クリスマス・イブ4日前の火曜日の午後1時頃。中王大学理学部数学科の野島ゼミには、女性向け雑誌「Joie」の記者、東堂アイリ(29)が顔を出していた。
「あ、野島先生、初めまして、雑誌「Joie」の記者をしております、東堂アイリと申します。電話での突然のオファー、受けて頂いてありがとうございました」
と、アイリは野島教授(52)と楽しそうに話している。
「いやあ、数学の法則を洋菓子のレシピに応用なんて、世界でも聞いたことがないからねー。彼女の目の付け所が、ちょっと新鮮で、どうしても世に広めたくてね」
と、野島教授は鷹揚に話している。
「わたし、洋菓子作るの大好きだったんで・・・それで、数学から何か応用出来無いか、ずーっと考えていて・・・それで・・・」
と、担当者である、田中美緒(22)も、嬉しそうに話している。
「それで、今日は生協さんに頼み込んで、場所も確保してもらったんで・・・東堂記者さんも、一緒に作ってみません?体験すると、楽しさもわかってもらえそうだし・・・」
と、美緒がヤル気であることを察したアイリも、
「それは、もちろん、喜んで・・・体験した方が記事も正確に書けるし、リアル感が出せますから・・・願ったり叶ったりです」
と、嬉しそうにするアイリだった。
「じゃ、こちらです・・・」
と、美緒がアイリを案内していく。
「あ、それから、美緒ちゃん・・・だっけ。東堂記者なんて言わないで・・・アイリさんでいいから」
と、アイリは美緒に呼び名の変更を申し出ていた。
「そうですか。じゃあ、アイリさんで・・・アイリさん、仕事できそうですよね・・・わたしもアイリさんみたいな、美人の素敵なお姉さんが欲しかったんです」
と、美緒は、笑顔で、賢いしゃべり方をする。
「美緒ちゃんも、相当口がうまいわあ・・・いつもこんな感じで、年上の人間を蕩かしてるの?」
と、笑うアイリ。
「えー、そんなことないですよー」
と、照れる美緒。
「美緒ちゃん、年上の男性キラーだったりするんじゃない?真面目でかわいいし、ハキハキしていて、それでいて、口も上手いし」
と、アイリは、美緒のいいところをさりげなく羅列。
「いやあ、アイリさんの方が全然口上手いじゃないですかー・・・おまけに美人だし・・・」
と、美緒が言うと、思わず二人して笑ってしまう。
「美緒ちゃん、私たち基本的に、同じ性格かもしれないわ・・・わかるでしょ、その感じ」
と、アイリが言うと、
「はい。わかります。だから、思わず、笑っちゃったんです。はい」
と、笑顔笑顔の二人だった。
二人は用意された生協の台所で、ひと通りロールケーキの製作に励んだのだった。
2時間後、二人は生協の喫茶スペースで、美緒のロールケーキ、「シルフィー」を暖かいレモンティーと共に、美味しく頂いていた。
「美味しいわぁー・・・普通のロールケーキとは何かひと味もふた味も違う感じ・・・これが「ライネルのねじれ理論」の力なのね・・・」
と、アイリは、とってつけたように、教えてもらった数学の法則の名前を言った。
「究極的に、菓子作りって、分量をどう決めるか、ですから・・・黄金比率さえ、わかってしまえば、美味しさが決まるんです」
と、美緒はそこは真面目に話していた。でも、ロールケーキを頬張ると、いい笑顔になり、ころころ笑った。
「美緒ちゃん・・・美緒ちゃん、すごく機嫌がいいけど・・・このクリスマス・シーズン、プライベートで、何かいいことあった?」
と、アイリは直感的に、美緒に言ってみる。
「え?」
という顔を美緒はするが・・・少しバツの悪そうな顔になって、
「バレちゃいました?」
と、笑顔になる。
「うん・・・いくら取材中とは言え・・・ころころ笑い過ぎるし、すごく上機嫌だから・・・」
と、アイリ。
「実はこの週末にイケメンな彼氏が出来ちゃって・・・それで毎日、上機嫌なんです」
と、ころころ笑いながら言う美緒。
「やっぱりーーーーー。そういうことだと思った!」
と、アイリもうれしそう。
