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「ゆるちょ・インサウスティ!」の「海の上の入道雲」

楽しいおしゃべりと、真実の追求をテーマに、楽しく歩いていきます。

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西南戦争は、日本の大きな価値転換の場だった!

2010年08月31日 | 先人の分析
おはようございます!

とうとう、八月も、その最後の日を迎えてしまいましたね!

いやあ、今年の夏は、いろいろあったなあ・・・。

とか、思いながら、でも、暑い日が、まだまだ、続く!という、

もう、地球温暖化も、どうにかしてほしいですね。

明らかに夏が、熱帯化しているよねー!

もしかして、夏休み、もう少し必要なんじゃないの?

と、素直に思う、今日この頃でした!


さて、火曜日の「翔ぶが如く」シリーズですが、

前回、

「彼らは報酬のために、勝つために戦っていたのではない。戦うこと、そのものに意義を感じていたんだ」

「それは、武士道における代償を求めない戦い、だ!」

ということを論考しました。

司馬氏は、「勝つという報酬」を考えない戦いは、馬鹿だ、とする立場で、

その立場が、武士道さえ、理解していない、いかに浅い考え方か、ということが、だだわかりになりました。

日本人というものが、全くわかっていない。

これが、国民的作家ですか?

これが、この人間の正体なんですよ。


さて、いきなり厳しい指摘から、入ってしまいましたが、まあ、ゆるりと論考していきましょうかね!

今日は、麦茶をぐびびと飲んで、この季節も、もう終わりそうですね。


さて、前回、熊本共同隊とは、違う、学校党と呼ばれる熊本隊の紹介をしたところで、終りましたが、

この池辺吉十郎に率いられる熊本隊の一番小隊長、佐々友房が、池辺を尋ねるところから、話が、はじまります。

このとき、佐々は、池辺に、次のように言うわけです。

「自分は三個小隊を率いて高瀬に進みたい。薩軍の新方針は、兵力を損ずることを恐れて城を長期に攻囲するそうである。そのように虚しく日を過ごせば」

「戦わずして兵気のほうがくじけることを自分は憂える。それに加え、政府軍の後発の新手がようやく至ろうとしている」

「実に危険な状況と言うべきである」

これは、薩軍のやり方を否定しているわけです。戦で、大切なのは、兵の士気であり、兵気がくじけることは、最もやってはいけないことだ、

と、この佐々は、主張しているわけです。まあ、これ、西郷の手ですから、当たり前に、薩軍がぼろぼろになっていくわけですけど、

まあ、この佐々あたりでも、当然、こういう主張ができるわけですよ。

このあたり、薩軍の中でも、自分なりの目があり、西郷びいきでもない、野村忍介あたりは、どう考えていたのかなあ、と至極興味深いですね。

で、熊本隊とすれば、「すわ!第二の維新!」と勢いこんでいるわけですから、

自分なりに最上の手を打とうというわけですね。


池辺は佐々を許し、兵300をつけて、高瀬からは、菊池川の対岸となる伊倉村というところに、進出するわけです。

これが、二十四日の朝です。一応、薩摩の連携部隊も、このあたりにあり、政府軍攻撃の準備は、少しずつ出来ていくわけです。

そして、熊本隊は、二十四日、昼すぎに、探索のため、高瀬に入ります。

そこで見たのは、遺棄された大量の銃器、弾薬、酒の類でした。まあ、乃木軍が、それらをおいて、逃げちゃったわけですからね。

装備が貧弱だった熊本隊は、これを喜び、分捕ったわけです。そして、酒まで飲んじゃった。

これについて、司馬氏は、

「こういうあたりは、正規軍の雰囲気ではなく、壮士のあつまりといってよい」

としています。まあ、日本の正規軍は、このときの政府軍くらいですから、熊本隊は、壮士のあつまり、そのものなんですよ。

それに、戦争に酒というものは、つきものですからね。まあ、恐怖感を紛らわすにも、酒は有効ですから、

当然、飲んじゃう選択になるわけです。

彼らは、高瀬に残ったわけでなく、分捕り品を持って、伊倉村に戻り、そこに本営を置いたんですね。

だから、酒も飲めた、ということで、まあ、当たり前っちゃー、当たり前なわけです。


しかし、彼らが伊倉村で、酔っ払っている、まさに、その時、高瀬に、政府軍が入ってくるんですねー。

もちろん、この高瀬を放棄して、逃げた乃木軍が、汚名挽回のために、その一部を前衛部隊として、

この高瀬に向かわせたわけです。

もちろん、乃木軍側も、高瀬には、敵がいる、と思って覚悟して入ってきたわけです。しかし、敵はいない。

どうも、索敵してみると、敵は、対岸の伊倉村に、いることが、わかる。

そこで、乃木軍は、敵の渡河に備えて、陣地をつくって、対抗したわけです。


当然、その報は、伊倉村の熊本隊にも、伝わるわけです。

このとき、佐々は、

「いっそ、こちらから、押しかけてやれ」

とし、衆議一決したそうです。

索敵もせずに、やっちゃえやっちゃえ、ですからね。

このあたりが、壮士っぽい!と言えるでしょうね。

ま、酒も入っているわけだしね(笑)。



熊本隊からは、近くにいる薩軍の連携部隊へも連絡がいき、ここに、高瀬の戦いがはじまるわけです。

これね、西南の役の、関ヶ原の戦いなんだってーーーー。



まあ、この熊本隊、学校党と呼ばれているって、言いましたが、このひと達は、藩のお偉いさん達の子弟ですから、

藩校「時習館」の出なので、学校党と呼ばれるわけです。だから、思想は、一緒、武家社会こそ、秩序であり、価値なんですね。

それを破壊し、文明開化を牽引する、当時の日本政府を蛇蝎のごとく嫌っているわけです。

まあ、僕が、今の日本政府を、蛇蝎のごとく嫌っているのと、雰囲気は同じわけですよ。

今の政府与党のおっさん達が若い頃、学生運動をやって、日本政府を嫌い抜いたように、ね。

まあ、時代は、繰り返すということでしょうか。

そういう意味では、この学校党の人々も、遠い時代の人間というより、僕らと同じ日本人なんですよ。



だから、彼らは、自分たちの意見を主張するために、立ち上がり、戦っているんですね。

「今の時代は、間違っている。我々の主張こそ、正しいのだ!」

彼らは、そう主張して、戦っているわけです。


ここに、池辺が書いた決起に際しての檄文が、あります。ちょっと書いてみましょうか。

「文明開化に仮り、以て廉恥を破り、磊落不羈を取って以て礼儀を破り、慧智円通に託して以て義烈を損なう」

まあ、これ、司馬氏が、解説していますが、要は、

「文明開化だと言って、武士道における恥という倫理を、破り、いかにも豪傑ぶって枝葉にこだわらぬ態度で、日本国の秩序を支えていた礼儀を壊し」

「諸事、旧弊にこだわらずに、融通のきく聡明さをもたねばならぬところにかこつけて、義烈という日本固有の精神をくらましてしまった」

ということだ、そうです。まあ、日本政府が、文明開化という言葉を魔法の言葉にして、いろいろ、やっちゃっている、ということでしょうか。

そりゃ、そういう秩序の好きなひとだったら、怒りますよね。

自分の人生をかけて、討ち果たそう!とするよね。

もし、勝てる可能性が、少なくても、このまま、つらい世の中を感じながら、何もせず、朽ち果てるより、立ち上がる方を選ぶよね。

それが、武士でしょう!


やはり、この背後にあったのは、武士道なんですよ。

武士道的な人生の選択、という奴なんですよね。


なんで、こんなことが、わからないんだ、司馬氏は?


そっちのほうが、疑問です。


司馬氏は、この学校党について、次のように書いています。

「要するに、熊本隊は、もとの士農工商の世に戻せ、という主張者の群れだった」

これ、どう読んでも、尊敬とか、そういうものは、全くないですよね。時代遅れの人物の集まり、という外から見た、浅いレッテルなんですよね。


確かに、彼らは、そういう主張だったかもしれないけれど、その精神は、違うわけですよ。

「今の時代でも、必要なものはあるだろう」

という立場に立っている。

「確かに、文明開化は、必要だ。しかし、だからといって、すべてを破壊する必要があるだろうか」

「武家社会の世の中に、あって、今でも、変わらない、優れた価値のものがあるでは、ないか」

僕は、こういう主張だと、思います。あの檄文を読めば、それくらい簡単にわかるじゃないですか。

だから、司馬氏のような、

「元の士農工商の世に戻せ、という主張者の群れ」

という説明は、浅すぎるし、何も見えていない。ただの馬鹿の見方ですよ、これは。

げろ脳だなあ、こんなことを言う奴は。

ほんと、浅い人物だ。脳はゲロだし。



熊本隊の若い幹部、高橋長秋という人間がいるのですが、彼が自宅に書き送った手紙があるんですね。それを書いてみましょう。

「この度のことは、人をもともとのように引き返し、申すべく御座候。一身を捨てて働き申すべき存念に御座候」

この人物、まだ、十九歳なんですね。ちょっと、物事を簡単にとらえすぎています。

ただ、この文章を読むと、司馬氏が、この文章を読んで、

「元の士農工商の世に戻せ、という主張者の群れ」

と、断定したことが、だだわかりになります。


あのさ、あの檄文と、この文章の差を考えれば、そこに、隊の代表になった、池辺と、この年若い幹部の間に、年齢という大きな差があることに勘付くでしょう、ふつう?

いくら、若くても幹部だったから、と言って、この考え方が、すべての熊本隊の人間の考えていることを代表できるわけないだろうに。

普通だったら、熊本隊の人間が、代表として、推した人間である、池辺の檄文の方から、熊本隊の思想を推し量るのが筋だろうに。

それを、こんなガキの手紙を知ったからって、あっさり飛びつくなぞ、まともな大人がやることじゃないね。

ほんとに、ゲロ脳だなあ。この馬鹿。



さて、戦闘の方は、と、言うと、

熊本隊のいる伊倉村から、約6キロ南の小天というところに、岩切喜次郎率いる三個小隊六百人が連携部隊として、あった。

熊本隊から、連携して、高瀬を叩こうと連絡を受けると、岩切は、二つ返事で、了解し、程なく、高瀬に向かった。

「戦闘は、午後四時から」

と示し合わせ、まず、前哨戦程度で、戦おうというわけです。

ま、すぐ暗くなっちゃうから、あまり戦闘する時間もないわけですからね。


高瀬にある政府軍は、千二百、というわけで、熊本隊三百、薩軍六百なら、

薩軍の強さを考慮すると、ほぼ互角か、薩軍側が有利と言えるでしょう。

なにしろ、政府軍には、各所で、敗退した部隊も加わっているし、

前回、薩軍対政府軍で、薩軍の死者3人に対して、政府軍は、41名の死者を出したわけですから、

薩軍は、政府軍のほぼ、10倍の力を持っているとも、いえますからね。

それを考えたら、政府軍、全然やばいじゃん、ってことになりますがねー。



さて、政府軍は、高瀬大橋という橋のたもとを中心に塁を築いて、スナイドル銃という新式の銃を、その銃口から、のぞかせているわけです。

そして、この大橋を渡ってくる敵を追い落とそう、ということですが、

なんと、その大橋を、岩切隊は、渡ってきたんです。

もちろん、政府軍は、一斉に射撃するわけです。

しかし、薩兵達は、銃を背負い、白刃をかざしながら、口々に叫びながら、橋を渡ってくる。


そりゃ、こわいっしょ!


熊本隊も、川下を渡し船で、渡河し、殺到してくるわけです。

そりゃ、誰だって、ビビリますよね。

政府軍は、せっかく作った射撃陣地も放棄し、まーた、逃げちゃうんですねー。


いやー、なんつーか、これまで、見てくると、逃げてばかりの政府軍って、感じですね。

まあ、薩兵にとって、戦こそが、祭りであり、自分を働かせる場ですから、自然、気分も高揚するし、やる気十分なわけですよ。

対する政府軍は、やらされている感もあるだろうし、なにより、農家の次男、三男なんてのが、多いわけですから、

自然、サムライに対する、意識の差があるわけです。

そりゃ、勝てませんよ。そんな簡単には。


つまり、これ、サムライ対農家の次男、三男の戦いなんですよ。

今まで、俺達の方にこそ、価値がある!と思っていた、サムライと、

農家の次男坊、三男坊が、戦って、勝っちゃった戦に、なるんですよ。


ここで、大きな価値転換が、起こるんですね。


必ずしもサムライだけに、価値があるわけでない。


これは、もう、10年前に、高杉晋作が、奇兵隊で、証明している事実なんですよ。


それが、今、薩摩隼人を相手に、日本一の強兵、と言われたサムライが、地方の農家の息子達に敗亡していくストーリーとして、綴られるわけですからね。


日本の歴史にとっても、大きな価値転換のできごとなんですね。この西南の役とは。



いやー、少しずつ盛り上がってきましたね。


まあ、今日は、その辺りで、終りにしておきましょうかね。


しかし、ここで、大きな価値転換があったんだねー、日本の歴史としては。


ま、読んでいく価値がありますね。よかった、よかった。


今日も長くなりました。


ここまで読んで頂いたみなさん、ありがとうございました。


また、次回、お会いしましょう!


ではでは。






薩人は、勝つために戦っていたのではない!(日本人のほんとうのしあわせは!)

2010年08月24日 | 先人の分析
おはようございます!

いやあ、暑さの三度目のピークが来ているそうですが、

みなさん、いかが、お過ごしでしょうか!

なんか、暑さばかり強調されてますけど、

湿気が高いのも、体内の温度調節機能に、障害を与えるんでねー。

まあ、こまめに水分補給ですね!

もう、水分補給用のボトルが手放せませんね!


さて、「翔ぶが如く」シリーズ、久しぶりですねー。

まあ、元々、このブログでは、歴史について語る!ということをやっていたんですが、

いつのまにか、このシリーズになってしまいまして、

そういう意味では、ドラゴン通信と並んで、古いシリーズですね、これ。

えー、日曜日に信長論考を始めたので、また、こっちも新しい気持ちで、

できる感じです。やっぱり、歴史って、高いストーリー性があるし、おもしろいですよね。


さて、前回は、もう、8月4日なんですよね。

このときの、僕の文章を見ると、まあ、夏休み前という感じで、荒れ狂ってましたが、

あのー、僕、自転車やっているんで、割とすぐにアドレナリンを出せるんですよ。

けっこう、自動車に、ひどい運転されたり、危ないことがあるんでね、

やっぱり、自分の身の危険を、ダイレクトに感じるんで、そういうときは、アドレナリンが出て、

抗議するわけですよ。大きな声で。やっぱり、自分の権利を主張しないと、

危ないんですよ。もう、瞬間沸騰ですからね。

だから、そういうことを週末やっているので、怒る訓練ができちゃっているんですね。

だから、こう、怒っているわけですよ、よくね(笑)。

まあ、普段、ひとといるときは、基本、

「にひひ」

と、上機嫌ですね。まあ、ひとが好きなんでね、まあ、基本、上機嫌です。

だから、僕の文章読んで、こわい!とか、思わないで頂きたいですねー。

いやー、まー、仕方ないと想いますけど、まあ、ドラゴン通信とかでも、

かなーり、怒ってますけどね。すいません、各所の方に、謝っておこ。


えー、それで、前回は、

「桐野ら、薩軍幹部は、戦略を考えてはおらず、薩摩の人間達のつむぐストーリーに身を挺するつもりだった」

「彼らは、武士道の、代償を求めない死を、選んだのだ」

ということを結論にしています。


さて、まず、博多から南下してきた政府軍は、南関を目指しており、さらに乃木軍の一部津下少佐指揮下の部隊が、山鹿に出没しているという報が

薩軍本営に入り、薩軍からは、野村忍介率いる五個小隊千人が、宮崎八郎の熊本共同隊の先導で、向かっていくわけです。


まあ、この軍は、二十三日夜八時頃、出発していくわけですが、途中、雨などに悩まされ、植木に一泊した部隊が、

山鹿に入ってみると、政府軍は、一兵もいなくなっているわけです。

まあ、あてがはずれた、この薩軍は、そこに留まるわけですが、二十六日に、なって、津下少佐指揮下の政府軍部隊が、

新たに編成され直され、攻撃を仕掛けてくるんですね。

まあ、激戦になるわけですけど、薩軍側が、これを撃退、政府軍側は、41名の死者をだし、最大の被害を出すわけです。

このとき、薩軍の戦死者は、三名だけ、という圧倒的な違いが出ちゃうわけです。


どうして、こんなに差がでちゃうんでしょうね。

やはり、気組みが、違うということなんでしょうか。

だって、政府軍側は、新たに編成しなおして、戦いに挑んでいるわけですよ。

ある程度、索敵だって、しているでしょうからね。

それでも、41対3という差は、ありすぎな、気がします。


さて、薩軍は、熊本城にはりついているわけですが、これについて、司馬氏は、次のように書いています。

「退嬰的とは言えなくても、薩軍の作戦心理は、自閉的におちいりつつあった。そのことは、途に食物が落ちているのを見つけた犬に似ていた」

「食物(熊本城)を見捨てて先へ進めばおもしろい活路がひらけるのにもかかわらず、食物にとらわれ、食物のまわりをうろうろしつつ」

「自分に襲い掛かろうとする他の犬の群れに対して、寄るな寄るなと吠え続けている図に、似ていた」

「この囚われようは、本来囚われることから知的に飛躍しようとする機能である作戦中枢というものを薩軍がもたなかった弊であろう」

「それをもたずに、桐野・篠原ら戦闘部隊の指揮官の戦闘上の本能にゆだねきっているせいでもあった」

もう、この文章に、司馬氏の臭みが、異様に現れていますね。こういう文章を書いていて、へーきなんですから、

ほんとに、こいつは、正真正銘のげろ馬鹿ですね!

