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哺乳類進化研究アップデート No.6ー哺乳類進化の研究法ー化石か分子か②

2021-04-03 20:33:49 | 哺乳類進化研究アップデート

哺乳類科学という雑誌の哺乳類進化研究の特集から、2番目の化石研究についての総説ー西岡佑一郎,楠橋直,高井正成.哺乳類科学,60(2):251-267,2020「哺乳類の化石記録と白亜紀/ 古第三紀境界前後における初期進化」ーを読んでみました。

生物の分岐分類学や古生物学における重要な用語が二つあります。一つがクラウン・クレードで、ある分類群を構成する子孫とそれらの祖先のうち派生形質を共有する種を含めた単系統群(クレード)を意味します。私はこれを、原生する多くの種を派生したおおもととなった群と解釈しました(下図でいうと、真獣類、後獣類、アウストラロスフェニダ類)。もう一つがステム・グループで、クラウン・クレード以外の祖先、つまり同分類群に含まれる、あるいは近縁であると考えられるが、明確な共有派生形質をもたない種を意味します。私はこれを、原生する多くの種を派生せずにどん詰まりで絶滅してしまった群と解釈しました(下図でいうと、真獣類、後獣類、アウストらロスフェニダ類以外の群)。

我々人類を含む有胎盤類のクラウン・クレード、すなわち現生哺乳類の系統(現生目)が,白亜紀(中生代)と古第三紀(新生代)との境界(=K/Pg 境界約6600 万年前)にある絶滅イベントの前に放散したのか、後に放散したのかという問題は哺乳類学における一大研究トピックであり、今なお論争の真っ只中であるとのことです。恐竜全盛期には哺乳類はこそこそ隠れながら生活していたのが、恐竜が絶滅したことで生活の場が広がり、様々な土地、生活様式に適応して種が多様化したと考えるのが理にかなっていそうです。

近年は、現生種の遺伝子情報と化石を含む形態情報を統合して解析し、複数の化石記録を参照して各系統の分岐年代を推定する「ビックデータ分析」が主流で、O’Leary et al.(2013)によるScience誌(本総説の引用文献では間違ってNature誌と書かれている)に掲載された研究が有名だということで、本総説では彼女らの論文がひんぱんに引用されていることからも、この分野における一つの到達点であり、今後に向けた参照点としての重要性がうかがわれます。彼女らは各目レベルのクラウン・クレードの最古となる化石記録に基づき推定分岐年代を算出した結果、有胎盤類の起源と放散はK/Pg 境界後に起きたと結論づけているそうです。さらに、最近の研究では、有胎盤類のクラウン・クレード(異節類やローラシア獣類など)の起源は白亜紀(中生代)で、目レベルでの放散は暁新世(新生代)に起きた可能性が示されていて、現状ではそれが化石記録と分子系統の折り合いをつける最適な解釈だろうとしています(下図では、真獣類(=有胎盤類)のラインが白亜紀にやや太くなって、新生代でさらに太くなっていることで示されています)。

分岐年代の推定には、分類が明らかでかつ産出年代の定まっている化石種が用いられます。しかし、古生物学的な証拠は断片的で、化石の分類や年代値が再評価されることも頻繁にあるため、「最古の化石記録」がどのような裏付けに基づいており、どの程度信頼できるデータなのかという点を明確にしておくことが現代の哺乳類学研究者にとって重要な情報だとしています。つまり、古生物学的な証拠は信頼性が重要ではあるものの、時代を経ることで再評価される可能性もあるので、その時点における暫定的な結果として捉えておいたほうがいいのかなとも感じました。

 

