1学年だより「金の角持つ子どもたち(2)」
息子の夢を応援したい気持ちにうそはないが、家計の苦しさはいかんともしがたい。妹の美音には先天性の難聴という障害があり、パートにでることをためらっていた。美音は、学童に預けられてもいいから、お兄ちゃんのためにがんばってと手話で伝えてきた。
そんな家族のためにも、俊介はがんばらないわけにはいかなかった。
四泊五日の夏合宿は、予想外に立派なホテルでの勉強漬けだった。朝食の後、1時間半の自習、昼食をはさみ夕方六時半までテストと授業が続き、夕食後、11時の消灯まで自由時間だが、俊介は自習する。「そろそろ部屋にもどれよ」と言いに来た担任の加地先生が、テンパっている俊介に気づく。「どうした、死にそうな顔をして」「ダイヤグラムの書き方がわからなくて……」
なんだ、そんなことか、よしこの一問だけ一緒にやるかと、ヒントを与えてくれる。
~ 正解を見つけた時の心地よい痺れが頭の中に拡がっていく。暗闇に小さな光を見つけ、その光がどんどん大きくなっていくような感覚だ。トンネルの中から外に出ていく解放感が、俊介の胸を高ぶらせた。シャーペンを握り直し、俊介はノートの余白を使って式の計算を始める。ここまできたら答えが出たも同然。あとはいかに早く正確に計算式を解くかだ。シャーペンを持つ手の熱さを感じながら計算式を解き終えると、
「正解!」加地先生が大きな赤マルをつけてくれた。ボールペンの先が紙の上を滑る音が嬉しくて、目の奥にじわりと熱いものが滲む。 ~
出来なかった問題ができるようになることが、こんなに嬉しいとは思っていなかった。
加地は、こどもたちに「武器」を身に付けさせたいと思っていた。
~ 難問に出合った時に逃げ出さずに粘る力。どうすれば解決するのかと思考する力。情報を読み取る力。ひたすら地道な反復練習や暗記。勉強で身につく力は、仕事をしていく上で必ず役に立つ。決してずば抜けた頭脳になれといっているのではない。努力ができる人間であってほしい。たいていの人は、大人になると働かなくてはいけない。外で働くだけではなく家事や育児、介護といった家の中での仕事もあるだろう。仕事をもった時、勉強で身につけたあらゆる力は自分の助けになってくれる。人生を支えてくれるのだと加地は生徒たちに教えてきたつもりだった。 ~
おそらく今の子ども達は、自分が経験した以上に厳しい世の中を生きることになる。
そのままの自分という丸腰の状態で立ち向かえるほど甘くはない、と。
息子の夢を応援したい気持ちにうそはないが、家計の苦しさはいかんともしがたい。妹の美音には先天性の難聴という障害があり、パートにでることをためらっていた。美音は、学童に預けられてもいいから、お兄ちゃんのためにがんばってと手話で伝えてきた。
そんな家族のためにも、俊介はがんばらないわけにはいかなかった。
四泊五日の夏合宿は、予想外に立派なホテルでの勉強漬けだった。朝食の後、1時間半の自習、昼食をはさみ夕方六時半までテストと授業が続き、夕食後、11時の消灯まで自由時間だが、俊介は自習する。「そろそろ部屋にもどれよ」と言いに来た担任の加地先生が、テンパっている俊介に気づく。「どうした、死にそうな顔をして」「ダイヤグラムの書き方がわからなくて……」
なんだ、そんなことか、よしこの一問だけ一緒にやるかと、ヒントを与えてくれる。
~ 正解を見つけた時の心地よい痺れが頭の中に拡がっていく。暗闇に小さな光を見つけ、その光がどんどん大きくなっていくような感覚だ。トンネルの中から外に出ていく解放感が、俊介の胸を高ぶらせた。シャーペンを握り直し、俊介はノートの余白を使って式の計算を始める。ここまできたら答えが出たも同然。あとはいかに早く正確に計算式を解くかだ。シャーペンを持つ手の熱さを感じながら計算式を解き終えると、
「正解!」加地先生が大きな赤マルをつけてくれた。ボールペンの先が紙の上を滑る音が嬉しくて、目の奥にじわりと熱いものが滲む。 ~
出来なかった問題ができるようになることが、こんなに嬉しいとは思っていなかった。
加地は、こどもたちに「武器」を身に付けさせたいと思っていた。
~ 難問に出合った時に逃げ出さずに粘る力。どうすれば解決するのかと思考する力。情報を読み取る力。ひたすら地道な反復練習や暗記。勉強で身につく力は、仕事をしていく上で必ず役に立つ。決してずば抜けた頭脳になれといっているのではない。努力ができる人間であってほしい。たいていの人は、大人になると働かなくてはいけない。外で働くだけではなく家事や育児、介護といった家の中での仕事もあるだろう。仕事をもった時、勉強で身につけたあらゆる力は自分の助けになってくれる。人生を支えてくれるのだと加地は生徒たちに教えてきたつもりだった。 ~
おそらく今の子ども達は、自分が経験した以上に厳しい世の中を生きることになる。
そのままの自分という丸腰の状態で立ち向かえるほど甘くはない、と。