まず、薩軍を、食べ物に、とらわれた、犬扱いですよ。

そして、政府軍も、犬なんですよ。

つまり、司馬馬鹿タイプから、言わせると、軍隊は、犬程度、というわけです。

そして、薩軍を、知的に飛躍できない、馬鹿の集まり、あるいは、馬鹿に指導された、馬鹿の集団だ、と言っているわけです。

これ、完全に間違っていますね。物事を、正確に見れていません。


まず、彼らは、政府軍と戦うことを目的としていたんです。

勝つことでは、ないんです。

だから、熊本鎮台があれば、彼らなりの方法論で、戦うわけです。

自分なりの方法で、抜けると、思えば、抜く、それだけなんです。

もはや、自分の体は、薩軍自体に捧げてしまっているわけですから、

勝つか、負けるか、ではなく、戦うだけなんですよ。


これ、

「戦いというのは、勝つためにあるんだ!」

という、意識ではないんです。

「我々は、戦っている。そのことに、価値があるんだ」

微妙ですけど、違うんです。

彼らが価値を置いているのは、どういう風に戦ったか、なんですよ。

勝つための戦いを行い、最終的に勝ちを得ること、ではないんですよ。

この微妙な違いを、司馬氏は、わかっていない。


人間、どこに価値を求めるか、というのは、非常に、大切なことです。

そして、ひとを見て、そのひとが、どこに価値をおいているかを、わかることで、

そのひと、というものの、考え方や、価値観が、初めて、わかり、

そのひとのストーリーが説明できるはずです。

というより、それがわからなければ、ストーリーを説明できないはずなんです。

間違った解説をすることほど、恥ずかしいことは、ありません。


特に、自分が頭が偉いと思っている人間は、それこそ、そんな過ちをしたら、はずかしくて、本なんて書けないはずなんです。

でも、それをやっているのが、このバカ芝なんですよね。


結局、自分の価値を押し付けているに過ぎないんですよ。

相手というものが、見えていない。

人間は、どんな戦いにも、勝ちを求めるものだ、という断定が、そもそも、間違っているんですよ。

まず、前提が、間違っているから、しかも、自分は頭がいいと、勘違いしているから、

彼らの行動を、馬鹿だから、頭が悪いから、と、見下して、解説しているわけです。


「本能だけで、動いている」

みたいな、浅い、断定になるわけです。


彼らは、勝つことではなく、戦うことに、価値を置いていた。

だから、戦いを欲し、戦いのあるところに、向かっていった。それこそが、彼らの、真実なんですよ。

それくらい、普通のひとなら、誰でもわかることです。

バカ芝が、「俺は偉い」病にかかっているから、見えないだけなんです。


さて、ここで、熊本隊という、熊本共同隊とは、別の団体が出てくるわけです。

まあ、このひと達は、学校党と言われているわけですけど、幕末、佐幕派、公武合体派であり、

旧細川藩の官僚層及びその子弟という団体です。まあ、彼らの本音というのは、

「天下を二、三の旧雄藩の者で、占有していいのか!」

という維新に乗り遅れた、ひとたち、なわけです。


熊本共同隊が、ルソーを信奉する宮崎八郎に率いられている民権論者の集まりとすると、

この熊本隊は、細川武士の流れであり、池辺吉十郎という「肥後の西郷」と呼ばれた人間に率いられていました。

この池辺も、幕末、藩の公用人として、京都で奔走した経歴を持っていたということで、

「自分たちだって・・・」

という想いがあったと思います。

つまり、この時代の人間達にとって、中央政府というのは、薩長により占有された不平等政府であり、

幕末に政治活動した人間であれば、あるほど、自分の現状に、不満を持つというストーリーになっているわけですね。

池辺は、この薩摩の挙兵に際して、第二の維新を夢見た、と言いますから、

鬱屈した中央政府への思いが、状況判断を間違わせた、ということになりますね。

あるいは、もう、そこに、身を委ねるしか、自分らの復権は、ないと見ていたからこそ、無理を承知で、

挙兵に同道した、と言えると思いますね。


このことを見ると、ひとは、決して、常に、戦略を考えて、勝つためだけに、生きているわけじゃないんですね。

「自分なりに、納得した人生を送りたい」

ここに、価値を見つけるひとが、多いということです。


司馬氏の意見と、こういう史上に出てくる人物の生き方を比べると、

彼らをバカだ、アホだ、と論ずる、芝氏の、浅さが見えてきますね。

つまり、本当のしあわせとは、ただ、勝つことだけじゃないんですよ。

「自分なりに、考えた、自分の人生を、納得した人生を、送りたい」

こういう考えが、この時代の、ごく普通な感覚だったことが、わかります。

決して、勝つことだけが、しあわせを獲得する方法では、ない。

というより、そういう固定された考えしかできない人間が、いかに、レベルの低い頭の固いバカか、ということが、

この一連の話で、わかってしまうじゃないですか。


桐野らの生き方、そして、この池辺の考え方、生き方。

確かに、彼らは、破れていきます。

でも、彼らは、満足して、死んでいったと思いますよ。

納得した人生。

それを生きることが、彼らの至上の価値であり、しあわせなんですよ。


僕らだって、同じじゃないですか?

勝ち組だ、負け組だ、

あなたは、勝ち組ですか?

そんなもの、意味がない。

自分が納得した人生を送ることこそ、人生の価値じゃないですか?

勝ちとか、負けとか、って、バカ芝のような、脳みそが固くて、浅い人間が考える、一面的価値観ですよ。

「収入は、少ないですよ。でも、毎日、お客さんのために、仕事ができる、そして、笑顔をもらえることこそ、私のしあわせなんです」

先日、高齢になっても、温泉旅館の料理係を続ける婦人が、そう話しているドキュメントを見ました。

これこそ、「日本人のしあわせ!」というものなんじゃないですか?

お金ではないんです。そういう自分の価値をみつけだし、それを、社会に対して、高度に発揮できること、

それこそが、しあわせなんですよ。


あれ?これって、僕が日本人の、社会性民族の、しあわせとして、以前から提出してきてた、論議ですよね。

つまり、その内容が、このことで、さらに補強された、ということじゃないですか!


そして、これ、戦うことに価値を見出していた、薩摩人も、同じなんじゃないですか?

敗れると推測できても、その戦いに、夢を見て、同道する、池辺も、同じじゃないですか?


自分が見つけた、自分の価値を使って、働くことこそ、日本人のしあわせなんですよ。


社会的役割を果すことに価値を見つけるんです。結果的にもらえる、報酬のため、ではないんです。

ここが、日本人と、日本人以外を、分けるところなんです。

代償を求めない、行為なんですよ。


働くこと、と、報酬。

そのどちらを、求めていたかなんですね。


司馬氏は、そんなこと、全然わからなかったでしょうね。

なにしろ、報酬のために、ひとを馬鹿にするような人間ですから。

ただ、彼の馬鹿さ、加減が、さらにわかったでしょう。

彼は、こういう論考が、できていない。

自分が偉いと勘違いしていたからです。

「俺は偉い病」は、そのひとの価値を落としますね。それが、今回、よーくわかりました。


でも、この考察ができた今、

「あなたは、働くことに、喜びを感じていますか?」

という、質問をすることになりますね。

そして、いいえ、と答えているとしたら、それは、どういうことなんでしょうね?


そんなことも、おいおい、考えながら、日本人というものを、みていきましょう。

ほんとうに、しあわせを感じ、輝いている人は、その質問に、

「イエス!」

と、答えられるひとなんでしょうね。


そして、先にあげた、温泉旅館の料理係のご婦人は、もちろん、

「イエス!」

なんですよね。

ま、そのあたりの違いは、おいおい、考えていきましょう!


今日も長くなりました。

ここまで、読んで頂いたみなさん、ありがとうございました!

また、次回、お会いしましょう!


ではでは。


「第十章 本物の血が流れる実物の革命」!(木曜日の村上論考!)

2010年08月05日 | 先人の分析
おはようござます!

いやあ、夏らしく、暑い日が続きますね。

まあ、各所で、熱中症に、倒れているひとが、多いとか。

あの、所さんまで、倒れるんですから、自分への過信は、

やばいですね。まあ、水分補給は、さらにこまめに!

という感じでしょうか!


さて、今日は、1Q84論考!ということで、村上春樹さんの著作「1Q84」を一章ずつ、

読みながら、村上世界というもの論考していこう!という企画ですね。

とうとう今日で、第十章に到達!と、言っても、青豆さんと天悟くんのストーリーが交互に

語られますからね。まだまだ、序盤のようなイメージです。

で、今回は、天悟くんのストーリーということで、まあ、男性向けストーリーなんですけど、

なにやら、前回の青豆さんストーリーから始まった、天悟ストーリーと、青豆ストーリーの

邂逅というのが、具体的に少しずつ近づいているような要素がずんどこ出てきています。

今回もそういう要素がありましたね。まあ、そんなことも楽しみにしながら、

論考を初めていきましょう!


さて、天悟くんは、ふかえりと中央線に乗り、西へと向かい、立川駅で、青梅線に、乗り換えるわけです。

で、ふかえりは、天悟くんと手をつないでいるわけです。まあ、これは、天悟くんが、積極的につないでいるわけでなく、

ふかえりが、つないでいる、というまあ、奥手な男性の希望的なストーリーなわけです。

奥手な男性は、女性にリードされたいという潜在的希望がありますからね。

でも、そういう風に考えていると、女性にモテないということも、奥手男性は、考えなければいけない

課題であるんですけどね。やはり、女性は、リードされるべき、存在ですし、

男性は、女性をリードするところに、価値があるわけですからね。ま、今回、それは、おいておきましょうか(笑)。

そして、このふかえりと手をつなぐ行為について、ひとしきり語られるわけです。

どうも、異性に対する情愛のようなものはないようだ、とか、この少女は、手をつなぐ行為を通して、言葉では伝えることのできない、

相手の気持ちやら情報の交流のようなものを図っているのかもしれない、とか、

まあ、印象操作ですね。実際そうしているか、わからない、としながら、なし崩し的に彼女に、そういう能力があるように、

見せかける、という奴でしょう。いわゆる、レトリックのひとつですね。

そして、いずれにせよ、彼女は、天悟くんに、ある程度の好意を持っているということは、わかる、としているわけです。

まあ、ここらへんの印象は、小さな女の子が、ずっと自分の手を握り続けているようなものかもしれませんね。

男女の情愛、というより、純粋な好意。まあ、こういうものに、男性は、得てして、励まされたりするわけです。

それは、昨日、論考した、カンボジアの少女が、持った好意と、同じ種類かもしれませんね。

代償を求めない、純粋な好意。だから、尊く感じられるし、うれしいものなんですね。


そして、天悟くんが、持っているパニック症候群のような症状・・・ひとと話していると、急に意識が遠のいたり、幻覚を見たりという症状が、

出ないで済んだ、としています。ふかえりの好意のおかげで。そして、ふかえりは、

「よかった」

と、うなづくわけです。


青梅線は、どんどん走っていき、田園地帯を行くわけです。そして、彼らは、「二俣尾」という駅につくわけです。

そこから、二人はタクシーで、さらに奥まで走り、見渡すかぎり人家のない場所にある、大きなお屋敷に着くわけです。

その大きなお屋敷の奥にある応接室で、例の「先生」という人物と二人は、対面するわけです。

この人物は、いわゆる元学者であり、60年代から、70年代に吹き荒れた学生運動やら、日本に本当に革命を起こそうと考えていたひとの、

そういうひとが、いた時代の目撃者、といった設定なわけです。そして、ふかえりの父親と懇意にしていた、というわけなんですね。

だから、ふかえりを引き取り、育てている、というわけなんですが、その元学者の戎野先生が、天悟くんに、聞くわけです。

もちろん、ふかえりの「空気さなぎ」を書きなおして、芥川賞を狙おうという目論見についてです。

「私には詐欺的計画に見えるんだが」

と、戎野先生は、ごく妥当な結論を口にするわけです。まあ、だいたいのひとは、同じ感慨をもつわけです。

そして、それについて、天悟くんも同意して、でも、なぜやりたいか、というあたりを説明するんです。

「もし、「空気さなぎ」が、書き換えられるべきモノなら、その作業は、他の誰にもさせたくない」

という、言わば、純粋にその作業によって、得られる快感を欲しているわけです。

金儲けでもなく、栄達でもない、「空気さなぎ」だけが、与えてくれる、快感に酔ってしまった、ということなんですね。

まあ、どっちが悪質なのか、ちょっと判断しずらい部分があるわけですが、この世界的には、戎野先生は、天悟くんを、正直だ、と評し、

編集者小松を、ややこしい人間だと評します。そして、小松については、天悟くんは、

「愚かではありません」

と、素直に言うわけです。そして、小松を文学に惹かれた人間のひとりであるとして、彼の動機は、絶対に、こうだ、という結論を叩きつけます。

「一生のうちに、たったひとつでもいいから、間違いのない本物を見つけることです。それを盆に乗せて世間に差し出すことです」

まあ、この計画の是非については、先生も結論を出せないでいるんですけど、ふかえりは、

「それでいい」

と、断定的に結論を出してしまうわけです。

このあたり、かなりやばい話だと、誰でも思う話なんですよね。でも、ふかえりに、断定的に

「それでいい」

と、言わせることで、全ての問題要素を、強引に解決させちゃうわけですよ。もちろん、解決しないと先に進めませんからね。

つまり、天悟くんが、素直に話すのも、小松のことを断定的に決め付けるのも、戎先生が問題視するのも、手続きに過ぎないんですよね。

全ては、ふかえりの

「それでいい」

に、帰結し、

「はい、カット!それでいいよ、ふかえりちゃん。やっと話をすすめることができるよ!」

という監督の声が聞こえてきそうなシチュエーションになるわけです。


そして、戎野先生のセリフ、

「わたしはこの子を信頼している。それには、この子がなぜ、私のところにいるのか、この子が、どのような幼少時代を送ったか、話さなければいけない・・・」

から、話が、ふかえりの父親の話に進んでいくわけです。


ふかえりの父親は、戎野先生の親友であり、例の60年代70年代の革命マルクス主義派あたりの闘士だったわけです。

彼らは、大学闘争だけでなく、社会に出ると、タカシマというコミューンのような組織に入った、ということになるわけです。

「完全な共同生活を営み、農業で、生計を立てている。私有財産は一切認められず、持ち物は全て共有になる」

と、これ、昨日、ポル・ポト政権のカンボジアを説明するときにかいた、「原始共産主義」の共同体、そのものじゃ、ないですか!

