蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ10

2018年09月30日 | 小説
(9月30日)
心の内にうごめくvertu(行動する力)に駆り立てられアリサは突然、家出する。義弟(ジュリエットの連れ合い)は仕事を放り出し、アリサ探しにパリを奔走する。発見された時は手遅れでアリサは誰にも看取られず慈善病院で死んでいた。信仰と行動の「自由」を迷いもなく実行したあげくの孤独死であった。
死の後、封書が発見されジェロームへと宛先が記されていた。公証人を通して彼に送られた封書の中身が「アリサの日記」。これがrecit(ジェロームの語り)最終章に続く形で掲載される。これを読んだジェロームの驚きはいかばかりか、recitの最終を引用する。
<<Vous imaginerez suffisamment les reflexions que je fis en les lisant et le bouleversement de mon coeur que je ne pourrais que trop imparfaitement indiquer>>
(ポケット版155頁)
訳するまでもない簡明な文章であるが拙訳を試みると;日記を読んだ驚きの様は筆舌に尽くせないほどだが、あなた方(読者)は、私の反応(reflexions)を十分に理解できるであろう。

写真:ジッドとサルトルのツーショット、サルトルも自由を追求した作家である。ネットから拾ったので著作権が存するか不明です。違反があればお知らせくだされ。

reflexionは光や音の反射が第一義、二義に熟慮反省とある(スタンダード辞書)。この「熟慮」を調べるとretour de la pensee sur elle-meme en vue d’examiner plus a profond une idee, une situation, un probleme (robert)とある。=考え方、状況、課題にたいしてより深いあたりを検討するためにそもそもの思考へ立ち戻り>となる。ジェローム場合にはかつてアリサと交流していた頃に立ち反って、あの時々の「状況=situation」を再考慮し、交流の様を改めなおしたと投稿子は解釈する。なぜなら、彼の視点で語られたrecitの筋とは全く異なる状況がアリサの日記に綴られていた。
アメジストの首飾りのくだりをアリサの視点で見ると;
<<Jerome! mon ami, toi que j’appelle encore mon frere, mais que j’aime infiniment plus qu’un frere…(ジェローム、友よ、おまえを未だ弟と呼んでいる私だが、実は弟よりも限りなく愛している)この日付は9月30日、一日おいて
<<J’avais egalement pris sur moi la croix d’amethyste qu’il aimait et que je portais chaque soir, un des etes passes, aussi longtemps que je ne voulais pas qu’il partit>>(173頁)
拙訳;彼がお気に入りのあの十字のアメジストを、同じく着していた。(同じくは前文で彼からの手紙を読み返していたに対応する)。過ぎ去ったあの夏、毎夕それを着けていたのは、それほどにも彼が出発するを望まなかったから。

recitでの説明では、その夕に首飾りを着せず夕餉の卓に座るアリサを目にしてジェロームは出立した。その約束や夕餉の状況は、日記には現れない。逆に、ジェロームのお気に入りなのでそれを一夏の間、毎夕(chaque soir)着していたとアリサは語る。この差異をなんと理解するか。いずれかの記憶違いなどと片付けるジッドである筈がない。この矛盾に気づいて食い違いを考えてくれと言っているのだ。
二人言い分の様が本作品の理解の鍵であり、さらにはジッド自由の解釈にもつながる。投稿子として以下に考えた。
<アリサは十字アメジストを着せず席についた。出立を遅らせ館に居続けるジェロームに再び見えたら、気構えが変わってしまう。その畏れを感じていたからこそ、約束(それを着けなければパリに戻っての気持ち)の通りを実行した。別の言い方では「ふらつき始めたアリサのvolonte(信仰、神への誓い)をvertu(力)が立ち直らせた」となる>

アリサの日記を通読すると、ジェロームへの感情が彼女の口元からほとばしるかに読み取れる。感情としたその心は愛情とは異なる。かの国の言葉ですれば<affection>気遣いあるいは情念、と投稿子は思う。情には逡巡が残る、これが直線一本道の愛にはてたら、約束が守れない。さらに、愛に囚われる身などは自由ではない。「だから明日に出て行って」と知らせた。すると「毎夕」との矛盾が残る。語意としてchaque soirとは「それを必要とする夕べには必ず」が意味でtouts les soirs,でもchaque soir sans exception (いずれも強調した言い回し)でもないから、あの夕は除いてとなり辻褄はあう。ジッドの修辞がここに飾られると理解すればよろしい。別の一節あげる;
<<Cher Jerome, je t’aime toujours de tendresse infinite; mais jamais plus je ne pourrais te le dire. La contrainte que j’impose a mes yeux, a mes levres, a mon ame, est si dure que te quitter m’est deliverance et amere satisfaction>>(167頁)
拙訳:親愛なるジェローム、いつもお前を無限の優しさで愛している。しかしお前にそれを告白できなかった。私の目、唇、心にまできつい束縛を課しているのだから。お前から去るとは私の解放、その喜びはとっても苦い。

