Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

波乱の予兆

2013-09-20 01:00:00 | 雪3年2部(遠藤に反撃~小さなデート)
シャボンの香る湯船に浸かりながら、静香は昔のことを思い出していた。



胸を掠めるのは、高校時代天才だと褒めそやされ、

傲慢な態度を取った弟に対して感じた憤りと、



そんな弟が不慮の事故で、

指の感覚を失くした時の暗い嘲りの記憶。



頭を抱え、これからどうすればいいんだと嘆く亮を見て、静香は嗤った。



弱々しく身体を震わせる亮を、静香は無慈悲にも罵倒したのだ。情けないと言って。

己の中にある虐げられてきた自分自身が、その輝かしい未来を失くした弟に対して、残酷なまでの冷淡さを剥き出しにした。

「マジウケる。可笑しくって死にそー」





静香の鼓膜の裏には、未だ自分の嘲笑いが焼き付いている‥。







今まで優雅な気分で湯船に浸かっていたというのに、思いがけず蘇ってきた記憶に静香は興ざめした。

あの時の記憶は今も亮と静香を縛り続けている。

静香は苛つきを抱えながら湯船から上がり、エステにでも行こうと浴室から出ようとした。



ツルン、と不意に足が滑った。シャボンの泡が残っていたせいかもしれなかった。

大きな音を立てて、静香はその場ですっ転んだ。

なんとか起き上がろうと洗面台に手を掛けるも、上の棚に置かれたものが先ほどの振動で、静香めがけて落っこちてきた。



静香はそのままその場に倒れた。

身体中痛くて、立ち上がることは出来なかった。








雪は今日も事務補助のバイトだった。

机の上にはやるべき仕事が積まれ、キーボードを叩くカチャカチャという音が響いている。



雪は隣の席を横目で窺った。

今日、キーボードを叩いているのは雪だけではないのだ。

今はむしろ、彼の方が速いペースで作業を進めていた。



事務員さん達は、並んで作業する二人を見て微笑ましそうにしているが、

その中で遠藤は一人、苦い顔をしていた。



雪は真面目にPCに向かいながらも、時折チラと先輩の横顔を窺った。



断続的に響くキーボードの音の中で、先輩は真剣に画面に向かっている。

伏せた睫毛が長い。そして眼の色は、深く蒼い色をしている。



雪はマジマジと彼の横顔を見た。

今までよりずっと強く、彼を意識しながら。



その時、机の上に置かれた先輩の携帯が震えた。

彼はそれを手に取り着信画面を一瞥したが、すぐに机の上に戻した。

雪はその仕草に少し疑問を抱いたが、また画面に向かう先輩の横顔を見て、フゥと息を吐いた。



先日の記憶が、脳裏を掠める。

俺は、そうだったよ



知れば知るほど好きになったという彼の言葉。

耳の奥に響く彼の声。


雪はもう一度横目で彼を盗み見た。



「雪ちゃん」



先ほど画面に向けられていた瞳が、二つとも雪の方を向いていた。

先輩は書類をまとめながら、「全部終わったよ」とニッコリと微笑む。



いきなり目が合って、雪は驚きのあまり冷や汗をかいた。

心臓もドキドキと鳴っている。

しかし先輩は意にとめず、「俺こういうの得意だって言っただろう?」と出来上がった資料を雪の前に広げた。



さくさくと仕事を終わらせていく二人を、事務員さん達は笑って眺めた。

夏休みなんだから、そんなに頑張らなくて大丈夫だと品川さんが言ってくれる。



そんな様子を、遠藤は興醒めした表情で眺めていた。コーヒーがいつもより苦く感じられる。



続いて作業を進めようとする先輩に向かって、雪が声を掛けた。

「これ、そんな急ぎじゃないんで大丈夫ですよ。締め切りまで時間も十分にありますし‥」



その言葉に、遠藤はビクッと身を強張らせた。

昨日雪に嫌がらせをして、あまつさえそれがバレてしまったことが遠藤の立場を弱くしていたのだった。



遠藤は人知れず二人を睨んだ。

クソカップルが、と自分を苦しめる彼らに怒りを覚えながら。



二人は済ませた仕事をデスクに置きに行って、もう一度席に着く。

先輩は雪の椅子の背を引いて、彼女を座らせてやった。

すると先輩の携帯がまた震えたのだが、彼はもう一度それを机の上に放置した。






何かと忙しいであろう四年生の夏休みを、先輩は夏期講習が終わった後雪の隣で過ごしている。

「ここでこんなことをしていても大丈夫ですか?」という雪の質問に、先輩は力強く「大丈夫だよ」と答えた。



「今日は予定も無いし、ここで待ってるから夕飯でも食べに行こうよ。な?」



突然の先輩からの誘いに、雪は幾分戸惑った。



先輩と食事を共にすることは以前からの彼との約束だったが、いきなりその機会がやってくると、

何をご馳走したら良いのかも分からない。雪は正直に先輩に聞いてみることにした。

「あの‥先輩の好みが全然分からなくて‥。

実は私の払える範囲内で最大限高くていいものを見つけようとしたものの‥私そういうの結構うとくって‥」




雪は生真面目に日々考えていたことを伝えた。

すると先輩は雪が言葉を紡ぐにつれ、口元をほころばせていく。

「プハハハハ!」



そしてついには爆笑した。

なぜ笑っているのか、ワケの分からない雪の前で、彼の笑いはなかなか止まらない。


ひと通り笑い終えると、先輩は言った。

「あの話真に受けてたんだ?」



そんな気にすること無いよ、と言う彼に雪は赤面するが、先輩は続けてキッパリとこう言う。

「コンビニじゃなかったらどこでも構わないよ」



学食も却下、と先輩は言った。

雪の脳裏に、今まで彼と食事した思い出が走馬灯のように浮かんでくるようだった‥。

  



「わ、分かりました‥。それじゃあ私が考えておきます‥」



わ、笑えない‥。

この人の言う冗談は、全く冗談に聞こえないのがたまにキズである。


そう言いながら雪は、英語の教材をカバンから取り出した。

すると先輩は雪に近付いてそれに目を落とす。



教材を捲る先輩の手が、顔が、髪の毛が、すぐそこにある。

雪は至近距離に感じる彼に思わず赤面した。


「塾の方はどう?」と聞く先輩に、雪は「お陰様で」と答え頭を掻いた。



「何か困ったことがあったら言ってな」と言う先輩の言葉で、

一人の男の姿が脳裏に浮かぶ。



河村亮‥。

雪の脳裏に、走馬灯のように河村亮とのやりとりが流れ始める。



なぜかは知らないが英語塾で働き始めた河村亮と、雪は頻繁に顔を合わせることになった。

雪のことを「ダメージヘアー」と呼びながら、隙があればメシをおごれとたかってくる‥。


そして最近の彼はといえば‥。



Impromptuー即興曲ー、ノクターン、長くしなやかな指、そして聞かされた言葉。

「指を故障しちまってな」

「これ、淳のせいなんだ」









今までのやりとりをまとめて、雪は昨夜一人で色々と考えてみた。

河村亮と先輩との間に何かがあったのは明らかだが‥。しかしあくまでも自分は第三者だ。



真相がハッキリしてるわけでもない出来事を、亮の話を鵜呑みにして信じるのはどこか違っていると思った。

黙り込んだ雪を見て、先輩は不思議そうな顔をしたが、雪は「なんでもありません」と笑って見せた。


するとまた先輩の携帯電話が震えた。

さすがに三回も鳴り続けていると、見過ごすのも不自然だ。

雪が「さっきから電話鳴ってるみたいですけど‥」と言うと、先輩は憂鬱そうに着信画面に目を落とした。



画面を見た淳は、先ほどまでと違う反応を見せ、電話を取った。

父親からの着信である。

「‥はい」



電話に出た淳に向かって、父親は開口一番「静香がケガをした」と切り出した。

淳はそれを聞き、「またですか?」と半ば呆れたように言う。



いつもケガをしただの体調を崩しただの、自己管理のなっていない彼女に淳は辟易していた。

しかし父親は淳に、静香を見舞うよう命令を下す。

「分かりました。では夜にでも‥」



父親はそれを聞いて、「いや、今すぐ行ってやれ」と言葉を続けた。

父親によると、静香は風呂場で滑って転んだそうだ。女の子が一人で怖かったろうに、と言う父親の言葉は、

まるで小さな女の子を心配しているような憂いた口調だ。

淳の瞳が、だんだんと暗く沈んだ色を帯びていく。



父親は淳の最近の静香に対する態度を見れば、そうやって後回しにして行かないに決っていると断言した。

淳の携帯に静香から何回も着信があったことも知っていた。

おそらく静香はまたあの甘えた口調で、父親に向かって色々と泣きついたのだろう。



淳が気乗りしない様子で通話する横で、雪は静かに様子を窺っていた。


「とにかくわかりました」と電話を切った先輩は、一つ溜息を吐いてから雪に向き直った。

「雪ちゃん、悪い。急用が出来て今すぐ行かなきゃならなくなった」



そう言うなり先輩は立ち上がり、申し訳なさそうに頭を掻いた。

「今日こそは一緒に御飯したかったのに、結局今日も‥」  



雪はそんな彼に、大丈夫ですと両手を広げて見せた。

「また今度誘いますね」



そう言って笑顔を浮かべた彼女を、淳は温かな気持ちで眺めた。



触れて欲しくない線を、彼女は決して超えてこない。

淳は「それじゃあ」と言って彼女に手を振ると、事務員さん達に挨拶した後ドアから出て行った。


どこか雰囲気がおかしかったような‥何か不都合なことでもあったのかな‥?



雪の鋭敏さが、彼の態度の変化を見抜いていた。

しかしその後すぐ品川さんにお茶を誘われ、雪の思考はそこまでとなった。

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<波乱の予兆>でした。

小さなコマですが、先輩が雪の椅子の背を引いてやるところ、スマートさが出てますね。

そしてまたミスターウラメのお父さん‥。ドンマイです。


次回は<見えてくるもの>です。

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