つまり、日本の市民政治家と言われる人々は、こういうデマみたいな政治形態を、

「資本主義の次にくる、新しい政治形態だ」

と信じて、生きてきたって、ひとなんですよ。村上氏も、その残骸であり、それをずっと引っ張っているのが、今の政権与党の人々なんですねー。

そんな、既に世界的に実験が失敗した、と結果の出ている政治形態に、未だにシンパシーを送っているのが、

この世代の人たちなんですよね。だから、村上氏も、そういう話を、書いて、何事かの決着をつけようとしている。

そういうことなんですよね。


ふかえりの父親は、深田保、というひとらしいですけど、このひとは、共同体「タカシマ」でいろいろなノウハウを覚えると、彼を慕ってきた人物を率いて、

1974年に、「さきがけ」という共同体グループを立ち上げ、山梨県の山中の過疎の村をベースに共同体を創り上げたんだそうです。まあ、彼らなりの工夫を

凝らして現実的な対応も、した、ということですが、結局、この「さきがけ」も、

「日本の革命を最終目的にするんだ」という武闘派と、

「このまま、平穏に暮らして行こう!」という穏健派に分裂するわけです。

そして、武闘派は、「あけぼの」と、名乗った。


と、このとき、天悟くんは、妙な予感とともに、体がねじられるような感覚を覚え、「発作」がやってくるのを、知るのです。

そして、「発作」に、陥り、例の

「大丈夫です。すぐおさまります」

というセリフを吐いたところで、終わるわけです。


この「あけぼの」こそ、青豆さんのストーリーでの本栖湖銃撃事件を起こした、過激派の進化した集団と評された集団なわけです。

ここで、青豆さんのストーリーとつながったわけです。そして、この村上さんが、創作したストーリーが、青豆さんには、知らない事実として、

そして、天悟くんには、発作を起こす要因として、登場しているわけです。

そして、このつながった、「あけぼの」の存在が、この二つのストーリーと、青豆さんと、天悟くんをどうするのか、を、

読者の今後の最大の興味点として、終わっていくわけです。


既に提示してあった、要素が、別のストーリーとして、語られ、それが、つながっていく、というのは、なかなか、おもしろいですね。

元々、この本栖湖銃撃事件は、パラレルワールドだったり、IFの世界だったりする、非常にうさんくさい物語だったんですけど、

そこに、最初から天悟ストーリーで、語られていた「ふかえり」の父親のストーリーとして、新たに語ることで、

アリバイができたような、うさんくささが、薄められるような効果が、現れましたね。


実際、こういう革命とかっていう話は、男性は、まあ、血湧き肉踊るストーリーなのかもしれません。

当時の人々は、チェ・ゲバラのサクセスストーリーに、共感したかも、しれません。

まあ、僕は政治臭が、強すぎてあまり好みでは、ありませんが、奥手男性には、十分、魅力あるストーリーなのかもしれません。

ただ、昨日、論考した、カンボジアのポル・ポト政権の話を、調べた直後だけに、僕はまったく、この手の話の馬鹿さ加減ばかりが、

頭について、どうも、ワクワクもしなければ、吐き気ばかりがします。

そんなものに、酔い、自分は、特別だと思っている感情を、持っている人間こそ、軽蔑し、馬鹿視してしまいますね。

だから、どうも、この世代が、嫌いなんですね。


この共同体について、村上氏も書いていますが、ふかえりが、楽しかった、と言うんですよ。

それは、なぜか、と言えば、

「何も考えないで、済むから」

というより、何も考えずに、ただ、農業に従事することを求められるわけです。

このストーリーにも表現されています。

「それは、脳味噌の纏足のようなものだ」

としています。考えたいという欲求が、上からつぶされるとして。

こういう偏った政治形態について、当時の人間達は、疑問に思わなかったんでしょうか?


実際、ほんの20年くらい前まで、存在していたソ連という国は、当時、アメリカと覇を競った超大国でした。

そして、その国の政治姿勢は、この共産主義だったんです。馬鹿な国民と、一部の優秀な共産党員により、構成された

人工国家。それは、平等を生むどころか、一部の優秀な共産党員の苛烈な競争の結果、富は、勝ち残った一部の共産党員が

ほぼ、ひとり占めし、国民は、ただ、安月給で働くだけの生活、という国に成り下がっていました。

自然、そうなるんですよ。そして、無理に無理を推し進めた結果、崩壊ですよ。

東欧も、ソ連も、東ドイツも、消えた。カンボジアも、新たな国家になりつつある。

しかし、未だに、キタは、残り、中国も残っている。どうなっているんだろうね?


脳みその纏足なんて、考えるだけでも、不快です。

結局、こういう政治形態を志向する人間は、自分が、なんでも、成し遂げられると、

間違った万能感をもつ、大馬鹿野郎なんでしょうね。


そういう癖のある人間を、ふかえりの父親としておく。そして、天悟くんの父親は、NHKの集金人という仕事のためなら、子供の日曜日をとりあげても、

おいしいモノさえ、食べさせれば、それでいい、と考える人間。

どちらも、相当臭みのある人間性だし、僕なら、

「低能馬鹿死ねよ」

と、すぐ言いたくなる人物です。

こういう人間を、父親として、マイナスな人物を、父親として設定したことに、どういう意味があるのか。

物語を成長させる、というお約束から、考えれば、今後、これらの父親達と、天悟、ふかえりとの、会話が、用意されるということでしょう。

そして、そのマイナス要素が、天悟や、ふかえり、との会話から、変化を遂げる、というその変化ストーリーを提示したいのではないでしょうか。

60年代、70年代的価値観に、なんらかの、村上氏的な、結論を突きつけたい、それが、本書の執筆のいくつかある動機のひとつだったのでは、

ないでしょうか。


小説を書くということは、やはり、ストーリーに決着をつける、ということなんですよね。

登場人物達を通して、語られるストーリーに、最後に、決着をつけ、読者的にも、そして、作者的に、満足する。

それこそが、小説というものであり、ストーリーの行き着く先なんですよね。


村上氏が、どういう結論を持って書いているのか。

天悟くんストーリーの登場キャラが、ほぼ、出揃った今回、やっとストーリーを語る準備が、終わった、という風に見えます。

今回までは、ストーリーを語る準備で、ストーリーが展開していくのは、今後、という感じがしましたね。

そこに、青豆さんと天悟くんのストーリーの邂逅が、あるのでしょう。


60年代、70年代的、価値観が、今の村上氏により、どういう形で、語られるのか。

そういう意味では、本章は、その価値観の提示であり(もちろん、空気さなぎの書き換え作業への納得と、GOサインも含まれましたが)、

今後、村上氏的な、この価値観への結論が、提示されていく、ストーリーとして、語られていくんだと、思います。


そういう意味では、60年代、70年代の人間たちの、総括になるかもしれない。


そんな希望を持ちながら、今日は、筆を置くことにしましょう。


まあ、なかなか、おもしろいです。

こうやって、いろいろなことを考えながら、小説を読むというのも。

まあ、初めての経験ですしね。普通は、ぜーんぶ、読んでから、

「さて、感想でも、書く、か」

と、なるわけですけどね。

しかし、昨日、ポル・ポトのこと、調べたのが、バッチリ当たっちゃったね。

こういう、他の論考のための、調べ物が、利用できるあたり、なんか、うれしい感じもしますね。

「世界は、つながっているんだ」

と、誰かが言っていましたが、確かに、そのようですね。


まあ、そんなことも、感じながら、さらに、論考を進めるべく、

毎日、成長していきましょう!というところかなー。


さて、今日も長く書いてしまいました。

ここまで、読んで頂いたみなさん、ありがとうございました!

また、次回、お会いしましょう!


ではでは。

薩軍蜂起に戦略なし!(欧米人の魂の汚さ、日本人の美しさ!:「翔ぶが如く」シリーズ論考)

2010年08月03日 | 先人の分析
おはようございます!

なんだか、昨日は、天気も不安定で、天気が悪かったですね。

まあ、たまには、そういう日もいいですが、

バカンスモードに入った身としては、やはり夏の日らしい一日が、いいです。

まあ、ゆっくりとした、一日に、なりましたけどね。


さて、前回は、乃木軍団が、南関に撤退し、博多に上陸していた政府軍に対して、

伝令を出し、その伝令が、政府軍に発見され、乃木軍や、薩軍の状況が、

政府軍の司令に知れたことを書きました。

乃木は、司令官として、適時、最も妥当と思える手を打っていた、という指摘もしました。

そして、第一旅団の司令、野津鎮雄少将が、彦坂大尉に二百余名をつけて、乃木軍の保護のため、

進発させたのです。


さて、それに対して、熊本城下の南郊にある薩軍本営では、戦略思想が小さくなったと司馬氏は、書いています。

当初、西郷を除いた薩軍の司令官達の思惑は、薩軍が立ち上がれば、新政府に不満を持つ、旧武士階級を中心にした勢力が、

西郷を目当てに蜂起し、それこそ、鎌倉時代末期に、足利尊氏が、九州から勢いを増して、京都に攻め昇り、

他を圧倒したような現象の再来が起こると考えていたようです。

しかし、事実は、最初の戦略拠点である、熊本鎮台を抜くことができず、薩軍の現実というのが、露呈してしまったのです。

「熊本鎮台は、弱い」

というのが、当時の一般の人間の評価でしたし、もちろん、薩軍の人間もそう思っていました。

だから、こそ、砲の正式運用前に、戦を仕掛けてしまったわけですし、それで、抜けるという意識だったわけです。

しかし、一日では、抜けなかった。ということは、弱い熊本鎮台さえ、抜けない薩軍、ということになってしまうわけです。

そういう評価が、ついてしまった薩軍、となって、新たなステージになっちゃうわけですね。

それについて、司馬氏は、

「薩軍は、目の前の熊本城にこだわざるを得ず、熊本城を突き放して小倉へゆくなどの思考ができなくなっていた」

とし、

「政府軍の南下接近という敵状が、かれらの意識を拘束した。西郷が提示した一部をもって熊本城を攻囲し、一部をもって、敵を迎撃する案は、」

「その地理的感覚は、熊本近郊を出ず、思考の狭小化は、救いがたいほどのものであった」

と書いています。


これについて、既に僕は、西郷の薩摩士族削除の手だ、と指摘しています。これをやっている限り、薩摩士族は、消え行く運命にあるのです。


司馬氏は、さらに、薩軍には、戦略がなかった、としています。西郷さえ持ち出せば、不平士族が、集まり、自然の勢いのように、

中央に出て、政府軍を圧倒すると考えていた、と指摘しています。これは、僕も、そう思いますが、

これまでの、彼らの物語を見てくると、

「すべてが流れによって、流れてきてしまった」

ということが指摘できるわけです。


つまり、大村益次郎のように、戦略戦術を事前に練り上げ、戦を指導していったわけではなく、

「西郷を暗殺されかけたぞ!」

「政府は、薩摩にある武器庫から、弾薬を運び出した。我々から弾薬を盗む気だ!」

「政府軍、何するものぞ!」

→政府の武器庫を襲撃し、武器弾薬を奪う

→政府軍相手に、蜂起

→大軍進発

という、流れに乗ったものであって、必ずしも、戦略を考えて、勝ち目がある、と判断した行動じゃないんですよ。

「薩摩の民衆の流れに乗ったに過ぎない」

ということなんですね。だから、戦略がなかったし、勝ち目について、話しあうことは、

薩摩の風として、

「臆病者が、議をするのか!」

と言われる恐れがあるので、誰も議をしなかった。そして、最高司令官である、西郷の言い分に従った。

そして、西郷は、薩摩士族削除を内心において、決めていた。

であれば、もう、薩摩士族は、削除される以外ないんですよ。


司馬氏が、しきりに、

「薩軍に戦略が、ない。桐野らに、戦略が、ない」

と、書いていますが、これは、第二次世界大戦時の陸軍上層部のあり方と重ねあわせて、くさしているだけに過ぎないんですね。

戦略は、最初から、なかったんです。勢いで、立っちゃったんですから。そして、議もせずに、ひとえに、司令官に従っていたのが、

薩軍なんです。消える運命にあるとも、知らないで。

それに対して、司馬氏は、

「要するに、桐野、篠原らは、西郷という世間的価値に世間以上にまず自分達が、まばゆく眩んでしまったということだろう。このために、常識的な意味での」

「政略も戦略も考えなかった。目前の戦術的存在にすぎない熊本城にとらわれてしまったとき、霧のように消えた。戦いは政治性も戦略性も失って」

「瑣末な戦闘にすぎなくなった」

「彼らは、自分達の戦場が日本全土であることを忘れ、ごく小さく、熊本城とそこにコンパスの針を置いて、せいぜい、一日半の行程の範囲内だけを」

「地理的な思考圏におくようになった」

と、なにやら、大仰に書いていますが、元々、戦略というものを、考えていなかったんです。

司馬氏は、

「戦略を考えていた。それは、西郷に世間的価値があるから、勝てるだろうと考えていた。そんな浅はかなやつが、薩軍の幹部たちだ」

と主張しますが、僕は、そこが、違うと思います。

「戦略など、考えていなかった。薩摩の人間達が、激昂し、立ち上がった。それを西郷は追認した。あとは、戦うだけだ。そう桐野達は、考えていたに違いない」

これが、僕の主張する桐野達の考えであり、桐野は、そういう薩摩の人間達が、つむいだストーリーに重きをおく、人間だったのだ、

と僕は思います。微妙な違いですが、そこには、大きな違いがあります。司馬氏は、恣意的に桐野、西郷を貶めるために、この文章を書いており、

恣意的に、現実から目をそむけ、金儲けをしている。しかし、僕は、現実を見て、桐野が何に重きをおいたかを見つめ、そこに桐野の精神的香気を感じている。

これは、立場的に、大きく違うのではないでしょうか。

だからこそ、見えてくる物語も、変わってくるわけです。


さらに、司馬氏は、薩軍が、山鹿という場所に、乃木軍の一部が守りの兵を置いていることを知り、これに、応じたこと(=兵を出したこと)について、

「高度に政治性を目的としているはずの薩軍が、眼前の戦術的敵情にいちいち拘泥してその思考範囲をみずから狭くしたひとつのあらわれ」

としています。つまり敵を発見したからと言って、いちいち対応するのは、思考が狭くなった証拠、と言っているわけです。

これね。要は、薩軍をくさすための、レトリックなわけです。

一旦挙げてから、落とすことで、

「ああ、こいつら、だめなんだ」

と、読者に思わせる手なんですよ。高度に政治性を目的としている!だと?