引用には情念と行動の乖離が窺える。これを自由でありたいアリサのvolonteとvertuの争いと読みたい。自由を追い求めるアリサは悩む、悩みが苦い喜びに結実する。感情と意志の相克をかく引き起こす自由をデカルトは語らなかった。数学の天才にして近代哲学の創始、デカルトはvolonteとcapaciteの間に困難などあり得ない。volonteを確立すればcapaciteは自ずと湧き上がると断言している。なぜならvolonteは思考でcapaciteはその実態だから、得意の二元論で片付けている。
自由を希求するカルテジアンならばliberte d’indifferenceにジッドはあこがれる。狭き門の出版は1909年、1869年生まれジッドの精神風土の土台とは19世紀後半である。ユーゴーのロマン主義に影響を受けているであろう。自由と格闘する近代人代償をこの作品で描いたのだ。

カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ10の了 
(次回予定は10月2日)
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カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ9

2018年09月27日 | 小説
(9月27日)
アンドレジッド作の小説、狭き門(La porte etroite)はジェロームの語り口(recit)に乗って淡々と進む。それでもいくつかの場面で「信仰か愛か」をアリサは迫られる。そのやりとりに緊迫感が読みとれる。そして彼女の選択はジェロームにあらず、かならず神に向かう。一人称「私」ジェロームがアリサの毅然さを淡々と述べる。
さて、デカルトは人とは判断、選択を実行する際に自由であるべしと規定し、その精神作用にはvolonteとfaculteが交差するところであるとした(=Doute et liberte chez Descartes,Par chevetより)。volonte(意志)が先にあって選択条件を解析する。選び分けて決定を促すまでがvolonteの役目で、実行するのはcapacite(能力)。アリサ選択の緊迫場面にこれをに当てはめると、ジェロームから婚約を求められても、頷いたら神への誓いを破るから、「無理よ」とはねつけ、ここまでがvolonte。「否、今のままで良いのよ」とジェロームに自信を持って告げる勇気がcapaciteである。アメジストの首飾りにしても「ジェローム、居続けて」対「明日にパリに戻って」の択一への判断が「居続けると面倒、戻って貰うわ」で、勇気を胸にして首飾りをはずし夕餉に臨んだ。
volonteとcapaciteの行程と分担役割はデカルトの教えるままである。

さらにデカルトは選択の過程、および結果においてindifferent(無関心)たれとも教えてくれた。Aを選べば金持ちになる、幸せな結末が待っているなどの利益損出などには拘るなとの教えである。ジェロームが牧師の説教を聞き、狭き門を抜けるとは利己主義を捨て去ること、天啓に打たれる如く体得したのがデカルトの自由(liberte d’indifference)である。ジッドは共鳴しアリサとジェロームに託し、謳ったのである。

アリサにおけるvolonteの起因は信仰である。ではcapaciteは。
vertuなる分かりにくい語が後半、幾度か引用されている。投稿子にしてこれは「美徳」と当初、解釈した。verite(真実)と結びつけていたし、「徳」があるからに、座っているだけで人を引きつける心の輝きみたいな、内面に潜む受け身の精神と理解してしまった。するとvertuと信仰volonteともに内在する精神となって、両者の差が不明になる。生半可な理解が正しい解釈を阻む典型例であった。辞書を開こう;
1) の義にenergie morale, force d’ame  2)にはforce avec laquelle l’homme tend au bien.とある(le robert)エネルギーであり、人を良きに維持する力である。(正しい)決断力とこれを訳そう。volonteが精神ならvertuは実態、物である。
かく解釈すればデカルトのvolonte対capaciteの構図を、アリサ内部での「信仰対決断vertu」になぞらえる。さらにデカルトの思考対本質の二元論ともつじつまが合う。

