「雪!5番テーブル注文行って!」 「はい~!」
その日の夜。雪の実家の宴麺屋はその客足の多さにてんてこ舞いであった。
雪は昼間図書館でアルバイトをしてきたというのに、夜もそんな状態の店を手伝わなければならず、
一日中仕事に追われている気分だった。
蓮は「店が繁盛して嬉しいだろ」と雪に向かってお気楽調子だ。
そしてコマネズミのように忙しく立ち働く雪の姿を、
河村亮は一人じっと眺めていた。
昼間目にした静香と彼女の姿が、亮の意識を囚えて離さない。
あれは本当に雪だったのか?それとも‥。
「何ですか?」
そんな亮の視線を捕らえて、雪が不思議そうな顔をした。
亮は突然振り返った雪に面食らいながら、決まり悪そうに言い返す。
「い‥いや、さっさと行けさっさと!分かったかっ!」
何なんですか、と言って雪は顔を顰めて行ってしまった。
亮は自分でもどうしたら良いのか分からず、そんな自分がもどかしくて堪らない‥。
テーブルを拭きながら、雪は深く息を吐いた。
さすがに疲れた、そう感じた時だった。
ふと顔を上げて母親に目をやると、母は自分以上に疲れているように見えた。
雪は首の後ろに手をやりながら(気まずさを感じた時の彼女の癖だ)母に聞いた。
「お‥お父さんは?」
知らないわ、と母が答えた時だった。入り口から父が入って来た。
「お?早かったんだな」 「はい‥」
父は珍しく早い時間に店を手伝っている娘に目を留め、声を掛けた。母は父の方を見ようともしない。
雪は母の方に向き直り、依然として溜息混じりに仕事をする母に話しかける。
「お母さん、どこか調子悪いの?」
そう聞いてくる娘に、「更年期でね」と母は力なく言った。疲れた声で話を続ける。
「体がしんどいから、せめて心の方は気楽に構えていたいんだけど‥。
アレはアメリカに戻る気はあるのか、何か他に考えがあるのか‥」
そう言ってギッと蓮を睨む母だったが、蓮はヘラヘラと笑いながらいつものおちゃらけを発揮した。
「このこの~!唯一の一人息子が出てっちゃってもいいのぉ~?」
ウリウリと母を肘で小突く蓮の姿を、父親はじっと遠目に眺めていた。
妻、長女、長男‥。家族の長として、父は家族を前にして思うところがあった。
父は暫し家族の姿を眺めた後、まず初めに雪に向かって声を掛けた。
「雪、お母さん最近疲れてるようだから、お前が気にかけてやんなさい」
雪は突然父から言葉を掛けられたじろいだが、そのまま素直に頷いた。
父は一つ深く息を吐くと、雪の肩に手を置く。
ズシッと、雪は自分の肩が沈むのを感じた。
長女としての務め、信頼、その優秀さへの期待‥。肩に宿るのは、父が自分に望むもの達だ。
雪が父の背中を見つめていると、続けて父は蓮に向かって小言を口にし始めた。
「蓮、お前このまま誤魔化しつつ大学辞めるつもりじゃないだろうな?
お前に一体いくら使ったか分かってるのか?」
ゴツン、と父の拳が蓮の頭に炸裂する。蓮は頭を押さえながらも、人懐っこい笑みで父と腕を組んだ。
「分かってますって赤山社長!俺も社長のようになるために、ビッグドリームを追ってますので!
