青田淳は、笑顔の仮面を剥ぎ取ったまま清水香織と相対していた。
彼の瞳の中には深い闇が広がっていて、それはまるで暗く冷たい深海のようであった。

一度嵌まり込んだら抜け出すことが出来ぬような‥。まさに袋のネズミだ。
香織はその視線に捕まったまま、身動きが出来なかった。

一方淳は、ここに至るまでの経緯を思い出していた。
罠を仕掛けるに思い至った始まりは、香織から送られてきた資料を目にした時だった。
数週間前の、あの夜の記憶が蘇る。

添付されてきた資料を見る限り、それは一見良く出来ているように思えた。
最初は確かに淳も上等だと思ったし、実際その出来を評価して香織に返信も送った。

しかし、である。
数多く添付された資料を一つ一つ見ていく内に、その本質が見えてきた。
カチカチとマウスをクリックする度に、自分の中のその考えが確実になって行く。

そして全部読み終えた頃には、結論が出ていた。
淳は「ふぅん」と口にして納得すると、一人その結論を呟く。
「やっぱりね‥。一生懸命寄せ集めたな‥」

そういうことであった。
香織のレポートは一見上等な見かけをしていたが、
それは全てどこか他の所からコピーされペーストを重ねた、寄せ集めのそれだった。
そしてそこに香織自身の意見が何一つとして入っていないことを、淳は見抜いたのだ。
そしてそういった香織の性質に関する証拠を、その後淳は続々と手にすることになる。

雪本人から、清水香織が雪の格好を真似するということを聞かされた。
携帯電話に、自分が雪にあげたはずのライオン人形が付いているのを目にした。

憧れを超えて、まるで本人を飲み込んでしまうかのような香織の執着。
常軌を逸した視線を雪の背中に送る香織の顔が、淳の脳裏にこびりついていた。

そして数日後の夜、淳はPCを広げながら、見抜いた香織の性質をどう料理しようか考えていた。
本人に取って代わろうとするほどの執着を持つ香織だが、彼女にその器があるとはどうしても思えない。

寄せ集めのレポートなど、デリートキーを一度押せば消える。そして彼女にそれを書き直す力量など、全くない事は分かっていた。
淳は香織の調査しているレポートの、キーワードを幾つか入れて検索する。
”Q社 女性CEO C インタビュー” と打ち込む。

検索結果の中で、優れたものを見つけて彼女に教えるつもりだった。
情報の寄せ集めしか出来ない彼女は、おそらくそれも丸々コピーするだろう。
淳の手がマウスをクリックし、彼女に仕掛ける罠を着実に手に入れて行く。

香織と自分は同じグループだが、どうせ最終的には個人点数の授業だ。
そして万が一、香織の完コピがバレた時の為に、責任を取らされるグループリーダーは佐藤になるように仕向けておいた。

一つ一つ確実に、彼女を破滅へと導く算段が彼の頭の中にあった。
しかしどこかそれは不完全で、身の程知らずな彼女をやり込める策略としては美しくなかった。
どうするか‥

そう考えた時、とある記憶が淳の頭の中に思い浮かんだ。
それは去年受講した、何てことのない授業風景の一コマだったー‥。
「過去とは異なり、女性の社会進出が増加するにつれて、女性のリーダーシップに関する研究も活発に行われています」

去年の秋、青田淳はとある授業を受けていた。
目の前でプレゼンをしているのは、淳が嫌う後輩の一人、赤山雪だった。

赤山は流暢にプレゼンを進めていた。
「したがって私は、今回の発表主題にQ社の女性CEOを‥」

きちんと構成が組まれたレポート、熱心に調べたであろう沢山の資料、そしてそれを元に考察された実のある内容‥。
赤山雪のプレゼンは、文句の付けようがなかった。

一番前の席に座り、彼女のプレゼンをじっと見ていた淳であったが、不意に彼女と目が合った。
赤山は一瞬その動きを止めたが、次の瞬間目を逸らして再びプレゼンを進行する。

眉を寄せて自分から目を逸らした彼女を見て、淳はいけ好かない思いがした。
俺が何をしたっていうんだと、小さく呟きながら彼女を睨み返す。

赤山は淳にとって、前々からどこか引っかかる存在だ。
彼女はもう自分の方を見ようともしない。淳はくさくさしながらその背中を眺めていた。

プレゼンは順調に進行した。
その内容もさることながら、資料は背景も自作しフォントも凝っていて、いつの間にか淳は再び見入っていた。

彼女が優秀であることは、どうやら事実のようだった。
淳は彼女の整った横顔に目を留めながら、胸に抱えている悪感情を差し置いても認めざるを得ないその実力に思い至る。

なかなかやるね‥

あの日彼女のプレゼンを目にして、そう思ったことを淳は思い出していた。
そして今回清水香織は、偶然にもあの日の彼女と同じ議題を調査している‥。

清水香織が憧れてやまない赤山雪のレポートをコピーさせ、終わらせる。身の程知らずの彼女に、格の違いを見せつけて。
淳の頭の中に、そんな美しき策略が思い浮かんだ。
そして脳裏を過る記憶が、もう一つ。
「せ、先輩!授業行かれるんですか?昨日私が送った資料、見て頂けましたか?!」

