんでしょうね」
と、アイリが言うと、
「わたしが、赤いバラと、ムーン・リバーを好きなことを知ってて・・・確かにいじらしかった・・・」
と、遠くを見るようなショウコ。
「まあ、彼、真面目な理性の強いタイプね・・・でも、その時、彼は、私に言ったの「ショウコさんとキスするには、どうしたら、いいんですか?」って。真面目な顔で」
と、ショウコは笑顔になりながら言う。
「わたし、何も言えなくなっちゃって・・・ファーストキスは高校時代に済ませてたけど・・・当時、誰ともつきあってなかったし、その彼、かわいかったし・・・」
と、ショウコ。
「あー、なんか、いけない匂いが、漂いましたよー、そのシチュエーション・・・」
と、はしゃぐアイリ。
「正直、彼なら抱かれてもいいかなって、当時、思っていたことは、確か。でも、二人の未来にそれはよくないんじゃないかって、それも思ってた」
と、ショウコ。
「ショウコさんは、いつでも、真面目ですからねー。で、どうなったんです?」
と、いたずら顔のアイリ。
「彼の本気の眼差しに負けたわ・・・ありふれた手よ・・・「東大に合格したら、キスしてもいいわ」って言ったの」
と、ショウコ。
「さすが、ショウコさんですねー。お互いの未来を考えて、未来に資するようなセリフじゃないですか!」
と、アイリ。
「そしたら、彼がんばってね。一発合格を決めてくれたわ」
と、ショウコ。
「で、どうなったんです、キスの方は!」
と、アイリは盛り上がっている。
「合格発表から、何日か後に・・・昼間、彼の家、彼だけになったの・・・その時に彼に呼び出されて・・・それで・・・」
と、ショウコはさらりと言った。
「彼、気を強く持つために、アイリッシュ・ウイスキーを何杯か飲んで・・・それで私にキスしたんだけど・・・おかげで、気持ちが止まらなくなっちゃってね」
と、ニヤリと笑うショウコ。
「そのまま、最後まで、行っちゃって・・・わたしも久しぶりだったし、やっぱり、彼が東大に受かってくれて、本当にうれしかったのよ」
と、ショウコ。
「彼は多分、それが女性を抱いた最初・・・わたしが気持ちよくなる前に、一瞬でイッてたから・・・」
と、笑うショウコ。
「二度目は、わたしが上になって、「エッチって、こういう風に、やさしくするものなの・・・」って感じで、教えてあげたわ。大人のエッチを」
と、ショウコは、ニヤリとしながら話す。
「へー・・・で、その時は、何回したんです?エッチ」
と、アイリが聞く。
「午前中2回、午後2回・・・元気だったわ、彼」
と、ショウコは素直に話す。
「でも・・・それを最後にしたの。わたしたち・・・キスする前にわたしが釘を刺しておいたの。「キスしていいけど、もう会わないからね」って」
と、ショウコは笑顔のまま話す。
「そうなんですか・・・じゃあ、別れること前提のエッチ・・・だから、その彼は、いつまでも、ショウコさんを離さなかったんですね」
と、アイリ。
「まあ、そういうことね。二人ともずっと裸で・・・5回目は、さすがにダメで・・・わたしが舐めてあげたけど、ダメだった」
と、ショウコ。
「でも、最後は、きっぱり別れたの・・・それを最後に、これまで、一度も会ってない・・・その彼とは」
と、ショウコ。
「へー・・・さすがにショウコさんですね。そういうところは、キッパリしてる」
と、アイリ。
「相手に、変な期待を持たせるのは、本来、わたし嫌いなんだけど・・・そんなことしたのは、彼が最初で最後だった」
と、ショウコ。
「へー・・・なんか、ショウコさんって、オトコマエですよねー・・・キッパリしているもの、生き方が」
と、アイリ。
「どうかしら・・・わたしは、こう、したいって決めたら、とことんやるだけ。あとは、相手のことを少しまじめに考えてあげる・・・それだけよ」
と、ショウコ。
「だから、あの時も、多分・・・わたし、彼に抱かれたいと思っていたのよ、きっと」
と、ショウコ。
「でも・・・それを実現しちゃうんだから、すごいじゃないですか。それも含めて、ショウコさんの力なんじゃないですか?」
と、アイリ。
「ちから、か・・・それなら、いいんだけどね」
と、笑うショウコに、
「さて、次のワイン、何にしましょうかー」
と、上機嫌で聞くアイリだった。
同じ頃。社の近くにある、焼き鳥屋「十郎太」には、マキとアミが顔を揃えていた。
「ここのつくねは、いつ食べても絶品ね」
と、マキがつくねに、ぱくついている。
「ほんと、鶏肉が全然違うもの・・・ジュウシーで、おいしい」
