蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

たはけの果て黄泉戻りの3回目HP上梓後半の了

2010年02月13日 | 小説
たはけの果て黄泉もどりの3回目配信です。これで後半が終わり。左欄のブックマークから部族民通信のHPにお入りお願いします。

あらすじは
凱旋の帰り道イザナギは三級の団子刺しにした首から呪いを受ける。それは「勝ち戦の美酒を味あえない古猪の足一本だけがお前の取り分だ」と。
ナギは禁制の奥殿にナミを夜問いする。ナミに戦利の白珠三連の首飾りを与える。巫女白無垢衣装に相輝く飾りを喜ぶナミが「お前を蘇らせた替わりに妾が死ぬ」と不吉な言葉。翌朝にナミは自害する。ナミの野辺送りで幻想を見る、それはナミが死に霊に化けて蔡車に寄りそうのである。そして「妾の骸を裸に剥いて熱く抱け」と責める。黄泉に落ちたナギをサキが助け出す。

さわり部分、野辺の送りの到着点が黄泉穴、その底に遺骸を葬ればそれがこの世の別れ。今放るぞと遺骸を肩に担いだナギにナミ(霊)が取りすがる場面です。

情けの引導を渡したナギは屍を肩担いだ。
「ここが黄泉の大穴逆落し今生の別れ、姉様と次に会えるは黄泉の底。いざ逆さに落とすぞ」と穴口の一歩手前に立つナギ。その膝にナミは取りすがりナギを止めた。穴口に近づこうともナギは歩き進めず、ずり足半歩で行こうともナミの霊は抱きつき離れない。ナミがナギを見上げ、震える虫の声で、
「逆さ落としは堪忍じゃ。
願いが成就してお前は生き返られた。その代わり妾が死ぬと。なんの思い残しがあるものか。しかしナギ、お前と別れるこの辛さ。お前の身体、お前の温もり、それが妾の身体の身の貢ぎの果てなれば、思い出だけで哀しくて、別れようとも別れられない」
=中略=
「妾はお前を腕で抱き裸の乳で抱き、手で抱え裸腰で支えた。十字に裂かれ背の疵を妾が嘗め這いずり、汁と膏をこの口でやわらに擦り込んだ」
「やはりあの手、あの膝あの胸は姉様の物だった、儂を生き返らせたのは祈りと姉様肌の暖かさだ。それを今知った、儂も一人で生きられない」
「ナギ、お前が妾の屍を黄泉穴に逆さに放り込んだら、それが別れ目。二度とは会えない。妾が死に果てる前にお前の情けを。逆さ落としは堪忍じゃ」

本日は雪交じりの雨(関東地方ですが)、サイバー立ち読みで部族民通信HPにお立ち寄り下さい。時間経つのも忘れます。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トンカツ画伯訪問記 4 (完)

