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水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

運を強くする(2)

2016年11月28日 | 学年だよりなど

 

  学年だより「運を強くする(2)」


 だから、自分がうまくいかなかった時「運が悪かった」と嘆くのは、二重の意味で間違っていることになる。
 うまくいかなかったのは、努力が足りなかったのである。
 努力が足りなかっただけでなく、意識的または無意識的にその事実に目をつぶり、自分の責任を回避しようとしていることでもある。
 「だめだった! 力が足りなかった!」と素直に負けを認める人は、次に進める。
 「こんなに頑張ったのに … 、 天は自分に味方しなかった」と嘆く人は、一瞬悲劇のヒーロー気分にひたれるかもしれないが、前に進むことはできない。
 自分の失敗の原因を自分以外に求めるのは一般に「卑怯」と言う。残念ながら、そういう人は周囲も相手しなくなってしまう。「不運」と思っているのは、実は本人だけであることも多いものだ。


 ~ 受験は完全実力の世界です。最近は本当に入りやすくなっているので、運がよくて受かることはあります。直前でおさらいした部分が出題されて、それで受かったということはありえますからね。しかし、運が悪くて落ちるなどということは、絶対と言ってよいくらいありえません。
 落ちた生徒は、すべて実力不足が原因です。ただただ準備が足りなくて落ちたのに泣きじゃくるような生徒を見ていると、かわいそうだとは思いますが、「そういうことではないんだけどなあ」と冷めた思いになってしまうのも事実です。
 しかし、それ以上に嫌いなのは、たかが(あえてこういう表現をします)東大に受かったぐらいで泣いて喜び、大騒ぎをする生徒です。その気持ちがまったくわからないとは言いませんが、東大合格なんて単に人生のワンステップを突破しただけで、実際は何も始まっていません。
 実際、真のトップ層で泣いて喜んだという生徒を見たことがありません。みんなさらっと受かって、すぐ次のステージに向けて走り始めます。だから、僕はあらかじめ授業でこう伝えておくんです。
「受かっても落ちても、くれぐれも大騒ぎしないでください。日本にカースト制はありません。だから、身分のせいで不合格にされることはありません。また、書類審査もないんですから、容姿も考慮されません。僕でも大丈夫でした(笑)。本当に平等です。公平なんです。君たちの書いた答案用紙だけで評価してもらえます。落ちるのは単なる実力不足。もし落ちたら『実力不足でした』とペコリと頭を下げてください」と。
 不運だなんて思っていたら成長は不可能です。 (林修『林修の仕事原論 壁を破る37の方法』青春出版社)
 ~


 かりに不運に見える事態がおこっても、そのなかでさえ十分に力を発揮できるような準備をすることが第一だ。本当にがんばっていれば、自分の力を発揮するためには、周囲の人の協力が必要なことにも気づけるようになる。
 人は本当に腹をくくったなら、礼儀正しくなれるのだ。

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