「ズバリ年上でしょ?」
と、アイリが言うと。
「はい。大人な彼氏です。イケメンの」
と、美緒はデレデレ。
「ふーうーん。それはよかった・・・ごちそうさま。で、彼にはこのケーキ、もう、食べさせたの?」
と、アイリはサービスで聞いてあげる。
「まだ、です。今日もこの取材の話をしたら、思い切りサービスしてこいって、言われちゃって・・・」
と、美緒はのろけモード全開。
「はいはい。ごちそうさま・・・でも、その話のおかげで、だいぶ印象に残ったから・・・その彼の作戦は成功したわって、言っておいて」
と、アイリも案外上機嫌だ。
「はい、喜んで!」
と、美緒は笑顔いっぱいだ。
「でも、そういうアイリさんだって、彼氏いるでしょー」
と、今度は美緒が逆襲だ。
「そーねー。私婚約しているの。フィアンセがいるのよー」
と、アイリもうれしそうに話している。
「どんな彼なんですか?アイリさんの彼氏って・・・」
と、美緒も興味津々。
「うーん、一言で言うと、大人の男かな。女性の気持ちがわかっていて、先回り先回りして、笑顔にさせる、そんな男」
と、アイリも真面目に話してしまう。
「うわー、アイリさん、メロメロ~」
と、美緒がツッコむと、
「美緒ちゃんもメロメロの癖にー」
と、アイリもツッコむ。
二人の彼氏合戦は、けっこう続いたのだった。
少し時間が経った後、アイリは、
「じゃあ、ありがとうございました。いい記事が書けそうです。記事書けたら、雑誌、ゼミの方に送りますから・・・じゃ、美緒ちゃん、またね」
と、アイリは帰っていく。
「こちらこそ、ありがとうございました!」
と、全開の笑顔の美緒は、アイリの後ろ姿をいつまでも、見送っていた。
クリスマス・イブ4日前の火曜日、同じ3時頃、アミは、年下の男性に、とある場所に呼び出されていた。
出版社の、とある会議室・・・そこはがらんとしていた。
男性は、隣の編集部の三上隆(26)だった。何度も飲んだことのある飲み仲間でもあった。
「で、隆くん、わたしに何の用事なのかな?」
と、アミは笑顔で聞いてあげた。三上隆は、幾分緊張しているように見えたからだ。
もちろん、アミには、三上がイブに誘いをかけようとしているのは、1000%わかっていた・・・わかっていたが、このシチュエーションを楽しむ余裕さえ、あった。
「いや、えーと・・・アミさん、この間の飲み会で、確か、「わたし、今、フリーだから」って、宣言してましたよねー」
と、三上は、緊張気味に話す。
「うん。そうだけど?」
と、アミは上機嫌に反応してあげる。
「だから、そのー、僕・・・アミさんのイブの夜を、僕にくれないでしょうか?」
と、三上は、ずばりと言ってきた。
「へー、この子、なかなかやるわねー」
と、ある意味、度胸のある三上の誘いに、良い点数をあげたくなった、アミだった。
「うーん、そうねー」
と、三上を思わず、上から下まで見てしまうアミだった。もちろん、腕を組んで。
「だめすか?俺なんかじゃー・・・」
と、三上は上ずりながら、言葉にする。
「ふーん、じゃあ、ダメな理由を3つ言ってみて?」
と、アミはすかさず、問題を出す。
「え?いやあ、そのー・・・俺、おもしろいことも言えないし・・・緊張しいだし・・・デートとか、慣れてないし・・・」
と、なんとか、3つ言えた三上だった。
「そうなの?隆くんは、デートしたことないの?」
と、アミがやさしく聞いてあげると、
「あまり、積極的には・・・なんか、女性と2人でいると、恥ずかしくなっちゃうタイプなんですよ。根が古風っていうか・・・」
と、三上は言う。
「隆くんは、結婚したら、奥さんにどんな風でいてほしい?どんなことを奥さんにしてあげたいと思っている?」
と、アミは真面目に三上に聞いてみる。
「それは・・・奥さんは美味しい料理を作ってくれて、子育てしてくれれば・・・僕はもちろん、仕事で稼いで・・・マンションが買えれば、それでいいかな、と」
と、三上は真面目に答えた。
「そーかー・・・」
