joy - a day of my life -

日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

権威

2006年03月20日 | reflexion


権威(親・教師・先輩…)に私(たち)が反発するとき、それは大体「彼(彼女)には誠実さが足りない」「彼(彼女)は間違っている」という言い方をします。要するに彼らの人間的成長度を批判し、彼らがそれほど立派な人間ではないことを批判します。

面白いのは、私(たち)がそういう人間的成長度の物差しを持てるようになったのは、そういう権威の人たちが私たちを育てようと色々な物差しを私たちに与えようとしたから。

私たちに権威の人たちが与えようとした人間的成長の物差しを全面的には私たちは受けれいません。一部を受け入れつつも、権威に対して反発し、権威の人たちが十分でないことを私たちは批判します。

でも、そうして私たちが権威の人たちを批判できるのも、人間的成長ということ自体は正しいことであると私たちが認識しているからです。人間的成長の内容については人それぞれで違いはあっても、私たちは「人間は成長し、正しくあらねばならない」という前提だけはすべての人が受け入れています。そしてそういう前提を私たちに教えてくれたのは権威の人たちだったりします。

私たちが権威を批判できるのも、権威が私たちを育てようとしたからだと言えます。

「○○が正しい」と権威に教えられるとき、私たちはその「○○」の内容には反発します。しかし何が「正しい」かを探すという態度は、権威が私たちに示して教えてくれたものです。

また、権威が「○○が正しい」と私たちに言ってくれなくては、「いや△△の方が正しい」と私たちは考えることができません。○○のことを知らなければ、△△の存在を知ることができないのですから。

このことは、権威の存在が私たちの生活にとっていかに重要を示しています。

涼風

第78回アカデミー賞授賞式

2006年03月20日 | 映画・ドラマ
先週の土曜日にBSでアカデミー賞の授賞式がありました。

2時間半の内容だけれど、それでもかなり編集されていたみたい。実際は5、6時間続くものだったと思います。レッド・カーペットで何度もコマーシャルが入り、授賞式で技術部門で数多くの発表が行われるからでしょう。最初のレッド・カーペットのスター達が会場に入る時間は、生中継で観ていたらコマーシャルが何度も入ってイライラして仕方なくなるでしょう。編集でよかったかな。

それでもカーペットを歩くスター達の顔はみんな晴れ晴れとしている。やっぱりスターになる人たちはその顔からオーラがバンバン出てみんないい顔している。器が大きいんだな。

そんな緊張した感じもなく、みんなリラックスして式を楽しみにしているのが伝わってきました。学校時代の土曜の午後という感じだろうか。見ていてこちらも気が抜けてほっとするような感じでした。天気も良かったし、気持ちよかった。

式では、ニコール・キッドマンが印象的。そのきれいさにこっちがどきどきしてくる。キッドマンはとくに好きな女優というわけではないけれど、それでも映画を見ているとその実力を認めざるをえない、そんな女優です。

レイチェル・ワイズは期待していたのだけれどこの日はその綺麗さがあまり目立たなかった感じ。妊婦とはいえドレスもちょっと地味だったかな。

でもインタビューに答える際にはその気品と知性が伝わってきました。話しているときの彼女はやっぱり輝きを放っています。

この日一番輝いていたのはリース・ウィザースプーン。彼女のヒット作『キューティ・ブロンド』はとても面白かった映画だけれど、だからといってそれで彼女のことを大好きになるということはなかった。

しかし授賞式での彼女は映画でのコミカルな印象と違ってもっとかわいかったしきれいだった。かつ映画でみせるファニーな雰囲気もそのまま。スピーチは感動したよ。あれだけの大スターでありながら素朴さと純真さを観るものにそのまま伝えていました。

涼風