Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

消えたあの感情

2013-09-17 01:00:00 | 雪3年2部(グルワ発表~知れば知るほど)


ぼんやりとした月明かりが空に滲む夜、

青田淳は車の中に居た。



スポーツジムの帰り、運転席に座りキーを回そうとすると、父親から電話が掛かって来たのだ。

携帯をイヤホンに繋ぎ、通話ボタンを押す。

開口一番、父親は淳にこう言った。

「亮は近頃どうしてる?元気にやってるのか?」



またその話か‥。

淳は座席にもたれかかりながら曖昧な返事をした。

「そうみたいですよ」



そんな淳の答えに父親は不満気だ。

ちゃんと三人で連絡を取り合っているのか、と続けて聞くが、淳は答えない。

「静香が最近お前が冷たいって、昔と変わったって寂しがってたぞ」

「あれがそう言ってたんですか?」



父はその質問に答える代わりに、まさか静香とも喧嘩したのかと逆に聞いてきた。

二人仲良かったじゃないかと、幾分声のトーンが落ちる。

「もうそろそろ亮とも仲直りしたらどうだ。

変に我を張らずにさっさと謝って、仲良くやっていけばいいじゃないか」




淳の脳裏に、若い頃の父親が浮かぶ。

「我を張らず自ら与えよ」というのは、昔からの父の教えだった‥。



父は「もう少し大人になりなさい」と淳に諭すと、

彼は素直に「はい、分かりました」と返事をした。



それで気が済んだのか、父は話題を変える。

「それもそうだが、もう4年の夏休みなんだからインターンにも行かないとだめじゃないか。

急に夏期講習だなんて、どうしてせっかくの休みを無駄にするんだ」




淳はハンドルを握り、人差し指で、トントンと軽くそれを叩く。

これは彼の癖だった。

「卒業まであと一学期じゃないですか。大学生活ももう残り少ないし、

聴いてみたかった授業受けてみたくって」




淳はそう笑って言った。卒業までは大目に見て下さいと。

父は少し考えたが、最終的には淳の判断に任せると言った。

そしてどんな授業を受けているんだと聞いて返された「科学的性の理解」は、父にはよく分からなかった。


時刻を見るともう帰宅すべき時間だったため、別れの挨拶をして親子は電話を切った。



無音になったのを確認すると、淳はイヤホンを外し、より深く座席に凭れ掛かる。



長かった大学生活も、ようやくあと残り一学期となった。

淳にとっては、常に疲れ続けた四年間だった。

人々から晒される喧騒にも似たノイズは、いつも彼を疲弊させるから。



静かな夜の車内で、淳は学生生活を振り返っていた。

ふと、去年復学して初めて参加した飲み会のことを思い出した。



久しぶりに会う学生たちは皆凡庸で、退屈で、そしてやはり彼を疲れさせた。

続く学生生活の中でもそれは変わらず、皆淳の前では下心を持ったり媚びへつらったり、つまらない者ばかりだった。



柳に誘われて行った英語の自主ゼミだって始めはそうだった。退屈が蔓延して、つまらなくって仕方が無かった。

しかしあの時に、初めて意識した後輩がいた。今でも耳に残る、あの小さなノイズ。

「ぷっ」



あの嘲笑いを契機に、赤山雪への悪感情は積もり始めた。

彼女について何も知らず、知ろうともせず、ただ気に障った去年の春。

彼女のことを考える時淳は、暗く沈んだ瞳をしていた。











あれから一年と少し経った夏の日、淳は赤山雪の目の前に居た。

「よく食べるね」



学食でランチを共にしていた二人であるが、この日の雪の食べっぷりはすこぶる良い。

「お腹すいてたの?」



そう言われて顔を上げた雪は、先輩が目の前に居ることに改めて気付いたみたいに、目を丸くした。

実は今朝寝坊してしまい朝ごはんを食べれなかったのだと、つい夢中でガッツいてしまった理由を説明した。

「今日の学食おいしいですね」と、雪は本日のメニューを絶賛する。



おいしそうに食べる雪に、先輩は味趣連の話題を振ってきた。

「雪ちゃんって友達と一緒によく外に食べに行ってるよね?皆美食家なんだな?」



美食家、というフレーズに思わず雪は笑ってしまった。そんな大それたものではないですと。

「ただ一緒に色々なものを食べて楽しんでるだけですよ。

太一は大食いで、聡美はお店巡りが好きな子なんです。私も特に好き嫌いもないですし」




太一と聡美の名前が出て来たことで、淳は二人とはどうやって知り合ったのかと雪に質問した。

雪は思いを巡らすように、二人と初めて会ったその場面を思い出す。



太一との初対面は、去年復学してすぐの飲み会だった。