と、三上を見ていたアミは、視線を落として少し考えると、ニコニコしながら、三上の目に視線を合わす。
三上は、そのアミの表情に安堵するが、
「ごめん、三上、わたし、あなたじゃ、満足出来ないみたい。最初のデートから、それじゃあ、よろしくないでしょ。このことは、なかったことにしておいて」
と、笑顔のアミは、それだけ言うと、
「三上くん、誘ってくれて、ありがとう!」
と、超ニコニコ顔で言った、アミは、部屋から消えた。
と、自席に戻ったアミの席に、隣の隣の編集部の徳重勝(32)が顔を出してくる。
「な、アミちゃん、イブ、暇だったら、俺とデートしない?」
と、アミとは酒飲み仲間の徳重が言ってくる。
「あれー。徳重さんには、美留ちゃん(26)っていう、れっきとした彼女がいたんじゃありませんでした?」
と、アミが指摘すると、
「いやー、先月別れちゃってさ、俺、今フリーでさ・・・アミちゃんくらいかわいい女の子が俺の理想だから」
と、徳重も、そこは、誘うのがうまかった。
「じゃあ、なんで別れたんですか?美留ちゃん・・・あんなにデレデレだったのに・・・」
と、アミが質問すると、
「ん、それが・・・ま、ありていに言えば、浮気だ。それがバレちゃってね・・・」
と、徳重は頭を掻きながら、話す。
「ま、でも・・・美留の場合、束縛がひどかったから、その反動が出ちゃったんだよ・・・」
と、徳重。
「でも、ほら、アミちゃんは、大人だから、そんな俺を束縛するような女性じゃないし・・・案外、俺達、いいカップルになれると思うんだけどな」
と、徳重は押す。
「うーん、徳重さんはイケメンでスポーツマンで、俺についてこいタイプの素晴らしい男性ですけど・・・」
と、アミは真面目に話す。
「そこにあぐらかいちゃっている感じですよねー。わたしは、そういう男性は、ちょっと・・・」
と、アミは真面目に否定。
「そうなの?うーん、アミちゃんとなら、俺、楽しく出来ると思ったんだけどなー」
と、言いながら、アミの断定が覆りそうにないのを見て取ると、
「時間とらせたね。また、酒飲もうや!」
と、言いながら、消える徳重。
「今日は、これで3人目・・・この季節は、こういう季節なんだけど、今年のわたしは、何かすぐに駄目だしが入っちゃう感じねー」
と、記事を整理しながら、アミは自分を見つめている。
「やっぱり・・・素敵なひとをひとり、知ってしまったから・・・比較が簡単に出来ちゃうから・・・相手の欠点がすぐに目につくようになっちゃったのね・・・」
と、ため息をつくアミだった。
クリスマス・イブ4日前の火曜日の午後5時頃。マキは、社の近くにあるカフェ「アルチザン」で、「Soccer Next」編集部の市沢(31)と、コーヒーを飲んでいた。
「単刀直入に言うんですけど、マキさん、イブなんですけど、デートしてくれませんか。僕と」
と、市沢は、ズバリと言ってきた。二人は顔見知りだったが、それ程、親しい間柄では、なかった。
「あのー、それ本気ですか?」
と、マキ。明らかに動揺している。
「いやあ、仕事を一緒にした感じだと、すごく真面目そうな雰囲気だったし、姉御肌のマキさんが、いいかなあと思って・・・」
と、市沢は、続けてくる。
「いや、どうせ、すぐわかっちゃうから、言っちゃいますけど、俺、女性に甘えたいタイプなんですよ。だから、姉御肌のマキさんは、僕に、ちょうどいいんじゃないかなあ、と」
と、市沢が言ってくる。
「どうですかね?」
と、市沢に言われたマキは・・・正直、怖気に襲われていた。
「いや・・・あのー・・・仕事の話だから、ということで、今日は来たので・・・仕事の話じゃないのなら・・・わたし帰ります・・・」
と、マキは、伝票をかっさらうようにして、カフェを出ていった。
「うーん、ダメだったか・・・いい感じになれると思ったんだけど・・・」
と、市沢は冷静にしゃべっていた。
と、マキは携帯電話で社に電話をかけ、アミにつないでいた。
