joy - a day of my life -

日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

Accepting your insincerity and ignorance

2007年05月26日 | reflexion



「非常に混乱していて、頭が悪く、人を愛していないように見える人でも、その人の意識レベルが自分よりも低いとみなす権利は、私たちにはありません。その人は、私達よりずっと深いレベルの愛に気づいているかもしれないのです」

(『なまけ者のさとり方』)


私自身がそうなのですが、「正義」に囚われている人の特徴は、自分が考えている問題を他の人は理解していないし、また考えるべきだ、と思っていることです。

人にはそれぞれの歴史があるので、考え方にもその人のそれまでの歴史が反映されています。それゆえに、その人自身が到達した透徹した認識もあれば、まだ分かっていない問題もあります。

しかし「正義」に囚われると、他人のそれまでの思考の歴史を無視して、自分の思考の経緯だけが絶対だと思い込みます。自分が到達した「正義」自体は、大切な認識なのですが、彼がその認識に到達しえたのは、彼独特の歴史を歩んできたからです。そのことを自覚していないと、自分だけが「正義」を知っており、他の人はみな無知で不誠実だと思うようになります。

おそらく、誰もが、その人なりの歴史を経て到達した「正義」があります。同時に、その人なりの歴史ゆえに、まだ分かっていない問題があります。

私たちは誰もが誠実で賢い部分を持っているのですが、誰もが不誠実で差別主義者で無知なのだと思います。

「誠実」や「正義」の高みにいるよりは、自分や他人が「無知」で「不誠実」であることを許容できる人になりたいですね。

映画 『ユナイテッド93』

2007年05月26日 | 映画・ドラマ
映画『ユナイテッド93』を観ました。監督は、『ボーン・スプレマシー』のポール・ハギス。911テロ事件でハイジャックされた飛行機の一つの内部で何が起きたのかを、忠実に再現しようとした映画です。

911テロで、ハイジャックのあった4機のうち、1機だけが目標に到達せずに墜落しましたが、それがユナイテッド航空93便でした。残されたテープなどから、映画制作者たちは乗客がハイジャック犯に抵抗を試み、それゆえハイジャック機は目標であるホワイトハウスに到達せずに墜落したと解釈しています。

(参考:「ユナイテッド航空93便テロ事件」

映画はドキュメンタリー風に進み、機内の様子や管制塔などの映像を徹底的にリアルに描こうとしています。

しかし、本当にリアルな映像にしていたら、ここまでの映画的な臨場感を産まなかったでしょう。やはりこの映画は、いい悪いは別にして、一つのエンターテイメントなのです。

私自身がこの映画でもっとも緊張したのは、ハイジャック犯が乗っ取りを行うまでの時間でした。犯人たちが緊張で押しつぶされそうになる一方で、何も知らない乗客たちは機内で平凡に過ごしています。同じ時間と場所にいながら、犯人とそれ以外とでは、見ている風景がまったく違うのです。

このコントラストは、観る者に、テロの恐怖を強烈に印象づけます。まさに、日常の退屈な平和に恐怖が潜んでいる様が描かれます。


この映画を観ていて思わされることの一つが、アメリカ映画界における俳優の層の厚さ。特定の人物をヒーローにしないために、意図的に無名の俳優がキャスティングされたそうですが、登場する俳優たちがどれも迫真の演技をします。

ハイジャック犯を演じた俳優たちは、この映画を観たアメリカの人たちから、これから余計な反感をいだかれないだろうか?と心配してしまうような、なりきった演技をしています。

映画としてとてもよくできている映画だと思います。だから、観終わった後に満足感が残ります。

しかし、いい映画だからこそ余計に、乗客だった人たちや遺族の人たちに対して、この映画はいい印象を残すのだろうか?とも感じました。

この映画が制作される前に、ほとんどすべての遺族から承諾を貰ったそうです。ただ、面白い映画であるゆえに、この映画を観て「満足」することがいいことなのかどうか、よくわかりません。

この映画で起きたことがどこまで本当なのかはまだ分かっていません。しかしこの映画はとてもよくできているために、多くの人はこの映画が本当に事実を再現していると思うのではないでしょうか。

頭では、「これはフィクションである」と分かっていても、911テロ事件を思い返すとき、一度この映画を見てしまったら、いつもこの映画のことを思い出してしまうでしょう。

それがいいことかどうかは、わかりません。