胸の中で煮えたぎる苛立ちが、雪の呼吸を荒くする。

雪は図書館のアルバイトに励みながらも、心は先程の出来事に囚われ続けていた。
見るからに手荒なその仕事ぶりに、周りの学生達は遠巻きに彼女を眺めている。
なんであそこでいきなり泣く?!あんなことされたら私が変な人みたいじゃん!

雪の脳裏に、号泣ししゃがみ込む清水香織の姿が蘇った。
鼓膜の奥には、耳障りな泣き声がこびりついている。

冷静な話し合いを望んだのに、事態は予想外の方向へと転がり落ちていった。
雪は想定外の出来事にただ苛立ち、理解不可能な彼女に嫌気が差す‥。

すると不意にポケットの中の携帯電話が震えた。
取り出して着信画面を見てみると、”青田先輩”からの着信文字が踊っている。

雪はキョロキョロと周りを見回した後、ダッシュで非常階段の方へ走って行った。
「先輩!電話、大丈夫ですか?」
「うん、少し時間が空いたからね。長くは無理なんだけど」

階段に座った雪は、彼からの電話に出て会話を始めた。
「仕事はどうですか?インターンのし甲斐がありそうですか?」
「うん、そんな難しいことも無いから、すぐに慣れそうだよ」

それは良かった、と雪が答えると、受話器の向こうから彼の声が聴こえる。
「うん、ハハ」

聞き慣れた彼の笑い声が、雪の心を和ませた。
渇いた心に水分が染みこんでいくように、その声は彼女に安心を与える。

そして二人は暫し会話を楽しんだ。
インターンに行き出しても変わらず電話をくれることが、雪には嬉しかった。
「え~そうなんですか?それって正社員より先輩の方が仕事が出来るってこと?」

アハハ、と笑いながら雪が彼を乗せると、淳は事も無げに言い切った。
「当然、俺の方が出来るね」

自信家なのは相変わらずだ。普段と変わらない二人の会話が、雪を安心させる。
インターンの話が一段落すると、今度は淳の方が近況を聞いて来た。
「雪ちゃんの方は?特に変わったことは無かった?」

その言葉で、雪は現実に引き戻された気になった。思わず彼に愚痴をこぼす。
「それがぁ~!香織ちゃんがまた~!」

そのまま事情を説明しかけた雪だが、ハッと気がついて続きを口にするのをやめた。
先輩はこんな話聞きたくないですよね、と言って。

しかし淳は先を促した。構わないから話してごらん、と。
その言葉を受けて、雪は言いづらそうに口を開く。
「いやその‥ライオン人形のこととか、服を真似することとか‥。
今日ちょっと問い詰めてみたんですけど‥」

更に事情を説明しようとした雪だが、その続きを口には出来なかった。
立てた両膝に顔を埋めるように俯いて、感情のままを言葉にする。
「いや‥もういいです。口にするのも嫌なくらい!」

事実を口にすることで、もう一度あの苛立ちと向き合うことになると思うとウンザリした。
それきり黙り込んだ雪を心配して、彼が優しく言葉を掛ける。
「清水のせいで‥傷ついたの?」

雪は彼の言葉を受けて暫し考えたが、今自分が抱える感情全てが香織のせいではない気がした。
「あの子もあの子だけど‥それに反応する私も‥」

常に物事を客観視するのは雪の癖だ。いつも自分の非を交えて真実を見据える、気苦労の絶えない彼女の。
淳は彼女の性質を感じながら、穏やかに話を始めた。
「‥それじゃあ、今度会う時は気分転換しに行かなきゃね。
それとライオン人形のことはもう本当に気にしないで。探すにしてももう遅いんだし‥」

淳は過ぎ去ったことには言及せず、これからの未来について話をした。
以前彼女が口にした寂しさを払拭する、温かな言葉で。
「これからも一緒に歩いたり一緒に買い物したり‥。きっとそんな機会がこの先いっぱいあるよ」

雪はそんな彼の言葉に、胸の中に温かくそしてキュンとする感情が湧き出てくるのを感じた。
なんだか‥ジーン‥

渇いて荒んでいた心に、温かな思いが溢れていく。
暫し言葉を紡げずにいた雪だが、やがて淳の方は仕事を再開する時刻が来たようだ。
「あ、そろそろ戻らなきゃ」
「はい!どうぞ戻って下さい。仕事ですもんね」

「ん、気持ち楽にな」 「先輩こそ頑張って!」 「はーい」
そして雪は電話を切った。しんとした空間に、彼との会話の断片が浮かんで消える。

通話時間は十分足らずだった。雪は改めて彼の忙しさを痛感する。
先輩すごく忙しいみたい‥これといった話も出来なかった‥

その短い時間に交わした会話を振り返り、雪は心に申し訳無さが膨らんでいくのを感じた。
うぅ‥てか‥忙しい合間をぬって電話をくれたいわば社会人に、私ってば甘えて愚痴って‥