先日淳が中庭を歩いていると、清水香織に声を掛けられた。淳が当たり障りの無い返事をしていると、
香織の隣に座っていた横山翔が、聞えよがしに声を上げる。
「先輩と同じ授業かぁ~。いいよなぁ?落とす心配ナシだもんなぁ。
先輩の言うことを良く聞いて従うだけで、点数がついてくるようなもんだもんな?」

横山が口にする辛口の言葉に、香織はその裏を読まず「いいでしょう」と返して微笑んだ。
淳もそこに乗っかりながら、「過大評価だよ」と謙遜して見せる。

それじゃ俺はこのへんで、と言って淳が三人に別れを告げて歩き出すと、
横山は身を屈め、香織の肩を組みながら彼女に耳打ちした。
「おいお前、先輩とお近づきになれるチャンスじゃんか!
先輩にちょいちょい話しかけたりしてさぁ!親しみアピール!な?!」

横山から乗せられた香織は、戸惑いながらも頷いた。
チラ、と淳の方を窺う。

淳は香織の方を見ていた。先ほどの横山とのやり取りが聞こえていたのである。
淳は香織と目を合わせると、目を細めて微笑んだ。

聞こえていたことに気づいた香織が、ビクッと身を強張らせた。
そして誤魔化すように、頭を掻きながらヘヘヘと笑う‥。

彼女は下心を持って自分に近付いて来る。それは自分の言うことを何でも聞くと、そう確約されたようなものだった。
後は、破滅へと続く道にチーズを置いておくだけだ。するとネズミは自らそこを辿って罠に嵌って行く‥。

罠に陥り動けなくなったネズミを観察するような眼差しで、今淳は香織を見下ろしていた。
身の程知らずのコピーキャットには、似合いの格好だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<美しき策略>でした。
久々に淳視点の記事となりましたが、なんだか‥改めてこの人コワイと思いました^^;
文字にすると一層その恐ろしさが際立つというか‥。
いや~怖かったです。
そして去年の雪がプレゼンしている時の台詞↓
「過去とは異なり、女性の社会進出が増加するにつれて、
女性のリーダーシップに関する研究も活発に行われています」

これ、香織のプレゼンの時と台詞同じなんですよね。
「現代社会においては女性の社会進出も増え、
それに応じて女性のリーダーシップも浮かび上がって来ています」

雪の書いたレポートを見ながら喋っているのが如実に見て取れます。
こういう細かい所まで作りこんでありますね~~やっぱり凄いですチートラ。
次回は<笑う群衆>です。
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彼の瞳の中には深い闇が広がっていて、それはまるで暗く冷たい深海のようであった。

一度嵌まり込んだら抜け出すことが出来ぬような‥。まさに袋のネズミだ。
香織はその視線に捕まったまま、身動きが出来なかった。

一方淳は、ここに至るまでの経緯を思い出していた。
罠を仕掛けるに思い至った始まりは、香織から送られてきた資料を目にした時だった。
数週間前の、あの夜の記憶が蘇る。

添付されてきた資料を見る限り、それは一見良く出来ているように思えた。
最初は確かに淳も上等だと思ったし、実際その出来を評価して香織に返信も送った。

しかし、である。
数多く添付された資料を一つ一つ見ていく内に、その本質が見えてきた。
カチカチとマウスをクリックする度に、自分の中のその考えが確実になって行く。

そして全部読み終えた頃には、結論が出ていた。
淳は「ふぅん」と口にして納得すると、一人その結論を呟く。
「やっぱりね‥。一生懸命寄せ集めたな‥」

そういうことであった。
香織のレポートは一見上等な見かけをしていたが、
それは全てどこか他の所からコピーされペーストを重ねた、寄せ集めのそれだった。
そしてそこに香織自身の意見が何一つとして入っていないことを、淳は見抜いたのだ。
そしてそういった香織の性質に関する証拠を、その後淳は続々と手にすることになる。

雪本人から、清水香織が雪の格好を真似するということを聞かされた。
携帯電話に、自分が雪にあげたはずのライオン人形が付いているのを目にした。

憧れを超えて、まるで本人を飲み込んでしまうかのような香織の執着。
常軌を逸した視線を雪の背中に送る香織の顔が、淳の脳裏にこびりついていた。

そして数日後の夜、淳はPCを広げながら、見抜いた香織の性質をどう料理しようか考えていた。
本人に取って代わろうとするほどの執着を持つ香織だが、彼女にその器があるとはどうしても思えない。

寄せ集めのレポートなど、デリートキーを一度押せば消える。そして彼女にそれを書き直す力量など、全くない事は分かっていた。
淳は香織の調査しているレポートの、キーワードを幾つか入れて検索する。
”Q社 女性CEO C インタビュー” と打ち込む。

検索結果の中で、優れたものを見つけて彼女に教えるつもりだった。
情報の寄せ集めしか出来ない彼女は、おそらくそれも丸々コピーするだろう。
淳の手がマウスをクリックし、彼女に仕掛ける罠を着実に手に入れて行く。