写真:暑い盛りには元気な姿を見せてくれた日々草。秋雨にうたれ姿もわびしい。


vertuのくだりを引用する;
<<Non Jerome, ce n’est pas la recompense future vers quoi s’efforce notre vertu. L’idee d’une renumeration de sa peine est blessante a l’ame bien nee>>(164頁)
<<Combien heureuse doit etre l’ame pour qui vertu se confondrait avec amour! Parfois je doute s’il est d’autre veru que d’aimer, d’aimer le plus possible et toujours plus….Mais certains jours, la vertu ne m’apparait plus que comme une resistance a l’aour>>(165頁)
拙訳;ジェローム、違うわ。将来の報酬を求めるために私たち、決断するのではない。苦しみに対する報酬という考え方は信仰深い心を傷つける(164頁)
(recompence, renumerationともに報酬と訳した。前者は喪失への慰め、一種、宗教的意味もこもるので、後者の「努力した対価報酬」として具体的、経済的意味が強い語を後付けしている。また前者に定冠詞、後者には不定冠詞がつくのは、例えば金銭報酬などもあるの意味で、アリサの立ち位置を高尚にしているーと投稿子は解釈する)

拙訳2;もし愛と決断が本心で融合していたらその心って、なんと幸せかしら。妾(わたし)時々考えてしまう、愛する以外の決断ってあるのかしらと。可能な限り愛する、いつもそれ以上に愛するという愛を。でもある日かならず、正しく決断するとは、愛を否定することと思えてしまう(165頁)
決断の過程とその結果、アリサは「無関心の自由」を実践しているのだ。

volonteに基づく選択に迷いなく、決断(デカルトのcapacite、ジッドはvertu)には毅然として後悔を見せない。ジェロームに隙など見せず信仰の道をアリサが進む。Libre arbitre(自由の意志)とは神の自由に近づく心境なのだが、そこに至る道筋をひたすら実行するアリサ。ジッドの理想をアリサが体現している。

しかし狭き門はこれほどに単純ではない。後半にジェロームの語にアリサの日記が続く。そして状景が一変する。アリサはデカルトが一行にも教えてくれない自由を体験していた。

カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ9の了 
(次回予定は10月1日)


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カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ 8 

2018年09月25日 | 小説
(9月24日)

勝手なアリサとは?
作品「狭き門」に戻ろう。生き様を選ぶ、そんな場面がアリサに幾度か訪れる。
<<non, Jerome, non, ne nous fiancons pas, je t’en prie. =中略= Mais c’est moi qui peux te demander pourqoi changer? =中略= Tu te meprends, mon ami : je n’ai pas besoin de tant de bonhneur. Ne sommes-nous pas heureux ainsi?(ポケット版59頁)>>
拙訳;否、ジェローム、私たちは婚約しないのよ、お願い。 なぜってあなたが尋ねるけれど、そうしたいのは私の方よ。今の間柄をなぜ変えたいの。ジェローム、あなたは私を見違えているのよ。これ以上の幸せなんて私たち、要らない。このままでも幸福でしょう。

婚約(fiancailles)を求めるジェロームにアリサが「きっぱりと」断るくだり。きっぱりの様がnonに続く否定を幾度か並び立てる文脈に浮き出る。さらに、meprendsはmeprendre 二人称単数形で、あまり用いられないこの動詞の意はse tromper une personne pour une autreある人を別の人と取り違える(辞書le robert)とある。(似ている)兄を弟と見違えるの形而の誤解が一義だが、これを精神の取り違えとしてジッドは使った。その根源にはmeconnaitre=否定する無視するなど強い意をはらむ=しているからに他ならないとアリサの判断を表す(ジッドの用法から推察、同じ辞書の引用文)。

するとジェロームはアリサの精神を「見違え」でなく、もっと根源的に「勘違い」していた事となる。さらにもう一面、アリサが反発する裏にはfiancaillesがある。それは単に二人の約束ではなく、近隣縁者への公知と祝宴が含む。投稿子が仏語を学んだ手始めはMauger本であるが、その2巻fiancaillesのソワレの一節を読まされたと覚えている。Maugerが描く時代は1950年代。一方、狭き門はさらに昔の1880年代。ノルマンディ名流の両家の婚約ともあれば、さぞかし華やかな式典になった筈だ。式の次第を探れば、それは夫となる家の主催、招待客の集い語らい、婚約の公知、嫁(となる)娘への指輪贈呈、晩餐、ダンスとなる(らしい)。必ず神父が呼ばれる(狭き門では牧師であろう)。式は俗であるが神父牧師の説教で(必ず) 神が介在する。結婚を神へ約すのだ。
婚約に応諾するとは、神への誓いとなる、ここがアリサに受け入れられなかった。対話を断つかのかたくな否定がすぐにも出た裏は神にありなん。
ここでの選択はアリサ姿勢のすべてを表す。他の場面を探すと。

