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哺乳類進化研究アップデート No.8ーコウモリの免疫

2021-05-22 21:54:41 | 哺乳類進化研究アップデート

前回まで3回にわたって哺乳類進化研究法についての日本の総説を紹介してきましたが、今回からまたトップジャーナルからの最新研究の紹介に戻ります。今回取り上げたのは2021年1月にNature誌に掲載された総説「Irving, A.T., Ahn, M., Goh, G. et al. Lessons from the host defences of bats, a unique viral reservoir(ユニークなウイルス貯蔵庫であるコウモリの生体防御から学ぶ). Nature 589, 363–370 (2021).」です。

もう1年以上にわたって全世界を混乱におとしいれている新型コロナウイルスの大流行の出所は、中国武漢の市場で売られていた哺乳類センザンコウではないかと言われていますが、センザンコウは中間宿主であって、もともとの起源はコウモリではないかと考えられています。しかし、コウモリが新型コロナウイルスに感染してバッタバッタと死んでいるという話は聞いたことがありません。コウモリは哺乳類の中で唯一空を飛び、超音波で空間を把握する能力を持ち、血を吸う種もいたりと、かなり特殊な進化をはたした生き物であることはよく知られているところです。そして近年、ウイルスに対してコウモリの身体はどう反応しているのか、免疫システムはどうなっているのかが注目を集めています。そのあたりの知見をまとめているのが、今回紹介する総説です。

 

概要

ヘンドラウイルス、ニパウイルス、マールブルグ熱、エボラウイルス病、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)、そして新型コロナウイルス感染症(COVID-19)といった感染症の流行は、コウモリ起源の人獣共通感染症であると考えられています。コウモリはこれらのウイルスを症状を示すことなく保有していること、体重に比べて寿命が長いこと、腫瘍形成率が低いことなど、独特な性質を6400万年の進化で身につけてきました。ウイルスに対して防御しながら、免疫寛容でもあるコウモリの免疫システムを解明することは、人間の健康の改善にとっても役立つだろうと考えられます。

 

コウモリの生物学的特性

コウモリ目の種類は1,423種と多いです。いくつかの種は冬眠、または毎日の一時的な休眠を行ってエネルギーを節約し、恒温性または変温性を示します。果汁、果物、花粉、昆虫、魚、血を含む幅広い食料を摂取します。超音波と磁気を検出します。飛行はエネルギー的にコストがかかり、飛行中のコウモリの代謝率は、同じサイズの運動する陸生哺乳類の代謝率の最大2.5〜3倍に達する可能性があります。この膨大なエネルギー需要により、1日で貯蔵エネルギーの最大50%が枯渇し、1日あたり約1,200カロリーのエネルギーを消費します。飛行中には心拍数が4〜5倍に増加し、1分あたり最大1,066拍になります。こうした高レベルの心臓ストレスを補うために、安静時に1時間に数回5〜7分間の周期性徐脈(不整脈)が誘発されるのだといいます。その高い代謝率と小さな身長にもかかわらず、コウモリは同様の体重の非飛行性哺乳類よりも実質的に長生きします。体の大きさを調整すると、哺乳類の19種だけが人間よりも長生きします。これらのうち、18種はコウモリで、1種はハダカデバネズミです。記録されているコウモリの最大寿命は、同様のサイズの非飛行性胎盤哺乳類の平均の3.5倍です。哺乳類の老化防止モデルとしても、コウモリは重要な手がかりを与えてくれる可能性があります。

 

生体防御免疫寛容のバランス

病原体や病気と戦うには適切なレベルの防御が必要ですが、過剰または調節不能な反応は細胞の損傷や組織の病理につながります。新型コロナウイルスやエボラウイルスを含む多くの新たなコウモリ由来ウイルスは、ヒトに対しては非常に病原性が高く、異常な自然免疫の活性化と長期またはより強い免疫反応につながります。対照的に、感染したコウモリはウイルス性疾患に対して寛容であることが示唆されており、高いウイルス量が組織または血清中に検出された場合でも、全くないかあっても最小限の徴候しか示しません。最近の研究で、コウモリが防御反応と病理学的反応のバランスを調整するために用いているメカニズムについての知見が得られてきました。これは、コウモリの非常に長い寿命と癌の発生率の低さにも寄与している可能性があります。

図2

上図.コウモリの強化された生体防御と免疫寛容のバランス。生体防御系として、IFN(インターフェロン)、ISG(インターフェロン刺激因子)、HSP(熱ショックタンパク質)、ABCB1(排出ポンプ)、Autophagy(オートファジー)の発現などが強化されています。一方、炎症に関わるインフラマソーム経路の、NLRP3、PYHIN、IL-1β、STINGといった因子は抑制されていて、免疫寛容に寄与しています。

 

強化された生体防御応答

細胞内でウイルス増殖を抑制することが知られるインターフェロンの発現のパターンは、ヒトとコウモリで違うようです。ヒトはⅠ型インターフェロン(IFN)を普段は最低レベルで発現していて、刺激を受けると高度に誘導されます。一方、ブラックフライングフォックス(Pteropus alecto)は普段から一定レベルのIFN-αを発現しています。Ⅰ型IFNの誘導は制限されているので、炎症性サイトカインの産生は最小限に抑えられます。また、強化されたオートファジーは、コウモリ細胞からのリッサウイルスの排除に重要な役割を果たし、免疫を調節していることが知られています。コウモリは同じサイズの飛ばない哺乳類と比べて、活性酸素の産生量が減っているとともに、重要な抗酸化物質であるSODは変わりない活性を保っています。最近の研究は、マウスで見られるような加齢に伴う活性酸素に対する防御の低下が、コウモリにはないことを示しています。

 

免疫寛容のメカニズム

パターン認識レセプターは、病原体分子の共通構造や障害を受けた細胞内分子を認識して、生体防護や炎症反応を引き起こします。STINGは細胞内のDNAを認識するパターン認識レセプターで、感染、炎症、がんにおいて重要な分子ですが、コウモリでは遺伝子変異が起きていて、これの活性が低下しています。これは、コウモリが飛ぶことによるDNA損傷に対してSTINGが過剰に反応しないように進化した結果ではないかと想像されています。他にも、病原体の侵入のセンサーである、NLRP3の発現の抑制、PYHIN遺伝子ファミリー全体の欠失も報告されています。

 

まとめ

このように、コウモリはウイルスの増殖を抑制する一定の生体防御機構を維持しながら、ウイルス感染によるインフラマソームの活性化を介した過剰な炎症誘導は抑えられているので、あまり症状が出ないということです。こうした炎症の過剰な活性化は、ヒトにおいては自己免疫疾患、自己炎症性疾患、感染症、およびいくつかの加齢性疾患(代謝性疾患や神経変性疾患など)につながっているので、これらを治療するための重要なヒントになるだろうとしています。

最後に私の感想として、この総説ではコウモリの興味深い自然免疫のユニークさがまとめられていますが、コウモリの獲得免疫(抗体やキラーT細胞による抗原特異的な免疫)のほうはどうなっているのか、あまり研究は進んでいないのかもしれませんが、知りたいところです。余談ですが、新型コロナウイルスを保有しているにもかかわらず症状が出ない人は、知らず知らずウイルスを広げているスーパースプレッダーとして恐れられていますが、そうした人たちはコウモリ型免疫の持ち主で、ウイルスに感染して症状が出る人(風邪によくかかる人はこちらかもしれません)は、いわゆるヒト型免疫の持ち主と呼んでみようかなと、個人的には思っています。



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