心配ご無用~でございマスッ!」
蓮はいつもの調子の良さで、父からの小言を切り返した。
両手を広げながらニコニコと、明るい笑顔を浮かべている。
父は一つ息を吐くと、軽く小さな舌打ちをした。
蓮は心配の絶えない長男だが、どこか憎み切れない可愛さがあった。
父は蓮の頭に手を置きながら、長男の心得を口にする。
「しっかりするんだぞ。お前がこの先雪と母さんの面倒を見ていくんだからな」
蓮は父親からの説教にも、イエッサー!とおどけて口にし笑顔を浮かべた。
蓮の頭に置かれた父の手が、ふわりと軽く離れていく。
「あ~!髪セットしたのに台無しぃ~!」
相変わらずの蓮の調子に、父も母も苦笑いだ。明るい笑い声が店に響く。
そして雪は、未だに肩に残る重さを感じながら、その様子をじっと見つめていた。
いつだって蓮は自分には持ち得ないもの達を天性の性質で持ち、それを両親に与え、自分が貰えないものを貰う。
父の柔らかな手つきが、残像となって雪の瞼の裏に残った。
しかし彼女は気づいていない。自分には持ち得ないものを持っている蓮が、雪が持っているものは持っていないということを。
けれどそんなことに思い至る前に、またすぐに雪は客に呼ばれ、テーブルへと走って行った‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<それぞれの心配事>でした。
雪ちゃん‥おつかれさまです。一日が長すぎる‥(読者にとっても)
次回は<単純と複雑>です。
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その日の夜。雪の実家の宴麺屋はその客足の多さにてんてこ舞いであった。
雪は昼間図書館でアルバイトをしてきたというのに、夜もそんな状態の店を手伝わなければならず、
一日中仕事に追われている気分だった。
蓮は「店が繁盛して嬉しいだろ」と雪に向かってお気楽調子だ。
そしてコマネズミのように忙しく立ち働く雪の姿を、
河村亮は一人じっと眺めていた。
昼間目にした静香と彼女の姿が、亮の意識を囚えて離さない。
あれは本当に雪だったのか?それとも‥。
「何ですか?」
そんな亮の視線を捕らえて、雪が不思議そうな顔をした。
亮は突然振り返った雪に面食らいながら、決まり悪そうに言い返す。
「い‥いや、さっさと行けさっさと!分かったかっ!」
何なんですか、と言って雪は顔を顰めて行ってしまった。
亮は自分でもどうしたら良いのか分からず、そんな自分がもどかしくて堪らない‥。
テーブルを拭きながら、雪は深く息を吐いた。
さすがに疲れた、そう感じた時だった。
ふと顔を上げて母親に目をやると、母は自分以上に疲れているように見えた。
雪は首の後ろに手をやりながら(気まずさを感じた時の彼女の癖だ)母に聞いた。
「お‥お父さんは?」
知らないわ、と母が答えた時だった。入り口から父が入って来た。
「お?早かったんだな」 「はい‥」
父は珍しく早い時間に店を手伝っている娘に目を留め、声を掛けた。母は父の方を見ようともしない。
雪は母の方に向き直り、依然として溜息混じりに仕事をする母に話しかける。
「お母さん、どこか調子悪いの?」
そう聞いてくる娘に、「更年期でね」と母は力なく言った。疲れた声で話を続ける。
「体がしんどいから、せめて心の方は気楽に構えていたいんだけど‥。
アレはアメリカに戻る気はあるのか、何か他に考えがあるのか‥」
そう言ってギッと蓮を睨む母だったが、蓮はヘラヘラと笑いながらいつものおちゃらけを発揮した。
「このこの~!唯一の一人息子が出てっちゃってもいいのぉ~?」
ウリウリと母を肘で小突く蓮の姿を、父親はじっと遠目に眺めていた。
妻、長女、長男‥。家族の長として、父は家族を前にして思うところがあった。
父は暫し家族の姿を眺めた後、まず初めに雪に向かって声を掛けた。
「雪、お母さん最近疲れてるようだから、お前が気にかけてやんなさい」
雪は突然父から言葉を掛けられたじろいだが、そのまま素直に頷いた。
父は一つ深く息を吐くと、雪の肩に手を置く。
ズシッと、雪は自分の肩が沈むのを感じた。
長女としての務め、信頼、その優秀さへの期待‥。肩に宿るのは、父が自分に望むもの達だ。
雪が父の背中を見つめていると、続けて父は蓮に向かって小言を口にし始めた。
「蓮、お前このまま誤魔化しつつ大学辞めるつもりじゃないだろうな?
お前に一体いくら使ったか分かってるのか?」
ゴツン、と父の拳が蓮の頭に炸裂する。蓮は頭を押さえながらも、人懐っこい笑みで父と腕を組んだ。
「分かってますって赤山社長!俺も社長のようになるために、ビッグドリームを追ってますので!