<<Quant a tes success, je puis a peine que je t’en felicite, tant ils me paraissent naturels. =中略= Tu auras compris, n’est-ce pas, pourqoi je te priais de ne pas venir cette annee =中略= Parfois involontairement je te cherche; je tourne la tete brusqument. Il me semble que tu es la!>>(ジェロームに宛てたアリサの手紙 同99頁)
拙訳;あなたの成功(学業)についてはおめでとうと「何とか」祝福するわ。だってそれって、当たり前だから。それと、今年はもう来ないでと願った理由には察しがつくでしょう。それでも私、無意識に突然、頭を回したりするのよ。あなたがそこに立つのかと感じてしまう。

写真:親子丼。K氏がカツ丼は命の支えと認識した豊田駅前交差点での選択で、親子丼幻影のひた寄せにおびえなかったのか。

前半の「お祝い」の言い方を冷たいと感じる。成功が複数なら(tes success)学業のみならず将来方向を決める過程で、いろいろな成功をジェロームが獲得したと推理できる。それなりの努力を費やしたと褒めるべきだろう。しかし「それって当たり前でしょう」と片付けて、さらにa peine の形容動詞句をかぶせた。「何とか」と訳したが、それはpeniblement(かろうじて)と同義と辞書に載る、古い用法との注があるけれど、これに準じた。ジッドはそんな古い表現をすんなり使う作家だと思っているから。もしこれを今に通じる義として時間的な=するやいなや=意味とすれば「今、お祝いしているところよ」とこじつけが出来そう。しかしそうすると、次句の当たり前とのつながりに苦労する。
引用文の後半では夏の休暇に訪れる習慣を持つジェロームに、今年は来ないでと言い切って、しかしふと(毎夏のように)あなたがそこに立っている気がするなどと曰う。この引用で浮き出るアリサの心は「混乱」である。ジェロームに会ってはならない選択を下した過程の苦渋。それを物語る修辞であると理解したい。

混乱の極めつきはアメジストの首飾りである。
ジェロームがフォングーズマールから出立する前日、アリサとの会話で
<<Elle reflechit un moment, puis ; Le soir ou descendant pour diner, je ne porterai pas a mon cou la croix d’amethyste que tu aimes….. comprends-tu?
- Que ce sera mon dernier soir.
- Mais sauras-tu partir, reprit-elle, sans larmes, sans soupirs….(125頁)
拙訳;アリサは一時、間をおいて、今日の夕餉に下りるとき、私の首に、あなたが好きなあのアメジスト十字の首飾りを見つけられなければー
―それが最後の夕食となる
―そう、あなたは出て行くのよ
涙の一滴、ため息の一のつなぎもアリサは見せなかった。

そして夕食のテーブル、アリサの首はアメジストで飾られていない。アリサの構えは峻別、これが彼女の選択である。

カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ8の了 
(次回予定は9月27日)
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カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ 7 

2018年09月22日 | 小説
(9月23日)

アンドレ・ジッドはカルテジアン(=cartesian)とされる。デカルトdescartesから貴流尊称のdeを省いて形容詞としているこの語の意味は3通りが数えられる。1デカルトが唱えた哲学に関して 2デカルトを信奉する者 3(数学において)解析幾何学。 第4の義は番外「やたらとへ理屈を弄ぶ(その輩)」これは辞書(le robert)に載らない。
さてある日の自由エピソード(2017年の6月頃)。A学院(フランス語教育での歴史を刻む校舎は東京駿河台の丘の上)での哲学講座。
生徒の質問「ジッドはカルテジアンですか」
口調と身振りがエレガンスの極めのI女史が講師、すぐさま答えた「その通り」
これは上記カルテジアンの1義。かくもすんなりI女史の口からこの答えが発せられた背景とは、彼の地フランスの人口にあまねく膾炙しているからに他ならない。横でポカン口開けて聞くだけながら、投稿子はそう理解した。
続けてI女史は、
「まあ、フランス人は誰だってカルテジアンだけど」
この答えは第4の義にあたるようだ。理屈に拘泥するとの換喩である。フランス人=へ理屈に思い当たる例に事欠かないので、こちらは投稿子もすぐに理解に至った。では、ジッドがデカルトに影響を受けたとの証拠、あるいはそれを例証する文献はどこを探せば出てくるか?
「狭き門」でググって出てくる解釈はアリサの自己犠牲、献身、神の国へのあこがれ、そのうちにカルト信仰まで出てきた。どうも(日本語世界では)デカルトとの関連は認知されていない。信仰と行動にのみ焦点を絞っている。アリサ行動の理解に至らない。
フランス語で検索してもなかなか出てこない。ようやくたどり着いた一冊;