「ねえ、アミ、ちょっとくさくさしちゃったから、飲まない?焼き鳥に焼酎な感じで!」
と、マキはかなりキテいるみたい。
「あらー、何があったの?よし、出来た妹が聞いてあげるから・・・焼き鳥「十郎太」にでも、行こうか。6時待ち合わせで!」
と、アミは笑顔になりながら、マキに話していた。
「ああ、アイリは、今日はショウコさんから予約入っているんだって。「グラッチェグラッチェ」に行くみたいだから、そこは避けないと・・・」
と、笑顔のアミは、上機嫌でマキの電話を切った。
「正直、大人の女性は、この時期、大変なのよねー。新しい人生が始まっちゃう機会でもあるし、そうなりたくない、場合もあるし」
と、笑顔のアミは、退社すべく準備にとりかかるのだった。
クリスマス・イブ4日前の火曜日の夕方。午後6時頃。ショウコは時間より早く「グラッチェグラッチェ」に来ていた。
ウェイティング・バーで、ギムレットを飲むショウコは、美しい女王様のようだった。
黒のブリーツスカートは、Aラインの黒ジャケットを合わせて、下の白シャツが大人の女性の気品をプレゼンしていた。
靴は、ゴールド系のヒールを合わせて、これは、明らかに社を出る時に履き替えたモノだった。
「お美しい。おひとりですか?もし、よかったら、ご一緒しませんか?」
と、背の高いイケメンが誘ってきた。
「ごめんなさい。待ち合わせなの」
と、ショウコが笑顔で言うと、ハートを射抜かれた感じのイケメンは、少しよろけながら、
「そうでしたか。それでは、失礼」
と、笑顔になりながら、去っていった。
「ふ。雰囲気を変えただけで・・・男性はビビットに反応するのね」
と、笑顔になるショウコだった。
「お待たせ、ショウコさん」
と、ベージュ色のカシミヤのテーラードコートを着てアイリが入ってくる。
「ふふ。おかげで、ギムレット、2杯も飲んじゃった」
と、笑顔のショウコは、アイリを伴って、奥のレストランに消えていった。
(つづく)
→この物語の登場人物。
→前回へ
→物語の初回へ
→本編「僕がサイクリストになった、いくつかの理由」初回へ
「あ、野島先生、初めまして、雑誌「Joie」の記者をしております、東堂アイリと申します。電話での突然のオファー、受けて頂いてありがとうございました」
と、アイリは野島教授(52)と楽しそうに話している。
「いやあ、数学の法則を洋菓子のレシピに応用なんて、世界でも聞いたことがないからねー。彼女の目の付け所が、ちょっと新鮮で、どうしても世に広めたくてね」
と、野島教授は鷹揚に話している。
「わたし、洋菓子作るの大好きだったんで・・・それで、数学から何か応用出来無いか、ずーっと考えていて・・・それで・・・」
と、担当者である、田中美緒(22)も、嬉しそうに話している。
「それで、今日は生協さんに頼み込んで、場所も確保してもらったんで・・・東堂記者さんも、一緒に作ってみません?体験すると、楽しさもわかってもらえそうだし・・・」
と、美緒がヤル気であることを察したアイリも、
「それは、もちろん、喜んで・・・体験した方が記事も正確に書けるし、リアル感が出せますから・・・願ったり叶ったりです」
と、嬉しそうにするアイリだった。
「じゃ、こちらです・・・」
と、美緒がアイリを案内していく。
「あ、それから、美緒ちゃん・・・だっけ。東堂記者なんて言わないで・・・アイリさんでいいから」
と、アイリは美緒に呼び名の変更を申し出ていた。
「そうですか。じゃあ、アイリさんで・・・アイリさん、仕事できそうですよね・・・わたしもアイリさんみたいな、美人の素敵なお姉さんが欲しかったんです」
と、美緒は、笑顔で、賢いしゃべり方をする。
「美緒ちゃんも、相当口がうまいわあ・・・いつもこんな感じで、年上の人間を蕩かしてるの?」
と、笑うアイリ。
「えー、そんなことないですよー」
と、照れる美緒。
「美緒ちゃん、年上の男性キラーだったりするんじゃない?真面目でかわいいし、ハキハキしていて、それでいて、口も上手いし」
