joy - a day of my life -

日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

『ビューティフル・マインド』

2004年10月16日 | 映画・ドラマ
『ビューティル・マインド』という映画があります。アカデミー賞作品賞を受賞したので、ご存知の方も多いと思います。私は映画館とビデオで計4回観ました。とてもテンポのいい、観やすい映画です。

これは、アメリカの天才的な数学者が、統合失調症という精神の病によって、いないはずの人間の幻覚に苦しむお話です。主人公は実在の人物で、今も大学で教えている、ノーベル賞学者です。


(以下、ネタばれあり)


この映画は極端に病が進行した人物を取り上げているのですが、私にはこれは他人事に思えませんでした。ようするに、非現実的な思い込みは誰にでもあるし、誰もがその思い込みに苦しめられているからです。

私の中にも数多くの思い込みがあります。その中には、「こうはなりたくない」「こんなひとになってしまったら自分の人生は最悪だ」という自分に対するイメージもあります。

このイメージをどうやって振り払い捨てるかを考えることもあります。だって、「想いは現実化する」って、多くの本で言われているじゃないですか。

でも、振り払おうとするのは、適切な行為ではないのでしょう。

『ビューティフル・マインド』の主人公、天才数学者ジョン・ナッシュは、幻想の人物たちの存在に苦しみますが、その存在を消すことで立ち直ったのではありませんでした。

幻覚が幻覚であることを認め、自分の病を治そうと決意したときは、彼はその幻覚の人物たちに必死で抵抗しようとしました。すると、うれしそうに幻覚は彼にまとわりつきました。

それに対し、彼が立ち直っていったのは、むしろその幻覚が自分のそばに居座ることを(しぶしぶながらも)受け入れていったときでした。

最後のノーベル賞授賞式のシーンで、幻覚の人物たちと挨拶を交わすナッシュの姿は彼と病との関係を表す象徴的なシーンだったと思いますし、それは多くの精神の病が治癒されていく過程の象徴なのかもしれません。

私たちの心には誰にもダークな映像があるのだと思います。個人的な人間関係のトラブルから、週刊誌や新聞の記事に至るまで、それは私たちの心のダークな映像が投射されているのでしょう。必要なのは、その映像と共にいることを選択することなのかもしれません。