
清水香織は重い足取りで、構内の廊下を歩いていた。
もう少しで教室に着いてしまう‥。

ギュッと鞄の持ち手を握り締めながら、香織は気まずい思いを持て余していた。
そして暫し入り口前で佇んでいたが、やがて意を決してドアを開けた。
「おはよ」

香織の声に、教室に居た女子達が振り返った。
香織は笑顔を浮かべて手を挙げる。

香織の挨拶に対して直美は好意的だったが、
他の女子達は互いに顔を見合わせ、沈黙した。

先日彼女がやらかしたレポート盗作事件が、未だに尾を引いているのだ。
女子達は香織に軽い挨拶を返したきり、違う話題を口にしてそれきり香織の方を向くことは無かった。

香織は再び、鞄の持ち手を握り締めながら俯いた。
オドオドと視線を彷徨わせ、同期達の冷たい態度を前にして途方に暮れる。

頭の中に、呆れたような目で自分を眺める横山翔の姿が浮かんだ。
あ~あ。なーんでそんなことしちゃったかなぁ?

あのレポート盗作事件の後、香織は横山翔のところへ行って泣きついたのだ。
すると彼は顔を顰めながら、こんな風にアドバイスをした。
その状況ならその場ですぐ間違いをしーっかり認めて、堂々と振る舞うべきだったじゃない。
お前がそういう風にオロオロしてたら、赤山は”やったー上手くいったー”っつってもっと無視されてコテンパにされんのがオチよ?

香織は首を横に振った。とてもじゃないが、そんな振る舞いは出来そうに無いと。
すると横山は意地悪そうな笑みを湛えながら、香織に向かって言い捨てた。
何?出来ないって? それじゃあずっと今のままだねぇ~


ゴクリ、と香織は唾を飲み込んだ。
また人目を気にしてオロオロするのは、また昔の冴えない自分に戻るのは、御免だった。
「あの‥」と香織は近くに居た同期に声を掛けた。

気まずい気持ちを押して、香織は口を開き始める。
「ゆ‥雪ちゃんってどこに居るか知ってるかな‥?見た人いない‥?」

香織の質問を受けて、同期達は首を横に振った。その口調は冷たい。
「雪?さぁ?何で探してんの?」

訝しげな視線を送って来る彼女らに、香織は手のひらを見せながら弁解した。
「い‥いやそのただ‥。あの時‥私パニクってそのまま逃げちゃったから‥。
遅いかもだけど、謝りたくて‥。雪ちゃんが販売サイトに上げたレポ‥
その是非はともかく、私そのまま出しちゃったから‥」

香織の告白を受けて、同期達はウンウンと頷いた。
あんたやりすぎよ、と言って。

香織は頷きながら、尚も話を続けた。
「うん‥。わ、私はただ売ってたから買ったんだけど‥。
あまりにも時間が無かったらそのまま出しちゃったんだよね‥。確かに私のミスだけど、授業中皆の前で責められて‥」

香織はしおらしく俯きながら、それとなく情状酌量の余地を図る。
「でもじっくり考えたら、なんか雪ちゃんが凄い誤解してて‥。
私と雪ちゃんって好みとかテイストが似てるみたいなんだけど‥それで‥雪ちゃん気分悪くしちゃったのかなって‥。
それで‥その誤解も絶対解きたくて‥」

香織の話を受けて、「確かにそれはあの子が大げさなのよ」と直美が援護射撃する。
しかし髪の長い同期は「そんなことまでうちらに話さなくていいから」とピシャリと言う。

香織はオドオドを必死で隠しながら頷いて、尚もしおらしく言葉を続けた。
「とにかく‥雪ちゃんに会ったら伝えておいてくれる?
私からの電話、出てくれなくて‥。ぜ‥絶対に‥謝りたいから‥」

同期の女子達は香織の告白を受けて、暫し顔を見合わせた。
しでかした事の是非はともかく、彼女は今深く反省しているようだ‥。

やがて皆息を吐くと、笑顔を浮かべて香織を許した。
「よく考えたね」 「ん、絶対謝って誤解解いたがいいよ」

彼女らの表情が和らいだのを見て、香織はホッと胸を撫で下ろした。
まずこの子達は‥

彼女らが持っていた、自分に対する悪感情はとりあえず解けた‥。
香織は達成感を感じながらその場に佇んでいたが、不意に直美が近づいて来て口を開く。
「そうだ!そういえばアンタの彼氏、最近どうなの?!」

その突然言及された話題に、香織はついていけなかった。
自分に彼氏はいないはずだが‥。

そこでハッと思い出した。
以前大学の構内で会ったあの男の子の写真を、直美に見られたことを。
そしてその男の子を、彼氏だと言ってしまったことを‥。

直美の一言によって、同期の女の子達はワッと沸いた。
直美が誇らしそうに香織の肩を抱く。
「香織ってば最近超可愛くなったでしょ?そういうワケよ!」

直美は得意そうに”香織の彼氏”について話し始めた。
「この子の彼氏、ハンパなくカワイイんだから~。年下よ年下。でしょ?」

同期達は驚きの声を上げながら、香織と直美を取り囲んだ。どんどん話が大きくなっていく。
そんな場の雰囲気に飲まれ、香織は否定出来ないまま曖昧に頷いた。
「う、うん‥」

写真無いの? という同期達の質問に、「あるよ」と香織に変わって直美が答える。
直美は香織の携帯を手に取ると、あの男の子の写真を表示した。ワッ、と皆が沸く。
「おお~!いいんじゃな~い?!」
「この子が香織ちゃんの彼氏なの~?どう見ても年下だ~」

カワイイ、と皆が口にして、直美が誇らしげに頷く。
うちの学科でも”年下の彼”が流行るんじゃない、と言って彼女らは笑った。
直美は「翔もそうだしー」と言って惚気ける。

香織は皆のテンションに圧倒されながら、今の状況に甘んじていた。
今まで地味な人生を送ってきた彼女にとってそれは、晴天の霹靂に等しい。
「どんな子?」

同期の子が、微笑みながらそう尋ねて来た。
香織は心地良い今の状況に、もう否定しようとはしなかった。
「や‥優しくて‥すごいおもしろくて‥」

注目を浴びる心地良さに、彼女は嘘を重ねて行く。
真実の在処はこじれ行き、やがてほどけない鎖となって彼女を縛る‥。
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<こじれゆく真実>でした。
何気に一番イラっときたのは、手書きされた直美のこの台詞でした‥。
「翔もそうだしー」

羨ましくないっちゅーねん!!

前、ミュージカルのチケットを取ってくれた云々も何気にノロケ入ってましたし、
どんどん直美がイラついてくる始末‥。ふーふー‥(深呼吸)
さて内容ですが‥香織、横山に操られてますねぇ。
最後のあの影は横山でしょうか?↓

自分というものを持ってないから、こういう小狡い人間に利用されちゃうんですよねぇ。
この、「横山に利用される香織」は「横山を完全無視してる雪」と、対になっている気がします。
次回は<翳した切り札>です。
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