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日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

『行動ファイナンス―市場の非合理性を解き明かす新しい金融理論』

2005年10月20日 | Book
   
金融市場に参加する投資家たちの心理について説明している『行動ファイナンス―市場の非合理性を解き明かす新しい金融理論』という本を読んでみました。

なんだか大仰なタイトルで専門書コーナーに置いてあるような堅い装丁の本ですが、中身は身近なテーマを扱っています。すなわち、金融取引における投資家・トレーダーの心理についてやさしく解説していて、金融市場での取引がいかに非合理に行われているか、つまり客観的に分析すれば利益最大化という観点からかけ離れた行動を市場参加者がいかに取っているかを説明しています。

この本で描かれている市場参加者の心理メカニズム自体は、心理学の好きな人なら馴染み深いレベルの心理解説です。『人間関係を良くしよう!』という駅前の本屋で売られているような身近な悩み相談的なセルフヘルプの心理解説と同じようなものです。

ただ、おそらく経済学では長い間、そういった一般の人すら馴染んでいる人の心の動きの洞察が「市場参加者」を分析する際に考慮されてこなかったのかもしれません。だからこそ、2000年前後に出たこの本が、「新しい経済学」とみなされているのかな、と思いました。

色々な説明があるのですが、一貫しているのは、金融取引の参加者つまり人間は市場の情報を解釈する上で自分の立場=メンツを守るために行動する誘惑に駆られていること。

たとえば、純粋に利益を考えれば、緩やかに上昇を続ける銘柄か通貨を保有しているさい、個人投資家であればその上昇を眺め続けるかも知れないけど、機関のファンドマネージャーであれば自分の成績・評判を気にして確定する利益のポジションで安易に売りに出る誘引が強くなります。彼にとって重要なのは安定した成績と所属する会社に利益をもたらすことであり、資金を預かっている顧客の利益の最大化は二の次です。それ以上に、自分の職を確保するためには、損害を避ける誘引が強くなります。大損害を一つだして評判を落とすよりも、小さな利益を多く出すことで「仕事をしているんだぞ」というメッセージをボスに送ることが重要な場合もあるかもしれません。

また、人間の心理は利益の出ている間には早めにその利益を確定しようという動きがあり、損失が出ているときは、それがある点を越えて下降すると理性的判断・自律的抑制が働かなくなり、逆に大博打でこれまでの損失を取り返そうとすること。なるべく損失を出さないように本来細かく計算して行動しているはずなのに、いったんある程度の損失が出てしまうとそれまでの細かな計算が働かなくなり、(これにもメンツを取り戻そうとするメカニズムが働いているのかもしれませんが)損失を取り戻すために無謀な取引行動に出やすいということです。

とても身近な心理の動きが金融という今をときめく世界でも存在していて、それは同じ人間がしているのだから当たり前なんだけれど、上記のような説明をたくさん読んでいると微笑ましくなります。

この本が一貫して言うことの一つは、市場参加者は自分に都合のいい情報だけを取り入れ、そうでない情報は無意識に締め出し、自分の行為を内面で合理化しながら、実際は利益と反対の行動をとっていること。これにもメンツがかかっているのでしょうけど、それゆえ(当たり前のことですが)「すべての情報を知り合理的に行動するホモエコノミクス」という経済学の想定は成り立たないということです。

このことはもう何十年も前から言われていながら、それでも多くの経済学者は一定の条件下で成立する均衡理論に限定的な有効性を見出す努力を続けてきたと思うのですが、門外漢からみれば90年代にはいってこの本のような誰もが人間の心理について当たり前と考えるようなことが経済分析に取り入れられてきたのかな、と思いました。

「新しい金融理論」というとなんだか難しそうですが、内容はとても身近で親しみやすいです。もっととっつきやすい装丁にすればよかったのに。

あと、人間の心理を、「本能」「感情」「理性」に分け、誰もがこの三つの組み合わせをもちながら、その三つの心にしめる割合は異なることを指摘し、三つのうち一番強い要素によってその人のとる非合理な行動は影響されるという指摘は興味深かったです。

「本能」「感情」「理性」に人間の心理メカニズムを分けるのは心理学の常識なのかな。じつはこの分け方はエア二グラムという性格類型論とほとんど同じで、この三つの取るそれぞれの行動パターンについての説明も、ほぼエニアグラムの説明に対応しています。きっと心理学的な一般的な理解なのでしょう。エニアを知っている人が呼んでも興味深いと思います。

アマゾンで「行動ファイナンス」と打ち込むと10冊以上の本がヒットしてきます。すでに流行っている考えなのかな。


涼風

参考:「行動経済学の投資戦略」『CD、テープを聴いて勉強しよう!!