蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

狼少年ロベール Le loup ! Le cas de Robert 1 

2022年08月29日 | 小説
(2022年8月29日)ジャックラカン著セミナーIフロイド精神分析の解析(Les écrits techniques de Freud)の紹介を再開します(ラカン著としたが彼が開催したセミナーの文字起こし作品)。
第8章Le Loup, Le Loup オオカミオオカミロベール、生い立ちは悲惨の限り。父親は分からず、生まれ落ちてすぐに母親からの虐待、育児放棄とみなされ施設に収容された。生育は遅れ言葉を発することすらできない。幼児心理学者Rosine LeFort女史が精神状態を診断、かつ人社会に適応させるための治療を試みる。3 年に渡る観察と育成、その報告と質疑がかわされる。Lacan le séminaire livre IのVIII Loup ! Loup ! Le cas de Robert(105~123頁)を紹介する。Lefort女史はラカンの弟子筋に当たる。
イタリック体で記される報告は10頁に渡り、受け入れから順応まで、ロベールの行動と変化を仔細に示す内容となっている。この口頭報告の前にしてラカンは特に時間を割いて、精神分析用語の解釈を披露する。いつもながらのラカン節の炸裂だがそれら用語、概念がロベールの心情と行動とつながるので、この冒頭を素通りはできない。
採り上げた用語は « résistance » 及び « transfert » 。両語ともフロイト用語で精神分析の基本部分を形成する。ここではrésistanceを抵抗、transfert は転移とする(精神分析医が用いる定訳があるかと思うが私訳として)。


ラカン先生、久しぶりの登場

それら概念、ラカン解釈は如何に;
抵抗とは―精神分析治療では被験者の病理(精神疾患)の原因は本人が自覚しない(記憶を封鎖した)過去の心傷に拠る。分析医との対話で根本原因である心傷をさぐるところから治療が始まるのだが、この進め方に被験者が抵抗し否定の口調、態度を顕にする。これが「抵抗」。この言動も無自覚域からの発端があると(分析医)は見る。
転移は―被験者が自己感情を分析医に移入する。フロイトが報告したO嬢の例を挙げる。友人の精神治療医から相談を受けた患者O嬢の病例がこれに当たる。精神疾患(拒食、失語、昏睡など)が認められるがある日、妊娠したと精神治療医をO嬢が訴えた。治療医とO嬢とにそうした交渉があったとラカンは仄めかしているのだが、訴え内容は妊娠。これが « pseudosyésis » 想像妊娠だった。想像にとどまらず腹部の腫張と月経の停止まで伴うらしい。俗語で « petit ballon » 小さな風船。
医師は妻を伴ってイタリアに近々旅行する、目的は今で言うところの「妊活」。それを知った彼女は子を望む医師に自身の身を「転移」し、医師の希望を実現せむとした。妊娠したのは(あなたの妻ではなく)私と主張した。
上記を予備知識としてラカン節のページに目を落とす;
Vous sentez bien toute la distance qu’il y a entre ― la résistance, qui sépare le sujet de la parole pleine que l’analyse attend de lui, et qui est fonction de cet infléchissement anxiogène que constitue dans son mode le plus radical, au niveau de l’échange symbolique, le transfert ― et qui nous paraît être le ressort énergétique , comme Freud s’exprime, du transfert, à savoir l’amour. (106頁)
抵抗と転移の差異を君たち(セミナー参加者、精神分析医)はしっかり認識していると思う。抵抗とは主体(患者)を言葉から隔離する(沈黙反応が多い)。主体が発するはずのその返事こそ分析医が望んでいるのだが。このときの心理状態はどのような仕組みかを探ると、(実情が暴かれてしまう)不安から精神屈折に押し込まれ、転移がもたらす「象徴的な交換」、その流れの極端に至った亢進の中でそれ(抵抗)が発現する。この転移なる現象は分析治療を通して、君たちも確認していると思う。それは勢い盛んに(患者に)現われるのだ。フロイトは性愛に起因が宿るとしている(括弧は部族民)。
意訳を心がけたがよりかいつまんで;抵抗と転移は、同じく、無自覚の心理の中で心傷と現実の葛藤から発現するが、様態は異なる。抵抗は多く無言、転移は医師への感情移入なので言葉を持つと理解する(前述、ラカンの説明)。この差異を君たちは臨床で経験しているね、とラカンが確認している。
一語 « l’échange symbolique » は分かりにくい。「象徴的な交換」としたが何のことか。説明はないから解釈しなければ先に進まない。ラカンは別著作で « fonction symbolique » なる概念を生み出している。小筆は「象徴の力」と訳した。Hyppolite(哲学、高等師範学校長)から「それは超越的 « transcendance » 力か」と問いただされたラカンは「超越」に同意する(Livre II 51頁)。すると心の中で何かを象徴として崇める行為は人に備わる先験能力であり、無意識の域に潜む。潜むだけではなく心情、行為に発露する。能動的行為 « affection » と位置付けされ、フロイトによればそれはLibido、性愛起源が源泉である(2022年3月30日ブログ投稿)。
上解釈を採り入れると、抵抗を見せながら感情移入に移る被験者はその時、象徴力と対話するのだ。Libidoに関わるからその原初はエディプスコンプレックス、母への欲望となる。医師と患者の対話に淀む葛藤、抵抗が転移に昇華する仕組みを語っている。
上に引用したO嬢は「エレクトラ」コンプレックスの例とみなされる。父の子を孕みたいとの願望を精神治療医に「転移」させたと捉えられる。フロイトは友人医師に « ça, c’est le transfert » それこそ転移だと諭した。
狼少年ロベール Le loup ! Le cas de Robert1の了(2022年8月29日、次回は8月31日)

余話:3週間のBlog休み、幾冊かの本を読んだ。関心高く読み込んだのは「生命の系統樹はからみあう」ディヴィッド・クォメン著、作品社刊。「生物学者はクジラは象に近いかサイにより近いかなどに関心を持たない。微小なバクテリアの構造と分類に血道を上げる人種」。ノーベル賞に生物学賞は設けられない、これまで授与された生物学者はクリックとワトソン(DNA構造)とマクリントック(跳躍遺伝子、とうもろこしの胚解析)のみ(本書では利根川進、免疫学のノーベル賞受賞には触れていない)。最もノーベル賞に近づいた生物学者カール・ウーズ(Carl Woese1928~2012年アメリカ、業績は古細菌アーキアドメインを発見、それまで生物は真核生物、原核生物の2ドメインのみだった)は2003年にクラフォード賞


生物学の巨人カール・ウーズ目つきが鋭い。写真は本書からデジカメ。

(数学、天文学、生物学などノーベル賞対象から外れる科学者にスエーデン国王が授与する)を授与された―これらを知った。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 牧野富太郎、シーボルト、お... | トップ | 狼少年ロベール Le loup ! L... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

小説」カテゴリの最新記事