「得意?苦手?」10月1日
オピニオン編集部小国綾子氏が、『刑務所ワークショップで』という表題でコラムを書かれていました。その中に、気になる記述がありました。『出所し、就職したり福祉施設に入ったりしても、そこで人とのつながりができないと、結局逃げ出し、再犯してしまう。しかも受刑者には人とのつながりを作るのが苦手な人が多いんです』という記述です。刑務官の言葉です。
その通りだと思います。ただ、「苦手」という言葉に引っ掛かるのです。私の感覚がおかしいのかもしれませんが、苦手という言葉には、ハウツー的な、テクニックの問題的なイメージを抱いてしまうのです。
鉄棒の逆上がりが苦手、改善するには腹を引き付けるちょっとしたコツを飲み込ませるのが有効です。水泳が苦手、顔を水につけ水への恐怖心を取り除くようにすれば克服できます。というように、何か技術的なアドバイスを与えれば乗り越えられる、そんなイメージをもってしまうのです。
この場合、相手の目を見て話しましょう、相手の話に対して無反応ではなく頷きを返すようにしましょう、きちんと聞いているということを伝えるために簡単な質問をしてみましょう、などというコミュニケーション能力を高めるテクニックをマスターさせることで、人とのつながりをもつことができるようになる、と言っているように聞こえてしまうのです。
私の勝手な推測ですが、受刑者に多く見られるつながり下手には、もっと別の理由があると考えます。人への不信感、自分の能力や価値への劣等感、過剰な被害者意識、人生への後悔、焦燥感など、それまでの人生、人との関りを通して植え付けられた負の感情のようなものが根底にあり、それは表面的なコミュニケーション技術で補うことができないほど深い傷なのではないか、ということです。
教員が子供と接するとき、子供が抱える課題を何らかのハウツーの問題として、訓練やトレーニングで解決しようとしてしまうことはないでしょうか。すぐカッとなって暴力を振るう子供に、「心の中で6秒間数えてみよう」と、アンガーマネジメントの手法を教えて解決した気になってしまうようなことが。
もちろん、それも一つの手法であり大切なことなのですが、子供の奥底に眠る本当の原因を放置したままでよいのか、疑問が浮かんでしまいます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます