1学年だより「金の角持つ子どもたち」
「サッカーをやめて、塾に通いたい。中学受験させてほしい」
俊輔が母に打ち明けたのは、小学5年の冬だった。幼い頃からサッカークラブでがんばってきた。
仲のいいともだちとともに中心となって活躍し、将来はJリーガー、日本代表を目指したいとまで考えていた。しかし、目指していた地域トレセンに入れなかった。
「おまえ、それは逃げなんじゃないのか」父親が言う。一度挫折したくらいで、諦めるな、と。
しかし、俊輔はサッカーから逃げたいのではなかった。
「中学受験したい。国立に受かって、有名な科学部に入りたい」と涙ながらに訴える俊輔の望みを、母の菜月は、なんとか叶えてあげたいと思った。
~「お義母さん、俊介は将来やりたいことがあるらしいんです。それで、自分の夢を叶えるために行きたい中学があるって。私と浩一さんは、それを応援しようと決めたんです」
「そんな、子どもの言うことをうのみにしちゃって。夢なんてね、叶えられる人なんてごくごくわずか、ひと握りなのよ」
「おっしゃる通りだと思います。私も夢なんて、持ったこともありませんでした。17歳の時から必死でただ働くばかりで……。私はダメだったけれど、俊介には夢があって、もしかしたらその夢を叶えるかもしれません。まだ11歳なんです。自分がやりたいと願うことを、好きなことをとを、職業にできるかもしれないんです」 (藤岡陽子『金の角持つ子どもたち』集英社文庫) ~
子どもを塾にやるなんて、可哀そうだと義母の光枝は言う。
実際通い始めてみると、こんなに大変だったとは驚くことばかりだ。しかし入塾して一ヶ月、一度も弱音をはかず、なんとか遅れをとりもどそうと、食事をとる時間も惜しんで頑張る姿が、「可哀そう」だとは思わなかった。
~「お義母さん、俊介はいま毎日必死で勉強しています。その姿を見ていて私は胸が締めつけられるくらいに感動しています。すごいと思ってるんです。誇らしく思ってるんです。俊介は私の息子です。私が育てているんです。あの子の人生は私が責任を持ちます。だからお願いです、俊介には受験や塾に対して否定的なことを言わないでください。応援してくれとは言いません。でも全力で頑張る俊介に、沿道から石を投げるようなことはしないでください」 ~
言いながら、菜月の目に涙が浮かんでくる。義母に逆らうのは、結婚して初めてだった。
光枝は何も言い返せずに玄関に向かう。従順だったはずの嫁の態度に怒っている様子が見て取れた。「よく言った」と菜月は心の中で眩く。自分の思いを、本心をきちんと伝えることができた。
わが子を守るために強くなったと自分を褒める。自分が高校を中退した時の悲しさや悔しさは、こうして我が子を守るために役立っているのだと感じる。
「サッカーをやめて、塾に通いたい。中学受験させてほしい」
俊輔が母に打ち明けたのは、小学5年の冬だった。幼い頃からサッカークラブでがんばってきた。
仲のいいともだちとともに中心となって活躍し、将来はJリーガー、日本代表を目指したいとまで考えていた。しかし、目指していた地域トレセンに入れなかった。
「おまえ、それは逃げなんじゃないのか」父親が言う。一度挫折したくらいで、諦めるな、と。
しかし、俊輔はサッカーから逃げたいのではなかった。
「中学受験したい。国立に受かって、有名な科学部に入りたい」と涙ながらに訴える俊輔の望みを、母の菜月は、なんとか叶えてあげたいと思った。
~「お義母さん、俊介は将来やりたいことがあるらしいんです。それで、自分の夢を叶えるために行きたい中学があるって。私と浩一さんは、それを応援しようと決めたんです」
「そんな、子どもの言うことをうのみにしちゃって。夢なんてね、叶えられる人なんてごくごくわずか、ひと握りなのよ」
「おっしゃる通りだと思います。私も夢なんて、持ったこともありませんでした。17歳の時から必死でただ働くばかりで……。私はダメだったけれど、俊介には夢があって、もしかしたらその夢を叶えるかもしれません。まだ11歳なんです。自分がやりたいと願うことを、好きなことをとを、職業にできるかもしれないんです」 (藤岡陽子『金の角持つ子どもたち』集英社文庫) ~
子どもを塾にやるなんて、可哀そうだと義母の光枝は言う。
実際通い始めてみると、こんなに大変だったとは驚くことばかりだ。しかし入塾して一ヶ月、一度も弱音をはかず、なんとか遅れをとりもどそうと、食事をとる時間も惜しんで頑張る姿が、「可哀そう」だとは思わなかった。
~「お義母さん、俊介はいま毎日必死で勉強しています。その姿を見ていて私は胸が締めつけられるくらいに感動しています。すごいと思ってるんです。誇らしく思ってるんです。俊介は私の息子です。私が育てているんです。あの子の人生は私が責任を持ちます。だからお願いです、俊介には受験や塾に対して否定的なことを言わないでください。応援してくれとは言いません。でも全力で頑張る俊介に、沿道から石を投げるようなことはしないでください」 ~
言いながら、菜月の目に涙が浮かんでくる。義母に逆らうのは、結婚して初めてだった。
光枝は何も言い返せずに玄関に向かう。従順だったはずの嫁の態度に怒っている様子が見て取れた。「よく言った」と菜月は心の中で眩く。自分の思いを、本心をきちんと伝えることができた。
わが子を守るために強くなったと自分を褒める。自分が高校を中退した時の悲しさや悔しさは、こうして我が子を守るために役立っているのだと感じる。