指定校推薦の校内選考に合格した子たちに、校長先生から訓辞をいただく会があり、その後に志望理由書の書き方を説明した。
基本的に、志望理由書とは「これから何をやりたいか」、自己推薦書とは「今まで何をしてきたか」を書くものだと説明する。
いつもながらの話で、中谷彰宏氏の「メンタツ」のパクリだ。
でも、おざっぱに言ってあげると、少しはわかりやすくなったはずだ。
実際には志望理由書だけ書く場合が多いので、「今まで、こんなことをしてきた自分」が「将来こういうことをやりたい」ので「貴校を志望しました」とつながるように書くんだよと教える。
なんていい説明なんだろう。
ここに今の自分がいる。
現時点での自分は過去の蓄積の上に成り立っている。
将来の夢や目標がある。
たとえそれが漠然としたものであっても、今の自分ではない、何かちがうものなりたいという思いがある。
そのギャップを埋めるためにどうすればいいのか。
それを考えに考え抜いたら、そちらの大学に入るしかないとわかりました、と言ってくれたら、たいがいは入れてくださるのではないだろうか。
つまり、その思いの切実さが大切なのだ。
自分に足りないものを手に入れるためには、あなたが必要だという強い思いだ。
人間関係も同じだ。
つきあってほしい人がいたら、自分にはあなたが必要だという思いをひたすら訴える。
かっこつけないで。
で、断られたら、また他の人に切実なる思いを訴える。
より多くの対象にそういう思いを抱けるようになることを、たぶん成長というのだ。
「かっこつけな」くていいけど、最低限伝わらないといけないので、伝わる方法はとらないといけない。
裸で彼女に前に立ち、「あーー」と叫んでも伝わらない。
結果、逮捕される。
それと同じで、最低限伝わる文章を書く。
そのためには、一文には一つの内容を書く、主語述語をととのえることは必要だ。
TシャツとGパンでもいいから、それくらいの衣装は身にまとわないといけない。
現実には、Tシャツは着てるけど、ズボンを穿いてない文章はあるし、なぜか十二単の文章もある。
その辺の直しにけっこう時間がかかるのは現実なのだが。