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ミラノ 霧の風景 須賀敦子

須賀敦子が長い雌伏の時を経て最初に書いたのが本書「ミラノ~霧の風景」だ。霧にかすむミラノの街が目に浮かび、叙情性を感じさせる大変秀逸なタイトルだと思う。「ナポリ」では明るい太陽の日差しや陽気な人たちが彷彿としてしまい、異国情緒は感じられても、深い叙情性は感じられない。「ベネチア」とか「ローマ」では、その絢爛豪華さや歴史の重さといった不要なニュアンスが感じられてしまうので、やはりしっくりこない。ここは、なんと言っても霧にかすむ「ミラノ」だ。内容を読むとかなりの部分が「ナポリ」の記述なのだが、それでも題名を「ミラノ」とした編集者か作者自身には脱帽だ。
 最初の題名からしてもう虜になってしまったようなものだが、その内容も実に素晴らしい。「須賀敦子はデビューの時からすでに巨匠であった」というような内容の文章をどこかで読んだ気がするが、まさに本書は、巨匠の名前にふさわしい気品と奥深さを兼ね備えた作品だ。
 最初に読んだ「トリエステの坂道」の紹介をした際、読み進めていくうちに彼女がその半生がすこしづつ判るような仕組みになっていると書いた。それは本書でも言える。彼女がイタリアで深く関わった友人については詳細に語っているのだが、最も彼女に影響を与えたであろう彼女の夫であるとかその家族の話はなかなか語られない。家族の話は徐々に少しずつ語られていく。この、初めは控えめにそれから少しずつ家族のことを語っていくという流れは「トリエステ…」と同じだ。少しもどかしい気持ちで読んでいくのだが、少しずつ見えてくるものがある。そこに本当に彼女にとって重要なことがあるのだろう。読み進めていくうちに少しずつ判っていく気持ちよさが何とも絶妙だ。(「ミラノ 霧の風景」須賀敦子、白水社)
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