と、アイリは、美緒のいいところをさりげなく羅列。
「いやあ、アイリさんの方が全然口上手いじゃないですかー・・・おまけに美人だし・・・」
と、美緒が言うと、思わず二人して笑ってしまう。
「美緒ちゃん、私たち基本的に、同じ性格かもしれないわ・・・わかるでしょ、その感じ」
と、アイリが言うと、
「はい。わかります。だから、思わず、笑っちゃったんです。はい」
と、笑顔笑顔の二人だった。
二人は用意された生協の台所で、ひと通りロールケーキの製作に励んだのだった。
2時間後、二人は生協の喫茶スペースで、美緒のロールケーキ、「シルフィー」を暖かいレモンティーと共に、美味しく頂いていた。
「美味しいわぁー・・・普通のロールケーキとは何かひと味もふた味も違う感じ・・・これが「ライネルのねじれ理論」の力なのね・・・」
と、アイリは、とってつけたように、教えてもらった数学の法則の名前を言った。
「究極的に、菓子作りって、分量をどう決めるか、ですから・・・黄金比率さえ、わかってしまえば、美味しさが決まるんです」
と、美緒はそこは真面目に話していた。でも、ロールケーキを頬張ると、いい笑顔になり、ころころ笑った。
「美緒ちゃん・・・美緒ちゃん、すごく機嫌がいいけど・・・このクリスマス・シーズン、プライベートで、何かいいことあった?」
と、アイリは直感的に、美緒に言ってみる。
「え?」
という顔を美緒はするが・・・少しバツの悪そうな顔になって、
「バレちゃいました?」
と、笑顔になる。
「うん・・・いくら取材中とは言え・・・ころころ笑い過ぎるし、すごく上機嫌だから・・・」
と、アイリ。
「実はこの週末にイケメンな彼氏が出来ちゃって・・・それで毎日、上機嫌なんです」
と、ころころ笑いながら言う美緒。
「やっぱりーーーーー。そういうことだと思った!」
と、アイリもうれしそう。
「ズバリ年上でしょ?」
と、アイリが言うと。
「はい。大人な彼氏です。イケメンの」
と、美緒はデレデレ。
「ふーうーん。それはよかった・・・ごちそうさま。で、彼にはこのケーキ、もう、食べさせたの?」
と、アイリはサービスで聞いてあげる。
「まだ、です。今日もこの取材の話をしたら、思い切りサービスしてこいって、言われちゃって・・・」
と、美緒はのろけモード全開。
「はいはい。ごちそうさま・・・でも、その話のおかげで、だいぶ印象に残ったから・・・その彼の作戦は成功したわって、言っておいて」
と、アイリも案外上機嫌だ。
「はい、喜んで!」
と、美緒は笑顔いっぱいだ。
「でも、そういうアイリさんだって、彼氏いるでしょー」
と、今度は美緒が逆襲だ。
「そーねー。私婚約しているの。フィアンセがいるのよー」
と、アイリもうれしそうに話している。
「どんな彼なんですか?アイリさんの彼氏って・・・」
と、美緒も興味津々。
「うーん、一言で言うと、大人の男かな。女性の気持ちがわかっていて、先回り先回りして、笑顔にさせる、そんな男」
と、アイリも真面目に話してしまう。
「うわー、アイリさん、メロメロ~」
と、美緒がツッコむと、
「美緒ちゃんもメロメロの癖にー」
と、アイリもツッコむ。
二人の彼氏合戦は、けっこう続いたのだった。
少し時間が経った後、アイリは、
「じゃあ、ありがとうございました。いい記事が書けそうです。記事書けたら、雑誌、ゼミの方に送りますから・・・じゃ、美緒ちゃん、またね」
と、アイリは帰っていく。
「こちらこそ、ありがとうございました!」
と、全開の笑顔の美緒は、アイリの後ろ姿をいつまでも、見送っていた。
クリスマス・イブ4日前の火曜日、同じ3時頃、アミは、年下の男性に、とある場所に呼び出されていた。
出版社の、とある会議室・・・そこはがらんとしていた。
男性は、隣の編集部の三上隆(26)だった。何度も飲んだことのある飲み仲間でもあった。
「で、隆くん、わたしに何の用事なのかな?」