ここから先は、各論に入って非常に細かな記述が続くので、私なりにポイントをピックアップしていきます。

・クラウン・クレードとしての哺乳類とそれに近縁なグループを含めて哺乳形類と称します。現時点での最古の化石記録から、哺乳形類は2億3000万年前までにキノドン類から分岐し、そこから哺乳類が現れたと考えられていますが、中生代の三畳紀からジュラ紀にかけてのどの年代だったかは不明だそうです。ハラミヤ類は哺乳類の多丘歯類の姉妹群で、三畳紀から出ているので、この時代には哺乳類が出現していたという説と、ハラミヤ類は哺乳形類のステム・グループであるという説(上図の位置)があります。このことから、哺乳類の出現した年代がいつなのかは、ハラミヤ類がどこに分類されるかにかかっているところがあります。先日の「哺乳類進化研究アップデート No.4ー哺乳類への中耳の進化」で紹介した論文では、中耳の形態からハラミヤ類は哺乳類に含まれると主張していました。

・中生代の哺乳形類は主に臼歯の形態に基づき、上図のように分類されています。

単孔類アウストラロスフェニダ類に含まれます。現在の単孔類はオーストラリアにのみ生息していますが、アウストラロスフェニダ類の中生代の化石はアフリカ、南米、オーストラリアで知られています。

後獣類有袋類)と真獣類有胎盤類)の分岐がいつ起こったかは、哺乳類進化研究の重要なテーマの一つです。近年、その分岐はジュラ紀だという説が出ていますが、まだ証拠不十分で確定していないとのことです。有胎盤類の起源・多様化の時期に関しては3つの仮説、短期結合モデル、長期結合モデル、爆発的放散モデルがあります。分子系統学は、短期結合モデルか長期結合モデルを支持していて、有胎盤類は白亜紀(約1億年前)に出現し、目レベルでの多様化は短期間(短期結合モデル)、または1億年前から6600万年前までの長期間(長期結合モデル)で起きたと考えています。一方、古生物学は、有胎盤類の化石が中生代から発見されていないというO’Leary et al.(2013)などの主張から、爆発的放散モデルを支持していて、K/Pg 境界(6600万年前)の直後に原生目が出現したと考えています。しかしながら、ゲノムの変化の後に形態的特徴が定着するため、分岐年代は分子生物学による推定値よりも化石記録に基づく年代値の方が当然若くなるということも考えられています。

・我々が入っている有胎盤類の真主齧類の中の霊長目について、分子系統学においては白亜紀の約8500 万年前あたりに分岐したとされています。また、霊長目が出現した場所としては、古生物学者は北半球のテチス海周辺(現在のカリブ海~地中海~東南アジアに及ぶ地域)、分子生物学者は見は南半球の大陸(アフリカか南米)と考えています。

 

以上をまとめると、化石による物的証拠と分子系統樹という計算による予測の間では、それぞれの分類群の分岐の年代において様々な食い違いがあることが分かりました。また気づいた点として、①本総説において真主齧類とローラシア獣類をまとめて北方獣類とする記載は出てこないことから、北方獣類という分類群は分子系統学に特有なもののようであること、②本総説には約100報の論文が引用されていますが、日本人によって報告された論文は1報もなく、この分野の研究ー古生物学的手法による哺乳類進化の研究ーは日本においては低調な状況であることを感じました。


哺乳類進化研究アップデート No.5ー哺乳類進化の研究法ー化石か分子か①

2021-03-20 22:26:29 | 哺乳類進化研究アップデート

今回は、トップジャーナルからの論文紹介ではなく、昨年、日本の学術誌に掲載された哺乳類進化の研究の進展についてまとめられた特集を紹介したいと思います。日本哺乳類学会が出している哺乳類科学という雑誌に掲載された下の3つの総説です。1つ目は特集の巻頭言、2つ目は古生物学(化石情報)による研究の進展、3つ目は分子系統学(ゲノム情報)による研究の進展についてまとめられています。もともと、古生物学はおもに大学の理学部の地学科(地球科学)、分子系統学は理学部の生物学科(生命科学)が細々と扱っている(お金になりませんので)研究分野で、お互いにあまり交流もないし、両者を併せて勉強する機会も少ないと思います。私自身、もともとどちらの分野もそんなに詳しくなく、最近になって「わたしは哺乳類です(リアム・ドリュー)」を読んで、哺乳類が「アフリカ獣類(アフリカ起源)」「異節類(南米起源)」「ローラシア獣類(ユーラシア、北米起源)」「真主齧類(ユーラシア、北米起源)」と、大陸ごとに分けられるのだと知って衝撃を受けたくらいです。これまでの常識であった形態による分類、ネズミはネズミとしてまとめておけばいいでしょ的な分け方は通用しないことが分かってきたのです(現在の分類法ではネズミは、真主齧類の齧歯目、ローラシア獣類の新無盲腸目、アフリカ獣類のハネジネズミ目とアフリカトガリネズミ目に分断されている)。今回は、私の勉強のためもあり、2つの研究分野それぞれの考え方、共通点、相違点などを確認してみたいと思います。

