ひまわりの種

毎日の診療や暮しの中で感じたことを、思いつくまま書いていきます。
不定期更新、ご容赦下さい。

「助産院は安全?」

2008年08月18日 | 医療
 表題のタイトルのブログがあります。
http://plaza.rakuten.co.jp/josanin/

 このブログの初めの挨拶文に書いてあるように、管理人さんは、助産院でお子さんを出産し、亡くされた方です。
 このブログこそ、当院のHPを訪れる方々に是非読んで欲しいとずっと思っておりました。

 管理人さんの意図は、決して助産院や助産師さんたちを誹謗中傷するものではありません。ブログをお読みになる方々には、まず最初にそのことをどうか、お心にとめて、読み進んで下さい。
 もちろん、紹介した私自身も、助産師という仕事に携わる方々を非難する気持ちで掲載するのではありません。

 それから、このブログは、あちこち拾い読みしただけでは、管理人さんの意図がうまく伝わらないかも知れません。
 最初の日付から(2005.09.06)、できればたくさんのコメントも含め、時間をかけて読んで下さるよう、お願いいたします。

 この方の赤ちゃんは、逆子ののひとつの形で、「足位」という状態でした。
 普通の妊娠・出産では、赤ちゃんの頭は、お母さんの子宮の中で下になっています。
 そうでないと、ちゃんと産まれにくいのです。
 いわゆる逆子というのは、赤ちゃんの頭が上になっていて、足は膝を曲げて、お尻の部分が一番下になっています。これを「骨盤位」といいます。赤ちゃんの骨盤が下に来ているからです。
 ところがこの方の場合は「足位」という状態で、これは、お尻ではなく、足が下になっているのです。
 文章だけでは分かりにくいかも知れませんが、産婦人科の教科書的には、「足位」ということが判明した段階で、その分娩は帝王切開の適応なのです。
 仮に妊婦さんの強い希望で経膣分娩(いわゆる自然分娩)を試みるとしても、その場合は、迅速に帝王切開に切り替えられるような施設において、産科医が行わなければなりません。
 その助産院が医療機関と提携していたとしても(実際にはしていなかった?)、分娩が始まってから病院までの搬送には、どんない近いところでも、どんなに急いだところで30分以上はかかってしまいます。これでは救命できません。
 つまり、助産院で扱う以前の症例だったのです。

 しかし、管理人さんにはそのような説明はその助産師からは一切ありませんでした。
 逆子も何人も取り上げてきたベテランの助産師で、しかもTVにも取り上げられたりした方ということで、おそらく産むまではほとんど何の疑問もなく、管理人さんは安心しておられたのだと思います。

 その助産師さんはかなり御高齢の方だったようです。
 おそらくは、その助産師さんが若い頃には、あるいは、途上国であれば、管理人さんのような症例は「仕方なかった」で済まされたのかもしれません。
 でも、この平成の時代、しかもここは日本です。もし、そのお産がしかるべき知識と技術を持った産科医のいる施設であれば、赤ちゃんは助かったかも知れません。
 大野病院の件とはまったく異なるのです。
 管理人さんは、お子さんを亡くされてから2年もたって、その助産師さんを訴えました。
 心の整理をつけ、訴えるという決心をするまでには、それだけの時間がかかったのだと思います。

 でも、たぶん、管理人さんが一番責めているのは、おそらくご自分なのです。今も。
 まわりの者がどんなに慰めの言葉をかけても、その思いは消え去ることはないのでしょう。

 妊娠・出産に伴う母体の変化は、予想もつかない事態を招くことがあります。
 「お産は病気ではない」と言われる一方で、昔からよく言われることは、
 「女は3回死ぬ目に遭う」という言葉です。
   1回目は、自分が産まれてくる時。
   2回目は、自分が出産する時。
   3回目は、自分の寿命が尽きる時。
 「お産は棺桶に片足を半分突っ込んでるようなもの」とも言われます。

 このブログに出会ったのは、丁度大野病院の事件が起きた頃でした。
 読み進みながら私が感じていたのは、この助産師は逮捕も起訴もされず、せいぜい地元紙のニュースになった程度なのに、なぜ、大野病院の産科医はあのような目にあったのだろう、ということでした。
 こっちの方が明らかなミスなのに、なぜ???
 報道機関の、医療問題を捉える姿勢に、疑問ばかりがつのりました。

 大野病院事件のあと、分娩を取りやめる施設が相次ぎ、お産難民という言葉まで生まれたということは、前回書きました。
 そして次に国が勧めている産科医療政策は、分娩の集約化と、正常産は助産師が、異常産は産科医が、という図式です。これはこれで、決して間違いではありません。
 しかし、妊娠経過が順調なのと、分娩経過が順調なのとは、分けて考えなければならないのです。異常産かどうかは、仮に妊娠経過が順調であっても、分娩が始まってみないとわからないことも、よくあるのです。
 単純に、「正常産なら助産師でいい」という考え方(先に述べたようにこれは間違いではないのですが、現場では決してそれでいいと思っている訳でもないのです)は、現代においては、危険すぎるように思います。 
 正常なお産かどうかを見分けるのは、それなりの経験と知識と技術がなければ難しいのです。
 そして、いざ、これは異常産だと判断した時に、医療行為にいかに短時間で移れるか、これがとても大事なことです。
 おそらく、経験の豊富な助産師さんたちも、同じような思いを抱いているはずです。