と、アミは笑顔で聞いてあげた。三上隆は、幾分緊張しているように見えたからだ。
もちろん、アミには、三上がイブに誘いをかけようとしているのは、1000%わかっていた・・・わかっていたが、このシチュエーションを楽しむ余裕さえ、あった。
「いや、えーと・・・アミさん、この間の飲み会で、確か、「わたし、今、フリーだから」って、宣言してましたよねー」
と、三上は、緊張気味に話す。
「うん。そうだけど?」
と、アミは上機嫌に反応してあげる。
「だから、そのー、僕・・・アミさんのイブの夜を、僕にくれないでしょうか?」
と、三上は、ずばりと言ってきた。
「へー、この子、なかなかやるわねー」
と、ある意味、度胸のある三上の誘いに、良い点数をあげたくなった、アミだった。
「うーん、そうねー」
と、三上を思わず、上から下まで見てしまうアミだった。もちろん、腕を組んで。
「だめすか?俺なんかじゃー・・・」
と、三上は上ずりながら、言葉にする。
「ふーん、じゃあ、ダメな理由を3つ言ってみて?」
と、アミはすかさず、問題を出す。
「え?いやあ、そのー・・・俺、おもしろいことも言えないし・・・緊張しいだし・・・デートとか、慣れてないし・・・」
と、なんとか、3つ言えた三上だった。
「そうなの?隆くんは、デートしたことないの?」
と、アミがやさしく聞いてあげると、
「あまり、積極的には・・・なんか、女性と2人でいると、恥ずかしくなっちゃうタイプなんですよ。根が古風っていうか・・・」
と、三上は言う。
「隆くんは、結婚したら、奥さんにどんな風でいてほしい?どんなことを奥さんにしてあげたいと思っている?」
と、アミは真面目に三上に聞いてみる。
「それは・・・奥さんは美味しい料理を作ってくれて、子育てしてくれれば・・・僕はもちろん、仕事で稼いで・・・マンションが買えれば、それでいいかな、と」
と、三上は真面目に答えた。
「そーかー・・・」
と、三上を見ていたアミは、視線を落として少し考えると、ニコニコしながら、三上の目に視線を合わす。
三上は、そのアミの表情に安堵するが、
「ごめん、三上、わたし、あなたじゃ、満足出来ないみたい。最初のデートから、それじゃあ、よろしくないでしょ。このことは、なかったことにしておいて」
と、笑顔のアミは、それだけ言うと、
「三上くん、誘ってくれて、ありがとう!」
と、超ニコニコ顔で言った、アミは、部屋から消えた。
と、自席に戻ったアミの席に、隣の隣の編集部の徳重勝(32)が顔を出してくる。
「な、アミちゃん、イブ、暇だったら、俺とデートしない?」
と、アミとは酒飲み仲間の徳重が言ってくる。
「あれー。徳重さんには、美留ちゃん(26)っていう、れっきとした彼女がいたんじゃありませんでした?」
と、アミが指摘すると、
「いやー、先月別れちゃってさ、俺、今フリーでさ・・・アミちゃんくらいかわいい女の子が俺の理想だから」
と、徳重も、そこは、誘うのがうまかった。
「じゃあ、なんで別れたんですか?美留ちゃん・・・あんなにデレデレだったのに・・・」
と、アミが質問すると、
「ん、それが・・・ま、ありていに言えば、浮気だ。それがバレちゃってね・・・」
と、徳重は頭を掻きながら、話す。
「ま、でも・・・美留の場合、束縛がひどかったから、その反動が出ちゃったんだよ・・・」
と、徳重。
「でも、ほら、アミちゃんは、大人だから、そんな俺を束縛するような女性じゃないし・・・案外、俺達、いいカップルになれると思うんだけどな」
と、徳重は押す。
「うーん、徳重さんはイケメンでスポーツマンで、俺についてこいタイプの素晴らしい男性ですけど・・・」
と、アミは真面目に話す。
「そこにあぐらかいちゃっている感じですよねー。わたしは、そういう男性は、ちょっと・・・」
と、アミは真面目に否定。
「そうなの?うーん、アミちゃんとなら、俺、楽しく出来ると思ったんだけどなー」
と、言いながら、アミの断定が覆りそうにないのを見て取ると、
「時間とらせたね。また、酒飲もうや!」