1.西岡佑一郎.哺乳類科学,60(2):249,2020「特集「哺乳類高次分類群の拡散―分子系統学と古生物学の最近の進展―」の企画にあたって」

2.西岡佑一郎,楠橋直,高井正成.哺乳類科学,60(2):251-267,2020「哺乳類の化石記録と白亜紀/ 古第三紀境界前後における初期進化」

3.長谷川政美.哺乳類科学,60(2):269-278,2020「分子情報にもとづいた真獣類の系統と進化」


まずは、1の巻頭言「特集「哺乳類高次分類群の拡散―分子系統学と古生物学の最近の進展―」の企画にあたって」から入っていきましょう。

哺乳類学における大きな課題の一つは、原生種、化石種含めて、それぞれの目が恐竜絶滅前(中生代)に出現したのか、絶滅後(新生代)に出現したのかということです。最近は、哺乳類のすべての原生目は新生代に出現したという意見が受け入れられているそうですが、中生代の哺乳類がどんな生き物だったのかといった知識はあまり周知されていないので、今回、真獣類(有胎盤類)全体の大進化をレビューすることになったそうです。

生物は、その根元に近づくほど形態的に分化(特殊化)していないため、祖先に近い種の分類学的な位置を正確に定めることが難しいといいます。形態学におけるこうした問題を解決したのが分子系統学であり、遺伝子の塩基やアミノ酸配列の中立的な変化に基づくゲノム分析は、形態的な手法と比べて生物の系統関係をより客観的かつ正確に示す手法として積極的に受け入れらてきました。しかし、塩基配列に基づく系統樹推定においても各分類群の分岐年代の推定には化石記録が必要不可欠であり、また絶滅種の形態は化石情報からしか特定・推定はできないということで、分子系統学と古生物学が互いに補い合っている関係が示されています。また、利用する遺伝子の種類や数、塩基配列長、系統樹推定法や塩基置換モデルの違いなど様々な条件により分析結果が大きく変わる点も分子系統学的分析の弱点の一つであるとしています。

次回は、2の総説ー古生物学(化石記録)からのアプローチーについて読んでいきます。


哺乳類進化研究アップデート No.4ー哺乳類への中耳の進化

2021-02-13 12:32:42 | 哺乳類進化研究アップデート

進化学の研究手法はゲノム解析の時代になってきましたが、昔ながらの研究手法である、新しい化石を発見して他の動物と骨格形態を比較する研究は今でもトップ・ジャーナルに掲載される重要な分野です。ネアンデルタール人のゲノムが解析されて、ホモ・サピエンスと交雑していたことや、最近ではヒトの新型コロナウイルス感染に対する重症化のしやすさはネアンデルタール人のゲノムに由来していることなど、化石人類のゲノム研究が脚光をあびていますが、ネアンデルタール人は3万年前くらいまで生きていたのでゲノム解析に耐えうるDNAサンプルが入手できたのでしょう。一方、爬虫類などの四肢動物から分かれて哺乳類の祖先が進化してきた時代は、2億年近く前のことですので、ゲノム解析ができるようなサンプルは得られず、骨格形態の解析という古い研究手法によって最新の研究成果が挙げられているのです。今回紹介するのは、そんな化石の観察結果から新たな知見が得られたということで、今週のNature誌に掲載された論文です(「中期ジュラ紀のハラミヤ類の単孔類様の聴覚器」 A monotreme-like auditory apparatus in a Middle Jurassic haramiyidan. Wang, J. et al. Nature 590, 279–283 (2021))。その論文の内容をまとめた解説記事が同時に掲載されていましたので、そちらからかいつまんで紹介します(「哺乳類進化の古典的な物語に耳を傾ける」 Lend an ear to a classic tale of mammalian evolution. Hoffmann, S. Nature 590, 224-226 (2021))。

