後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

日本の仏教と釈迦の教えの違い(2)タイの仏教、Theravada Buddhism

2018年05月15日 | 日記・エッセイ・コラム
タイに私が尊敬しているご婦人がいます。Sunitra Satornさんという方です。アメリカに長く住んでいました。現在はタイに住んでいます。知的で上品な英語を書きます。 その方が熱心な上座部仏教の信者です。
時々、仏教のことで情報を下さいます。今日はそのSunitra Satornさんの信じているタイの仏教を簡単にご紹介したいと思います。

まず上座部仏教はまたの名前をテラワーダ仏教とも言います。英語で書くと Theravada Buddhism となります。南伝仏教徒やパーリ仏教とも言います。その詳細は以下のURLにあります。
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=10154654407680069&substory_index=0&id=341743060068 (英語)と
https://ja.wikipedia.org/wiki/上座部仏教 (日本語)です。

1番目の写真はTheravada仏教の僧侶達の写真です。上座部仏教では仏像はお釈迦さまの像です。日本のように観音像や薬師像や大日如来像なのようにいろいろありません。

さてタイは現在でもチャクリー王朝の王様のいる王国です。国王の権限が大きく、不敬罪のある社会なのです。
この王朝は1782年(タイ仏暦2325年)に成立したのです。現在の王様は初代から数えて10代目のラーマ10世です。
この王国は 仏教を大切にしている文字通りの仏教国なので、お釈迦様が入滅した翌年の西暦の紀元前543年を仏滅紀元元年としている仏歴を日常生活に使っています。
ちなみに私は1936年生まれですから、これに543年を加えた仏歴の2479年に生まれたことになります。
現在のタイの人々はこの仏歴が身についていて西洋の西暦へ換算するのが難しい人々が多いそうです。

今日はタイ王国の仏教の托鉢の風景をご紹介したいと思います。托鉢をしている修行中の子供や若者の写真です。

2番目の写真は子供達の托鉢姿です。
この子供達は栄養状態の良い伸び伸びした表情をしています。良家の親が子供をある期間だけ寺に預け出家させるのです。

3番目の写真は少年僧の托鉢です。道端に座って食べ物を寄進している女の敬虔な表情にご注目下さい。

4番目の写真は青年僧の托鉢です。左に普通の中年夫婦が籠いっぱいに食べ物を入れて僧侶一人一人へ寄進しています。右側には屋台を出して何か食べ物を売っている人も写っています。托鉢僧は商売ものには近づきません。タイの街角の日常の風景です。

5番目の写真は托鉢を終えた青年僧が列を作って帰る姿です。その表情に深い宗教的な静かさが宿っていることにご注目下さい。托鉢は釈迦に帰依する心を強める祈りなのです。写真に写っている僧達は皆普通の人なのです。ある期間だけ出家しているのです。

これらの写真の出典は「タイ仏教修行」で、そのURLは以下の通りです。
https://www.bing.com/images/search?q=%E3%82%BF%E3%82%A4+%E4%BB%8F%E6%95%99+%E4%BF%AE%E8%A1%8C&go=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&qs=ds&form=QBIDMH

タイにおいては、男子はすべて出家するのが社会的に望ましいと考えられています。
出家するためには普通20歳以上でそれまで悪いことをしていないことが大切なのです。
出家の目的はお釈迦さまの教えを修行を通してより深く理解するためです。
出家の期間はいろいろですが、大体3ケ月くらいと言われています。それを済ませると一人前の大人と見なされます。
ですからタイの社会では出家は成人への通過儀礼として行われるとも考えられます。
しかしその一方で、自分の精神力を強めたり、社会性をつけたいなどの目的もあります。
基本的には出家で功徳を積み親や先祖の恩に報いるということが基本になっています。
ですから写真のように修業中の人へ食物を献上する行為も自分の親や先祖の恩に報いるということになります。
また貧しい家に生まれたが、学業に優れていたために僧になって仏教大学に入学する若者もいます。
詳しくは、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%81%AE%E4%BB%8F%E6%95%99 をご覧下さい。

このようなタイの仏教的な風景を見聞きすると何故か魅力を感じます。
誤解を恐れずに書けばタイの仏教は日本の仏教よりも本物のように思えるのです。お釈迦様の教えどうり忠実にその教えを守っているように思えるのです。
個人的なことで恐縮ですが私の祖父は曹洞宗のお寺の住職でした。それで仏教関係の本を多く読みました。
日本の仏教は中国や朝鮮の百済を通って飛鳥時代に入って来ました、そのせいで中国の道教や儒教や朝鮮の原始宗教と習合し多神教的な宗教になっているようです。お寺のご本尊はお釈迦様ではなく薬師様、観音様、弘法大師様、伝教大師様などと、いろいろです。
しかしタイのお寺のご本尊様はお釈迦様なのです。お釈迦さまの座った姿の仏像か、寝た姿の涅槃像なのです。
そして出家による修行を大切にしています。私個人は修行無くしては宗教を理解出来ないと信じていますので、タイの仏教こそ本物だと魅力を感じるのかも知れません。
上座部仏教やテラワーダ仏教の詳しいことは私は知りません。それを信じていないので説明は出来ないのです。

最後にバンコックに旅をした時のことを書かせて下さい。
それは1993年の頃でした。バンコックに数日滞在した時のことです。朝にホテルの窓から見ていると、幅広い河の向こうから沢山の通勤者が船てやって来るのです。
好奇心にかられて、その日の夕方私は小さな舟に乗り河向うの住宅街に行ったのです。そこは樹木に囲まれた家々が並んでいる住宅街だったのです。決して金持ちではなく、家には塀がありません。道から部屋の中まで見通せるのです。仏壇があって灯明の炎が揺れています。子供が庭で遊んでいて可愛い声が聞こえます。家の裏の方から夕食の準備の包丁の音が聞こえます。何やら金木犀の花のような良い香りが風に乗ってきます。外国人の私がズカズカと歩き回っているのに全く警戒しないのです。全ての人を信頼しているのです。
嗚呼、なんと平和なのだろうと感動しました。仏教国だなあと感動したのです。
もっと書きたいことは沢山ありますが、長くなるので今日はこれでお終いにします。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたしす。後藤和弘(藤山杜人)

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