と、言いながら、消える徳重。
「今日は、これで3人目・・・この季節は、こういう季節なんだけど、今年のわたしは、何かすぐに駄目だしが入っちゃう感じねー」
と、記事を整理しながら、アミは自分を見つめている。
「やっぱり・・・素敵なひとをひとり、知ってしまったから・・・比較が簡単に出来ちゃうから・・・相手の欠点がすぐに目につくようになっちゃったのね・・・」
と、ため息をつくアミだった。
クリスマス・イブ4日前の火曜日の午後5時頃。マキは、社の近くにあるカフェ「アルチザン」で、「Soccer Next」編集部の市沢(31)と、コーヒーを飲んでいた。
「単刀直入に言うんですけど、マキさん、イブなんですけど、デートしてくれませんか。僕と」
と、市沢は、ズバリと言ってきた。二人は顔見知りだったが、それ程、親しい間柄では、なかった。
「あのー、それ本気ですか?」
と、マキ。明らかに動揺している。
「いやあ、仕事を一緒にした感じだと、すごく真面目そうな雰囲気だったし、姉御肌のマキさんが、いいかなあと思って・・・」
と、市沢は、続けてくる。
「いや、どうせ、すぐわかっちゃうから、言っちゃいますけど、俺、女性に甘えたいタイプなんですよ。だから、姉御肌のマキさんは、僕に、ちょうどいいんじゃないかなあ、と」
と、市沢が言ってくる。
「どうですかね?」
と、市沢に言われたマキは・・・正直、怖気に襲われていた。
「いや・・・あのー・・・仕事の話だから、ということで、今日は来たので・・・仕事の話じゃないのなら・・・わたし帰ります・・・」
と、マキは、伝票をかっさらうようにして、カフェを出ていった。
「うーん、ダメだったか・・・いい感じになれると思ったんだけど・・・」
と、市沢は冷静にしゃべっていた。
と、マキは携帯電話で社に電話をかけ、アミにつないでいた。
「ねえ、アミ、ちょっとくさくさしちゃったから、飲まない?焼き鳥に焼酎な感じで!」
と、マキはかなりキテいるみたい。
「あらー、何があったの?よし、出来た妹が聞いてあげるから・・・焼き鳥「十郎太」にでも、行こうか。6時待ち合わせで!」
と、アミは笑顔になりながら、マキに話していた。
「ああ、アイリは、今日はショウコさんから予約入っているんだって。「グラッチェグラッチェ」に行くみたいだから、そこは避けないと・・・」
と、笑顔のアミは、上機嫌でマキの電話を切った。
「正直、大人の女性は、この時期、大変なのよねー。新しい人生が始まっちゃう機会でもあるし、そうなりたくない、場合もあるし」
と、笑顔のアミは、退社すべく準備にとりかかるのだった。
クリスマス・イブ4日前の火曜日の夕方。午後6時頃。ショウコは時間より早く「グラッチェグラッチェ」に来ていた。
ウェイティング・バーで、ギムレットを飲むショウコは、美しい女王様のようだった。
黒のブリーツスカートは、Aラインの黒ジャケットを合わせて、下の白シャツが大人の女性の気品をプレゼンしていた。
靴は、ゴールド系のヒールを合わせて、これは、明らかに社を出る時に履き替えたモノだった。
「お美しい。おひとりですか?もし、よかったら、ご一緒しませんか?」
と、背の高いイケメンが誘ってきた。
「ごめんなさい。待ち合わせなの」
と、ショウコが笑顔で言うと、ハートを射抜かれた感じのイケメンは、少しよろけながら、
「そうでしたか。それでは、失礼」
と、笑顔になりながら、去っていった。
「ふ。雰囲気を変えただけで・・・男性はビビットに反応するのね」
と、笑顔になるショウコだった。
「お待たせ、ショウコさん」
と、ベージュ色のカシミヤのテーラードコートを着てアイリが入ってくる。
「ふふ。おかげで、ギムレット、2杯も飲んじゃった」
と、笑顔のショウコは、アイリを伴って、奥のレストランに消えていった。
(つづく)
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