 「自然」にこだわり、その方針で生活することには異論はありませんが、食生活ひとつとっても、今や「自然」にはほど遠いのが、私達の生きている現代です。
 だって、食品ひとつとっても、味噌や醤油だって、殆どは既製品ですよ?
 有機農法の野菜やお米だって、その肥料は本当に安全なの?
 本当の有機肥料には家畜の糞便も含まれるけれど、ではその家畜はどんな育ち方をしているの? 普通は伝染病予防に抗生剤を投与されている家畜が殆どです。その排泄物は危険じゃないの?
 こだわったら、きりがありません。
 車・自転車・掃除機・洗濯機・エアコン・エレベーター、・・・・。
 生活・家事全般にしたって、すでに自然ではないのです。
 たかだかこの20~30年の間にも、ヒトの身体は変化してきています。
 だからこそ「自然なお産」を望む方々が多いのだと思いますが、それは、日本という先進国で生活しているからこその贅沢な願いのようにも思えてしまうのです。
 「産み方」も大事だけれど、「産む」ことがゴールではありません。

 命を胎内で育み、産むということそのものが、まさに命がけの行為なのです。
 そして、その命がけの行為のあとに続くのは、産んだ子を一人前になるまで慈しんで育てるという生活です。
 「出産」とは、ゴールではなく、人を育てるスタートなのだと思います。
 
 ある産科医の方は、一度産科医療が崩壊して(もう崩壊しつつありますが)、50~60年前ぐらいの、太平洋戦争以前の頃の産科医療レベルに戻って、妊産婦や新生児の死亡率でも高くなってみないと、メディアやお役人や一般の方々はわからないのかも知れない、と言っていました。
 私も同じような危惧を抱いています。

 病院での医療ミスや医療事故の話題はたくさんあるのに、なぜか、助産院でのミスや事故は話題になりません。理由のひとつとして考えられることは、殆どの場合、緊急でどうしようもない状態で病院に搬送されるので、結果としてその症例は、助産院での異常産ではなく、病院での異常産という扱いになってしまうのです。
 助産院での出産が全て危険だと言っている訳ではありません。
 でも、そのようなリスクは、産科医のいる施設での分娩よりも助産院での方が大きいのは明らかです。どの段階で産科医に紹介や搬送を決定するかは、そこの助産師さんの経験と知識と技術によります。
 提携医療機関までの搬送時間がどのぐらいなのかも、大事な要素です。

 残念ながら、このブログの管理人さんには、そういった説明がされていませんでした。
 つまり、情報が与えられていなかったのです。
 これも非難するつもりではないことを理解して欲しいのですが、助産院のHPなどには、「自然なお産」を謳い文句になさっているところが多いように感じます。
 助産師が助産院を開業する際には、提携する医師が必要なのですが、つい2~3年前までは、提携医療機関は、産婦人科でなくても良かったのだそうです。医師免許さえあれば。
 つまり、精神科医でも整形外科医でも良かった訳です。
 これは私も知らなかったことで、ちょっとびっくりでした。
 提携医療機関が遠ければ、何かあった時に搬送するまでの時間のロスも心配なのに、産婦人科医以外が提携していた時期があったなんて、考えるだけでも、怖いなぁ、と思うのは私だけでしょうか。
 最近になり(もしかすると管理人さんの件も影響あるのかな?)、助産院の提携医療機関は産婦人科に限る、ということになったようです。
 こういった事情も、ご存知ない方々が殆どではないでしょうか。

 医療機関は、何か事が起これば訴えられ、ニュースになります。
 でも、助産院での出産に関するマイナスの情報は、殆どありません。
 だからこそ、自分の身体の状態をよく知り、健診は定期的に受け、妊娠・出産に起こりうる危険性を十分に理解した上で、自分の責任において出産施設を選び、お産に望んで欲しい。

 管理人さんがブログでお伝えしたいことは、そういうことだと、私は理解しています。
 
 くどいですが、助産院および助産師さんたちを非難する目的でブログを紹介したのでは、決してありません。
 きちんと、まっとうなお産を日々なさっているる方々もたくさんいらっしゃると思います。
 私の文章を読んで不快な思いをなさる助産師さんがいらしたら、お詫び申し上げます。

 大野病院事件で感じるのは、ご遺族の方には大変申し訳ないのですが、憤りでしかありません。これは警察・検察・メディアに対する憤りです。
 一方で、この「助産院は安全?」というブログを読みながらつくづく思うのは、遺族の方の感情は、どんなに時を経ても安らぐことはないのだなぁ、ということです。
 内容も、行われた行為も、その後の対応も、大野病院事件とはまったく異なるのですが、このブログを読むことで、「出産によりお子さんを亡くされた方の心」に思いをははせ、上から目線にならないよう、いつも自分たちを戒めています。