と、アミも笑顔で、ぼんじりを美味しそうに楽しんでいる。
「しかし、この季節は、やっぱり、焼酎お湯割りねー」
と、マキはお湯割りを飲みながら、真っ赤になっている。
「そうねー。やっぱり、身体が温まるから、お湯割りは、冬には、最高ねー」
と、アミも幾分真っ赤だ。
「で、どうしたの?くさくさしたって」
と、アミが笑顔で、マキに、しっかりと質問してあげる。
「それがさ。「Soccer Next」に、市沢さん(31)っているじゃない」
と、マキ。
「ああ・・・なんとなく、一緒には飲みたくはない、ださいおっさんタイプのひとでしょ?」
と、アミもさすがに知っている。
「そう。それそれ・・・それが「イブ、どう?」だって・・・もう、頭来ちゃった・・・自分が女性にどう評価されてるのか、全然知らないんだよねー、ああいうタイプ」
と、マキはその風景を思い出したのか、少しキレ気味だ。
「ああいうタイプは、仕事さえ出来てれば女性に評価されるもんだっていう・・・浅ーい脳しか持ってないから、近づいてはダメって、日頃から私言ってるじゃない」
と、辛辣な口ぶりのアミ。
「だって、仕事の話だっていうから・・・」
と、口を尖らせるマキ。
「ああいう男って、騙し討ちとか、ヘーキでやるから・・・女性の気持ちなんてまず考えないから・・・」
と、アミ。
「そうそう。なんか、わたしを誘ったのも、「自分が甘えたいから」って、へーきで言うのよー・・・自分のことしか考えてないじゃない・・・もう、ダメ私、すごく不快」
「ああいう男、絶対人類共通の敵だわ」
と、頭にきているマキは、焼酎お湯割りを、がぶ飲みしている。
「ああいう男って、自分のことしか考えられないのよ。女性をしあわせになんか、絶対出来ないタイプよ。だって、女性が何を考えてるかすら、わからないんだから・・・」
「結婚しても、女性がしあわせになるはずないもの・・・絶対結婚しちゃ、いけないタイプ。仕事以外じゃ、口を聞いてもダメよ・・・」
と、アミも、辛辣に言いながら、焼酎お湯割りを、がぶ飲みしている。
「ったく・・・毎年、この時期になると・・・男性に誘われるのは、いいんだけど、わたしの場合、こういうダメ男ばっかりなんだから、頭来ちゃう」
と、マキ。
「確か、去年も同じような話してなかった?「You」編集の村川さん(31)に誘われたんでしょ、マキ」
と、アミは記憶力がいい。
「そう。あの、デブサイク・ダサ男・・・「僕、マキちゃんとだったら、うまくいけると思って」って、何がどう、うまく行くって言うのよ、まったく」
と、マキはさらに記憶を思い出して、怒り狂っている。
「マキってさー・・・あの手に絶大な人気があるじゃない・・・女性のことがわからなくて、超ダサ系で、裏では女性から嫌われているのに、姉御タイプは、別だ、みたいな」
と、アミは辛辣に言葉にしている。
「そうなのよねー・・・なんで男って、外見を気にしないのかしら。女性は皆、外見を気にして、毎日努力して過ごしているというのに・・・」
と、マキは本質的な疑問を言葉にしている。
「それは、あれよ。男は仕事が出来る男がモテるんだって、勝手な勘違いをしてるのよ・・・外見に気を使えるかっこいい男だからこそ、仕事が出来て」
「・・・そういう男性だから、当たり前にかっこいいから、女性は、「三島さん、仕事が出来て素敵です!」みたいな言い方になるのよねー」
と、アミが説明する。と、マキは頷いている。
「同じ女性だったら、「三島さんがかっこいいから、そういう言い方にしてるんだな」ってわかるけど、男はわからないのよ」
「で、「男は仕事が出来れば、おんなにモテるんだ」っていう浅い勘違いになるのよ。馬鹿じゃないかな。それくらいわからないなんて・・・」
と、アミは辛辣に説明する。
「そっか・・・そんなこともわからない男は、出世すら、危ういわ・・・」
と、呆れたように言う、マキ。
「いずれにしろ、そんな簡単なことすら、思いが及ばない男って、要は女性の気持ちを考える余裕すら、ないってことよ。だって、共通しているのは「自分大事」これでしょ」
と、辛辣に言葉にするアミ。
「確かにそうだったわ。自分が気持ちよくなるため・・・そういう理由をわたしに押し付けて、へーきでいる男の気持ちが理解できないわ、ほんと」
と、辛辣に言葉にするマキ。
「粗雑な脳なのよ・・・自分が言った言葉で、女性がどう感じるかなんて、まるで考えない・・・絶対出世しないタイプだし、絶対結婚しちゃいけないタイプ」
と、吐き捨てるように言う、アミ。
「あー、やだやだ・・・今日はそんな男からの誘いが2度もあって、正直、不快を通りこして、吐き気さえしたわ。わたし、キャラ変えたいくらいよ」
と、マキは憂鬱そうに言う。
「なに、もうひとり、誘われたの?」
と、アミ。
「総務の永田(28)に呼び出されて・・・なにかと思うじゃない・・・「イブ、空いてる?」だって・・・」
と、くさるマキ。
「あー、あの陰険偉そうキャラの永田・・・彼、うちの会社の全女性に嫌われているのに、まだ、気づかないのかしら・・・」
と、笑うアミ。
「もう、そんなのばっかり・・・助けてよ、アミ・・・アミだって、今日あたり、いろいろ誘われたんでしょ。毎年のことだけど・・・」
と、懇願するマキ。
「まーねー。マキも知ってる三上くん(26)と、徳重さん(32)に、イブ誘われたけど・・・どっちも断ったわ」
と、アミ。
「あらー、もったいないことするのね・・・わたし、三上くんだったら、オーケーだったな」
と、マキ。
「マキは本来、年下好きキャラだもんね。だから、タケルくんのこと、好きなんだー」
と、アミ。
「だから、言ってるでしょ。タケルくんは、アイリの未来の旦那なのよ・・・期待しても、白馬の王子様には、なってくれないの。だから、わたしは・・・」
と、マキは続け、
「無駄なことはしないタイプ・・・そう言いたいんでしょ」
と、引き取るアミ。
「そうよ・・・でも・・・なんとなく、わかってきたな・・・」
と、ため息をつきながら、マキ。
「何がわかってきたの?」
と、アミ。
「結局、おんなは、誰に愛されるか、じゃないってこと」
と、マキは珍しく自分から考えを述べている。
「自分勝手な男に愛されたって、ひとつもうれしくないもの・・・それより、自分が愛したいひとを愛する方が、しあわせになれる・・・それが徐々にわかってきたの」
と、マキ。
「でしょー・・・だから、わたしは、最初から、タケルくんのことしか、見てないんじゃない・・・」
と、アミ。
「まあ・・・そのアミの気持ちがやっと、今日わかったの」
と、マキ。
「それに・・・今日わかったけれど・・・三上くんも、徳重さんも、タケルくんに比べると、ものすごくポテンシャルが落ちちゃうの」
と、アミ。
「わたし、今まで、三上くんも、徳重さんも、それなりの目で見てたのよ。つきあえるかも・・・寝るのもありかも・・・そんな目でね」
と、アミ。
「でも・・・今日、三上くんと徳重さんをタケルくんと比較してみたら・・・」
と、夢見るような表情で話すアミ。
「タケルくんなら、絶対に女性の気持ちを察して、絶対に、女性がしあわせになるように、動いてくれる・・・それがわかってるから、信頼できるんだけど・・・」
と、嬉しそうに話すアミ。
「そのタケルくんと、三上くんや、徳重さんを、比較してみたら・・・」
と、思案顔のアミ。
「全然ポテンシャルが、違うことが、わかっちゃって・・・三上くんも、徳重さんも・・・」
と、やわらかな笑顔のアミ。
「その時わかったの。わたし目が磨かれたんだって・・・タケルくんとつきあっているうちに、彼のすごさを目の当たりにしてきたから、わたし自身成長出来たんだって」
と、嬉しそうにするアミ。
「今日、マキがそんなにすごい怒り方をしているのも、実は市沢さんも、昨年の村川さんも、陰険野郎の永田も、タケルくんと比較してたから、怒ったんじゃない?」
と、アミが指摘する。
「比較対象があるから、怒れるのよ。比較対象がすごすぎるから、市沢や村川、永田のひどさがわかったのよ。そうじゃない?」
と、アミ。
「そうか・・・確かに、アミの言うとおりかもしれない。だって、去年は村川さんに誘われたの・・・断ったけど、満更じゃなかった・・・」
と、マキ。
「わたしも成長したんだ・・・タケルくんとつきあってるうちに・・・そうか。そうだったんだ・・・」
と、マキはちょっと驚いている。
「わたしも、マキも・・・いつの間にか、成長させられてた・・・多分タケルくんは、周りすべての人間を成長させているのよ・・・」
と、アミは言う。
「そういえば、ガオくんも、タケルくんに負けないようにがんばるって、言ってたし・・・」
と、アミは思い出す。
「彼、私たちの救世主かも、しれない・・・」
と、アミは、タケルがいるはずの、遠くニューヨークの方を見ていた。
「アミのいうことわかる・・・初めて実感した、その思い・・・今日、はじめて・・・」
と、マキも遠い目をしていた。
(つづく)
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