香織と自分は同じグループだが、どうせ最終的には個人点数の授業だ。
そして万が一、香織の完コピがバレた時の為に、責任を取らされるグループリーダーは佐藤になるように仕向けておいた。

一つ一つ確実に、彼女を破滅へと導く算段が彼の頭の中にあった。
しかしどこかそれは不完全で、身の程知らずな彼女をやり込める策略としては美しくなかった。
どうするか‥

そう考えた時、とある記憶が淳の頭の中に思い浮かんだ。
それは去年受講した、何てことのない授業風景の一コマだったー‥。
「過去とは異なり、女性の社会進出が増加するにつれて、女性のリーダーシップに関する研究も活発に行われています」

去年の秋、青田淳はとある授業を受けていた。
目の前でプレゼンをしているのは、淳が嫌う後輩の一人、赤山雪だった。

赤山は流暢にプレゼンを進めていた。
「したがって私は、今回の発表主題にQ社の女性CEOを‥」

きちんと構成が組まれたレポート、熱心に調べたであろう沢山の資料、そしてそれを元に考察された実のある内容‥。
赤山雪のプレゼンは、文句の付けようがなかった。


一番前の席に座り、彼女のプレゼンをじっと見ていた淳であったが、不意に彼女と目が合った。
赤山は一瞬その動きを止めたが、次の瞬間目を逸らして再びプレゼンを進行する。

眉を寄せて自分から目を逸らした彼女を見て、淳はいけ好かない思いがした。
俺が何をしたっていうんだと、小さく呟きながら彼女を睨み返す。

赤山は淳にとって、前々からどこか引っかかる存在だ。
彼女はもう自分の方を見ようともしない。淳はくさくさしながらその背中を眺めていた。

プレゼンは順調に進行した。
その内容もさることながら、資料は背景も自作しフォントも凝っていて、いつの間にか淳は再び見入っていた。

彼女が優秀であることは、どうやら事実のようだった。
淳は彼女の整った横顔に目を留めながら、胸に抱えている悪感情を差し置いても認めざるを得ないその実力に思い至る。

なかなかやるね‥

あの日彼女のプレゼンを目にして、そう思ったことを淳は思い出していた。
そして今回清水香織は、偶然にもあの日の彼女と同じ議題を調査している‥。

清水香織が憧れてやまない赤山雪のレポートをコピーさせ、終わらせる。身の程知らずの彼女に、格の違いを見せつけて。
淳の頭の中に、そんな美しき策略が思い浮かんだ。
そして脳裏を過る記憶が、もう一つ。
「せ、先輩!授業行かれるんですか?昨日私が送った資料、見て頂けましたか?!」

先日淳が中庭を歩いていると、清水香織に声を掛けられた。淳が当たり障りの無い返事をしていると、
香織の隣に座っていた横山翔が、聞えよがしに声を上げる。
「先輩と同じ授業かぁ~。いいよなぁ?落とす心配ナシだもんなぁ。
先輩の言うことを良く聞いて従うだけで、点数がついてくるようなもんだもんな?」

横山が口にする辛口の言葉に、香織はその裏を読まず「いいでしょう」と返して微笑んだ。
淳もそこに乗っかりながら、「過大評価だよ」と謙遜して見せる。

それじゃ俺はこのへんで、と言って淳が三人に別れを告げて歩き出すと、
横山は身を屈め、香織の肩を組みながら彼女に耳打ちした。
「おいお前、先輩とお近づきになれるチャンスじゃんか!
先輩にちょいちょい話しかけたりしてさぁ!親しみアピール!な?!」

横山から乗せられた香織は、戸惑いながらも頷いた。
チラ、と淳の方を窺う。

淳は香織の方を見ていた。先ほどの横山とのやり取りが聞こえていたのである。
淳は香織と目を合わせると、目を細めて微笑んだ。

聞こえていたことに気づいた香織が、ビクッと身を強張らせた。
そして誤魔化すように、頭を掻きながらヘヘヘと笑う‥。

彼女は下心を持って自分に近付いて来る。それは自分の言うことを何でも聞くと、そう確約されたようなものだった。
後は、破滅へと続く道にチーズを置いておくだけだ。するとネズミは自らそこを辿って罠に嵌って行く‥。

罠に陥り動けなくなったネズミを観察するような眼差しで、今淳は香織を見下ろしていた。
身の程知らずのコピーキャットには、似合いの格好だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<美しき策略>でした。
久々に淳視点の記事となりましたが、なんだか‥改めてこの人コワイと思いました^^;
文字にすると一層その恐ろしさが際立つというか‥。
いや~怖かったです。
そして去年の雪がプレゼンしている時の台詞↓
「過去とは異なり、女性の社会進出が増加するにつれて、
女性のリーダーシップに関する研究も活発に行われています」

これ、香織のプレゼンの時と台詞同じなんですよね。
「現代社会においては女性の社会進出も増え、
それに応じて女性のリーダーシップも浮かび上がって来ています」

雪の書いたレポートを見ながら喋っているのが如実に見て取れます。
こういう細かい所まで作りこんでありますね~~やっぱり凄いですチートラ。
次回は<笑う群衆>です。
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