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水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

孤高のメス

2010年06月07日 | 演奏会・映画など
 冒頭シーンで流れてくる音楽を耳にした瞬間に、間違いなくいい作品だろうという予感がうまれ、その期待は最後まで裏切られることなく、製作にかかわった方々の高い志に触れられた幸せにひたり続けることができた。
 そうか、「志」か。先日の人権映画に欠けていたものは。
 テーマ音楽は、いちばん好きな劇団「東京セレソンデラックス」の「夕」というお芝居のテーマにものすごく似てた。出だしの音の並びは同じじゃないかな。
 そう思ってウィキで調べてみたら、セレソンデラックスのテーマ曲を書いた河井英理さんと、この映画の音楽を担当した安川午郎さんとは、東京芸大作曲科の同時期に在籍されていたようだ。

 ある地方都市の市民病院に赴任してくる優秀な外科医を堤真一が演じ、病院の経営や、自己の保身を第一に考える医師や事務方と対立しながら、何より患者の命を救うことに全力を尽くそうとする主人公の生き様を描くという、ストーリーの骨格は、ものすごくシンプルだ。
 こう書いてしまうとなんかありきたりなのだが、まあ堤真一がかっこよすぎる。
 「かっこいいーーっ!」と二回ぐらいほんとに声に出してしまった。
 最高なのは、後半、生体肝移植に臨もうとする場面だ。
 脳死に基づく生体肝移植が法的に整備されてなかったおよそ20年前が舞台になっている。
 堤真一とともにアメリカに留学し、ともにその力を認め合う友人の医師がたずねてくる。
 そして、堤をいさめる。「手術をしたら、訴えられる可能性が高い。そうしたら、おまえはメスを握れなくなるぞ」と。
 「移植しなければ助からない患者と、臓器提供を望むドナーとが目の前にいて、それで移植しないとしたら、それは医師ではない。それならば、自らメスをおきます。」
 くううっ。思い出してても泣ける。
 お医者さんのなかで、外科医の先生って一番テンションが高いのではないだろうか。
 「ディアドクター」では、そんなの様子を、勘三郎さんが実に見事に演じていた。
 堤真一は、そういうイメージからみると冷静沈着すぎるようにも見えるが、手術のBGMに都はるみをかけたり、スタッフにそのBGMを拒否されたときの子どもっぽいリアクションで、外科医の先生の雰囲気もうまくつくっている。

 一方、生瀬さん演じる嫌な役の医師。
 自らの保身が第一で、手術の失敗はひたすら覆い隠し、自分の派閥をつくろうとし、主人公をやっかみ、生体肝移植の時にはマスコミにリークし、主人公を悪役にしたてあげようとする。
 ここまでの悪い医師に描いてしまうのは、類型的にすぎるのではないかと批判する人はきっといるだろう。
 でもね、実際にいると思う。こういう存在は。
 生瀬医師の典型的な悪者性の根本には、こどもっぽさがある。
 同じクラスの中に勉強や運動ができてかっこいいヤツがいると、それをやっかんでいたずらしてやろうと思うこどものような性向。
 偏差値のものすごい高い人たちが集団で大人になっていくと、そういうこどもっぽさをそのまま持ち続ける人はけっこういる。
 持ち続けることを許された集団と言えるかもしれない。
 たとえば仕分け作業のときに見かけた官僚の方が、妙に幼なかったのも同じ。
 考えてみると、主人公堤真一の生き方も、ある意味「子どもっぽい」純粋さに支えられていると言えるかもしれない。
 大人になるにつれて失っていくものを持ち続けているのだから。
 そういうものへの憧憬も、主人公に心惹かれる要因かもしれない。
 まあ、しつこいけど、堤真一という役者さんは、もう財産だと思う。
 そして、それに輪をかけてよかったのが、ナース役の夏川結衣さんで、年末の映画賞ですべての助演女優賞をもっていくことが間違いないと思われる仕事だった。観てよかった。
コメント
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