joy - a day of my life -

日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

『迷いと決断 ソニーと格闘した10年』 出井伸之(著)

2007年07月28日 | Book
前ソニー会長の出井伸之さんによる『迷いと決断 ソニーと格闘した10年』を読みました。読み終わって、この本で著者が述べようとしたことはこれだ、という論点をはっきりと見つけられない感じです。

著者は全世界16万人の従業員を抱える組織のトップとしては、驚くほどに自分の長所と短所を曝け出します。ここまで正直な人があれほどの大企業の社長でいたんですね。

以前、同じ著者による『非連続の時代』を読んだとき、「あぁ、この人は時代の流れを正確に読んでいたんだな」と思いました。音楽の供給がCDからネット配信へと移行し、一部のメディアが殿様商売的に消費者へコンテンツを供給する形態が終わり、ネット上で個々人が情報を交換し合う時代になることを、90年代半ばかそれ以前から出井さんは見通していたのです。「ウェブ2.0」という言葉が流行る10年も前から。

しかし、そのような先見の明があった人でも、ソニーのような大企業でいる以上は組織の論理に引きずられ、自分のビジョンを自由に実現に移せなかったのかもしれません。

著者はこの本で繰り返し、井深大さんなどのカリスマ的な創業者による経営を受け継いだ自分が、創業者たちと同じように社内で求心力をもてるかどうかについて不安をもっていたことを告白します。

細かい組織構成の問題はわたしには理解できないし、またそれが分からなければ何も分かっていないのかもしれませんが、出井さんが取り組んできたのは、(それまでのような)どんぶり勘定で夢を追いかけるだけの企業から、収益を持続的に計算できる(単に収益を生み出すのではない)企業へと変えることだったようです。

ソニーという、家電の歴史に革命を起こすような製品を打ち出す企業は、技術者が自分の夢を追いかけ社内もそれを無条件に肯定する雰囲気があったのでしょう。おそらく出井さんはその姿勢自体を否定することはないでしょう。しかしソニーは80年代以降から無理な生産設備への投資や映画会社の買収を行ってきたことにより収益体質が悪化していたそうです。経営者として出井さんはそのことに危機感をもち、今やるべきことは、かかっている費用とあげている収益とのバランスを正確に反映する会計制度の導入であり、収益の確保と損失の回避を確実にするチェック体制の整備だと判断したみたいです。それは、夢ばかり追いかけてきた企業に、社史上はじめて財政の厳しい現実を教えるという作業のように見えます。

出井さん自身は、ネットが主流となる時代を90年初めから正確に見通してきました。しかし、それでもソニーは家電商品の分野で90年以降は主役の場から降りている印象があります。単なる売上額ではなく、商品の持つインパクトという点でです。それは、出井さんの追われている仕事が、それまでのソニーの企業体質の欠点を治療するという側面に集中せざるをえなかったから、という印象を受けます。

それは一部の人には(わたしにも)、ソニーが利益中心主義の会社へと移行したような印象を与える結果となりました。実際ソニーは、技術者が自由に研究を追求できる研究所を閉鎖したという話を聞きます。その内部の統廃合によって技術者に与えられる自由度が下がっているのなら、多くのソニー・ウォッチャーにとっては残念なニュースなのでしょう。

ソニーは、安定した利益を上げるけれども一般消費者にとって驚きを与えることのない会社となるのでしょうか。出井さんはそんなことを望んでいなかっただろうけれど。ただ出井さんは、それまでソニーが夢を追う中で隠してきた危機に直面するという使命感をもって、ソニーの企業体質を変えることに集中しなければならなかったのだと思います。