「西郷の人気だけで、東京まで行こうと桐野が考えている」

としているところに、大きな誤りがあるんですよ。

彼は、そんなことは、考えていなかったんです。彼が考えていたのは、薩摩を怒らせた政府軍への反抗であり、

薩摩の人間が決めたことを、淡々と遂行していくことだけですよ。西郷の人気だけで、東京にいく気なら、まず、熊本鎮台など、スルーしていったでしょう。

攻囲の軍だけ残して、それこそ、小倉に出るなり、博多を落とすなりした。

しかし、そんな戦略なぞ、考えずに、自分らのストーリーを進めることだけを考えていたから、熊本鎮台にも戦をしかけたし、

反抗すべき政府軍に戦をしかけていったのです。これは、彼らにとって、薩摩の人間達の祭りだったんです。

だから、その機会を求めたに過ぎないんです。


最初から、高度に政治性などを求める団体でもないし、戦略をたてて、戦争を指導するわけでもない。

自分達の誇り、薩摩人の誇りを守るために、立ち上がったに過ぎないんですよ。


確かに、そういう面を見れば、第二次世界大戦の日本の参戦の仕方に、非常に類似点を指摘できるでしょう。

ABC包囲網による、アメリカによる日本への締め付けは、アメリカが金を儲けるため、中国の利権を獲得するために、

「日本が、戦争に、飛び込むように」

仕掛けた

「アメリカの悪どい金儲けのための罠」

でした。それに対して、堂々と戦を仕掛けた日本人。誇りを守るために死をも、厭わず戦ったのが、当時の日本人でしょう。


バカ司馬は、プライドが変に高いから、敗戦という事実を受け入れられなかった。

戦車兵として、こきつかわれたことにも、腹がたった。

だから、戦後、日本の軍部の上層部は、さもバカばかりだったかのように、書いて、他人をくさして悦にいらせる方法で、

読者を増やし、金儲けをした。結局こいつには、誇りをかけて戦うなんてことが、理解できないんです。

歴史上の人物について書いてお金をもうけているのに、リスペクトがない。

そのことは、この司馬遼太郎という人間が、人間として、

「最低うんこ馬鹿死ねよ、ゲロ!」

ということだと、僕は、思います。


ただ、ひとつ、第二次大戦時の日本の開戦の状況と、この薩軍の開戦の状況の類似点を、きちんと調べることが、日本民族の特徴を知る上で、

非常に重要な仕事になると思いますね。先日、塩野七生氏に関するある文章を読んでいて、日本人は、歴史的に、なしくずしに政治や戦争を指導するものばかりで、

最初から、戦略的に動く人間は、少ない、という文章に会いました。前者の代表が、この桐野ということになり、後者は、大村益次郎だ、ということになりますがね。

この薩軍の蜂起も、太平洋戦争への参戦も、どうも、そういう匂いが濃厚です。


そういう意味では、日本人の侍精神が、誇りを守るためには、死をも厭わず、という侍精神が、この二つの戦争の開始に大いに関係していると、言えるでしょう。

武士道は、死をもって、自分の責任をとる、としています。

この考えができていれば、太平洋戦争で、死んだことについて、いささかも、人間としての非はないわけです。

それについて、司馬は、非をとなえてばかり。

「戦略がないのに、戦争をはじめるとは、何事だ」

彼の主張は、この一点なんですよ。そして、この主張から、見える、司馬氏の本音とは、

「俺は頭がイイ。俺なら、戦略も考えられるし、敵も打ち破れた。それなのに、馬鹿が戦争を指導し、敗戦するなんて、所詮馬鹿は、馬鹿だ。静かにしてろよ、馬鹿は」

これです。これまで、見てきた中で、西郷と桐野ら薩軍首脳を馬鹿にしてきた、司馬氏の本音は、これですよ。

つまり、彼には、武士道が心の中にないばかりか、侍精神なんて、ありはしないんです。

自分は偉い病にかかった、馬鹿なんです。

その証拠に、彼が、現実を何もみれていないことが、これまでの、僕の文章で、だだ分かりになっているじゃないですか。

現実を見えない人間に、戦争指導なんて、できるわけもありません。

部隊ひとつ、率いることさえ、できませんよ。こいつ、自分がよけりゃいいだけの、自分勝手馬鹿だということも、だだわかりですからね。

だーれも、こいつは、信じません。だれからも、信じられないんですよ。そんな人間、部隊なんか率いることは、できないでしょう。


僕は、NHKで、昨年、12月に放映された、「坂の上の雲」を論考している中で、

武士道の源泉は、薩摩士族の、教えやあり方にあった、ということを見つけています。

もちろん、この西南戦争で、政府側について生き残った人間達の武士道が、今に生き続けているわけなんですが、

元は、一緒の薩摩士族のあり方なんですよ。

だから、武士道が、この西南戦争の開始の思想的根拠になっていると、容易に指摘できるし、その武士道の精神は、

海軍に長く引き継がれるんです。陸軍は、長州閥でしたから、そこは、ちょっと違うという表現を見たことがあります。

それは、それで、論考する必要がありますが、今日見てきたところでの、結論は、

武士道が、思想的根拠になる、行為には、代償は求めないという武士道の、美しい考え方が、根底にあるのだ、

ということなんです。

「おまえのために、死んでやろう」

「家族を守るために、俺は、死ぬ」

この表現、太平洋戦争で、出征していった兵士達の共通の思いとして、よく描かれるじゃないですか。

これと同じ、代償はもとめず、自分を差し出す行為が、

「薩摩のために、死んでやろう。戦じゃ戦じゃ!」

という西南戦争蜂起時の、薩軍の兵士達の考えと共通しているんですね。

そして、この

「代償は求めず、自分を差し出す行為」

という言葉から、気がつくのは、

「西郷が、まず、それをした。自分を差し出すから、いいように使ってくだされという言葉を、皆の前で、吐いたのが西郷だった」

という事実です。


すべては、武士道だったんですよ。我々日本人の美学の根底にある、武士道に、その根源があったんです。


この西南戦争の蜂起をなし崩し的、と見るのか、薩摩人の誇りを守るための、代償を求めずに自分を差し出した行為と見るのか。

この見方で、その評価は、大きく変わると思います。

そして、僕は、武士道の美しい考え方が、あるからこそ、こういう美しい行為が起こったんだ、と肯定的に見ます。

日本人の美学があるなら、そういう肯定こそ、自分が、日本人であり、そういう美学をもつことを、証明する行いなんじゃないか、と僕は、思いますね。


この行為をどうみるか。それが、自分がどういう人間かを、判定してしまうんです。

そしてもちろん、司馬遼太郎は、日本人的美学や、武士道のわからない、人間だったんです。


こうやって、西郷を初めとした、薩摩士族の物語を見てくることによって、戦争と、武士道、ということを論考することができましたね。

日本で起こる戦争の共通点、その思想的背景に武士道に見られる代償行為が、あった。

なぜ、日本が、政略や戦略的に、他国と戦争してこなかったか、と言えば、本来、戦争はすべきじゃない、という考えを皆持っているからなんです。

金儲けのために、戦争をしよう、とする米国や、ヨーロッパの人間達とは、精神の美しさが違うんです。


塩野七生氏が、イタリアの英雄たちを見てきた目で、日本に提言をしているようですが、何を考えているんでしょうね。

戦争で金儲けを考えるような、ゆがんだ精神の持ち主なんぞ、高潔な日本人の風上にも置けない存在です。

なぜ、彼らが政略的、戦略的に戦争を起こし、民衆を指導したか、と言えば、単に、金儲けのために戦争をしよう、

という発想があったからです!精神の汚さがあるから、そういうあり方になったんです。


それに対して、日本人は、そういうあり方ができないと言って嘆く馬鹿は、アホか!っていうんですよ。


まあ、塩野七生氏の著作は手にいれて、読んでみたいと思いますが、この塩野七生氏の著作について、文章を書いている、東大資料編纂所准教授の

本郷和人という馬鹿は、こう書いています(ほんと、東大って馬鹿ばっかだよね)

まず、彼は、塩野七生氏が、指摘したこの文章を提示します。

「歴史に親しむ日常の中で、私が学んだ最大のことは、いかなる民族も自らの資質に合わないことを無理してやって成功できた例はない、という事であった」

これ、要は、

「日本人には、政略的、戦略的に、立ちまわる資質がない」

と、お馬鹿な断定をしているわけですよ。このひと、日本というものをきちんと見た経験があるのかね。

あさーい感覚だけで、書いているのが、明白じゃん。そして、この文章を受け、この東大のお馬鹿教授ですらない准教授殿は、次のように書きます。

「グローバリゼーションという状況を避けられぬ今、私たちは世界の国々と渡り合うために、なんとかその無理を成し遂げなければならぬのだ」

「本書を熟読吟味しながら、覚悟を決めて困難に立ち向かわなければならない。私たちは逃げ場がないのだから」

馬鹿だよねー!そりゃ、塩野七生氏は、イタリアの事情に精通しているのかもしれないけど、僕程度でも、日本人が政略、戦略をしかけなかったのは、

その民族的資質が、ないわけではなく、思想的根拠としての武士道が、金儲けのための戦争に、手を染めるような、そういう汚れた魂をもつ人間になることを、

拒否したからだ、と指摘できるんですよ。一介のブロガー風情でも。

さらに、言えば、グローバリゼーションで何が起こっているのか、今、世界で、何が起こっているか、と言えば、

そういう金儲けのための戦争に手を染めていた、収奪性民族が、社会性民族である日本や、新興国に圧迫され、世界の先進国という立場から、

徐々に、退場を求められている、という現状です。戦争による搾取や収奪なんぞ、もう、誰も許さないし、そうなれば、彼らはしあわせを得られない。

であれば、もう、その文化と共に、衰退の状況に入りつつあるのが、収奪性民族国家群なんですよ。

そこで、雄々しく羽ばたこうとしているのが、社会性民族筆頭の日本であり、日本文化の世界的隆盛、多様化社会性民族の物語をベースにした

「アバター」の世界的成功なんですよ。


そんなことも、ぜーーーーんぜん、わかっていない、東大のお馬鹿准教授の言葉のどこに、信頼に足るものがありますか?

「困難に立ち向かわなければならない」?はあ?何言っているのお前!それは、衰退の始まった先進国家群の方だっつーの。欧米ってやつだよ!

「私たちに逃げ場はないのだから」?はあ?何言っているのお前!逃げ場がないのは、収奪性国家群の方だよ。そういう魂の汚れた人間の方だっつーの。

ほんと、こいつ、なーんも考えていないことがだだわかりで、低能ゲロうんこだよね!

なに?東大って考えることにその存在価値があるんじゃないの?

こんな何も考えていない馬鹿は、そもそも、存在価値がある?


とにかく、東大だろうが、塩野七生だろうが、何にも見えない馬鹿の言うことは、信じちゃいけませんよ。

さらに、ひとの本を熟読しようが、間違った見方や考え方を持っていたのでは何の足しにもなりません。

自分で、考えること。それだけが、自分を進化させることなんです。


東大の馬鹿は、ほんと、どーしようもねーな。馬鹿は、言葉吐くな、ばーか!

こういうくそは、自分たちは頭いいとか、間違った事実を思い込んでいるから、ほんと、だめね!

本を読めなんて、一般の人間は、自分より、頭が悪いから、俺達の書いた本を読むことが、頭がよくなる第一歩なんだ、とか

へーきで、考えてることが、だだわかりでさ。てめえみたいな、低能馬鹿の本なんぞ、読む時間なんぞ、誰にもねーよ。単なる時間の浪費だからな!ばーかは、消えちまえ!

社会的役割が果たせない人間に、日本人は、シビアなの!


あー、まったく、今日は、荒れ狂いましたが、まあ、これくらいにしておきましょう。

塩野七生氏の著作は、近いうちに読んでみたいと思います。もちろん、このブログで、書くための単なるネタ本に過ぎませんけどね。


今日は、いろいろ論考できて、おもしろかったです。特に、欧米人と日本人の思想の違いが、明白になりましたね。。

金儲けのために、戦争をするから、政略、戦略に長けたが、魂は汚染されている欧米先進国の、収奪性国家群。

魂が美しく、武士道に生き、できるだけ戦争を回避してきた、日本。そして、いざ、戦争となれば、代償を求めず自分を差し出す、雄々しい戦士、それが日本人なんです。


比較になりませんよ。精神の美しさにおいてね。

まあ、我々は何もこわがる必要は、ありません。精神の汚染された、だめ人間は、不幸になっていくだけです。そして、日本人には、新たな幸福のステージが、

用意されているのです。それが、どういう形になるか、それは、これから、僕らが目にすることになるでしょう。

素晴らしい日本の、未来。


それをお約束して(なんか政治家みたいな、ものいいだな(笑))、今日は筆をおくことにしましょう。


今日も長く書いてしまいました。

ここまで、読んでいただいたみなさん、ありがとうございました。

また、次回、お会いしましょう!


ではでは。




「第九章 風景が変わり、ルールが変わった」!(木曜日の村上論考!日本人的美学からの論考)

2010年07月29日 | 先人の分析
おはようございます!

今日は天気予報によると、一雨来そうだとか、

どうなんでしょうね。

そろそろ、ちょっと一降りあっても、いいんじゃないかと、

思いますが、夏の夕立も風情がありますよね!


さて、今日は、木曜日の1Q84論考!ということで、村上春樹の世界を

楽しみながら、そこに何が描かれているのか、どんな表現がなされているのか、

というあたりを解き明かして見ていきたい、という感じですね。

まあ、BOOK1の第八章まで観終わって、まあ、序盤が終わり、

ここから、中盤に入るというわけで(まあ、二十四章ありますからね)、いろいろな

初期設定だったり、世界観の提示だったり、おおきな疑問の提示などが、

まとめられる章に、この九章は、なりそうです。

この章は、青豆さんのストーリーですので、女性向けストーリーということで、

日常の非日常、気持ちをドキドキワクワクさせる、奇妙なテイストの物語

が狙いですから、そのあたりを頭に置きながら、見ていきましょう!


さて、熱中症にならないように、冷たく冷やしたピンクグレープフルーツティーをぐびびと飲みながら、

ゆるゆると論考していきましょう!


まず、前回、青豆さんの考えていた世界と大きく変わってしまった世界に対処すべく、

対処リストを頭の中で、作り上げていた青豆さんは、まず、手始めに、近くの区立図書館にいきます。

そして、毎日新聞の縮刷版を借り、1981年の9月から12月の情報を確認するわけです。

1981年の初秋、とくにとりたてて何かあったわけではないらしく、村上氏は、チャールズ皇太子の結婚式が

その前年にあったことをあげ、その余波が続いていたとしています。ほんとかな。

というのも、単に村上さんは、チャールズ皇太子という立場が嫌いなだけなんだと思います。

もう、天皇家とか、そういうの大っキライだと思いますよ。お金を自分で稼がずに、血筋だけで、生きているなんて・・・

というあたりのことを、考えていそうですね。労働者バンザイ思想ですね。

まあ、村上さんの普段からのエッセイにおける言動からすると、今の政権与党のひと達と同じ世代、同じ天皇嫌い

同じ右的なものが、嫌いで、左的なモノが好きな言動が多いですからね。プロレタリア万歳なひと達。

ま、結局、青いなあ、という感想ですが、まあ、作者と作品は、明確に違うものですから、

作品の評価には、なんら、関係ありませんけどね(笑)。

というわけで、村上さんは、チャールズ皇太子のことを、

「胃腸に問題を抱えた物理の教師みたいに見えた」

としています。まあ、ちょっと融通がきかなくて、表情がいつも暗い人間とでも、言いたかったんでしょう。

けっこう、ひどいことを言っていますが、概ね合っているような気がしますね。

なんで、カミラ婦人は、あんなおっさんを・・・ダイアナさんのほうが全然美しいのに・・・と当時は、

思っていましたが、まあ、恋愛というのは、外から見ていてもわからないものですからね。まあ、いろいろあるわけです。

まあ、それくらいはね、勉強しましたよ。


さて、脱線しました。元に戻しましょう。

ポーランドのワレサ議長率いる「連帯」と政府との対立と、ソビエト政府の反応など、ちょっとなつかしい話が

続きますが、そこに、現実にはなかった話、

「米ソ共同の月面基地建設計画」

と、

「NHKの集金人による大学生刺傷事件」

と、

「本栖湖での過激派VS警察の銃撃戦事件」

が、入り込んでくるわけです。


青豆さんは、その事実にちょっとうろたえるわけです。なぜなら、

青豆さんは、その仕事(クールでワイルドな女性の敵の殺し屋)の関係で、

新聞は、きっちり毎日、確認しているのに、そんな彼女にも、関係しそうな事件を、まるっと確認してなかったことになるからです。


本栖湖事件は、連日、大きく、新聞で取り扱われたそうです。


それの余波は、NHK集金人の事件を小さい扱いにさせ、そのことについて、

村上氏は、不満を持つような書き方をするわけです。NHKは、当時自民の広報機関にすぎなかった、と主張し、

当時、村上氏が、普通に持っていた政治的批判をここに主張しているわけです。

そして、その考えが、背景にあるから、NHKの集金人というものに、

「ある地獄である」

というような描き方を恣意的に

「天悟くん」のストーリーに繰り広げているように思えます。

もちろん、ここで、「NHKの集金人」というアイテムがこのストーリーに入ってきた、ということは、同じ様に、

「天悟ストーリー」に前回入ってきた「NHKの集金人」アイテムを想像させ、この二つのストーリーが今後、関連するのではないか?