2010年02月10日 | 小説
突然の言葉に対する画伯からの返事は驚き以上に冷たさがあった。
「あなた金が無いのだろう、16ヶ月間も無収入だと言ったじゃないか」と。
長いこと秘密にしていた個人的金銭状況を何故画伯が知っているかというと、正月の会合で知り合いがバラしているからである。「著述業に転向した勇気は認めるが、こいつは肝腎の稼ぎが無い。いまだ収入ゼロが16月も続いている、ワッハハ」と言われてしまった。この時点で正しくは17月であるが、そんな訂正は意味がないので、再び思わず強弁してしまった。
「金なら何とかなる、実は年末に駅前の焼鳥屋サブちゃんでアルバイトしたんだ。その時焼け具合が絶妙だなんて常連からチップも貰っているから」と有りもしないチップまで出して、事実ねじ曲げても支払い能力の辻褄を合わせたかった。
「焼き鳥でたんまりチップ貰ったって、嘘じゃないかね」と競輪爺さんが出てきた。アカ競を読んでいるかと見えたが、しっかりやり取りを聞いていたのだ.
「そりゃ言えてるな、トンカツでは旨くあがったなってチップくれる客はまずいない。ビール一本で粘る客はいるけど」とは爺さんへのあてこすりなので、爺さんはアカ競に首をつこんだままだ。こうなったら金を見せるしかないと判断して、
「画伯、おれの財布を見てくれ。こんなに厚い、横にしたって倒れない。いつもこれくらいは入れてるんだ。俺って衝動買いするタチなんだ」確かにその日の財布は分厚かった。テーブルで自立している財布を横目に見ていた爺さんが「英世が多いな、諭吉をそれだけ集めれば立派なもんだ」と要らん批評を入れた。しかし画伯は人間ができているので「まあ気は心だな。諭吉もいくらか入っているし」と認めてくれた。
「全部で幾らになるかは気にしない。財布に入っている金全部と絵の三枚を交換、これがすっきりでいいや」とは画伯からのありがたい言葉。帰りの電車賃が気になったが、小銭があるしパスモなので戻れるだろう。潔く財布の中身を全て引き抜き、大小混じりの束にして画伯に渡した。画伯は束はそのまま、数えもせず白衣のポケット捻りいれた。私自身も財布の中身、何人の諭吉と英世が入っているか把握していなかった。
ただ爺さんが横から「数え無くっていいのかい」と口出したが、画伯は「良いのさ、これが絵を売るっていうものだよ」と。そして荷造りの麻縄をかけて「これで持っていってくれ」と。これが三部の傑作を購入した経緯です。
最後に画伯に頼み込んだ。
「画伯、せっかく来たんだからトンカツ定食を食いたい。私はもう一文も無いのですが、お願いします」と図々しく。
「ああ良いよ」の二つ返事で絵画とは対極にある丁寧仕上げの画伯トンカツを食べさせて貰えた。
塊からロースを切り分ける包丁刃立て、筋目を入れパン粉をまぶす手さばき、ガス炎の立ち方と大鍋油の煮えの見比べる目付き。油のなかに生カツを放り入れる手のかざし具合と手のカツ離れの瞬間。そして高熱の油に泳ぐカツののたうち。カツはジュウと叫びながら苦しみの息を吐き、泡が油にまわる。生カツの叫びを聞き泡の吹き上げを見ている画伯の目付きは、勝ち誇る影が伺えた。きっとトンカツを芸術の域にまで引き上げた矜持があるのだ。鍋を見下ろす目付きは真剣であり残虐でもあった。
いま大鍋の油プールでは、トンカツ三角形の頂点である水油転換の秘儀が進行しているのだ。すなわち生きていた豚の幸福な記憶、オカラなんぞを喰ってブイブイうごめいていた豚舎生活の記憶を肉と膏から吐き出させているのだ。その転換を90%に仕上げる分岐点を画伯が見極めているのだ。
揚げたて湯気の立つトンカツにソースをかけて熱々のご飯で食べた。同席の爺さんにも振る舞われて、彼の評が気に入った「旦那のトンカツは何度喰ってもウメエな。パン粉がカラってしてて、肉を噛むとジューとくるんだ」
私は爺さんの「ウメエウメエ」を心地よく聞きながら「当たり前だよ、何せトンカツ極意の水油転換90%なんだ」と一人納得していた。私は腹が減っていたのさ、2口目をがっつき頬張りながら、あまりの旨さで「分かった」と大声を出してしまった。その時分かったのは画伯の言葉「小説とはトンカツと絵の中間にある」の本意なのだ。それがこのトンカツ味とこの絵なのだ。そして「私の前にトンカツがありそれを私が喰っている。さらに私は左手で画伯の傑作を抱えている。だからトンカツと絵の中間に私がいる、中間とはこのことだ。トンカツと絵の間、トンカツと絵の間」と呪文の様にとなえ、一人納得した。
不思議な水紋に驚く雉の絵(一部)を付けました(終わり)
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

