joy - a day of my life -

日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

大野木さんの指摘  『セイビング・ザ・サン ―リップルウッドと新生銀行の誕生―』

2005年10月11日 | Book
  今回の衆院選で田中康夫さんが「郵貯の340兆円が外資に利用されないのか、国民が誰でも口座を作ることのできるサーヴィスが維持されるのか、職業の区別なく加入できる簡易保険はいじされるのか、郵政公社が新生銀行の二の舞にならないのか、このことははっきりと現在の政府に説明してもらわなければならない」とさかんに主張していました。郵政民営化のこの大事なポイントをはっきりと言ったのは田中さんと共産党ぐらいでした。

『セイビング・ザ・サン ―リップルウッドと新生銀行の誕生―』 という本を読みました。アマゾンでもひじょうに評価の高い本で、80年代からの長銀の経営実態と90年代の破綻、それに並行する外国資本金融の動きを丁寧に追った読み応えのあるノンフィクションです。著者はイギリスの方です。

融資先の経営実態をみずに巨額の融資を行う戦後の日本の銀行の慣行がしだいに経済の実態に合わず、不良債権を生み出していく過程。そのことに気づいて英米流の投資銀行として改革すべきという行員と、旧来の「産業育成型銀行」という視点にとらわれたままの行員との衝突。その二つの意見の狭間で長銀を新しい投資型銀行としてソフトランディングさせようと試みながら、過去に積み重ねてきた不良債権の責任を一方的に負わされ、ついには刑事告発され執行猶予判決を受けた大野木頭取の銀行マン人生。その日本の金融改革の中で、長銀を買収し利益を得ることに必死になる欧米の投資家とウォール街のビジネスマンたち。そして外国から来た経営者とシティバンクを日本で率いた八城による新生銀行の経営の成功。

これらの点やそれ以上の多くの重要な問題が豊富なインタビューをもとにドラマのようなスリリングな展開で時系列的に描写されていきます。

イギリス人ジャーナリストは、きわめて客観的・公平・冷静にこの過程をみつめながら、結果的には新生銀行の誕生は、たとえそれが日本国民に5億円の出費を強い、また海外の投資家や長銀の経営者に数百億ドルの利益をもたらしたのだとしても、日本の金融にとってプラスになるだろうと楽観的に見ています。彼女は次のように述べています。

「おそらく、投資家に売却せず1998年に長銀を廃業させたほうが、納税者にとってはるかに安上がりだったかもしれない。だが、そういうふうに狭い金融面だけをみれば、判断を誤るだろう。長期的に考えれば、新生銀行の実験の日本にとっての真価は、日本の他の銀行や官僚や政治家によい前例を示したことにあるかもしれない。明確な改革計画のある経営陣が銀行を運営すれば、これだけのことができる―それを新生銀行はまざまざと見せつけた。…新生銀行の衝撃によって得られた利益―損失―の意味が表に出るには、いましばらく時間がかかるのではないだろうか」(392頁)。

日本人にとっては冷静に受け止めるのが難しい意見だけれども、当該国の国民ではないからこそ、冷静にこの金融改革の意味を受け止めることができているとも言えます。

もうひとつ、この新生銀行が演じたドラマで長銀の不良債権の責任を、その不良債権が積み重ねられた時期には国内の融資に深く関与しなかったにもかかわらず、90年代の改革期に頭取のポストについていたということで刑事告発された大野木さんは、日本の金融改革において不良債権をどのように処理すべきであったかについて次のように述べています。

「1998年当時、長銀が不良債権の実態を公表したり、不採算企業を切り捨てたなら、銀行業界全体に大きな被害が及んでいたはずだと、ときおり大野木は友人達に漏らしている。

…経済的あるいは商業的に見ても、新生銀行は正解ではないのではないかと考えるときもあった。一行が、債権を早期に回収するのは結構だ。しかし残りの銀行がこぞって新生のようなやり方をすれば、不必要に深刻な状況を引き起こしかねない。また、仮に新生が企業顧客を遠ざけたなら、銀行としての業務が立ち行かなくなる。 

…数字の上では、(日本には)1400兆円の貯蓄があり、経常収支も大幅な黒字である。韓国やアルゼンチンなどとは状況が違う。改革の衝撃を和らげるためにこの豊かな財源を使い、着実に日本らしい変化を遂げていけばよい。遅かれ早かれ景気は回復するだろう。景気さえ回復すれば、銀行問題も解消する」(376-7頁)。

この大野木さんの指摘は、急激な不良債権を行った小泉政府の判断が本当に正しかったのかを考えるときのポイントです。

銀行が債権を回収できないのは、論理的に考えれば企業の業績が悪いからです。であれば、日本の景気を回復させる施策に成功すれば、無理に債権を処理しなくても、多くの企業をつぶさずにすんだかもしれません。たとえば、金利を上げて1400兆円の貯蓄に不労所得を上乗せするなどです。

しかし小泉政権が選択したのは、まず旧来の銀行経営者の放漫な経営態度を罰し、その経営体制を革新し、キャッシュフローのよくない企業への融資を控え、リテールビジネスを促進させることでした。

短期的に見える数字の改善ではなく(多少痛みが出ようとも(=経済的苦境に陥る人を多く出す)、まず日本の金融マンのメンタリティと融資の基準を変え、それによって融資を受ける企業の経営スタイルをも変革させることでした。これが小泉さんがつねに主張する「後から振り返れば正しかったと言われるはずだ」という真意です。

私自身は大野木さんの考えにシンパシーを感じますが、日本は(一応選挙を通して)小泉さんの考えを選択しました。後者の考えのよい部分が結果となって表れてくれればと思います。


涼風