戦争中の密猟が原因となって、牙のないアフリカゾウが短期間で進化したという報告が、サイエンス誌10月の号に出ていました。論文名は、「Ivory poaching and the rapid evolution of tusklessness in African elephants(アフリカゾウにおける象牙の密猟と牙のないものの急速な進化). Campbell-Staton et al., Science 374, 483–487 (2021), 22 October 2021」です。この論文はまた、サイエンス誌の展望のコーナーにおいても、「Of war, tusks, and genes(戦争、象牙、遺伝子について). Chris T. Darimont and Fanie Pelletier, Science, 374 (6566)」として紹介されていました。
モザンビーク内戦(1977~1992年)において、軍隊の戦争資金獲得の目的で象牙の密猟が行われました。密猟によるアフリカゾウへの影響が調べられました。密猟によって、ゴロンゴサ国立公園のアフリカゾウの個体数が90%減少しました。戦争が終わってから、個体数は回復してきましたが、多くのメスが牙のない状態で生まれてきました。牙のないアフリカゾウは、密猟があっても生き残る可能性が高く、密猟が牙のないゾウを強く選択する力として働いたと考えられます。ここでは、進化学用語の一つである「集団のボトルネック(遺伝的浮動)」ー集団が小さくなった時に偶然にある遺伝子が集団に広まる現象ーが起きたと考えられます。
そうした表現型を生成する遺伝子が特定されました。全ゲノムを探索することで、エナメル質、象牙質、セメント質、そして歯周組織の形成を含む、哺乳類の歯の発生において役割を持つことが知られている2つの遺伝子(AMELXとMEP1a)が関係していることが明らかとなりました。そのうちの1つAMELXは、上顎側切歯(象牙に相同)の成長を低下させ、ヒトのX連鎖優性男性致死症候群と関係しています。この遺伝子はX染色体上にあり、この遺伝子の乗ったX染色体を1本もつオス(XY)は、発生の途上で死亡します。一方、この遺伝子を1本もつメス(XX)は成長することができます。この遺伝子が牙を失くさせるメカニズムや、オスが致死的になる理由はわかっていません。
ダーウィニズムによる進化は、突然変異の発生→集団の多様化→自然選択による特定の形質の生き残り、という過程を取ります。今回は、この「自然選択による特定の形質の生き残り」が観察できたことになります。そもそも、進化は非常に長い年月をかけて進むものなので、観察することが難しいと考えられています。今回の報告は、戦争という悲惨なできごとによって、図らずも短い期間で進化の一過程を観察できためずらしい事例と言えるかもしれません。
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