余裕が無い自分自身を省みて、雪はなんだかいたたまれなくなってきた。先輩の立場をあらためて考えてみる。
会社には清水香織よりもタチの悪い人間や相手にしたくない人も多いだろうし、仕事も大変だろうに‥。
なのに私ときたらアレコレあの子の話しまくって‥気分転換しようって言葉に一人癒やされて‥。

雪は自分の勝手さを省みて何だか恥ずかしくなってきた。穴があったら入りたい気分だ。
どうせ先輩は理解出来ない話なのに‥

昨日香織が自身を真似することについて話をした時も、彼はまるでピンと来ていなかった。
忙しい立場に置かれた彼に理解不能の相談をして、甘えて愚痴って、一人慰められて‥。雪の頭がどんどん下がって行く。
いや‥はじめからあの子が何をしようと無視してればこんなことには‥

雪の思考回路はどんどんマイナス回路を通り、果ては全て自分自身の蒔いた種のような気がしてきた。
むくむくと膨れ上がる自己嫌悪に、思わず大きな息を吐く。
「あーもう!バカみたい!」

雪の嘆きが、静かな空間に浮かんで消えた。
けれど胸の中を占めるモヤモヤとした感情は、いつまでも雪の心にこびりついていた‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<彼女の甘え>でした。
甘える、ということをあまりせずに育ってきたせいでしょうか。雪がこんなにも自分を省みる癖があるのは。
すぐに一人反省会をする雪ちゃん‥なんだか泣けてきますねT T
香織よ、真似するならこの謙虚さも真似しろ!と言いたくなります‥。
次回は<それぞれの心配事>です。
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雪は図書館のアルバイトに励みながらも、心は先程の出来事に囚われ続けていた。
見るからに手荒なその仕事ぶりに、周りの学生達は遠巻きに彼女を眺めている。
なんであそこでいきなり泣く?!あんなことされたら私が変な人みたいじゃん!

雪の脳裏に、号泣ししゃがみ込む清水香織の姿が蘇った。
鼓膜の奥には、耳障りな泣き声がこびりついている。

冷静な話し合いを望んだのに、事態は予想外の方向へと転がり落ちていった。
雪は想定外の出来事にただ苛立ち、理解不可能な彼女に嫌気が差す‥。

すると不意にポケットの中の携帯電話が震えた。
取り出して着信画面を見てみると、”青田先輩”からの着信文字が踊っている。


雪はキョロキョロと周りを見回した後、ダッシュで非常階段の方へ走って行った。
「先輩!電話、大丈夫ですか?」
「うん、少し時間が空いたからね。長くは無理なんだけど」

階段に座った雪は、彼からの電話に出て会話を始めた。
「仕事はどうですか?インターンのし甲斐がありそうですか?」
「うん、そんな難しいことも無いから、すぐに慣れそうだよ」

それは良かった、と雪が答えると、受話器の向こうから彼の声が聴こえる。
「うん、ハハ」

聞き慣れた彼の笑い声が、雪の心を和ませた。
渇いた心に水分が染みこんでいくように、その声は彼女に安心を与える。

そして二人は暫し会話を楽しんだ。
インターンに行き出しても変わらず電話をくれることが、雪には嬉しかった。
「え~そうなんですか?それって正社員より先輩の方が仕事が出来るってこと?」

アハハ、と笑いながら雪が彼を乗せると、淳は事も無げに言い切った。
「当然、俺の方が出来るね」

自信家なのは相変わらずだ。普段と変わらない二人の会話が、雪を安心させる。
インターンの話が一段落すると、今度は淳の方が近況を聞いて来た。
「雪ちゃんの方は?特に変わったことは無かった?」


その言葉で、雪は現実に引き戻された気になった。思わず彼に愚痴をこぼす。
「それがぁ~!香織ちゃんがまた~!」

そのまま事情を説明しかけた雪だが、ハッと気がついて続きを口にするのをやめた。
先輩はこんな話聞きたくないですよね、と言って。

しかし淳は先を促した。構わないから話してごらん、と。
その言葉を受けて、雪は言いづらそうに口を開く。
「いやその‥ライオン人形のこととか、服を真似することとか‥。
今日ちょっと問い詰めてみたんですけど‥」

更に事情を説明しようとした雪だが、その続きを口には出来なかった。
立てた両膝に顔を埋めるように俯いて、感情のままを言葉にする。
「いや‥もういいです。口にするのも嫌なくらい!」

事実を口にすることで、もう一度あの苛立ちと向き合うことになると思うとウンザリした。
それきり黙り込んだ雪を心配して、彼が優しく言葉を掛ける。
「清水のせいで‥傷ついたの?」

雪は彼の言葉を受けて暫し考えたが、今自分が抱える感情全てが香織のせいではない気がした。
「あの子もあの子だけど‥それに反応する私も‥」

常に物事を客観視するのは雪の癖だ。いつも自分の非を交えて真実を見据える、気苦労の絶えない彼女の。
淳は彼女の性質を感じながら、穏やかに話を始めた。
「‥それじゃあ、今度会う時は気分転換しに行かなきゃね。
それとライオン人形のことはもう本当に気にしないで。探すにしてももう遅いんだし‥」