という暗示を呼びます。「天悟」と「青豆」が、このストーリーのどこかで、何らかの形で、重なりあうのかもしれない、

という暗示を、このアイテムが示唆しているんですね。


「受信料の不払い運動」という運動が、あることは、知っていますが、

(運動か?単にそれに言葉を借りた、お金を払いたくないというみみっちい義務違反じゃないの?罰則ないから逃げているだけでしょ。レベル低い馬鹿でしょ)

それを支持している馬鹿は、僕は支持しません。だから、村上氏個人に対しては、多分、否定的になるでしょうね、僕は。

まあ、ただ、この1980年代に、それが、ある程度、説得力を持った意見だったことは、確かだったんでしょう。多数派だったのかもしれません。

しかし、そんな昔の話なんぞ、今持ってきたというのは、どういう理由なのだろうか、というのが、今の僕の素直な疑問です。

まあ、1Q84の世界が描きたかったから、ということになるんだろうけどね。


さて、ちょっとおかしいのは、青豆さんは、

「その二件以外のニュースについては、記憶に洩れはなかった」

としながら、月面基地のニュースは、知らなかったと、別の場所で、書いているんですよね。

そして、

「この二件だけ、読み飛ばしたのだろうか」

と、青豆さんに考えさせたあと、

「月面基地の建設を知らなかった」

ことを、おかしいことと、しているんですね。

ここらへんは、青豆さんが、わざと、混乱しているように見せているのかもしれません。

というのも、この村上さんの現実の非現実施策は、

「1984の世界から、1Q84の世界へ移動してしまったから、起こった非日常だ」

ということを僕は、既に指摘しており、

「1Q84のQも、クエスチョンのQの意味なのだ」

ということを既に、指摘しちゃっているんですね。


つまり、だれにでもわかるようなことなんですよ。それくらいは。


だけど、それをそのまま書けないから、青豆さんに、ひとしきり悩ませる必要があるわけですよ。

「私が正常でないとしたら、異常なのかしら。いや、私は正常だ。だとしたら、世界が、異常だ、ということになる」

「具体的に言えば、世界が、変わってしまったのだ。まるで、パラレルワールドに紛れ込んだ住人だ」

とまあ、かなり意訳すると、こういうストーリーテリングが、されています。

かなり、青豆さんが、混乱しながら、その結論に至ったかのように。


「「これじゃ、サイエンスフィクションになってしまう」と、青豆は、思った」

と、これは、確実に、村上さんのエクスキューズですね。

「ごめんなさい、サイエンスフィクションの体裁、手法を使いますよ!」

こう言っているのが、村上さんなわけです。

そして、現実的な青豆さんの思考が描かれるわけです。

「自分を正常と考える余り、身勝手な仮説をつくりあげているのか」と自己批判してみせるわけです。

「パラレルワールドという仮説は、自分の狂気を正統化しているだけなのではないだろうか」

と、ごく現実的な思考をさせるのです。そして、当然のごとく、第三者による判定というのが、必要となる、としているのですが、

もちろん、そんなことは、できないように、なっているわけです。

彼女の仕事(クールでワイルドな殺し屋)、彼女のエッチの状況(バーで男を誘い、するだけ)、それだけだって、第三者に話せやしないし、

それ以外のことだって・・・というわけで、結局、ひとりで、解決せざるを得ないと、うまくソフトランディングさせているわけです。

つまり、殺し屋であることも、ああいうエッチの仕方なのも、すべては、この1Q84世界を、青豆さんひとりっきりで、探検していかなくては

ならない、という外的環境をつくりあげるための、施策に過ぎないということが、わかるわけです。

最初から、そこを狙っていたわけですね。


ということは、やっと作者の用意した、外的環境部分が、ほぼ、明らかになってきた、ということです。

そして、そのパラレルワールド1Q84に青豆さんが、入ってきたのは、あの第一章、冒頭の、音響に凝られたタクシーで、

「シンフォニエッタ」を聞いてからだ、ということに青豆さんは、気づくわけです。

僕は以前、1Q84的世界に紛れ込んだのは、

「あの階段を降りた時じゃねーの?」

と、指摘しているので、ちょっとそこは、違いますね。まあ、まだ、正解が出たわけじゃないから、そこは、見ていきたいと思います。

そして、彼女は、「シンフォニエッタ」の作者ヤナーチェクの本を、その場(図書館ですからね)で、借りると、

それを調べるという形で、読者に、ヤナーチェクのあらましが、語られるわけです。

そして、「シンフォニエッタ」が、ある唐突な幸福感と共に曲想を得られたことが発端になり、作られたものだ、ということが、語られるわけです。

そして、その「ヤナーチェク」について、調べ上げた後、はじめて、青豆さんは、今、生きている世界に名前をつけるわけです。

「1984とは、別の世界、そうだ、1Q84と呼ぶようにしよう」

「Qは、Question MarkのQだ。疑問を背負ったモノ」

と、ここで、はじめて、そうなるわけです。


その後、彼女は、早速、ヤナーチェクのシンフォニエッタのLPレコードを購入して、部屋で聞いてみますが、何も起こらない。

そして、あと一週間で、自分の三十回めの誕生日が来ることを思い出すんです。

「ろくでもない誕生日がまためぐってきそう」

という言葉から、彼女の誕生日は、いつも、ろくでもなかったことが、暗示され、1Q84の世界に住んでいる彼女が強調されて、この章が終わるわけです。


つまり、この章は、これまでの、青豆さんのストーリーを総括したような内容なんですね。

「日常の非日常が、強調されてきたのは、青豆さんが、1Q84ワールドに、移動してしまった、ためであったこと」

それが、この章で、語られたことで、あり、その中に、

「NHKの集金人」

というアイテムも潜まされていること。

この章の主張は、概ね、この二つに集約できます。

つまり、

「青豆さんは、ひとりで、1Q84世界を探検することになること」

「NHKの集金人というアイテムを通して、天悟くんのストーリーともつながる可能性が示唆されたこと」

この二つなんですね。そして、改めて、青豆さんが、1Q84世界の住人になってしまったことが、最後に、強調されたわけです。

そういう意味では、前半の話から、中盤の話への架け橋的な役割をしたのが、この章だったと言えますね。


まあ、本来は、この章で、はじめて、

「1Q84」

という本の題名の意味が、提示されるわけですから、ちょっと感動的な章だったのかもしれませんけれど、

もっと前に分かってたんで、僕には、あまりに、当然のことが、提示される、章だなあ、という感じでした。


まあ、ただ、ここで、ひとつ、気になったのは、過激派が、あさま山荘での攻防を最後に、その力を失った現実に対して、

この書では、彼らに力を与えて、警察との銃撃戦をさせて、勝たせているんですね。

これね。村上世代にとって、過激派というのは、彼らの政治哲学を具現化する尖兵だと、考えていたわけですから、

そういう現実を受け入れたくない、というのが、あったんでしょうね。

小説の中で、自分の希望したとおりのことを、実現させる、というのは、古来、小説家がやってきた、

現実逃避の遊びですから、この村上氏も例外に洩れず、現実逃避の遊びをしているのかもしれません。

未だに、過激派に夢を見ているのかもしれない。

もちろん、村上氏は、頭のいいひとですから、単純にそういうことを考えているわけではないでしょう。

もし、あそこで、過激派が力を失わず、逆に力を得ていたら、どうなっていたか、

そのあたりを着想したのかもしれません。


この過激派という60年代の終わりに大学生だった政治馬鹿達の、甘美な夢は、

あさま山荘事件を最後に、力をうしなっていったわけですが、その過激派という要素に、

今後、村上氏が、何をのっけてくるのか、そこに興味がありますね。


もしかしたら、村上氏が、この1Q84を書くきっかっけになったのは、

1984年の僕は、どういう未来を思い描きたかったか、いや、そこから逆算して、

1984年をどういう時代にしたかったか、それをパラレルワールドを使って書いてみたらどうだろう、と、考えたのかもしれませんね。

なにしろ、この表現、まるで、バックトゥザフューチャーの手法をうまく応用し、他者が現実世界をパラレル化するという、

SF作家真っ青な表現なんですから、まあ、どうなるか、興味があるところです。

天悟くんの作業が、あるいは、青豆さんのワールドを変えたのだろうか?

と、興味がつきないところですね。


さて、今日も長々と書いてしまいました。

ここまで、読んで頂いたみなさん、ありがとうございます!

また、次回、金曜日の自由論考で、お会いしましょう!


ではでは。



戦争とは、相手側が決してコマを動かさない将棋ではない!(「翔ぶが如く」シリーズ)

2010年07月27日 | 先人の分析
おはようございます!

毎日、暑いですね!

まあ、それに、夕方から、夜には、雷雨だったり、

風が強まったり、なかなか、大変な時期ですね。

まあ、そういうのも、この季節特有な現象なのかなあ、と楽しんではいますけどね。

にしても、暑いですね(笑)。


さて、火曜日は、「翔ぶが如く」をテキストにしながら、

西南戦争の人物の物語を見ていこう!というわけです。

ま、著者の人となりも見えちゃうわけですけど、まあ、いつものように、

悪態をつくことになるのか、わかりませんが、まあ、ひとの歴史は、高いストーリー性を

持ちますからね。それを楽しみに、見ていきましょう!

さて、冷たいバヤリースマンゴーをぐびびと飲みながら、ゆるゆると論考していきましょう!


さて、前回は、宮崎八郎のロマンスの意味について、熊本共同体というのは、バカの集まりだから、

宮崎八郎の価値を知っていたのは、彼を愛した女性と宮崎八郎だけだったという話をしました。

そして、薩軍は、砲の運用を始めた、ということを話しました。


さて、初戦となった乃木軍VS薩軍との戦いも、吉松少佐の死を賭した突撃によって這々の体で、

乃木が逃げ出す状況になり、薩軍の緒戦の優位さが、あげられます。

最も、乃木軍側は、戦闘を覚悟していたというより、熊本鎮台に入ることを優先的に考えていたところも

あり、また、その軍団のメンバーも行軍で消耗した兵達だったこともあり、

かなりマイナス要素が、重なった上での敗退ということが、指摘できます。

この薩軍の緒戦の優位さの確保について、

「薩軍は、長蛇を逸したかもしれない」

と、なんか、長い蛇を逃がしちゃった、という言い方で、大きなチャンスを逃したと、言っています。

つまり乃木軍を木場で敗退させたからには、さらに追撃し、戦果を拡大すべきだった、と言っているのです。

それは、戦術の常識だ、と言っているのです。どうも、このひとは、自分の知っていることについては、

常識だ、なんだ、と主張し、それをしない薩軍をバカにするくせに、何にも見えていないことが多いですね。まあ、先を追ってみましょう。

彼は、薩軍は、この部隊をさらに追跡し、福岡県との県境まで、進出し、南関というその場所を占領し、陣地を構えれば、

久留米からくる幹線道路を押さえれば、政府軍二個旅団は、進むに進めなくなる、としているんですね。

まあ、これ、博多に既に上陸していた政府軍のことなんですね。

そして、薩軍は、機を見て、これを撃破(?)し、できれば勢いに乗じて久留米に入り、さらに博多もしくは小倉まで、出れれば、

薩軍が当初から期していたところの中央へ出ることも、あるいは、不可能であったかもしれない、としているわけです。


あのねー。そんなこと、無理に決まっているじゃん。

なんというか、ミクロの視点でしか見ていないんですよ。まあ、戦車兵風情のバカだからな、こいつ。

戦争というのは、相手が、こちらの状況を見て、千変万化するものなんですよ。

だから、こちらが、相手に対して、対応を考えれば、相手もそれに対する手を打ってくる。

将棋とか知らないの?

相手が、飛車も、角も、それこそ、王将も動かさない、とすれば、そりゃ、簡単に勝てるでしょ、将棋だって。

それと同じことを言っているに過ぎないんですよ。


例えば、南関を確保し、陣地を構えたとしても、二個旅団は、そこへ戦力を集中するばかりか、さらに大量の兵員を増加するでしょう。

さらに、海軍を利用して、その裏をかける場所に、兵員を上陸させ、後方との連絡及び兵站を切断するでしょう(これ、実際に政府軍がやりましたけど)。

とすれば、その陣地は、死にます。あとは、周囲を囲むだけで、他の兵員は、熊本鎮台側への攻撃に集中的に使えます。

戦車兵を経験したことない僕でも、これくらい簡単に予想できるんですよ?

戦争のプロで、奇兵隊を率いて戦った山県ですよ。もっと、適切で、現実的に戦うでしょう。

であれば、司馬氏の書いていることは、何の意味もないことなんですよ。

相手が駒を動かさない将棋の解説をやったって、そこに、意味がある?ほんと、馬鹿でしょ、このひと。

山県より、自分が上だと勝手に勘違いしている。自分が偉いと勘違いした瞬間、人間は、だめになるという典型の馬鹿ですよ、こいつは。


さて、実際、薩軍は、追撃しなかったそうです。そうか、それを見て、こいつ、自分を誇ったんだなー。

俺なら、薩軍を中央に進出させることができる。そういう作戦だって考えつける!と前章で、

書いていたわけですね。自分を誇るために。

自分は、薩軍の人間より、頭がいい!

戦場の常識を知っている。だから、俺の方が偉いとね。そういう気持ちで、書いているのが、だだわかりです。

ほんと、こいつ、許せない馬鹿だな。必死で、生きている人間達を馬鹿にし、その歴史を使って飯を食っているのに、

それを馬鹿にして、自分を誇るだなんて、日本人の風上には、おけませんね。くさすぎる。口がくさかったんだろうな、壮絶に!


さて、薩軍は、

「植木の線まで、ひきさがれ」

という命令が本営から、下ったようです。なぜ、下がらなきゃいけないのか、本営の誰が命令をくだしたのかも、謎のようです。

なにしろ、薩軍には、戊辰戦争における薩長側の大村益次郎のような作戦担当がいないわけです。

薩軍の作戦は、大隊長級の人間が、戦争を終えると本営に戻り、実戦の情報を確認しあい、新たな作戦を考える、という

ちょっと戦国時代チックなモノ。まあ、伝統的な薩摩の風なのかもしれません。

確かに、威力偵察を毎回しているようなものなので、その実戦眼は、最も確かな人間が、見るわけですから、

状況判断は、的確なモノとなる、という利点があります。

ただ、全体を見通した戦略をたてる人間がいませんから、合戦の機を、勘で感じるということになるわけです。

もちろん、戦国時代なら、それが最もよかったかもしれません。

しかし、これは、近代の戦闘なのです。


さて、司馬氏は、ここで、西郷は、本営にいても、象徴として、起居するだけで、作戦には、触れない、

と、暗に、西郷を馬鹿にしていますが、僕から、言わせれば、薩摩士族削除の実行を続けているに過ぎません。


さて、政府軍の二個旅団は、二十二日に、兵員だけでなく、馬匹も砲も上陸し、当夜は休養し、二十三日(乃木が木葉で戦った日)に、

出発したという。久留米まで、向かったが、行軍は、降雨と泥濘のために、難渋し、かなりの兵が足を痛めたそうです。

で、この久留米から、先程出てきた南関まで、なんと、兵全員が、人力車に乗って、移動したそうです。

いやー、おもしろいというか、頭がやわらかいですねー。必要な結果だけが欲しいのだから、

人力車だろうが、なんだろうが、いい、というわけですね。さすが、プロです。

これについて、司馬氏は、

「奇観だったろう」

と、書いて、また、馬鹿にしています。あんた、ほんと、馬鹿だな。

要は、兵員というのは、行軍できて、なんぼだ、とか、人力車で、移動なんて、恥ずかしいとか、

もう、そういう一面しか見れていないんですよ。そして、すぐ自分を誇る馬鹿。

死ねよ!って感じですよね。

そういう軟弱な兵でも、戦っていかなければいけなかった、山県や、当時の軍人達の気持ちなんて、これっぽっちも考えることができていない。

ただのアホ馬鹿死ねうんこ野郎って、感じ。

結局、馬鹿は、なーんにもわからないんだよね。自分を誇っちゃうから。

このストーリーから、読み解かなければいけないのは、兵員の弱さと、それを運用する、大変さ、つらさであり、

それでも、薩軍を圧倒した、ということでしょう?そこを見なければいけないのに、自分を誇るか、薩軍を馬鹿にするか、西郷を馬鹿にするか、

当時の政府軍を馬鹿にするか、ばかり。ずーっと、馬鹿にして、自分アゲしか、していないのが、このおろかな書、げろ「翔ぶが如く」です。

ゲロ本ですよ、こんなの!


さて、敗走した乃木軍は、どうなったか。乃木軍は、まず、西に敗走し、高瀬という木場から、四キロほどの集落に達しますが、

ここから、さらに北へ五、六キロほど北上したところにある川床という山間の村にたどり着き、兵も将校達も民家に潜り込み、

睡眠をとったそうです。このとき、乃木は、渡辺中尉という人間を(大変だったろうな)上陸したと思われる、

二個旅団へ向けて派遣した。

「二個旅団を発見して、敵と乃木軍団の状況を報告せよ」

という命令だったそうです。

渡辺中尉は、力を残している、下士官と兵数名を選び、馬を村で買い上げて、北上していったそうです。これが、二十三日の深夜から、二十四日の

早朝だったでしょう。そして、二十四日の昼前、渡辺中尉は、亡霊のようにふらふら歩いているところを、旅団の先鋒部隊に見つけられるのです。

ほんと、大変だよねー。

さて、渡辺中尉は、第一旅団の司令長官である、野津鎮雄少将に会うように、先鋒部隊の隊長に言われ、久留米通過中の野津少将に会うわけです。

そして、この野津少将は、薩人なわけですね。


渡辺中尉は、高瀬という場所が、要害の地であることと、そこを薩軍に奪われたこと、乃木軍の状況などを説明したでしょう。

そして、その情報を聞いた野津少将は、軍団の初戦として、その高瀬奪回を目的とするのです。


つまり、乃木の処理が、見事に、機能した、ということなんですね。

乃木が、渡辺中尉を、派遣したからこそ、旅団の目的も固まり、さらに、自軍の状況も、旅団側に通じることになった。

非常に司令官として、的確に機能しているんですよね。それについて、もちろん、乃木を馬鹿にしている馬鹿司馬からは、指摘は、ありません。


さて、第一旅団の司令長官、野津少将は、彦坂率いる200名程の部隊に、

「乃木を救え。南関へ向かえ!」

と司令し、出発させます。ぼろぼろになった乃木軍団を救い、接収し、戦を経験した兵達の情報や経験を今後に最利用しようとするもので、

これには、司馬氏も、

「当然の措置」

としています。

もちろん、彦坂大尉以下200名は、人力車にゆられ、南関に、急行するわけです。

乃木軍団は、彼らに助けられるのか、それとも、薩軍が動くのか!