哺乳類は他の脊椎動物と比べて、鋭敏な聴覚を持っています。特に波長の高い音を聞く能力が高く、非常に精巧にできた中耳がその能力に寄与していると考えられています。爬虫類の中耳を構成する耳小骨は鐙骨(あぶみこつ)だけです。一方、哺乳類の耳小骨は、鼓膜側から、槌骨(つちこつ)、砧骨(きぬたこつ)、鐙骨と三つの骨から構成されています。鐙骨は内耳の蝸牛(かぎゅう)に振動を伝えます。哺乳類で新たに増えた二つの耳小骨である槌骨と砧骨はどうやって作られてきたのかは、哺乳類進化の重要なテーマになっています。結論としては、下顎の骨が分かれて中耳に移ってきたと考えられていますが、その過程についてはまだ不明なことも残っています。そのあたりの研究の進捗状況はリアム・ドリューによる著書「わたしは哺乳類です」に詳しく書かれています。

哺乳類と、絶滅した哺乳類の祖先を合わせて哺乳形類(ほにゅうけいるい)と分類されます。哺乳類にはカモノハシなどの単孔類、有袋類と有胎盤類を含む獣亜綱、絶滅したリアオコノドン、ビレボロドンなどが含まれます。哺乳類以外の哺乳形類には、モルガヌコドン目が含まれます。

今回のWangらによる報告は、最近発見された化石の解析、以前に報告された化石の中耳の再評価、およびさまざまな現代の哺乳類における中耳の発達についての議論を組み合わせて、中耳の進化を整理し直したものです。下顎から中耳への骨の移行について次のような用語体系を確立し、3つのタイプに分類しました。①分離(中耳は下顎から完全に分離されている)、②メッケリア付属(中耳はメッケル軟骨と呼ばれる構造を介して下顎に接続されている)、③歯後付着(中耳は顎から分離されていない)。さらに槌骨と砧骨の間の接触状態によって、平らに重複する関節とサドル型関節に分けました。それによって下のように中耳の状態を整理しました(下図参照)。

哺乳形類ーモルガヌコドン類(中耳は歯後付着、槌骨と砧骨は滑車型接続)

    ー哺乳類ー単孔類(中耳は分離、槌骨と砧骨は重複型接続)

        ーリアオコノドン(中耳はメッケリア付属、槌骨と砧骨は部分的に重複型接続)

        ービレボロドン(中耳は分離、槌骨と砧骨は重複型接続)

        ー獣亜綱(中耳は分離、槌骨と砧骨はサドル型接続(発生初期では重複型接続))

図1

ハラミヤ目という分類群がありますが、哺乳類以外の哺乳形類なのか哺乳類なのかがまだ確定していません。以前から、ハラミヤ目に含まれるビレボロドンの中耳は下顎に付着していて、哺乳類以外の哺乳形類であるとされてきました。Wangらの研究は、その一種ビレボロドン・ディプロミロスの化石を再評価し、中耳が下顎から分離していることを示し、そのことによってハヤミヤ目は哺乳類に含まれることになり、哺乳類の起源はこれまで考えられていたより300万年早い、少なくとも2億1500万年前にさかのぼることが示されました。

さらに、槌骨と砧骨の接続の仕方の評価によって、これまで単孔類で知られていた重複型接続は、初期の哺乳類であるリアオコノドンやビレボロドンの他、獣亜綱(大人ではサドル型接続になる)の初期発生段階にも存在することを示しました。単孔類の中耳の形態は、哺乳類の初期型であることが示唆されます。