淳は過ぎ去ったことには言及せず、これからの未来について話をした。
以前彼女が口にした寂しさを払拭する、温かな言葉で。
「これからも一緒に歩いたり一緒に買い物したり‥。きっとそんな機会がこの先いっぱいあるよ」

雪はそんな彼の言葉に、胸の中に温かくそしてキュンとする感情が湧き出てくるのを感じた。
なんだか‥ジーン‥

渇いて荒んでいた心に、温かな思いが溢れていく。
暫し言葉を紡げずにいた雪だが、やがて淳の方は仕事を再開する時刻が来たようだ。
「あ、そろそろ戻らなきゃ」
「はい!どうぞ戻って下さい。仕事ですもんね」

「ん、気持ち楽にな」 「先輩こそ頑張って!」 「はーい」
そして雪は電話を切った。しんとした空間に、彼との会話の断片が浮かんで消える。

通話時間は十分足らずだった。雪は改めて彼の忙しさを痛感する。
先輩すごく忙しいみたい‥これといった話も出来なかった‥

その短い時間に交わした会話を振り返り、雪は心に申し訳無さが膨らんでいくのを感じた。
うぅ‥てか‥忙しい合間をぬって電話をくれたいわば社会人に、私ってば甘えて愚痴って‥

余裕が無い自分自身を省みて、雪はなんだかいたたまれなくなってきた。先輩の立場をあらためて考えてみる。
会社には清水香織よりもタチの悪い人間や相手にしたくない人も多いだろうし、仕事も大変だろうに‥。
なのに私ときたらアレコレあの子の話しまくって‥気分転換しようって言葉に一人癒やされて‥。

雪は自分の勝手さを省みて何だか恥ずかしくなってきた。穴があったら入りたい気分だ。
どうせ先輩は理解出来ない話なのに‥

昨日香織が自身を真似することについて話をした時も、彼はまるでピンと来ていなかった。
忙しい立場に置かれた彼に理解不能の相談をして、甘えて愚痴って、一人慰められて‥。雪の頭がどんどん下がって行く。
いや‥はじめからあの子が何をしようと無視してればこんなことには‥

雪の思考回路はどんどんマイナス回路を通り、果ては全て自分自身の蒔いた種のような気がしてきた。
むくむくと膨れ上がる自己嫌悪に、思わず大きな息を吐く。
「あーもう!バカみたい!」

雪の嘆きが、静かな空間に浮かんで消えた。
けれど胸の中を占めるモヤモヤとした感情は、いつまでも雪の心にこびりついていた‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<彼女の甘え>でした。
甘える、ということをあまりせずに育ってきたせいでしょうか。雪がこんなにも自分を省みる癖があるのは。
すぐに一人反省会をする雪ちゃん‥なんだか泣けてきますねT T
香織よ、真似するならこの謙虚さも真似しろ!と言いたくなります‥。
次回は<それぞれの心配事>です。
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そして淳の慰めは「これからも一緒に歩き回って一緒に買い物して‥。そうする機会は多いからね」です。
雪がいつか言いましたね。
「何も言わず我慢するストレスより、
悩みを吐き出した後の後悔の方がもっと嫌だから
黙っていくのを選んでるけど、
最近は黙っても吐き出しても後悔する馬鹿な気分だ」と。
淳に会えて吐き出しを選べるようになったのは発展ですが、
やっぱりまだ慣れてないのかな・・・
いま出先なのでとりまご指摘箇所だけ修正させて頂きます!
雪ちゃんは自覚ありですが、実生活においての無意識に放たれる女性の他愛ないグチを(たとえ面倒だと思っていたとしても)めんどくさいという態度を出さずに聞いてくれる男性は大変貴重な存在に思います。先輩、ヤルー!
ただ、「清水のせいで‥傷ついたの?」というセリフだけは心配半分、仕返しフラグ半分かな?という印象をうけました。
今までピンときていない雑魚キャラから敵へとロックオンしたのはここですかね…
解消する術もなくて、どうどうめぐりの自己嫌悪。
「あ―もう!バカみたい!」という嘆きが前向きに発せられたならいいのですが、ダメみたいですね・・・。
おまけに横山が糸を引いている香織との関係は、まだ続く・・・。”(-“”-)”
先輩(と亮?)に甘えて、気持ちが楽―になるといいな、雪ちゃん。
でも、私が思うに、先輩のほうが雪ちゃんに会いたくて声が聴きたかったのだと思います―!
チョット照れたような
>「うん、ハハ」(#^^#)
いつもの調子で
>「当然、俺の方が出来るね」(^_-)-☆
そして最後の
>「はーい」(^^)/
雪ちゃんのグチを優しく聞いてくれる先輩!ホントいいですね。
いつもと変わらない先輩の余裕あるマイペースっぷりも安心感を誘いました。
仕返しフラグ、私も感じました。思い切り仕返しをしてほしい気分ですけど、先の展開を考えると・・・ほどほどにお願いしたいです・・・。
あ、それと、「人をおちょくって!」の訳も、私は好きでした―。