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日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

「日本人の誇り」の病 『ソニー本社六階』 竹内 慎司 (著)

2006年01月20日 | Book
『ソニー本社六階』という本を読みました。著者は10年以上ソニーの経営企画部で働いていた方です。

以前、ソニー前社長の出井さんの『非連続の時代』という本を読んだとき、この人は90年代初めから現在のデジタル革命、コンピュータ革命による音楽・映画・生活全般の変化を見通していたんだなと思わされ、びっくりしました。インターネットを通して映画・音楽・テレビなどのコンテンツが流される時代になることを正確に彼は見通していました。おそらく出井さんにとっては、ipodの流行は驚きでもなんでもなく、自分の思い描いていた通りの現象だったのでしょう。「ソニーの社長というのはこんなに頭のいい人なのか」と感嘆しました。

しかし同時に、その本を読んだのはソニーが大赤字を出していることが世間に知れ渡り、出井さんが退任しようとしていたときだったので、「こんなに頭のいい人が社長をしているのに、ソニーは大失敗をしたのか」と、これまた驚きました。そこから、「こんなに頭のいい人が社長をしても大赤字を出しヒット商品も出ないということは、よほど組織に問題があるのではないだろうか」と思いました。

この『ソニー本社六階』は、そうした予想が当たっている可能性が高いことを教えてくれる本です。

内容はそれほど複雑ではありません。ソニーの中枢で働いていた著者のメッセージはシンプルです。

 ・ソニーは80年代から低収益の企業であること。

 ・お金の感覚が幼稚で、かつビジネスの競争にナイーブで、海外企業との取引では相手の言い値をそのまま受けとり、自社のキャッシュフローを返りみずに膨大な額を取引先に支払ってきたこと。

 ・以前の社長が絶対的な権力を誇り、役員は社長に対して何もものが言えず、社長の命令ですべてが進んでいたこと。

 ・しかし社長に正確な財務データが届かず、財政的な危機という見たくない事実をトップが認識していなかったこと。

 ・この社長の周りにはイエスマンだけが集まり、必然的にソニーから優秀な社員が90年代に流出し続けたこと。

 ・映画会社などの買収に巨額の投資を行い大赤字を出し続けながら、その資金を賄ったのは従来からのエレクトロニクス・家電部門であったこと。この家電部門が一円を惜しんで必死に事業を行っても、収益は無計画な映画や新工場の建設への投資に消えていったこと。

などです。

ソニーの内部にいた人が書いただけあって、その企業と人の描写は生々しいものです。ソニーのトップの人たちがいかに無責任な経営を行っていたかが、詳しく・冷静に述べられていきます。

印象的なのは、こうしたソニーの組織の問題と絡めて、著者が自身を振り返りつつ「サラリーマン」というあり方がいかに不安定なのかを綴っている所。

どれほど真剣に会社の利益を上げるため必死で働こうと、上司が部下の働きを評価しなければすべて無駄となります。企業の上司が考えるのはいかに自分とその家族を守るかであり、そのためにはまた上の上司に気に入られるかが重要であって、部下が会社にとっていい働きをしているかどうかは二の次であること。上司も、その上司に気に入られることが最重要事項になっています。

こうした構図は私たちが大企業に対して持つ負のイメージの典型ですが、まさにその典型的な組織の腐敗がソニーで80年代から90年代に進行していたことが窺えます。

そうした中で、大企業にずっといれば自分の会社以外の時代の動きに全く無知になり、企業を出ればまったく市場価値をもたないようになっていく日本のサラリーマンの不安定さを著者は述べます。彼のソニーにいる元同僚は「もう会社にしがみついて生きていくしかない」と著者に語ったそうです。

こうした日本のサラリーマンと対比しているわけではありませんが、著者は、ソニーの90年代の映画ビジネスの失敗の原因が、アメリカのビジネスマンについてトップが無知であったことを挙げています。

自己保身について敏感でつねに自身のサバイバルを考えるアメリカのビジネスマンは、重要なのは自身の収入であって、会社の成長ではないと考え行動します。しかしソニーは彼らのそうした特性について考えず、湯水のように無計画に投資を続けて、アメリカのやり手ビジネスマン達は自身の収入だけは受け取りながら、ソニーに還元するような仕事はしませんでした。映画ビジネスにかかわるやり手たちに対してあまりにも無防備だったということです。

後に外資系の証券会社に転職した著者は、ソニー以外の日本の同業会社はもっと計画的に投資・取引を行っていることを知り、いかにソニーが無計画に借金を重ねたかをより知るようになります。

著者の筆致は冷静で、自分がいた会社への単なる中傷には終わっていません。ただ、ワンマンの社長とそれにゴマをすることだけを考える役員が安泰な地位・退職金の権利などを得ていく中で、現場で懸命に働く社員達が事実上強制解雇されていく事態に対して、憤りを感じざるをえない著者の思いが強く伝わってきます。

著者は幹部候補職員で明らかに社内で優遇されていた地位にいたのだと思います。しかしその切れる頭とバランスのとれた視点をもっていたがために、自社の欠点をよく見通すことができたのだと思います。

一つの強力なブランドを作った会社が肥大化したときの悲劇をこの本は詳細に語っています。


涼風