中国を中心にここ数年で新しい化石が見つかり、哺乳類の系統樹が再評価されつつあり、Wangらの研究結果はその一つの進歩と考えられます。

 

代表著者がこの研究成果について語っています。

Fossilised glider takes the origin of mammals back to the Triassic


哺乳類進化研究アップデート No.3ーカモノハシ目のゲノム解析

2021-01-11 21:51:28 | 哺乳類進化研究アップデート

カモノハシとハリモグラは単孔類とよばれる産卵する哺乳類であり、他の哺乳類である獣亜綱(有袋類、真獣類)とはかなり異なる性質を有していますが、その遺伝子的な基盤はどこまでわかっているのでしょうか。中国などの研究者たちによって、カモノハシとハリモグラのゲノム解析の結果がネイチャー誌にオンライン報告されましたので紹介します(「カモノハシとハリモグラのゲノムは哺乳類の生物学と進化を明らかにする」Zhou, Y., Shearwin-Whyatt, L., Li, J. et al. Platypus and echidna genomes reveal mammalian biology and evolution. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-020-03039-0)。

私がローマの動物学博物館で撮影したカモノハシ(上)とハリモグラ(下)のはく製(2017年11月)。

カモノハシ目は、カモノハシ科とハリモグラ科に分かれ、カモノハシ科は半水生でオーストラリア東部に単一種が分布しているのみ、ハリモグラ科は陸生でオーストラリアとニューギニアに4種が存在しています。また、カモノハシ科は肉食性で電気受容性を持つ一方、ハリモグラ科は食虫性で嗅覚性を持つという違いがあります。他の哺乳類と異なる特に興味深い点は性染色体にあり、先祖のXYペアに常染色体を追加した性染色体を持っており、減数分裂中に鎖として組み立てられるという独特なシステムを有しています。これまで、部分的にしか調べられていなかったカモノハシ目のゲノムですが、今回、カモノハシは高精度の、ハリモグラは連続性の低いアセンブリとして作成され、解析の結果、下記のようなことがわかってきました。

遺伝子数、系統学 カモノハシについては20,742個の、ハリモグラについては22,029個のタンパク質コード遺伝子が同定されました。系統学的な再構成により、約1億8700万年前にカモノハシ目と獣亜綱(有袋類、真獣類)が分岐し、約5500万年前に2つのカモノハシ目が分岐したことが示されました。

食事 カモノハシは水生無脊椎動物を、ハリモグラは社会性昆虫を食する食性を示します。そのためか、カモノハシ目には歯がありません。歯の発生に関与する8つの遺伝子のうち、4つの遺伝子が両方のカモノハシ目ゲノムで失われ、ハリモグラはさらに2つのエナメル遺伝子を失っています。胃の機能に関与する遺伝子の分析は、消化関連遺伝子のかなりの喪失を明らかにしましたが、胃と膵臓の発達に不可欠なNGN3は両方の種で維持されています。

感覚器 化学感覚システムに関して、苦味受容体遺伝子は真獣類で25個以上のコピーを有するのに対し、カモノハシは7、ハリモグラは3まで減少しています。このような遺伝子数の減少は、真獣類のセンザンコウでも観察され、ハリモグラとセンザンコウ両者の食虫食から生じた収斂進化を示唆しています。虫を食べるようになって、その苦い味にいちいち反応しないようになったということでしょうか。嗅覚器官には、主要な嗅球とフェロモンなどを検知する副嗅球があります。カモノハシの鼻腔はダイビング中に閉鎖され水中の獲物を検出するために電気受容に依存しており、カモノハシの嗅球のサイズはハリモグラよりもはるかに小さく、これと相関してカモノハシの嗅覚受容体(OR遺伝子)の数も299と、ハリモグラ693より少なくなっています。一方、副嗅球は鋤鼻器(じょびき)からの投射を受け取りますが、鋤鼻1型受容体(V1R遺伝子)の数がハリモグラで28に対して、カモノハシで262と著しく増加しています。鋤鼻受容体は、求愛、親の世話、授乳の誘導、およびカモノハシ目の乳汁排出においておそらく重要な役割を果たします。したがって、カモノハシ目における嗅球と副嗅球システムの多様化は、環境への適応によるトレードオフ(あっちが良くなれば、こっちは悪くなるの関係)の例と言えます。

 卵生のカモノハシ目は、進化の過程で哺乳類が卵生から胎生へ移行した過程を明らかにする鍵となる位置に存在します。カモノハシ目は、鳥や爬虫類のように卵タンパク質の栄養には依存せず、子宮分泌物やその後の授乳によって栄養を獲得しています。爬虫類は主要な卵タンパク質ビテロゲニン(VTG)3つの機能コピーを持っていますが、カモノハシ目では1つの機能コピー(VTG2)とVTG1の部分配列のみが見つかりました

 有袋類と同様に、カモノハシ目は泌乳期間が長く、発達が進むにつれて乳の組成が変化し、子供のニーズの変化に対応します。獣亜綱の泌乳初期に存在する主要な乳タンパク質SPINT3(クニッツタイプ・プロテイン・インヒビター3)は、有袋類で免疫が未熟な子供の保護の役割を持つと予想されていますが、単孔類には存在しません。染色体分析により、この領域はカモノハシで保存されているが、クニッツドメインを含む新しいタンパク質のコピーが2つ含まれていることが確認されました。クニッツファミリーは急速に進化している遺伝子ファミリーであり、新しいメンバーの1つはカモノハシ目においてSPINT3と同様の免疫保護機能を持つ可能性があります。単孔類のゲノムは、獣亜綱で同定されている乳の遺伝子のほとんどを持っています。ほとんどの哺乳動物は3つのカゼイン遺伝子持っており、授乳中に分泌される最も豊富な乳タンパク質をコードしています。これらの遺伝子に加えて、カモノハシには、獣亜綱の哺乳類には見られない余分なカゼイン((CSN2BCSN3B)があり、機能は不明です。全てのカゼインは、分泌性カルシウム結合リンタンパク質(SCPP)遺伝子ファミリーのメンバーであり、他のSCPP遺伝子、すなわち歯関連遺伝子ODAMやその誘導体FDCSPとSCPPPQ1から進化したと考えられています。現存するカモノハシ目はODAMFDCSPの両方を失ったようです。染色体分析は、追加のカモノハシ目カゼイン遺伝子(CSN2BおよびCSN3B)が獣亜綱のODAMFDCSP、カゼイン遺伝子座と同じ染色体領域に存在することを示しており、このことはカゼインが歯原性遺伝子から進化したというさらなる証拠を提供しています。

私の結論: カモノハシ目のゲノムが解析されて分かったことは、鳥類・爬虫類と獣亜綱(有袋類・真獣類)の間をつなぐような特徴もあれば、鳥類・爬虫類、獣亜綱とも似ないカモノハシ目に独特な特徴もあったり、はたまたカモノハシ目の中でもカモノハシとハリモグラの間でかなり異なる特徴もあるという、なかなか複雑な様相を呈しているということになるのかなと思います。なお、上記以外にも、非常に独特な性状を持つ性染色体についても詳しく調べられています。また、今回得られたゲノム情報を用いて、他の遺伝子についてもさらなる新知見が出てくることが期待されます。


哺乳類進化研究アップデート No.2ー有胎盤哺乳類240種のゲノム解析

2020-12-06 21:33:14 | 哺乳類進化研究アップデート

ヒトのゲノム塩基配列解読はますます日常的になっていますが、他の種の大半ではまだそれほど一般的でなく、ゲノム・データベースで捉えられているのは多様な生物種のうちのごく一部だけです。そこで広範囲の有胎盤(カンガルーやカモノハシの仲間以外の)哺乳類についてゲノム解析が行われ、最近のネイチャー誌に論文が載りました。これはマサチューセッツ工科大学とハーバード大学のエリナー・K・カールソンを中心としたズーノミア・コンソーシアムによる研究で、新たに塩基配列が解読された120種を含む有胎盤哺乳類(真獣下綱)の科(ファミリー)の80%以上を代表する240種のゲノム解析結果をまとめています(「科学的発見と保存のための比較ゲノミクスマルチツール」Zoonomia Consortium., Genereux, D.P., Serres, A. et al. A comparative genomics multitool for scientific discovery and conservation. Nature 587, 240–245 (2020))。

