静岡市住の詩人、菅沼美代子さんから第6詩集『乳甕』をご恵投いただいた。
菅沼さんは日本現代詩人会、静岡県詩人会、静岡県文学連盟の各会員、詩誌「穂」同人。
表紙は、第5詩集『手』と同じ造形作家、内藤淳氏の作品。私的には菅沼詩のイメージと結びついて
いて印象的な装幀だ。
情感の多様な表現に出会うたびに思うことだが、「何を」よりは少しでも「いかに」という修辞的な
力量が上回ることが出来れば、「何を」を、より効果的に表出し得る、ということ。それを読む時に感
じることもまた新しい発見になったりする。
菅沼さんの詩には無駄な言葉が無い。少ない、ように感じた。表出しようとする段階で、多面的にか
つ自身の感性をより広角的に見据えることが出来ているからであろうか。読み進めていると、区切りの
良さ、センテンスの短さ、小気味よいリズム感。また予想外のコトバの出現に驚いたりした。
「(略)そのうえで眠るなんて/なんたる精神」(沐浴)、「(略)旨いビールをカーッとやる」(温度)、
「ドヤ顔でにやりとするから」(初めの一歩)。
(あたりまえだが?いや、いや、穏やかな詩行が続いている中に突然と出て来るから・・・。とても新
鮮だ。)
詩集のタイトルとなった『乳甕」は、新生児が母の母乳を飲む姿を表している。作者のやさしい目線
と、乳児の生への力強さが描かれている。
「乳甕」
甕のようにゆたかで/迸る液体が/いのちそのもの/生きてのみ/飲み干すことが/糧になる/なだら
かな丘陵が/弾力のある溌溂に/ぱんぱんに膨れあがり/生きるということに前向きで/たわわな実り
が/ぎちぎちと詰まっている/きみはふれたくなる//ちいさな掌でつかむように/甕に埋もれて吸い
尽す/無目的の愛のような/輝きに満ちていて/音楽が聴こえてくる/ごくごくと飲み込む/力強い
リズム/勢いよく盲目的に/尽きない泉を汲もうとする/真摯さにただただ呆れる/永遠に続けばいい
/やさしい風が吹いてきて/平和であることの/証のように眼を瞑る//人が近寄れば/乳の甕を確か
めて/いちどは放し/ぼくのものだと言いたげな/ぼくだけのものだと/自信に満ちた顔をする/それ
なくして/甕の存在は無いかのような/主張をする
当詩集にはお孫さん(と思われる)について書かれている作品が多いが、決して「孫自慢」の詩では
ない。こどもを通した生や世界観をきっちりと描いていて好感。
後半は、故新藤凉子氏(前日本現代詩人会会長)への詩、散文が収録されている。
著 者 菅沼美代子
発行所 思潮社
発行日 2023年7月22日
定 価 2,500円(+税)