たはけの果て黄泉戻り、イザナギの2回目HP上梓

2010年02月06日 | 小説
イザナギの2回目上梓です。左ブックマークの部族民通信(HP版) をクリックするかhttp://www.tribesman.asia/に直接入って下さい。
「瀕死ながらも一人生き残ったナギ(イザナギ)は巫女の姉ナミの渾身の介抱で息をとりもどした。死んだと思われたナギが味方も欺く作戦でヤマチのニニギ(長)一味全員を殺した」が大まかなあらすじ。では渾身の介抱とは、
「それは秘儀である。邪儀とも言える。巫女ではない姉でもない一人の女のナミがナギにだけ施行する暗い儀式だ。それは生理的治療である。水垢離滝行で冷水に打たれたあと全身は火が燃えるように熱くなる。その熱さを儀式に使う。ナミは新妻のごとく裸で、下帯も外した白裸で一つ褥でナギに=中略=妾の熱を奪え、妾の汗と脂をお前の肌に練り込め。さあ息を助けるぞ、なんとかわいいお前の口だ。その口、少しの開きに息が通る。その息の通りを広げ、妾からの精を体に与えるぞ」ねっとりと舌を絡ませた。」これは上古の話なので、こうでもしませんと、瀕死の重病人を助ける事はできなかった。今じゃこうした療法はない。
さて蛮族のヤマチはナミを「ニギホの側室に差し出せ」と言い出した。ナミは戻らぬ決意で一人ヤマチに旅立つ。宴で両族の弥栄を祈る舞を奉納するのである。その舞とは、
「すり足運び、にじり寄り迫り来る。狂い面が近づく。狂い面こそ喜びだ。喜びと狂い影が迫り威圧し圧倒する。喜びが迫るそれは脅しの面だ。もはやこの宴広間で舞が演じられているのではない。謡の呟き、舞管の鳴り、鳴子での神楽拍子も宴広間で奏でられるのではない。ニギホの頭脳、麻痺した脳天、舞空間がニギホ頭脳に形成され、そこに薪炎が燃えくり、面が炎に揺らぎ照らされ、狂い面が跳梁していた。喜びの面が狂いの影に替わり、近づきさらに近づきニギホを脅迫している。怖れよと脅迫しているのだ。ニギホは何もかも忘れた、ナミに見入った=中略=面が圧倒する狂いの影で迫って来た。
「ニギホ、儂がわかるか」
ニギホは身がふと震えた、何故震えたのか。それが聞き覚えある声だったからだ。誰の声か思い出せない。命取られる間際、この世別れの最期に聞いた声ならそれは地獄の声なのだ。また面が囁いた「ニギホ、儂がわかるか」。
その時舞管が調子を急に高めた。ビューピッィ最高音のヒシギ調子が広間に渡り鳴いた。危険な音だ。
と宴が惨劇に変わります。
以上よろしくHPに立ち寄りサイバー立ち読みしてください。
筆者後記:舞の場ですが手の内明かすと、かつて新井達矢氏の新作面でシテ中所宣夫師が華麗に舞う羽衣に出会い、「能とは頭で観るのだ」と勝手解釈しちゃいました。それを取り入れたのですが、手の内はこれだけにします。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トンカツ画伯訪問記 3