サンディエゴ動物園にグローバル冷凍動物園という施設があり、そこには絶滅危惧種を含む1万種の脊椎動物の細胞が保管されています。その施設を中心にDNAサンプルが収集されました。ゲノム解析には、Progressive Cactusと呼ばれる新しいソフトウエアが使われました。具体的なハード面とソフト面の解析方法は、私にはなかなか理解がおぼつかないので省略します。

すでに得られていた121種のアセンブリ(ある生物種のゲノム・セットをこう呼んでいる)と今回新たにズーノミア・コンソーシアムで得られた120種のアセンブリを合わせた240種の有胎盤哺乳類の塩基配列データがそろいました。下図にその全体像が示されていますが、学名表記でしかも小さくて見にくいので、イメージとして載せておきます。

<picture>figure1</picture>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(図.赤四角はズーノミアで配列が決められた種を含む科、灰色四角は以前に配列が決められていた種を含む科、ピンク四角はズーノミアと以前にそれぞれ配列が決定された種を含む科、白四角はまだ配列が決められていない科。)

これらのゲノム・データは、例えば次のような研究に役立っていると述べられています。

・種の分化ー今回得られたメキシコのホエザルと隣接するグアテマラのクロホエザルのアセンブリが比較され、最初に異所性に分かれて、生殖隔離によって種が分化するというドブジャンスキーの理論の実証に役立つだろうとしています。

・ガンからの防御ー今回得られたカビバラ(巨大なげっ歯類)のアセンブリを使うことで、この動物では抗ガン経路が自然選択されてきたことが報告されていますが、アフリカゾウやアジアゾウのような大型の哺乳類がガン抑制遺伝子TP53の余分なコピー(レトロ遺伝子)を持っているという報告と呼応しています。大型の哺乳類のガンは予想以上に少ないという観察結果(ペトのパラドックスと呼ぶ)の解明に役立つかもしれません。

・毒の収斂進化ーハイチソレノドン(トガリネズミ目)のアセンブリを使用して、彼らの作る毒の産生が調べられました。この毒は、トガリネズミやハイチソレノドンなど少数の真獣類が有しています。この毒をコードする遺伝子カリクレイン1セリンプロテアーゼ(KLK1)のパラログ(相同な遺伝子)が特定され、この遺伝子がトガリネズミとハイチソレノドンでそれぞれ独立して毒産生に使われるようになった収斂進化(それぞれ独自に似た形質が進化すること)の例であることがわかりました。

・生物多様性の保全戦略への情報提供ーオオカワウソのアセンブリの分析は、彼らの低い多様性と有害な遺伝的変異の負荷が高まっていることを示しました。これは乱獲と生息地の喪失による個体数の減少を伴っています。しかし、南部や北部のラッコの持つ有害な遺伝的変異よりは少ないことから、オオカワウソは集団が保護されれば、これらの種の中では生息数が回復する可能性が最も高いことが示唆されました。

・種の感染リスクの迅速な判断ーズーノミア・データと数百の他の脊椎動物のゲノム・データを用いて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスであるSARS-CoV-2の受容体であるACE2の構造が比較されました。それによって、ウイルスの貯蔵庫、中間宿主、またはCOVID-19の研究のためのモデルとして非常に適した47種の哺乳類を同定しました。そして、コウモリに特異的なACE2受容体の結合ドメイン(部位)が正の選択を受けてきたことを発見しました。

今回拡充された有胎盤哺乳類のゲノム・データは、世界中の研究者たちが利用でき、今後の進化学研究の役に立つことでしょう。