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哺乳類進化研究アップデート No.4ー哺乳類への中耳の進化

2021-02-13 12:32:42 | 哺乳類進化研究アップデート

進化学の研究手法はゲノム解析の時代になってきましたが、昔ながらの研究手法である、新しい化石を発見して他の動物と骨格形態を比較する研究は今でもトップ・ジャーナルに掲載される重要な分野です。ネアンデルタール人のゲノムが解析されて、ホモ・サピエンスと交雑していたことや、最近ではヒトの新型コロナウイルス感染に対する重症化のしやすさはネアンデルタール人のゲノムに由来していることなど、化石人類のゲノム研究が脚光をあびていますが、ネアンデルタール人は3万年前くらいまで生きていたのでゲノム解析に耐えうるDNAサンプルが入手できたのでしょう。一方、爬虫類などの四肢動物から分かれて哺乳類の祖先が進化してきた時代は、2億年近く前のことですので、ゲノム解析ができるようなサンプルは得られず、骨格形態の解析という古い研究手法によって最新の研究成果が挙げられているのです。今回紹介するのは、そんな化石の観察結果から新たな知見が得られたということで、今週のNature誌に掲載された論文です(「中期ジュラ紀のハラミヤ類の単孔類様の聴覚器」 A monotreme-like auditory apparatus in a Middle Jurassic haramiyidan. Wang, J. et al. Nature 590, 279–283 (2021))。その論文の内容をまとめた解説記事が同時に掲載されていましたので、そちらからかいつまんで紹介します(「哺乳類進化の古典的な物語に耳を傾ける」 Lend an ear to a classic tale of mammalian evolution. Hoffmann, S. Nature 590, 224-226 (2021))。

哺乳類は他の脊椎動物と比べて、鋭敏な聴覚を持っています。特に波長の高い音を聞く能力が高く、非常に精巧にできた中耳がその能力に寄与していると考えられています。爬虫類の中耳を構成する耳小骨は鐙骨(あぶみこつ)だけです。一方、哺乳類の耳小骨は、鼓膜側から、槌骨(つちこつ)、砧骨(きぬたこつ)、鐙骨と三つの骨から構成されています。鐙骨は内耳の蝸牛(かぎゅう)に振動を伝えます。哺乳類で新たに増えた二つの耳小骨である槌骨と砧骨はどうやって作られてきたのかは、哺乳類進化の重要なテーマになっています。結論としては、下顎の骨が分かれて中耳に移ってきたと考えられていますが、その過程についてはまだ不明なことも残っています。そのあたりの研究の進捗状況はリアム・ドリューによる著書「わたしは哺乳類です」に詳しく書かれています。

哺乳類と、絶滅した哺乳類の祖先を合わせて哺乳形類(ほにゅうけいるい)と分類されます。哺乳類にはカモノハシなどの単孔類、有袋類と有胎盤類を含む獣亜綱、絶滅したリアオコノドン、ビレボロドンなどが含まれます。哺乳類以外の哺乳形類には、モルガヌコドン目が含まれます。

今回のWangらによる報告は、最近発見された化石の解析、以前に報告された化石の中耳の再評価、およびさまざまな現代の哺乳類における中耳の発達についての議論を組み合わせて、中耳の進化を整理し直したものです。下顎から中耳への骨の移行について次のような用語体系を確立し、3つのタイプに分類しました。①分離(中耳は下顎から完全に分離されている)、②メッケリア付属(中耳はメッケル軟骨と呼ばれる構造を介して下顎に接続されている)、③歯後付着(中耳は顎から分離されていない)。さらに槌骨と砧骨の間の接触状態によって、平らに重複する関節とサドル型関節に分けました。それによって下のように中耳の状態を整理しました(下図参照)。

哺乳形類ーモルガヌコドン類(中耳は歯後付着、槌骨と砧骨は滑車型接続)

    ー哺乳類ー単孔類(中耳は分離、槌骨と砧骨は重複型接続)

        ーリアオコノドン(中耳はメッケリア付属、槌骨と砧骨は部分的に重複型接続)

        ービレボロドン(中耳は分離、槌骨と砧骨は重複型接続)

        ー獣亜綱(中耳は分離、槌骨と砧骨はサドル型接続(発生初期では重複型接続))

図1

ハラミヤ目という分類群がありますが、哺乳類以外の哺乳形類なのか哺乳類なのかがまだ確定していません。以前から、ハラミヤ目に含まれるビレボロドンの中耳は下顎に付着していて、哺乳類以外の哺乳形類であるとされてきました。Wangらの研究は、その一種ビレボロドン・ディプロミロスの化石を再評価し、中耳が下顎から分離していることを示し、そのことによってハヤミヤ目は哺乳類に含まれることになり、哺乳類の起源はこれまで考えられていたより300万年早い、少なくとも2億1500万年前にさかのぼることが示されました。

さらに、槌骨と砧骨の接続の仕方の評価によって、これまで単孔類で知られていた重複型接続は、初期の哺乳類であるリアオコノドンやビレボロドンの他、獣亜綱(大人ではサドル型接続になる)の初期発生段階にも存在することを示しました。単孔類の中耳の形態は、哺乳類の初期型であることが示唆されます。

中国を中心にここ数年で新しい化石が見つかり、哺乳類の系統樹が再評価されつつあり、Wangらの研究結果はその一つの進歩と考えられます。

 

代表著者がこの研究成果について語っています。

Fossilised glider takes the origin of mammals back to the Triassic



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