まあ、戦機が熟していくわけですけど、今日はこのあたりで、やめておきましょうか。


いやあ、今日はなんか、怒ってばっかりだったような気がしますね。

にしても、薩軍は、乃木軍団レベルの軍隊相手にも、あまりうまく立ち回れたとは、思えませんね。

であるとすると、今後の、本格的な手だれの軍団に、立ち向かえるのかどうか、

という素直な疑問が台頭してくるわけです。今後は、そんな気持ちで、

この戦いを見ていこうと思います。


今日も、長々と書いてしまいました。

ここまで、読んでいただいたみなさん、ありがとうございました。

また、次回、水曜日の世界論考で、お会いしましょう!


ではでは。




「第八章 知らないところに行って、知らない誰かに会う」!(木曜日の村上論考:日本人的美学からの論考)

2010年07月22日 | 先人の分析
おはようございます!

いやあ、暑い日々が、続きますね。

なにしろ、水分をとらないと、熱中症になりかねない!

というわけで、もう、水は手放せない感じですね。

僕はサイクリストでもあるので、水分補給は、普段からこまめなんですけど、

やはり、こういう時期は、意識的に飲むようにしていますね。

まあ、本来、喉乾いたら終わりと言われている自転車競技ですから、

そこは、早め早めに水分補給していきたいものですね!

ま、体が、大事ですからね。


さて、木曜日の1Q84論考ですが、まあ、一章一章論考していくうちに、

いろいろなことが、わかってきましたね。

青豆さんが、女性向けストーリーだということ。

天悟くんが、男性向けストーリーだということ。

女性向けは、ジェットコースターストーリーであり、

男性向けは、美少女と、世間をあっと言わせる何かをやらせてやろう的な、1984年当時の

村上春樹をモチーフにしたストーリーであること。

そして、読者対象として、肉食女子と、草食男子を、今の時代向けに

おいていること。

まあ、よくできてます。ただ、僕は1984年は、奥手の少年でしたが、

今や正反対の人間に成長してしまったので、この男性向けストーリーがいまいち

楽しめていない、という致命的な問題がある、ということだけ、指摘しておきますかね(苦笑)。

さて、今日も暑い夏の日、冷たいVittelをぐびびと飲んで、気持ちよく、論考を進めていきましょうか!


章の前半は、天悟くんの暗い日曜日の記憶が語られます。

彼の父親が、NHKの集金人であったこと。そして、彼はその父親に男手ひとりで、育てられたこと。

そして、毎週、日曜日になると、父親に連れられNHKの集金の仕事に連れ添って歩きまわるのが、

彼の仕事であったこと。それは、幼稚園の前から、始まり、小学五年生になるまで、

毎日曜日の地獄のような体験であったことなどが、語られるわけです。


これは、日常の非日常でもある、軽い地獄なんですよね。


NHKの集金というもののイメージが、いろいろな小説で、語られていますが、

だいたい、政府の犬的な、横暴な権力の手先とか、卑賎な仕事的なニュアンスで語られることが、多いことを

考えれば、村上氏は、通俗的なイメージを使って、天悟くんに、日常の地獄を見せているんですね。

その中でも、子供には、わからないだろうという計略、子供連れの集金人には、お金を払うだろうという姑息な大人の考えと、

それにスポイルされる子供のこころ、というのをさらなる地獄として、描いているわけです。

僕も子供の頃は、そういう大人の姑息な手段が、嫌いでしたね。

僕は、未だに、人間の臭みを問題にしているわけですからね。子供の頃なんて、さらに敏感に感じ取りましたよ。

そういう誰でにもある子供ならでは、軽い地獄を天悟に味あわせて、天悟くんが、日曜日になると、

不安定なこころを持つことを、説明しているわけです。


そして、そういう毎日曜日に、子供に、地獄を味あわせても、そのこころのスポイルについて、何も、思うことのできない

ダメ父のストーリーもあわせて、語られます。貧しい東北の農村の三男に(通俗的だ)生まれ、食えないから、満州にわたり、

さらに食えなくて、ソ連の侵攻に会い、とるものもとりあえず、逃げをうち、日本に無一文で帰って来た。そして、

満州でお世話になった、人間の推薦で、NHKの委託集金人になることができただけでなく、その後、正規の集金人になれた。

それまでの人生でずーーーーっと貧乏で飯を腹いっぱい食べたことのない人間にとって、それは、サクセスストーリーであり、

社宅に住むことができ、基本賃金が決められ、健康保険に加入することができた。結婚もすることができ、天悟をさずかった。

すばらしい。ハッピーエンド。しかし、ハッピーエンドは、既に迎えたあと、だった。

それが、子供の気持ちすら考えずに、毎日曜日、子供に、地獄を会わせ続ける人格を説得させるストーリーなわけです。


村上氏のストーリーの中でも、「ねじまき鳥クロニクル」にノモンハン事件をモチーフにした中国での日ソ戦をテーマに描かれた

部分がありました。どうも、そういう意味では、中国というモノについて、村上氏は、なんらかのシンパシーがあるように感じます。

「中国行きのスロウボート」という短編作品集もあるし、「中国行きのスロウボート」という短編では、中国への思いを素直に語っています。

彼らの年代の中国感というものには、突然開かれたびっくり箱のようなイメージがあるのでは、ないでしょうか。

あこがれ、のイメージ。そういう意味では、「ねじまき鳥クロニクル」は、村上氏のターニングポイントになった作品だと、僕は思っています。

それまで、「羊をめぐる冒険」から、はじめった村上ワンダーランドは、この「ねじまき鳥クロニクル」でノモンハンを下敷きにした

これでもか、という暴力表現で、作品そのもののイメージを壊してしまうほど、というより、読み味より、その表現だけが、残ってしまう、

村上作品としては、作品自体を破壊してしまったイメージがあります。それだけ、中国への意識が高いのが、

村上作品、村上氏の特徴であると思いますね。「ねじまき鳥クロニクル」以降、村上作品は、混乱をきたしたように思えます。

いくつもの作品が刊行されましたが、いつもの村上的読み味が、復活せず、まるで、自分の文体を模倣しただけの読み味だったり、

新しい挑戦的な作品もいくつか見ましたが、最も売りだった、読み味が、復活していなかった、というのが、僕の個人的な印象ですね。

それに対して、この1Q84は、そういう村上作品のなつかしい読み味が復活している楽しい作品ですね。

さらに、村上朝日堂の頃の村上氏が、モチーフになっている、ある意味、村上ファンへの、村上氏からの贈り物要素があったのかもしれませんね。

ま、

「もう一山あてるか」

という考えもあったでしょうけどね。マーケティング完璧小説とも言えるでしょうね。


さて、そういう父親の語る既に終わったハッピーエンド話に対して、母親というキーワードは、詳しく語られなかった事実が語られます。

父はそういう質問には、不機嫌になったし、母親は、死んだという以外、明らかにならなかったことが、語られます。

しかし、天悟のストーリーで、すでに語られたように、天悟には、母親の記憶が残っているのです。

「父親ではない男に乳首を吸わせている」

という記憶。

まあ、どうも、村上さんは、不倫とかの表現が好きですね。まあ、奥手男性が食いつくえさ、なわけですけどね。

そして、その天悟が、そういう記憶を持っていることを知らずに、父親は、

「母親は、死んだ」

と、繰り返すわけです。

この部分、大人特に父親の傲慢さを、皮肉ることで、奥手男性の、こころを引っ張っているんですね。

奥手男性の多くは、父親に従順な少年時代を送り、そういう少年は、多かれ少なかれ、父親の傲慢なやり口に、我慢出来ない感情を持っているだろう!

と、村上さんは、踏んでいるわけです。そして、その父親さえ、知らない、母の不倫の記憶をもつことで、

父親の鼻をあかすことを、狙っているわけですね。読者の代わりに。それが、奥手男性の気持ちをつかむことになるわけです。

いやいや、さすがですね。村上さんは!


まあ、そういう理由もあって、天悟くんは、日曜日は、なんとなく、いやなわけです。

そんな日曜日に、新宿駅の中央線の立川方面行きプラットフォームの一番前で、ふかえりと待ち合わせをしたわけです。ふかえりはすでに来ている。

個性的な出で立ちで。そして、天悟は、彼女と、電車に乗り、どこか、へ向かうわけです。そして、その車中、いくつかの疑問が解けていくわけです。

なぜ、ふかえりが、20年前の人工知能みたいな、しゃべり方なのか。「空気さなぎ」をどうやって、書いたのか。

彼女は、読字障害という障害をもっており、文章を読むのに時間がかかるということ。短い文章を読むには問題がないが、長い文章になると、

情報処理がおいつかなくなり、文字の意味性が、わからなくなるということ。だから、言葉も自然短くなるということ。

そして、彼女は、物語を、言葉にすることで、アザミという二歳年下の少女に、「空気さなぎ」を書いてもらったということも、明らかになる。

そして、ふかえり、と、アザミは、センセイと一緒に住んでおり、これから、そのセンセイに会いにいくのだ、ということも明らかになる。

天悟は、それらを聞くと、自分が、そのセンセイと、うまく話せるだろうか、と心配になり、それをふかえりに告げる。すると、ふかえりは、いつもと違って、

「こわがることはない。いつものニチヨウじゃないから」

と、彼を安心させるようなことを初めて言うのです。ふたつ以上のセンテンスも、はじめてここで、話されるわけです。


美少女に、何か、マイナス面を持たせるということは、要は弱みを表現することで、

「かわいそうに」

という男性の気持ちを引っ張るための装置設定なんですね。

ふつうの美少女と、病気がちの美少女だと、明らかに、男性には、後者のほうが、魅力的に感じられますよね!

それなんですよ。ここで、とられている施策は。つまり、ふかえりに、障害をもたせることで、さらなる、男性向け施策がなされた、と見るべきなんですね。

そして、もちろん、天悟くんも、不幸な生い立ちをずんどこ設定することで、

「かわいそうに」

と、男性に思わせている。まあ、共感も生んでいるということでもありますね。

つまり、これは、どちらも、男性向け施策なんですね。天悟くんの地獄。ふかえりの障害。

この二つの要素が、男性読者を引っ張るんですね。


ふかえりは、アザミに物語を話すときに、小さな声で、話さなければならない、としています。

そうしないと、リトルピープルに聞かれてしまうから。

でも、聞かれたらどうなるかは、ふかえりは、言わないわけです。

そう。それは、センセイに聞かなければならない・・・と読者に思わせ、センセイに会うということに、興味を引っ張るわけです。

いやあ、うまいですね。物語というのは、こうして、次を読みたくさせるわけです。

明らかにされていない、登場人物の、謎。

それを提示することが、読者の興味を有効にひく、わけなんですね。

いやあ、ほんと、勉強になりますね。


というわけで、本章は、移動の章という感じですが、天悟くんへの同情、ふかえりへの同情の気持ちを読者に呼び起こし、

彼らについての魅力をさらに付加していた章だったわけですね。より魅力的にして、センセイに会いにいく、というわけです。

結論的にいえば、登場人物に、化粧をして、より印象を際立てたということでしょうか。

いずれにしろ、奥手男性向けの施策でしたね。

まあ、僕はあんまり暗い話は、好きでないんでねー。ちょっと、天悟の生い立ちや、日曜日の地獄の話あたりは、ちょっとなあ、

って感じです。というのも、僕は、子供を、自分の仕事に利用するおとなが、最も嫌いな人種ですし、

これは、子供の頃に嗅いだくさい匂いだったからです。まあ、だれでもそういう、いやな記憶があることを村上氏は、

見通して、うまく使っているのだろうとは、思いますが、そういうあたりも、村上氏に、ちょっと臭みを感じますね。

結局、ひとのこころを、弄ぶのが作家では、ありますけれど、こういうくさみ的なもてあそびは、

あまり、好きになれませんね。まあ、今後のストーリーのため、というところも、あるのでしょうがね。

まあ、今回は、そういう臭みを感じながら、筆を置くとしましょうか。


今日も長く書いてしまいました。

ここまで、読んでいただいたみなさん、ありがとうございました。

また、次回、金曜日の自由論考で、お会いしましょう。


ではでは。


宮崎八郎のラブロマンスの意味!(「翔ぶが如く」シリーズ!:日本人的美学からの論考)

2010年07月20日 | 先人の分析
おはようございます!

いやあ、三連休で、おもいきり、エネルギー充填しましたねー!

なんというか、うるおいのある時間を思い切り送れた感じです。

こころの中に、軽さが戻った感じで、まー、フットワーク軽く、日々を過ごせる感じですね!

しかし、つゆ、開けたねー!

いやいや、昨日は、存分に、自転車トレーニングも、できたし、

破顔ぎみで、ブログも書いちゃう!ってところですかね!


さて、今日は、「翔ぶが如く」シリーズということで、

西南戦争の人物像を見ながら、時代のうねりだったり、人々の思考について論考してみよう!

というわけです。もちろん、司馬遼太郎作の「翔ぶが如く」をテキストに使うので、

それを通して、司馬遼太郎という人間についても論考していきます。

まあ、このひとのだめさ、加減や、自分を誇った人間のだめ部分についても、

提示することになるわけですけどね。

さて、今日は、冷たいVittelをぐびびと飲んで、ゆるゆると論考を始めていきましょうかね!


