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僕の読書ノート「進化生物学者、身近な生きものの起源をたどる(長谷川政美)」

2024-03-30 08:53:24 | 書評(進化学とその展開)

 

イヌやネコはどんな動物から進化してペットになったのか、他にも身近に見られる生物たちが何から進化してきたのか、そうした生きものたちの起源を現代の進化生物学の知見からわかりやすく解説している本である。そのような本はこれまで意外と少なかった。近年は、古代種のDNA解析がヒトにとどまらず様々な動物で行われているので、そうした知見がどんどんたまってきているのだ。しかし、研究の難しい深いところには入っていかないので、とても読みやすく、スラスラと一気に最後まで読める。また、著者の長谷川政美氏は、「系統樹マンダラ」という新しい系統樹の書き方を考案した方でもある。これまでの系統樹では、生物の進化の流れが左から右へや、上から下へと一方向に向かって書かれていたが、系統樹マンダラでは、進化の流れが円の中心から周囲に放射状に広がっていく書き方をしている。そのため、生物の写真が円周に沿ってたくさん並べられるというメリットがある。私は、哺乳類の中の真獣類の系統樹マンダラのポスターを部屋に貼っている。その系統樹マンダラが本書ではふんだんに使われている。

では、私がとくに注目したところを下記に記しておきたい。

[イヌ]

・イヌはハイイロオオカミと同じ種である。だから学名は、どちらもCanis lupusであるが、イヌはハイイロオオカミの亜種なので、Canis lupus familitarisとよぶ。柴犬やゴールデンレトリバーなど「犬種」は違っても、学名は同じCanis lupus familitarisとなる。

・ハイイロオオカミはユーラシア大陸全域から北アメリカまで広く分布する。その分布域のなかのどこで犬は進化したのだろうか。現在日本にはハイイロオオカミは分布しないが、かつてはハイイロオオカミの2つの亜種がいた。本州、九州、四国に分布していたニホンオオカミ(Canis lupus hodophilax)と北海道のエゾオオカミ(Canis lupus hatari)である。ニホンオオカミは1905年、エゾオオカミは1899年に絶滅したとされている。総合研究大学院大学の五條堀淳と寺井洋平らのグループは、ニホンオオカミの古代DNA解析から思いがけないことを発見した。彼らは19世紀から20世紀初頭に生きていたニホンオオカミ9個体の全ゲノム解析を行ない、世界中のハイイロオオカミのなかで、ニホンオオカミがイヌにもっとも遺伝的に近いことを明らかにしたのである。この結果は、イヌの起源が日本だったということを示すわけではない。たぶん東アジアにいたハイイロオオカミの集団からイヌ系統が生まれ、この集団あるいは近縁な集団が日本に渡ってニホンオオカミになったのだろう。東アジアの大陸にいた祖先集団はその後に絶滅したと考えられる。

・イヌと判定できる初期の化石は、東ユーラシアのロシア・アルタイ地方で見つかったおよそ3万3000年前のもので、イヌの起源が東アジアであるという説と符合する。ヒトが農耕を始めたのは、最終氷期が終わった1万2000年前以降とされているが、イヌの家畜化が起こったのは、農耕が始まる以前の狩猟採集の時代だったのだ。現在のイヌの品種の多くは、デンプンを分解するアミラーゼという酵素の遺伝子数がハイイロオオカミに比べて多くなっているが、これは農耕が始まって、ヒトの出す残飯を処理するようになってからの適応進化の結果だと思われる。

[ネコ]

・ネコ(Felis silvestris catus)は野生のヨーロッパヤマネコ(Felis silvestris)の一亜種であるリビアヤマネコ(Felis silvestris lybica)が家畜化されたものである。

・ヨーロッパ、アジア、アフリカなどの各地で発見された、およそ1万年前以降のさまざまな年代にわたる352個のネコのサンプル(骨、歯、皮、体毛など。エジプトのミイラも含む)についての古代DNA解析が行われた。8500年前以前は、リビヤヤマネコ由来の遺伝子をもつネコは、メソポタミアやエジプトを含む「肥沃な三日月地帯」でしか見つからないが、この時代以降になると、アジアの広い地域やヨーロッパでも見られるようになる。また、2800年前以降にはアフリカの広い地域でも見られる。肥沃な三日月地帯は、野生のリビアヤマネコの分布域であり、最初に農耕が始まったところでもある。このようなところで、ネコの家畜化が始まり、その後、世界中に広まったのである。

[ウマ]

・ウマはヒトの移動や物資の輸送に大きな役割を果たし、さらに軍事的にも重要なものであった。ウマは人類の歴史がグローバル化するきっかけを与えたともいえる。家畜のウマ(Equus ferus caballus)は、タルバン(Equus ferus ferus)が家畜化された亜種である。

・フランス・ボールサバチエ大学のルードヴィック・オルランドらのグループは、ユーラシア各地の古代遺跡で見つかった273個体のウマの骨について、ゲノム規模の古代DNA解析を行なった。中央アジアのステップで栄えたボタイで生まれた家畜ウマは、その後、西ユーラシアステップのヴォルガ川とドン川に挟まれた地域(現在ロシア)で紀元前2700~2000に生まれた新しいタイプの家畜ウマに置き換えられてしまったことが明らかになった。オルランドらはこの新しいタイプのウマを「DOM2(Modern domesticates 2)」と呼んでいる。他の地域でもDOM2への置き換わりが進み、現在のウマはすべてDOM2になっている。

・オルランドらのグループは、DOM2のウマのGSDMCとZFPM1という2つの遺伝子が、強い人為選択を受けていることを明らかにした。GSDMCに対する選択圧は、強靭な体力のウマをつくり上げるこちに貢献したと考えられる。ZFPM1のほうは、感情の制御に関与する遺伝子と考えられており、乗馬などを可能にする形質として重要だったと思われる。ボタイ文化のウマなど古いタイプの家畜ウマに比べてDOM2は、これら2つの点で家畜として優れていたために、置き換わったのであろう。

[スズメ目]

・鳥類はおよそ1万種を擁する大きなグループであるが、スズメ目はその半分以上の6200種を擁する。スズメ目だけで哺乳類全体の種数を超えるのである。鳥類の目のあいだの分岐は、非鳥恐竜が絶滅した6600万年よりも少し後だった。スズメ目は、オウム目とおよそ6200万年前に分岐したと推定される。このことは、非鳥恐竜や翼竜の絶滅に伴って空席になったニッチを埋め合わせるように、鳥類の急速な種分化が起こったことを示している。同様のことは、哺乳類の進化でも見られる。

・スズメ目やオウム目も含む新顎類の多くのグループの共通祖先は、およそ7000万年前に南アメリカにいたと考えられている。この頃の南アメリカは、ゴンドワナ超大陸の分裂が進んでいたが、まだ南極を通じてオーストラリアとも陸続きになっていた。その頃の南極は温暖な気候で緑の植物に覆われていた大陸であり、鳥類が分布を広げる回廊の役割を果たしていた。スズメ目とオウム目の共通祖先は、この回廊を通って、オーストラリア区に到達したと考えられる。有袋類もその頃同じルートを通って、共通祖先が南アメリカからオーストラリアに到達したのである。

[ハラタケと酸素]

・石炭紀には枯れた木はそのまま地中に埋もれて石炭になったが、次のペルム紀(2億9900万~2億5200万年前)になると、リグニンの分解により枯れた巨木の分解が次第に進むようになり、分解された物質を次の世代の生き物が利用できるようになった。物質循環が起きるようになったのである。リグニン分解能を進化させたのが食用キノコや毒キノコを含むハラタケである。

・ところが酸素の欠乏という大きな問題が起こった。木の分解は酸素を消費して二酸化炭素を生み出す。そのために、ペルム紀の後半から、地球大気の酸素濃度は減少し始めた。古生代はペルム紀で終わるが、酸素分圧の割合は、ペルム紀の前半の30パーセントから、次の中生代三畳紀には15パーセント、さらに続くジュラ紀には12パーセントにまで極端に減少してしまった。われわれ哺乳類の祖先である単弓類は、まだ酸素が豊富だったペルム紀の前半に繫栄した。その後、酸素濃度が減少すると、高酸素濃度に適応した単弓類にとって行きにくい時代になり、単弓類は次第に絶滅していった。代わって登場したのが恐竜であった。恐竜やその子孫である鳥類は、独自の呼吸法を進化させたのである。彼らは気嚢による呼吸法を進化させて酸素と二酸化炭素の交換を効率的に行えるようになった。恐竜の繁栄の期間、単弓類は夜行性の小さな動物として過ごすことになる。

[性選択説]

・ダーウィンの「自然選択説」は次第に受け入れられるようになったが、最後までなかなか受け入れられなかったのが「性選択説」であった。メスの選り好みが進化の原動力になったという考えには、多くの抵抗があったのだ。ところが1915年になって、集団遺伝学者で統計学者でもあったロナルド・エイマー・フィッシャーが、ダーウィンの考えが理論的に成り立つことを示した。