その後は、聡美と仲が良かったので自然と3人で行動するようになった。



聡美とは、高校3年生の時通っていた塾の受験単科ゼミで知り合った。

遠くから来ていた雪の見慣れない制服を見て、珍しそうに近づいてきたのが、聡美だった。



はじめは正直とっつきにくくて、そのあけっぴろげなところに若干引き気味だったが、

いざ喋ってみたら結構気が合って、関係は続いた。



今ではかけがえのない友達ですと、雪は穏やかな表情をしながら語る。

「こんなこともあるんですね。第一印象が悪かったとしても、

喋ってみると意外と大丈夫だったり」




「実は第一印象よりも遥かにいい人で、知れば知るほど好きになっていったり‥」



知れば知るほど、好きになっていく‥。

淳の心に、このフレーズが強く響いた。

彼女について何も知らず、知ろうともせず、ただ気に障った去年の春から、一年余りが経った。

そして淳は、こう雪に問いかける。

「それじゃあ、俺はどうだった?」



「前より良くなったかなぁ?」



クリアな瞳は、真っ直ぐに彼女を見つめている。

雪は突然のその質問に、パチクリと目を見開いた。



意図が掴めず、どう答えて良いのか分からない。

「俺達、去年の今頃はここまで親しくもなかっただろう」



そう言って微笑む先輩は、あんぐりと口を開けた雪に構うこと無く質問を続けた。

「一緒に過ごしてみてどう?俺もそうだった?」



「知れば知るほど好きになるってやつ」



「‥‥‥‥」



雪は困惑した。

質問も質問だが、今まで避けてきた去年のことへのいきなりの言及に、何よりも雪は戸惑っていた。

「はい‥そりゃあ‥先輩はいつも‥かっこいいし‥とても‥」



しどろもどろの心の内は、ぐるぐると様々な思いが入り交じっていた。

確かに第一印象よりはいい方向に変わったかもしれない。しかし答え方が分からない。

そう言ってしまうと、去年は好印象じゃなかったということになってしまう。

無論、もうとっくに気付かれているかもしれないが‥。



答えに詰まり、下を向いた時だった。

穏やかな声が、頭上から降って来る。

「俺はそうだよ」



雪が顔を上げると、先輩は真っ直ぐにこちらを見つめていた。



思考が停止したような雪と、二人は暫し視線を交らせる。



フッと、彼は微笑んだ。

そして柔らかなその声で、最後にこう一言言った。



「俺は、そうだったよ」








去年の春、淳の心に芽生えた雪への悪感情、そして最悪な第一印象は、彼女を知れば知るほど変わっていった。

彼自身が変わったのか? 彼女がそれを変えたのか?

明確な答えはない。

けれど今の淳の心の中には、これまでの悪感情は微塵も無くなった。

絡まった糸がほどけるように、 

凍てついた氷が ゆっくりと溶けるように。

淳は穏やかな表情で微笑んでいた。

知れば知るほど、好きになっていく彼女を見つめながら。










夕方の道を、雪は放心したように歩いていた。



お昼を食べてから、何をしたのか正直覚えていない。

頭の中では、何度も先輩との会話がリプレイされていた。



まさか去年の話を、あんなにも堂々と出してくるとは思いもしなかった。

今までずっと避けてきた話題だったのに。

俺はそうだよ



またあの場面がリプレイされて、彼の声がリフレインする。

知れば知るほど好きになるってやつ



雪はその意味について考えていた。

本気なのか?どういう意味で受け取ればいいんだろう‥。



そう思った時に、今まで友人達に言われて来た言葉が実感を持って響いてきた。

聡美も、太一も、萌菜も、頭の中で雪に呼びかけてくる。

あんたに気があるんだって!








自然と導き出される結論に、雪は信じられない思いで向き合っていた。

けれど、もう誤魔化しようもないことに、意識の底では気がついていた。


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<消えたあの感情>でした。

久しぶりの淳目線が少し出て来ましたね。

Mr.裏目のお父さん、淳が小学生の時と同じお説教してますよ‥。orz


過去回想から雪との会話へ続くのは、今まで淳が抱いていた雪への悪感情が、彼の中で全て昇華したということを表した流れなんだと思います。

すれ違っていた二人がなんとかランチを共に出来たのも、進展の一つですね。

翻訳ですが、今回は会話の部分を本家版に寄り添い、日本語版よりもシンプルにしています。
その方が雪の困惑感が出るような‥。主観ですが。


次回は<世渡り下手の反撃>です。

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