さて、前回は、乃木の木場での戦いについて、言及しました。

乃木は、木場の戦いで、司令官として、それほどひどいことは、していないし、

吉松少佐との厚情ぶりも指摘できました。何もわかっていないのは、バカ芝だということもね。

だから、吉松少佐は、その突撃にあたり、自分の愛馬を乃木に託し、死んでいったのです。

そんな木場での戦いが、終わった二十三日、今度は、主人公は、熊本民権党の宮崎八郎に変わります。


この宮崎八郎、熊本に、ルソーの基本的人権思想を注入し、今の世を覆し、基本的人権を民衆にもたせる政治に

進化させようと、熊本民権党を率いて、この西南戦争に加わった人です。

そういう意味じゃあ、政治史の上でも、非常に先覚的な人物だったわけです。ただ、時勢眼がなかったんですけどね。

さて、この熊本民権党、人数も四十名から、百名近くに増えたということで、軍隊組織をつくる必要があったそうです。

まあ、政治結社が、軍隊になろうっていうんですから、いささか、無理がありますが、まず、隊長をおかねばならないわけですね。

本来、この熊本民権党を率いたのは、宮崎八郎だったわけですが、多くの人間が、難色を示したそうです。

戦場の統率者は、戦闘部隊の団結の中心であり、戦闘員から、つねに敬愛のこころを持って仰がれねばならない。

しかし、宮崎八郎は、すぐれた詩人であり、運動家であり、思想家であったから、その種の資質が備わっていなかった、と司馬氏は、しています。

これね、またも、間違った言い方なんだよねー。まあ、単に熊本共同体が、バカの集まりだったから、八郎が推薦されなかっただけなんだけど、

それは、おいおい、書いていきましょうかね。

この時代の軍隊の総帥と言えば、戊辰戦争における西郷や板垣に見るように、人柄が寛容な上に余計なことは言わず、身辺が際立って清潔である

必要があった、と、司馬氏は、しています。しかし、宮崎八郎には、陣営に若い婦人が潜んできて逢引していたから、そういう立場には、立てない、としているわけです。

なにしろ、八郎には、れっきとした許嫁がいたんだそうです。その上で、陣営の若い婦人が訪ねてきて、逢引していると、なれば、

その言葉に従いたくない、人間は、多いでしょうね。


ここで、この事実から、宮崎八郎という人物を考えてみましょう。


僕はまず、あまたの思想から、早くにこのルソーの基本的人権に注目した八郎の先見の明をその特徴として、あげたいんですね。

なにしろ、基本的人権は、今、現在の人権、というものの、基本思想ですからね。それを、先見の明的に、注目していた八郎という人間は、

誰よりも、モノが見えていた人間なんです。そして、その自負もあったでしょう。俺は、他の人間とは、違うんだ、という。

この自負が、運動家、思想家としての、八郎の原動力となり、そういう能力もありながら、繊細に現実をみつめる詩人として資質も持っていた。


非常に才能に恵まれた人間なんですね。


詩人は、他人から受ける情愛についても、細やかに感じることができるはずです。それに、運動家、思想家の彼には、そういう才能のきらめきがあり、

他の人間とは、全く違う輝きを発することができた、とわかりますね。自分に意見のある人間と、その意見に同意してついてきた人間とでは、

あきらかに、前者のほうが、価値が上です。自分でモノを考え、本質を理解し、それを広めようとしたこの八郎には、そういう人間的キラメキがあったことが、

容易に想像することができるわけです。


この陣営に潜んでくる若い婦人というのは、八郎達が、熊本に出てくると常宿としていた高瀬屋という宿屋の娘、お浪だったそうです。

つまり、お浪は、八郎以外の人間も見ながら、誰でもなく八郎を選んだ、というわけで、それこそ、八郎の人間的キラメキの存在を証明しています。

ここに、おもしろいことが、かかれています。そのお浪の印象が、

「やや蓮っ葉で、色深いという印象をもたれ、おおかたの同士から好意をもって迎えられていなかった」

というんです。これね。ただの嫉妬でしょ。

「だいたい、男がたくさんいるのに、なぜ、八郎なんだ!」

って、意識を同士は、持つのが普通ですよ。そして、多分、魅力的な女性だったんだと想像できますね。

まず、八郎が、許嫁がいながら、その女性との逢引を楽しんだ、という事実から、八郎にとって、その許嫁の女性より、魅力的だったことが、指摘できます。

さらに、八郎は、詩人であり、運動家です。モノを見る目が肥えているし、彼女の情愛も、誰よりも感受性深く、理解できる資質をもっているわけです。

そして、それをお浪も、わかっていた。だから、お互いが、お互いを離せない関係になってしまったんですね。

そして、それを嫉妬し、

「蓮っ葉で、色深い女だ」

と、言い切ることで、周りのだめ人間達は、自分アゲをしていたに過ぎないんです。

そういえば、この熊本共同隊って、だめ人間の集まりだ!と論考したことがありましたね。

ほら、こういう感じで、別の材料でも、同じ論考結果がでちゃうんです。つまり、本質を貫いているからこそ、真実に近い論考ができているから、

そうなるわけなんですね。

まあ、八郎とお浪のストーリーは、以上のようなモノだったと思います。つまり、八郎とお浪の関係を嫉妬した、熊本共同隊の連中が、

八郎を隊長にするのを、拒否した、というまあ、だめだめ軍団らしい、嫉妬で、動くバカというやつですよ。これはね。

結局、平川という人間が選ばれたそうです。理由は、人間が謹直だから、だ、そうで、

作戦能力も、現場指導力も、無視という、アホな選択なわけです。ま、その最後は、自ずとわかりそうなもんですがね。


さて、このお浪さん、八郎との仲を別に秘めるでもなく、むしろ誇示する風だったと、不思議そうに司馬氏は、書いていますが、

あたりまえじゃないですか。つまり、このバカ集団にあって、八郎の価値をわかっているのは、このお浪と、八郎だけなんですよ。

それ以外はバカの集団ですからね。バカ芝並の。嫉妬から、隊長を能力のないただ謹直なだけのバカにしちゃうわけですからね。

だから、お浪から、すれば、そんなバカに何を言われようと、相手にしなかったんだと思いますよ。


おもしろいことに、八郎の弟、滔天というひとが、度々逢引するお浪のことをよく思わず、途中待ち伏せし、

「兄のことをほんとうに愛するなら、二度とここに来るな」

と、言ったそうです。まあ、そんなことで、会わなくなるはずもなく、お浪は、その後も、逢引したそうです。

滔天は、お浪を斬ってしまおうか、と思ったそうですが、結局それは、実現せず、

八郎戦死後、お浪は、発狂して放浪してしまったそうです。いかに、愛が深かったか、お互いを理解していたかが、わかるストーリーですね。


司馬氏は、このあたり、滔天の目線で、書いています。戦場で、逢引するなど、男のやることでは、ない的に。

女性のことも、人間の能力のキラメキも、バカの嫉妬もなーんのストーリーも理解できていない、ほんとに、この司馬という人間は、

真性のバカ、熊本共同隊の隊士レベルのバカです。


さて、宮崎八郎は、それじゃ、何になったかというと、隊の参謀長と、そして、本営付という役職で、要は薩軍本営付ということなんです。

まあ、言わば連絡係なんですけど、この時期、西郷は、その泊まる場所さえ、襲撃を恐れて秘されていたので、八郎自身あまり接触していないようです。

八郎は、その後、薩軍向けに、挙兵趣旨書なるものを書き上げるわけです。まあ、どうして、自分たち自由民権を志す人間が、薩軍に加わるか、その理由を

書いたものらしいですけど、この文章に自由とか、民権とか、言う言葉が、一切出てこない。

まあ、ごく普通の文章だったんですね。つまり、八郎は、そんなこと、書いても薩摩のやつらには、わからないだろう、という意見なわけですよ。

ここらへん、おもしろいですね。

そして、この文章を、中根という人物に託し、西郷の元へ、持って行かせているわけです。八郎と西郷の接触ってそれくらいだったんですね。

その時、西郷は、

「ヨクデキマシタ。コレハ西郷ガオ貰イシテオク」

と、言ったそうです。西郷は、論考者ですからね。自分たち用に書いたくらいのこと、わかっていたんじゃないですかね。

そして、そういう配慮を感じたから、

「もらった」

んじゃないですかね。西郷のにやりとする表情が、思い浮かびます。


さて、話を薩軍側に戻します。まあ、彼らは熊本城攻めをしているわけですが、まあ、戦果は、はかばかしくないわけです。

城攻めに最も効果を与える砲が効果的に運用されていないからなんですね。

城攻めには、砲による攻撃が、最も効果的であるということは、戊辰戦争の上野の彰義隊攻めで、大村益次郎による指揮で、アームストロング砲が最も威力を

あげたことにより、戊辰戦争を将領クラスで、経験した人間には、当然の知識のはずなんですね。

だから、彼がこれに意図的に言及しなかった、つまり、砲を重視せよとのお達しをださないことは、まあ、西郷の実施しつつある、

薩摩士族削除のための、施策なんですよね。

これに対して司馬氏は、その無い頭で、精一杯考えたのでしょう。次のように書いています。

「かつて薩摩藩は、先代の藩主島津斉彬が、英国の産業革命の成果をそのまま薩摩に移植しようとつとめたために、その装備は、火力重視の方針で行われ」

「火砲に点でも、諸藩に抜きん出ていた。戊辰戦争において薩軍が強かった理由の一つとして、その砲兵の威力も数えられていい<中略>西郷は、」

「島津斉彬のもっとも強い影響を受けていながら、産業革命の理解は、斉彬の足元にも及ばなかった。このため、彼は私学校という一面では、軍事教育機関」

「である学校において、砲兵教育を軽視した。桐野や篠原も同様であった<中略>桐野は、陸軍少将でありながら、攻城は、砲兵力による以外にない」

「という初歩的な知識さえもっていなかったことになる」

って、この文章の目的はわかりますか?

これ、西郷と桐野、篠原らを、

「考えなし!初歩的なこともわかんねーでやんの。俺のほうが、まだ、頭いいぜ。このバカ達め!」

と、司馬氏が、くさしていることが、だだわかりになっています。さらに自分アゲもしていますね。


あのね。西郷は、士族削除を目的としているから、だから、わざわざ、砲を使わないようにしているわけ。

だって、熊本鎮台が、落ちたら困るでしょ!確かに、桐野と篠原らは、部隊長クラスで、戊辰戦争を迎えているから、砲による攻城に頭がまわらなかったかも

しれない。けれど、正規の軍事教育を受けずに速成で作られた軍人なんだから、仕方ないんだよ。

それに対して、あんた、軍事教育うけたから、知っているに過ぎないだろうがよ。なーに、誇っているんだよ。

あんたなんか、ストーリー制作者でありながら、歴史に対して、間違った解説ばかりで、ひとの気持ちも、おんなの気持ちも、なーんもわからないバカ者だろうがよ。

はっきり言って、この「翔ぶが如く」全部、間違っている。間違いしか無い。ストーリー製作者として、だめ人間だ、おまえは。

はっきり言っててめえは、抹殺クラスだ。いつか、史実から、抹殺してやる。

司馬作品など、焚書にしてやるよ。歴史の間違った解説書としてな。


さて、んじゃ、薩軍は、熊本城攻城をどうすすめたか、というと、

二十三日、朝から花岡山というところに、四斤山砲というのをひっぱりあげて、運用を開始しています。しかし、距離の問題なんかもあって、うまくいかない。

それで、早速、国元から、二十ポンドの弾丸を撃ち出す、臼砲を四門とりよせ、打たせたところ、城内に届いた!ということで、

これが、鎮台側を悩ます結果になったそうですね。

まあ、つまり、やること、やっているんですよ。要は、バカ芝が、自分をほこるために、上の文章を書いたに過ぎないことが、だだわかりなんですよ。

ほんと、このバカ、どうしようもないよね。自分を誇るためだけに、文章をつづる。ひとの気持ち、女性の気持ち、なーんもわからない。

人間の心理もわからない。嫉妬心もわからない。なーんもわからないで、自分を誇っているだけ。

それが、この司馬遼太郎という人物の正体なんですねー。もう、毎回こーだから、あきれて物が言えないね。

結局、今回も、自分を誇る、薩軍を、第二次世界大戦時の日本陸軍の上層部に見立てて、くさす。

この二点が、執筆の主な目的なんだから、ほんと、しょーもないよね。

ま、そんな人間にならないように、思考停止者には、近づかないことです。まあ、基本サゲ者ですからね。

とか、いいつつ、解析しちゃっているわけですけど。


まあ、今日も長く書いてしまいました。

ここまで、読んでいただいたみなさん、ありがとうございました。

また、次回、水曜日の世界論考で、お会いしましょう!


ではでは。



「第七章 蝶を起こさないようにとても静かに」!(木曜日の村上論考!:日本人的美学からの論考)

2010年07月15日 | 先人の分析
おはようございます!

なんだか、シャレにならないくらい、豪雨だったりしますね。

葉物野菜が、やばいとか。

日照時間が少なすぎみたいですね。

ま、早く、つゆが、開けてほしいものですね。


さて、今日は、1Q84論考の日!ということで、村上春樹の世界を

読みといてみよう!というわけです。なぜ、この本がそれほど、売れているのか、

その謎は?ということです。

まあ、そのあたりについては、女性向け、男性向けの主人公を設定し、

女性が好きな、強い女性のジェットコースターストーリー、と、

男性が好きな、世間をあっと言わせてやろう、美少女といっしょのストーリー、

という二本のストーリーを並列に流すということで、男性も女性も、

楽しめる本になっているから、という謎は、わかった、というところですかね。

まあ、このストーリーがどうなっていくか、楽しみ、ということで、

基本、読み味を楽しむストーリーなわけですね。


さて、今日は、第7章ということで、青豆さんのストーリー、つまりは、

女性向けストーリーなわけです。

土曜日の午後一時、青豆さんは、「柳屋敷」と呼ばれる屋敷に向かうわけです。まあ、このあたり、

この章のストーリーがどんなものが、想像ついちゃうわけですけど、まあ、青豆さんと一緒に歩いていくことにしましょう。

門扉のところで、インターフォンと話し、扉を開けられ、庭を横切ると、屋敷の前に、タマルさんというボディガードが座っている。

顔なじみの彼と二、三話すと、温室へ連れられていきます。

その温室は、蝶蝶の天国ということで、その蝶蝶の天国の中に、自然と蝶蝶を愛する名前の明かされない女主人がいるわけです。

まあ、簡単に言うと、天賦の才で、投資を成功させ、大金持ちになり、経済界、政治の世界にも太いパイプをもつ、と説明される女性、というわけで、

まあ、青豆さんを使って、女性の敵を、殺しているひと、というわけです。まあ、女性に対して、女性の好きな世界(蝶蝶の天国)に住む、

男性よりも強い力をもつ、女性を設定しているわけです。いかにも、女性の好きなキャラクターですよね。

そして、このタマルさんという迫力のあるボディガードから、尊敬の念をもたれている女性ということで、タマルさんは、

「何かお持ちしましょう?」

と、聞くわけです。そしてもちろん、それは、女性が好きなハーブティーというわけで、もちろん、タマルさんは、青磁のティーポットに、ハーブティーを入れ、

そろいのカップを持ってきます。もちろん、それだけでなく女性の好きな甘いクッキーも添えられているわけです。そして、彼女の肩には、蝶蝶のひとり(!)が、

とまる、ということで、女主人の言葉を借りれば、彼らは友達であり、名前のないつかの間の友達、というはかない関係性なわけです。

そういうはかない関係性を尊ぶこの女主人は、女性的感性でつくられた、女性に好かれるキャラなわけです。

そして、青豆さんが、殺した、男・・・女性の敵について、ひとしきり会話が交わされるわけです。

その女主人は、

「惜しいひとをなくしたようね」

と、一応言うわけです。でも、青豆さんが、

「でも、そのひとが、急にいなくなっても、見たところ、不便もないみたいです。世界はちゃんと動いています」

というわけです。このあたり、実は、青豆さんの立場を補強するための会話になるわけです。なぜなら、女主人がこう言うわけです。

「この世の中には、代わりのみつからない人というのはまずいません。どれほどの知識や能力があったとしても、そのあとがまは、だいたいどこかにいるものです」

「もし、世界が代わりのみつからない人で満ちていたとしたら、私たちはとても困ったことになるでしょう。もちろん」

と、言って女主人は、右手の人差し指を宙にあげ(?)、

「あなたみたいなひとの代わりはちょっと見つからないだろうけど」

と、青豆さんアゲをしているわけです。つまり、女性の敵は、代わりが見つかるけど、あなたの代わりは、いない!

として、実は女性読者アゲをしているんですね。

これに対して、青豆さんは、

「私の代わりはみつからないとしても」

と、一応女主人の意見を肯定しながら、

「代わりの手段を見つけるのはそれほどむずかしくないでしょう」

つまり、女主人の能力を評価しながら、自分の代わりは、もう、手段を変えるしかない、と自分アゲしているんですね。

このあたり、女性向け施策ですね。

そして、女主人は、それに対して、

「あるいは、でも、仮にそうだとしても、私たち二人が今ここで、こうして共有しているものは、そこには、おそらく見いだせないでしょう」

「あなたはあなたであって、あなたでしかない。とても感謝しています。言葉では、表せないほどに」

と言います。ま、これも、女性読者への語りかけであって、

「あなたはあなたであって、あなたでしかない」

という

「世界でたったひとつの花」

的に女性読者をアゲしているわけですね。

この章の最も表現したかったことは、このやりとりであり、女性読者アゲだ、ということが、だだわかりです。あとの文章は、このやりとりを、実現するための、

手続きに過ぎません。それと、説得力をもたせるための、背景をつくる大工仕事かな。

女主人は、ひととおり、蝶蝶の話や、網戸が嫌いなことなどを話し、この女主人の性格を表現すると、今度は、青豆さんの仕事の正当性を語ります。

殺した男性の奥さんが、負った傷を、写真の形で、青豆さんに見せるわけです。若い女の裸の体の部分。背中、乳房、臀部、大腿、足の裏。

そこには、暴力のあとが、各所に、あざやみみず腫れ。陰毛がそられ、その付近にタバコの火をおしつけられた跡。

いかにも、男性の卑劣さが、表現され、いわゆる男性をくさして、えつに入る手法が、使われています。

青豆さんは、ここまで、ひどい写真はみたことがない、として、彼女の仕事の正当性が、語られているわけです。

「こんな仕打ちをする人間をそのまま放置してはおけません、何があっても。わたしたちは、正しいことをしたのです」

と、女主人の口を借りて、全肯定させているわけです。

これは、もちろん、女性読者に、

「あなたは、正しいのよ」

と全肯定をし、気持ちよくさせているわけです。そして、男性をくさして、悦にいらさせているわけです。


青豆さんは、この女主人の元を去り、タマルのいる場所まで、戻ってきます。そして、タマルと少し話します。

青豆さんは、話の中で、

「その暴力的な夫が、渋谷のホテルの一室で、うまい具合に心臓発作をおこしてくれた」

と、言ってしまいます。すると、タマルは、

「うまい具合にという表現は、いささか直接的すぎる」

と軽く舌打ちして言うわけです。気にいらない、というわけですね。

「天の配剤によって、というのが、俺の好みだ」

と言い直させるわけです。そして、ひとしきり、その男の死が、いかに必要だったかを、語り、

「最後がよければ、すべてはいい」

と、変な言葉づかいをしています。これ、村上さんのくせかな。それに対して、青豆さんが、

「もしどこかに最後というものがあれば」

と言います。それに対してタマルが、

「どこかに必ず最後はあるものだよ。「ここが最後です」っていちいち書かれてないだけだ。ハシゴの一番上の段に「ここが最後の段です。これより上には足を載っけないでください」」