2010年02月05日 | 小説
日暮里で京成電車に乗り換えるとお花茶屋には10分で到着する。トンカツ画伯に再会できるとあって気分も昂揚してきた。トンカツ3角形、水油転換、豚として生きた記憶10%の重みなどを一人ぶつぶつと呟き始めた。隣席に座り合わせたお婆さんのいぶかしげな目付きを無視して「今日はトンカツと絵画の中間点、そこが画伯の言う小説作法なので、この奥義を見極めるのだ」と独り言吐くと、気分もそこそこ落ち着いた。車掌のアナウンスで我に戻り、飛び出るようにホームに降りると藪入りの冷たい季節風にヒューイとあおられた。急行も停まらない駅に降り立ったのは私一人だった。
地図を片手に道程歩いて5分ほど、トラックなど通行の多い道に面して間口が2間、入ってみると奥行きで3間ほどのこじんまりしたトンカツ亭名称をKとします。らっしゃいと威勢の良い声で迎えてくれたのが正月に出会った画伯のアルバイト姿であった。アルバイトとしたが当亭を所有している主人のようだ。あくまで本業は絵画、調理の白衣はかりそめ姿なのでアルバイトとしたわけです。
2時に来れば客もいないとの勧めなので、すこし回った時刻になっているが、席にはビールを片手に競輪の予報新聞に見入っている老人が居残り中、昼間からビールや酎ハイを飲むのは下町の作法と知っていたが、それは焼き鳥かホルモン屋での特例。しかしトンカツ屋でもその奇風が遵守されていたとは知らなかった。きっと下町度が濃厚なのだろう、この辺りは。
居残り客を「気にすることはない」で相席する。老人は「あんたトンカツを食いにきたんだろう、こんな時間で遅いよ。火を上げちゃったからな俺だって喰えねんだ」と食いっぱぐれの恨みをのたまう。
「いや儂はトンカツ喰いじゃない、別の用です」と言っても相手は聞かず「もうガスを止めたって言うんだ旦那さんが。ところで明日の大宮グランプリではヤグチかねテジマも調子いいって」とその後も聞き知らぬ名前を何人もあげた。競輪選手らしい。画伯が「爺ちゃん、競輪なんて流行んねいから、誰も知らないよ」と助けを出してくれた。爺さんは相変わらずビールを片手にまじないの様に名前をあげて「年始めだ、絶対当たるんだ」と力む。
画伯が奥から幾点かの作品を取り出しテーブルに立てかけた。爺さんは「せっかく金だしたアカケイが読めない」とぼやくが「爺さん粘ってもトンカツは終わりだ。これらは俺の作品だ、滅多に出さないから爺さんも見るか」と誘う。
画伯が所属している「野鳥絵画の会」の趣旨そのもので、作品はいずれも鳥を主題にした彩色明るいアクリル。鳥が自然、時には都会を背景にしてその場場景に溶け込みながら飛び、時には枝に休む姿を写実に描いている。画伯は「鳥の姿を見せているだろう」と幾分自慢げな顔つきで、自作の解説に入ってくれた。それによると「鳥が鳥らしく画かれているが、鳥はこの姿を実際には見せない。それが写真と違うところで、鳥らしい虚像を画かないと絵にならない。たとえばこの絵」と持ち上げたのが背景が暗い木立、しかし尾長にはハイライトが当たる。だから尾長が飛んでいるとは良くわかる。「しかしこの光は自然には無い。暗い木陰で飛ぶ鳥は暗いから影になるだけ。鳥の影を画いても絵にならない」と。私は「なるほど、鳥らしくしかし現実ではないとはそのことか」と一人感心してしまった。するとビール呑んでいる爺さんが乗り出してきた。
「競輪だってそうだ、もうマクレないなんてオトナしく後にいるヤツが最後の追い込みで逃げを掴むのが醍醐味さ」「爺さん聞いてるじゃん、今の比喩はましだ。しかし絵と競輪は関係ないから黙って見てくれ」と最後は画伯にたしなめられた。
「この絵だって同じさ、雉が水場に用心深く近づく。その時突然池に波紋がたったその瞬間、雉が驚いた顔している」確かに水面に写る枝が曲がりくねる「しかしこんな波紋はあり得ない。盥に水張って波紋を立てたが、同心に広がるだけ。これは不規則の波紋で自然にはない」とここでも写実の中の虚像を語る。となると写実的に鳥の姿、自然の背景を丁寧に画いてこの作業に90%、そして人の目を欺く光、影、時には水面の波紋、これが10%。それがトンカツ3角形での最重要な水油変換90%に該当するのか。
私は思わず「見えてきたぞ」と呟いてしまった。競輪じいさんが「やっぱりヤグチか」とダメ押しを掛けるがそれを無視して「画伯、これらの絵画全部を売ってください」と口走ってしまった。画伯のご好意により「暗い木陰を飛ぶ明るい尾長」=一部を貼り付けました(続く)
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

たはけの果て黄泉戻り、イザナギのHP掲載開始

2010年02月02日 | 小説
古事記の開闢神話から表題のイザナギ物語を書き下ろしました(2月2日)。部族民通信のHP(左ブックマークから入って下さい)にブラウザお願いします。
HPの部族民通信刃サイバー立ち読みを標榜します。はじめの頁から立ち読みする人は少ないので、さわり(後半の1)39頁(原稿用紙で160頁、縦書きPDF)から始めました。

イザナギイザナミは本邦開闢の大恩、八百万の神の始祖であり、神道の本家みたいな大神様です。しかし古来から神道においてはないがしろにされています。古事記の描写内容も「先に女神が声かけたから蛭子が生まれたのだ」などと馬鹿にされている。イザナギイザナミとはそもそも土着系の神であり、渡来系の太陽神アマテラス信仰に駆逐されたためである(と直感的に)信じます。土着(部族民の先祖)が駆逐された理由はあまりにも穏当な「自然信仰」が「米を生産してもっと発展する」という渡来系(ヤマト)の攻撃的イデオロギーに敗れたからに他ありません。今の日本に顕著なスーパーストラクチュアーの乖離構造(自然崇拝VS拡大開発)は土着VS渡来の対立を反映しているので、2000年来の対立とも言えます。
部族民のスーパースターであったイザナギに託して精霊信仰、自然賛歌、王殺し、禁じられた愛(=相姦、姉婚=たはけ)と不死の祈り、黄泉への陥落を筋に立てています。さらに生首の呪い吹きかけ、神楽舞にチャンバラが殴り込みなどギミックをいれています。  我ら日本人の源流が太古にこれ程の「冒険」に挑み「熱愛」にうかれ、黄泉堕ちの罰を受けた。イザナギの真実を知るだけで、今私たちは勇気つけられる。クソ面白くない古事記のアンチテーゼとしてお読み頂きたい。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする