★ 占い師はラリーから貝殻と札を受け取った。札を丁寧にわきに置き、貝殻を自分の貝殻に混ぜた。スナップをきかせた柔らかな手首の一捻り。マット上に転がる貝殻のパターンをじっと見つめながら、置き去りにされた子供のように体を前後に揺すりはじめた。
★ 「あなたは考えることが多すぎ」そう言う占い師の声は尻上りに高くなり、やがて耳障りなほどの甲高さになった。「心配事が多すぎて、一人では担いきれない」あっちの奥さんに、こっちの奥さん。問題だね。大きな問題だ。あんたの人生は挫折の連続だけど、そのたびに立ち直り、また歩いてきた」
★ ラリーが目を大きく見開いた。「そのとおりだ」と言った。「まず母が死んで、次に父。自分が病気になって、夫婦関係が崩壊。妻は出ていき、いま、カリフォルニアでアフリカ系の男と暮らしている。(・・・・・・)電話の声が、ハロー、パパと言った。娘です。今日は21歳の誕生日で、やっとパパへの電話を許されました・・・・・・。娘がいるなんて知らなかったよ。一度も会ったことがない。おれのただ一人の子。なのに、一度も遊んだことがない。育つところも見ていない。21年前、ガールフレンドと喧嘩した。酷いことを言い合って分かれた。おれはオックスフォードに行って、それきりだ。腹に子供がいるなんて、一言も聞いていなかった」
★ 三人は黙って床を見つめていた。タカラガイが一個、カメの甲羅に似た背を下にして私のブーツの横に転がり、腹側の細長い開口部をあっけらかんと見せていた。(・・・・・・)それにしても、この貝はどうやってコンゴくんだりまで来たのだろう。(・・・・・)たぶん13世紀、ダウ船でエジプトに運ばれ、アラブ商人の手から手へ渡りながらアフリカ北海岸を移動し、ラクダの背の鞍嚢に入ってサハラ砂漠を南下した。小さな王国をいくつも経て、ようやく中央アフリカにたどり着いた。いや、それともヨーロッパの奴隷船だったろうか。頭の中で数字が蚊のように飛び回りはじめた。1520年、ポルトガル人は奴隷一人につき6370個のタカラガイを払った。「ロクセンサンビャクナナジュウ」と蚊が羽音を立てた。「ロクセンサンビャクナナジュウ、ロクセンサンビャクナナジュウ・・・・・」
★ ラリーが激しく両手を突き上げ、その手で頭を抱えた。頭皮を剥ごうとしているように見えた。驚いたヤモリが横の壁を素早く走り、また止まった。足の指がツタの巻きひげのように細かった。ラリーは顔をしかめ、苦く笑った。「なのに、いま、おれはこのくそいまいましいコンゴなんかにいる」
★ 占い師は貝殻と二枚の札を拾い、袋に戻すと立ち上がった。私たちも立ち上がった。「あんたは勇気があるよ」占い師はラリーにそう言って、プラスチックの短冊でできたカーテンを左右に分けた。外の部屋とはこのカーテンで仕切られている。「あんたは自力で強くなった。勇気があるね。立派な男だ」そして、ラリーの腕に触れ、微笑みかけた。一瞬、疲れた目がぱっと輝き、占い師が若い娘に変身した。
<レイモンド・オハンロン『コンゴ・ジャニー』(新潮社2008)>
さらに、
マーク君が、ゴリラについて語る;
★ 「(・・・・・・)ここに来るのは、普段はゴリラばかりなんですよ。ゴリラの赤ん坊。森で狩をする連中が母ゴリラを殺すんです。肉にして、燻製にして、赤ん坊は村に連れて帰って、おもちゃ代わりに子供にくれてやる。だから、蹴られたり投げられたり、結局、殺されてしまいます。ごくまれに助かる運のいいのがいて、水・森林資源省の武装監視隊の手でここに送られてきます。(略)でも、だいたいだめですね。鉈で切りつけられていたり、背中に鉛の弾を受けていたり。下痢で脱水症状を起こしているのもいるし、餓えて土を掬っちゃ腹いっぱい詰め込んでるのもいます。十二指腸虫に、カビに、ありとあらゆる寄生虫・・・・・・。心理的にも繊細です。ゴリラって感受性が強くて、感情豊かなんですよ。目の前で母親が殺されるのを見たんじゃ、心理的ショックが大きくて、病気で死ななくても悲しみで死んでしまいます。生きる意志が萎えたら、餌も食べません。この2年間で27頭の赤ちゃんゴリラを預かりましたけど、まだ生きているのはほんの4頭ですよ」
ゴリラの“マニェ”に会う;
★ ゴリラの体の重さと固さ、胸の剛毛の強烈な臭いにどうしていいかわからず、私はとりあえず「いい子だね」と言ってみた。そして、両手を持ち上げ、眼前に盛り上がる筋肉を力いっぱい押した。だが、そんな抵抗は役に立たない。マニェは苦もなく体を寄せてくると、黒光りする皺だらけの顔を私の顔に近づけ、口を開けた。上顎の二本の犬歯が厭でも見えた。マーリンスパイクほども大きい。さらに、ピンクの洞窟と舌、臼歯に、唾に、牛の息にも負けない甘い臭い。マニェはそのまま私の耳を噛んだ。右の耳を噛み、律儀に左の耳を噛んだ。噛みながら唸りつづけ、その唸りは高さとテンポが微妙に変化して、まるで非常な早口で悲しい独り言を言っているように聞こえた。
<レイモンド・オハンロン『コンゴ・ジャニー』>