「って書いてあるか?」

と言うわけです。青豆さんが、首を振ると、タマルは、

「それと同じだ」

と、言うわけです。青豆さんは、

「常識を働かせ、しっかり目を開けていれば、どこが最後かは、自ずと明らかになる」

と言います。タマルは、

「もしわからなくても-」

と、指で落下する仕草をして、

「いずれにしろ、そこが最後だ」

と、言うわけです。

この会話で村上さんが、表現したかったのは、終わりは知らないうちに来る、ということでしょうね。殺された男の死は、当人が知らない間に忍び寄ったように、

すべての終わりは、当人の知らないうちに、来るんだ、と、村上さんは、強調したかったんですね。それは、男の死なんだ、ということなんでしょうね。

そして、間接的に、殺された男性をくさし、女性読者を気持ちよくさせているわけです。すごいね、全部女性向け施策だ。


そして、最後に、お約束の日常の非日常表現。青豆さんが知らなくて、他の全員が、知っている、警察の拳銃の変更。本栖湖近くで、山梨県警と過激派との

銃撃戦があり、カラシニコフAK47VSリボルバーの戦いがあり、警察側が、圧倒的に負けて中曽根首相が、警察の強化を発表、ベレッタモデル92が

投入・・・という話になっているわけです。ま、村上さんのつくり話ですけどね。そうです。これが、1984年の世界でなく、1Q84の世界だ、

ということが、また、語られたわけです。

青豆さんは、少なからず混乱した。で、この変わり始めている世界を元に戻そうとして、「やることリスト」を綿密に要領よく、頭の中で、こしらえた、

というところで、章が閉じられるわけです。


つまり、今回も、女性読者向け施策が、ずんどこ、あったということと、日常の非日常要素、1Q84の世界を提示し、青豆さんは、それに対して、

真っ向立ち向かうというところで、終わったわけです。というわけで、クールでワイルドな殺し屋表現は、この1Q84世界へ対抗していこうとする

青豆さんの能力の自己紹介に過ぎなかったことが、だだわかりになるわけです。もちろん、このストーリーのメインは、1Q84世界と相対することだ、

ということが、わかってくるわけですね。


まあ、ストーリー的には、それほど、大きな話では、なかったですが、ここも女性趣味、女性向け施策が、ずんどこありました。

そして、女性読者をずんどこ気持ちよくして、そして、日常の非日常ストーリーを語り始める。

さらなる、女性向けジェットコースターストーリーが、進んでいくことを暗示しているわけですね。


まあ、結論的に言うと、女性読者を喜ばせる施策を打ちながら、日常の非日常ストーリーに少しずつかじを切り始めたのが、この章だった

ということでしょうね。

まあ、女性は、読んでいて楽しいだろうなあと思います。女性が喜ぶ要素、満載ですからね。まあ、読んでいて楽しい本というのは、

やっぱり、女性なら、女性向けに書かれた本、男性なら、男性向けに書かれた本なんですね。

そして、そういう女性向けの施策というのが、勉強になる青豆さんストーリーですね。しかし、絶対、毎章、エロ要素って、出てくるね。

エロ要素が、お約束なのも、村上本の女性向けパート、ということで、いろいろ考えてみると、村上さんは、女性は、エロ好きが多く、

男性は、奥手が多い、ということを言っているわけなんですね。なに、日本人の女性は、エロ好き、男性は、奥手ってこと?

うへー。なんだそれ!

まあ、エロ好き女性ってのは、本能のままで、奥手男性って、本能を発揮できないって、ことだね。

いやあ、いかにも、草食男子と、肉食女子の世界って、ことじゃない!

笑っちゃうね。おもしろい、結論が、出ました!

だから、この本が、この時代に売れるわけだ!草食男子と肉食女子の時代だから、売れるのね!


さて、今日も長々と書いてきました。

また、次回、金曜日の自由論考で、お会いしましょう。

ではでは。



吉松少佐に愛されていたからこその、乃木の乗馬!(「翔ぶが如く」シリーズ:日本人美学からの論考)

2010年07月13日 | 先人の分析
おはようございます!

なんだか、まだまだ、つゆが続くみたいですね。

まあ、今週末の連休あたりから、つゆあけ、なんてことになってくれると、

うれしいわけですけれどね。暑い中、バリバリ走りたいもんですからね!

しかし、先日の、ツール・ド・フランス、あの7連覇の王様ランス・アームストロングが、

なんと10分も遅れる大波乱!

いやー、7連覇中は、絶対的な強さを見せていたランス・アームストロングでしたから、

失意の中、走るランスを見て、ちょっとショックでした。まあ、やはりランスでさえ、

年齢というものには、勝てないのか、と改めて感じましたけど、逆にそういうものに立ち向かうランスに

別の意味で、勇気をもらいましたね。さらに、ランスを応援したくなりました。

まあ、それだけ、ツールというのは、厳しいレースなんだ、ということをわからせるシーンでもありましたけどね。


さて、火曜日の「翔ぶが如くシリーズ」です。

まあ、「翔ぶが如く」をテキストにして、西南戦争での人間模様を見よう!

というわけですが、合わせて司馬遼太郎という人物の、物事を見る目の浅さ、だめさ加減や、

自分を誇る人間が、いかにだめな人間に陥るか、ということも論考することになってしまっています。

こういう人間には、決してなってはならない、だめ人間の典型がこの芝バカと呼ばれる

司馬遼太郎という人間なんです。だいたい、自分を日本の司馬遷にたとえるなんざ、おこがまし過ぎるバカですからね。

このバカ。ほんとうに、バカは、どうしようもないですからね。


さて、前回は、吉松少佐のサムライぶりと、乃木との温かい関係性を指摘しました。

乃木を助けたい、という想いが、吉松少佐にあったからこそ、銃剣突撃をして、乃木部隊の退却の時間をつくったのでしょう。

まあ、司馬氏は、この吉松少佐の行為に対して、

「わたしが、代わりにここを守ろう」

と言った乃木の言葉に反発して、自殺行為をしたんだ、と浅く見ています。あのね。戊辰戦争以来のサムライだよ、

このひと。そんな単純な怒りで、行動なんかするはずないだろ!

そんな単純なバカなら、戊辰戦争で死んでいるよ。戊辰戦争の時点で、すでに中隊長だった人間だよ。

まわりが、

「あいつなら、隊をまとめられる」

と判断したから、若くして隊長をつとめてたんだろ?そういう人間が年を重ねれば、部隊やこれから育っていく若い人間を

大切に扱うようになるのは目に見えているだろうが。

乃木とは、戦友とも言える中だよ。しかも、若くして重い責任をもたされ、自分の能力のなさから、かんしゃくをおこしたり

する状態の人間だよ。かわいそうだと思うだろうが。そして、その人間のためなら、部隊のためなら、今、死んで犠牲になってやろう

くらいのこと、考えるって、簡単にわかるだろう。それを発作的に死を選んだみたいに書きやがって、

ほんとに、人間というものをみえていないし、馬鹿にしているから、発作的に自殺したみたいなことを書けるんだよ。

ほんと、こいつ、歴史上の人物になんのリスペクトもない、馬鹿だよな!ほんと、こいつは、地獄にいったら、絶対殴り殺してやる!


多分、吉松少佐は、乃木に、

「援護の突撃をやるから、その間に、退却しろ」

ということを言ったのだと思います。そうしなければ、自分の死の意味が、ないですからね。

乃木は一緒に退却しようと言ったはずです。彼からすれば、部隊を実際に動かせるのは、彼しかいない、という思いがあるでしょうからね。

でも、状況が、許さなかったのでしょう。そうこうしているうちにも、薩軍の攻撃が、激しくなった。

だから、やむなく乃木は、退却した、と考えるのが、自然です。

吉松の尊い決断に感謝しながら。


司馬氏は、このあたり、まったく見えていません。それより、このとき、吉松少佐が突撃していないため、戦死者がまだ、でていない

とか、とんちんかんなことを書いています。そして、乃木が、戦死者が出ていないのに、退却するおろかな人間だ、としています。

こいつ、ほんと、馬鹿だよな。

吉松少佐が、突撃しなければ、部隊が全滅の危機にある、と判断したってことでしょ?現場で。

現場にいる人間の判断というのは、回りでみている人間には、わからないものです。なぜなら、経験した人間しか、その状況というのは、

正確に理解できないものだからです。だから、現場で、古参の兵であるサムライ吉松少佐が出した判断というのは、

もっとも、まっとうな判断のはずなんです。低脳バカ芝なんぞに、理解できるわけがないんです。それをこの馬鹿、

吉松は無駄死に、乃木は、臆病者みたいに、書いてへーきなわけ。まったくはずかしい人間です。


乃木は、吉松の意見をいれ、退却の準備に入ります。どうも、このあたりの司馬は意図的に、乃木をだめ司令みたいに描こうとしています。

ただ、この状況は、乃木にとって、酷だと思います。現場監督でもあった吉松少佐を失い、しかも、退却です。

乃木の能力の不十分さをカバーする役割だった吉松少佐を失ったわけですから、自らの能力の無さが、身に染みている乃木は、もうパニック寸前でしょう。

なにしろ、かんしゃくを起こしたばっかりなんですからね。この乃木は。

しかし、もう甘えることのできる吉松は、いない。

そうなれば、自ら、やるだけのことを、やるだけだ、と腹をくくったでしょう。


乃木は、自ら、前線から、一キロばかり下がった稲佐村という輜重班のいる場所へ行き、大宮中尉をして指揮させるよう手配した。

この輜重班は、当時、やとわれ人夫だったそうですが、その人間たちを一団として、近くの高台にある屋敷にこもらせ、

薩軍の横っ腹を横射する部隊としました。その数、ほぼ四十名です。

司馬氏は、これは、まずい行為だ、あくまで、前線に立ち、兵たちに毅然たる態度をみせるべきだった、としていますが、

あのね。もう、そういう状況じゃ、ないでしょ?それに、吉松を殺したことで、自分がやらなければ、という気持ちになっているのが、

今の乃木ですよ。自ら、いろいろ手配するに決まっているじゃないですか。そうやって、自分もやればできることを、

天国の吉松にみせたい、という気持ちもあったはずです。普通の人間だったら、そうしていますし、こうなるのが、当然じゃないですか。

司馬の言っている、前線に毅然として立つべきなんてのは、ただの、べき論であって、将領というのは、そうあるべきだ、

というところから、出ているに過ぎません。状況も、その人間の頭の中も、なーんにも、考えずに、そんなこと言っても、

まとはずれです。何にも考えられないから、そういうレベルの低いべき論を持ち出してくるんです。この馬鹿は。


また、乃木は退却のために、伝令を各小隊長級に走らせたのですが、これについても、

「まずかった」

と主張しています。これは、この状況では、伝令は、薩軍がこわいために、各小隊長の耳元で、話すということができず、

結局、大声で叫ぶことになるから、退却という言葉を聞いた兵達は、パニックを起こし、それだけで、総崩れになる、という主張です。

じゃあ、逆に聞くけど、どうすりゃいいわけ?

こういうことを言う人間を馬鹿っていうんですよ。小賢しい馬鹿。

じゃあ、なに、小隊長には、伝えないで、退却しろっちゅーの?

そんなこと、できるわけないだろ。だから、これは、仕方のないことなんだよ。それでも、やらなきゃ、いけないってことは、あるの。

悪いけど、これまで、乃木のやり方を見てきたけど、それほど、ひどいことは、していないよ。

あんたは、さも、乃木が、軍事に暗い、軍事に暗いと、書き立てているけど、要は自分のお金もうけのために、そういう偉人を貶めているだけだろ!

状況も人間心理も深く論考もせず、適当に浅い脳で適当に、乃木を貶めているあんたのほうが、余程ひどい馬鹿だよ。

馬鹿芝は、ほんとに、死ねよ!って感じだよね。ほんとに、こいつは、殺す、地獄でな!


次のような一文があります。

「乃木は、このとき、自分の馬が疲労したので、ぬしを失った鞍つきの馬がさまよっているのを見つけて、それに乗り換えていた。この馬は、吉松少佐のものだった」

「このことによって、乃木が後方にきたのは、吉松の自殺的な突貫のあとあだったこともわかる」

これは、要は馬鹿芝が、乃木は吉松の突貫のあと、こそこそ逃げてきたのだ!この臆病者め!と言っているわけです。そうやって、乃木を貶めているわけです。

ですが、これは、逆な味方が自然でしょう。吉松が、自分の代わりだと言って、乃木にこの馬を託した、と僕には見れるのです。

これから、死ぬ身の吉松にすれば、何か乃木の退却の用に立つ物を最後に贈りたかったはずです。

もし、芝の主張するような乃木であれば、まず、その馬が吉松少佐のものであることは、わかっているはずですから、さすがにその馬は使わないでしょう。

つまり、逆にこの馬を吉松のものであることを知っていて、乃木が堂々と使っていたからこそ、彼が吉松との厚情から、彼の馬を譲り受け、それを使っていた

と、言うことができるのです。どうです、みなさん?そうじゃ、ありませんか?

芝の浅い見方が、だだわかりになります。何一つ、あたっていません。現実が、見えない馬鹿は、ほんとうに、どうしようもありませんね。


乃木が、稲佐村にいるとき、それは、起こった。薩軍の迂回部隊が、白刃をきらめかせながら、攻撃してきたのである。

この稲佐村の薩軍待ち伏せ部隊は、乃木にとっての、退却援護部隊のはずだったが、部隊の多くがただの人夫だったために、

薩軍の白刃を見ただけで、悲鳴をあげ、壊乱し、西へ逃げてしまった。その悲鳴が、前線の兵士達にも聞こえ(ほんとか?一キロ離れているんだぞ)、

敵が後方に回ったことを知り、たちまち壊乱した。銃を捨てみな逃げた。馬を捨てて逃げた中隊長級のものも二名いたらしい。

置き捨てられた銃はスナイドル銃三百六十丁という多さだった。

乃木は、この大混乱に巻き込まれた。馬が撃たれ、つんのめって倒れたところをひとりの薩兵が、抜刀しこれを斬ろうとしたらしい。

しかし、大橋伍長が身を呈したために、これを逃れた。さらに、薩兵に取り囲まれたが、摺沢という少尉見習いが、兵を集め、防戦したため、

乃木は、なんとか、戦場を逃れた。摺沢は、身に数弾を浴び、死んだ。


しかし、こう見てくると、乃木は、いろんな人間に死をもって、助けられ、生き延びたんですね。

この戦いが、彼にとって、大きな蹉跌になったことは、確かでしょう。

自分のために、日頃、厚情を持っていた恩人が死ぬ。名も知らぬ若い兵が、自分のために、死んでいく。そんな経験、ちょっと考えられないし、

想像もつきません。連隊旗は、なくすし、吉松少佐をなくし、河原林少尉もなくした。

連隊の死者は、二十六人。乃木にとって、多くの人間をなくした戦いとなったでしょう。そして、そのこころが、なにより、痛んだと思いますね。

これに対して、芝は、

「連隊の死者は、二十六人に過ぎない」

と、まるで、軽微な戦いだったような書き方をしています。人間の命の重みすら、軽んずる、本当の馬鹿です、この男は!


ここまで、見てきて、乃木は、かんしゃくを起こした以外は、司令官として、しっかりやっていると思います。河原林少尉に、

連隊旗回収以外に威力偵察任務を命じた以外は、特に失点は、ないと思います。特に軍事に暗いということもないし、

芝の主張はほとんど間違っているといえます。さらに芝は、ひとの命を軽んずるという人間として、最もやってはいけない行為すらしています。

ほんとうに、最低最悪の人格と、物の見えないあきめくら、馬鹿、と馬鹿芝が、最低の人間だということが、だだわかりになりましたね。


ほんとうに、最低だよね。こういうことが、だだわかりになっちゃうんだから。

まあ、乃木は、それでも、守られるべき人間だったんでしょうね。

彼は、吉松から、愛されていたんだと思いますよ。その能力がまだ、不十分であったことは、乃木自身がわかっていたでしょうからね。

それを素直に認め、吉松から多くを得ようとがんばっていたのが、乃木だったと思いますね。

そういう厚い関係性だったと思うんですね。そうでもなきゃ、乃木の退却のためだけに、身を呈しないでしょう?吉松少佐は。

だからこそ、乃木は、吉松の愛馬にのっていた。そう見るのが、自然なものの見方という奴です。


まあ、見方が、逆になっている、というわけで、ここらへんは、第二次世界大戦の責任を、

軍部の上層部におっかぶせて、くさしているわけですから、わざとそういう見方をしているだけであって、

なんて、レベルの低い行為なんだと、笑うだけですけどね。

芝馬鹿のやること、すべてがこういう臭みのある行為ですから、その人間性の下劣さには、

ほんと、あきれるばかりです。ほんと、だめ人間そのものですね。

まあ、結論的に、そこにいってしまいましたか、今日は。


さて、今日も長々と書いてしまいました。

今日も、ここまで、読んでいただいてありがとうございます!

また、次回、明日は世界論考の日ですが、ちょっと違う形で、今回はお届けしようかな、

と思います。

では、また、次回、お会いしましょう!


ではでは。