心配ご無用~でございマスッ!」
蓮はいつもの調子の良さで、父からの小言を切り返した。
両手を広げながらニコニコと、明るい笑顔を浮かべている。
父は一つ息を吐くと、軽く小さな舌打ちをした。
蓮は心配の絶えない長男だが、どこか憎み切れない可愛さがあった。
父は蓮の頭に手を置きながら、長男の心得を口にする。
「しっかりするんだぞ。お前がこの先雪と母さんの面倒を見ていくんだからな」
蓮は父親からの説教にも、イエッサー!とおどけて口にし笑顔を浮かべた。
蓮の頭に置かれた父の手が、ふわりと軽く離れていく。
「あ~!髪セットしたのに台無しぃ~!」
相変わらずの蓮の調子に、父も母も苦笑いだ。明るい笑い声が店に響く。
そして雪は、未だに肩に残る重さを感じながら、その様子をじっと見つめていた。
いつだって蓮は自分には持ち得ないもの達を天性の性質で持ち、それを両親に与え、自分が貰えないものを貰う。
父の柔らかな手つきが、残像となって雪の瞼の裏に残った。
しかし彼女は気づいていない。自分には持ち得ないものを持っている蓮が、雪が持っているものは持っていないということを。
けれどそんなことに思い至る前に、またすぐに雪は客に呼ばれ、テーブルへと走って行った‥。
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<それぞれの心配事>でした。
雪ちゃん‥おつかれさまです。一日が長すぎる‥(読者にとっても)
次回は<単純と複雑>です。
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いやあの萌えたちゅーの翌日ですよね
ほんと一日長過ぎ
師匠お疲れです
素晴らしい解説ありがとうございます。
本家も自分でちょこっと訳しながら、
話の流れだけ追ってます。
以前から雪ママは調子悪くて心配です。
仕事が忙しいし、更年期と思って病院にかかってなさそう。
しょぼいなんてとんでもない!
マジで一日長すぎですよ‥。現実世界では5週間経ってますもん‥orz
このブログの記事にしたら16日分‥。
なんだかパラレルワールド状態です‥。
おはぎさん
はじめまして!ようこそいらっしゃいました!!
久しぶりのご新規さんにテンション上がってますYukkanenです。
おはぎさんとはまた何とも美味しそうなお名前ですね^^
雪ママ、心配ですよね‥。
仕事の忙しさもさることながら、更年期で眠れないというのがまた良くないですし。
自身の体調を整えるということは、周りに心配させないためのマナーの一つだということを実感します。
師匠さんのこの文章に惹かれました。
ただ流れで読んでいたら、読者のわたしにも気づけなかったかも。
まだまだ若い雪ちゃん、苦労したから自分を客観的に見たり、洞察力が優れていたりするけれど、
自分のコンプレックスに触れるところについては、まだまだなのかな。
自分の優秀さについてもっと自覚したらいいのに。自身持って!
(その辺は横山とは逆なのかしら。)
むくげさんのおっしゃる通り、一日長い…
これチューの次の日なのか…
そして、はじめましてのおはぎさん、わたしは雪ママはただの更年期(あとは夫婦仲による精神的疲労?)だと思ってました…
わたしもその辺りも深く読んでみます!
そこの文章に着目して頂き、感涙の極み!
澪さんの仰る通り、雪ちゃんは自分の長所についてあまりにも自信が無いですよね。
傍から見たら顔もカワイイしスタイルも良いし、おまけに一流大の首席。
香織のみならず、雪に憧れる人って結構いると思うんですよ。けれど雪ちゃんは自分に自信が無い。
それはちょっと特殊な家庭で育ってきた背景から、”認められる”ってことが少なかったからだと思うんです。
だから他人を羨んだ時、”でも自分は自分”という風に自己肯定出来ない。”私ってなんでこうなんだろう”とネガティブな方向へしか行けないんですよね。
それは蓮に対してもそうで、雪ちゃんは蓮を羨むことこそあれ、蓮が抱える悩みや自分に対するコンプレックスには気づけていない。無いものねだり的な感じがします。姉弟ってそんなものなのかもしれませんが‥。
とにかく沢山認められて沢山愛されて、自分の中の愛情のコップを満たしてあげることが何より大事ですね。そこの渇望が登場人物達の端々に見られるのが、チートラの肝な気がします。