・フィッシャーによると、クジャクの長い飾り羽根は二段階で進化したという。第一段階では、オスの健康度の証として、少しでも立派な長い飾り羽根がメスに好まれるようになる。そのようなメスの選り好みは、健康な子供を残す傾向を生むので、自然選択の結果として進化する。このようなメスの好みがいったん進化すると、自然選択では制御できない第二段階に入るのだ。長い飾り羽根のオスとそれを好むメスのあいだに生まれた子供の中には、オスに長い飾り羽根を与える遺伝子と、メスに長い飾り羽根の配偶者を選択する遺伝子の両方が存在する傾向がある。オスとメスのこれら2つの形質は独立ではなく、相関をもつようになるのである。いったんそのような相関が生じると、正のフィードバックが生まれる。長いオスの飾り羽根を好むメスが増えると、長い飾り羽根のオスが増えるとともに、それを好むメスもさらに増えるのだ。こうなると、そのような選り好みをしないメスの産むオスの子供は、次第に繁殖相手として選ばれないようになる。最初は健康度を測る指標だったオスの長い飾り羽根は、自然選択の対象である適応度とは関係なく、どんどん進化するのだ。

[浮島に乗った漂着]

・海流は、生き物が分布を広げるうえで重要な役割を果たす。しかし、植物と違って泳げない動物の場合は、浮島に乗った漂着という方法がある。浮島の中には幅数十メートル、長さ数百メートルもあって、それに乗った動物の食料となる果実を実らせるような気が生えているものもある。日本ではそんな大きな浮島が海に流出できるような川はないが、大陸ならば実際にあるのだ。例えば10年に一度の大雨で、動物を乗せた大きな浮島が海に流出したとする。このようなことが100万年にわたって繰り返されたとすると、10万回の漂流があったことになる。このようなたくさんの試行の中の1回でも新天地への漂着に成功したならば、その後の進化の歴史は大きく変わることになる。例えば、およそ3500万年前に起こったと考えられる、アフリカから南アメリカへの新世界ザルの祖先の移住は、そのような方法が想像される。

[進化論と進化学]

・生き物たちの進化を捉えるには多面的な見方が必要である。進化の研究は「進化論」ではなく「進化学」でなくてはならない、という考えがある。確かに証拠こそ科学の基礎であり、これにもとづかない思弁的な議論は無益だが、証拠の羅列だけでは進化を理解したことにはならない。証拠を統合する「議論」や「解釈」が重要である。



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4 コメント

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Unknown (おちゃ)
2024-03-30 19:24:47
犬の本を読んでいると、古い形を残して
いる種類として、よくディンゴというのが
出て来ます。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B4

二ホンオオカミ、あるいはヤマイヌの
話になるとよく出て来るのが
シーボルト博士。

八ヶ岳山麓にもヤマイヌは多かった
みたいで、危険な動物とみなされていた
ために殺され、あちこちに供養石が
残っていますね。

SINRAなんて雑誌もあったのに
なくなってしまいました。あれ
好きだったのに。オオカミや犬も
よく取り上げていたと思います。

なんだかとりとめないコメントになって
しまいました。すみません。

ところでウマって、日本固有種のウマも
海外と同じウマなんでしょうか?
木曽馬なんてサラブレッドと同じとは
思えません。まあ、それは犬も同様
ですけど(笑)
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Unknown (wakaby)
2024-03-30 22:43:20
おちゃ様、
この本によれば、ディンゴはイヌの品種の一つ「東ユーラシア」と名付けられたグループに含まれ、日本の柴犬、秋田犬、紀州犬に近いそうです。
江戸時代に大陸から狂犬病が入り込み、狂犬病にかかったオオカミは攻撃性を増し、農民との軋轢が高まって駆除の対象になってしまったそうです。供養石があるということは、彼らへの憐れみや畏敬の念を感じていたのでしょうね。
日本の在来馬は、古墳時代に倭国が百済と組んで、高句麗と戦うための兵器として使用するために、朝鮮半島から導入したのが起源のようです。先日のNHKスペシャル「古代史ミステリー 第2集 ヤマト王権 空白の世紀」でもそのあたりのことをやっていました。
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Unknown (おちゃ)
2024-03-31 06:27:22
ヤマイヌは一応シカの天敵だったみたい
ですね。八ヶ岳山麓に増えすぎるシカです
が、ヤマイヌが今もいれば、ここまで
シカも増えなかったのかもしれません。
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Unknown (wakaby)
2024-03-31 16:04:32
おちゃさま、
ヤマイヌが今もいればここまでシカも増えなかっただろうというのは、その通りと思います。でも、ヤマイヌ=ニホンオオカミが山里に住んでいたらけっこう怖かっただろうなと想像します。私が小学生だったころ茨城の田舎には時々、野犬の集団がうろついていたんですが、ちょっと嫌でしたね。チワワみたいな小さい犬を野に放ったら、ヤマイヌ化するかもしれません。そして、ちっちゃいから怖くもないんだけど、シカを狩ったりできないですね。どうしましょうか。
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