徒然にふる里を語る

 一市井の徒として、生まれ育った「ふる里」嬬恋村への思いをつづります。

感動

2020-04-12 08:13:46 | Weblog

 昭和38年2月の嬬恋西中学校の一日、いかがでしたでしょうか。建物も更新され当時を知らないとイメージできないのでは、と思っています。木造平屋の校舎が道路側にあり、バレーコート一面がとれる中庭、南側にモルタル3階建ての新校舎がありました。現在の校舎の建っている場所はグランドで、体育館は校舎の東側でした。

 私はバレーボールの練習に明け暮れていましたが、木造校舎の脇には給食の調理場があり、空腹を覚えると、練習をサボって調理場を覗いていた、という訳です。物語には出てきませんが、当時の西中学校のバレー部は強豪で、私の3年時、男女とも吾妻郡を制し、前橋敷島グランドで行われた県大会に出場しました。

 男子は3回戦で敗退しましたが、女子は灼熱の中奮闘し、2日目の決勝まで勝ち進みました。当然、女子チームは旅館泊まり、男子は列車で嬬恋に帰ることになったのですが、前橋が実家の監督が家に泊まればいいよ、と言ってくれました。男子部員全員が監督宅に泊めて貰えることになったのです。

 全員で銭湯へ行って、夕ご飯は肉の入ったカレーライス、食後にメロンと初めて尽くしで感動ものでした。大した理由もなく、自分が主導して練習をサボリ、新米監督を泣かせた訳ですが、流石に布団の中で反省していました。

 最後に付け加えると、女子は見事優勝です。黒の「嬬恋西中」のユニホームが有名になりました。

 


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