<<then there was Schopenhauer’s romantic pessimism, the view that the world of history , of conflict, was an illusion that brought nothing pain, that man’s salvation was to escape from it into higher ,essential reality to which music and poetry were the purest means of access. Gide went to appreciate Descartes…>>
出典はAlain Sheridan「 Andre Gide a life in the present 」Harvard uni. Pressから。
(当該冊子は絶版で販売されておらず電子書籍にも登録がないのでネット引用した)

写真:引用した冊子の表紙。20代のジッド。

抄訳:(ジッドの思考遍歴の説明の数行の後)ショーペンハウアーに影響を受ける。その見方とは歴史、闘争とは一種の幻想で、苦しみ以外何ももたらさない。故に救済は歴史から離れ、より高い「本質的現実」に上るべきで、音曲詩歌のみを通してそこに到達できる。これを受けてジッドはデカルトに傾倒してゆく…


上記引用は粗筋としてかくまとまる;
人の世とは苦しみばかり。救いはより高みにある本質現実に立ち上ることだ。それは現実ではなく文芸、思考の世界に存在する。デカルトがその道を教えている。

デカルトが語る無関心の自由は一切の先入観を捨て去り、自己の利益にこだわらず、そもそも利益不利など一切考慮せずに選択する。その結果には反省や悔やみ、まして達成感に喜ぶなど論外で、ひたすら無関心に徹する。このliberte d’indifferenceを理想とする。日本語表現に言い換えて「虚心坦懐で選択し、喜びも後悔もしない」が近いか。
ショーペンハウアーの「本質的現実」にデカルトの「無関心の自由」を重ねた心情がジッドの伝える狭き門であると言える。

狭き門は「圧縮機」であり(ジェローム)、利己主義(=egoiste)をつぶす機械である。門を抜ければegoが消える。Egoとは自己の利益であり時には他者への思いやりでもある。これが抱える間の選択は、自己への関心(difference)であり、選択の度にこの判断での好悪を露呈する。この課程がフツーの人間のたどる選択で、人はそれが自由だと勘違いを起こす。カツ丼を食いたいK氏は勘違い自由の典型とも言えよう。
関心へのこだわりが勘違い、これは「自由」の選択ではないとデカルトが教えてくれた。デカルトの子供であるフランス人は、この自由を理解するから、アリサをカルトかぶれなどと判定しない。アリサ、ジェロームも自由精神を貴び、自由意志を貫徹したと理解する。


カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ7の了 
(次回予定は9月25日)
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カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ 6 

2018年09月20日 | 小説
(9月20日)
母の期待に見事こたえてジェロームは、高等師範学校(ecole normale superieure)に入学を果たした。同校はフランス教育制度の頂点に位置し、官界教育界の重鎮を輩出させている。卒業生は「ノルマリアンnormalian」との尊称を受ける。日本の東大法学部と理解すればよろしいが、エリート性の度合いの比較において高等師範が優勢であろう(私見です)。
規定5年の課程で優秀な成績を得て(かの国ではavec elogeと伝え赤いゴム印が押される、こんな叙述はない)卒業し入隊、serviceミリタリーサービス、を経験する。外務省に入職し外交官としてイタリア、シリアパレスチナなど歴訪する。これら描写に浮かぶジェローム像とはエリートまっしぐらの青年である。
学業のあい間にもFongueusemareを訪れアリサと邂逅する。二人がかくも頻繁に出会うのは親族としての関係にある。前回投稿で指摘したが「交差イトコ」である。

交差イトコ(cousin croise)とは;
男女イトコの父母のいずれかが兄と妹の関係を持つ。兄を弟、妹を姉としても成り立つ。アリサの父がジェローム母の兄。これよりも近親なイトコは双方とも兄弟姉妹、すなわち男Aの父と母は女Bの父母と交差関係の兄弟姉妹で、これをcousin germainゲルマンのイトコ(仮訳)と呼ばれる。仮訳としたのは、日本語訳がないからである。こうしたイトコは日本では実行されないかと想像する。
多くの民族で交差イトコは結婚相手として優先的に選ばれる。さらに交差関係のゲルマンイトコは婚姻相手として特に重宝される。ヨーロッパでもこうした風習は近世にまで見られた。おそらく、ゲルマン人(フランク、ノルマンなども含めて)の古来の習慣であったのだろう。
叔父(母の兄)の居宅での邂逅、偶然の出会いを意味するが、実際はそれと装うだけでアリサに会いたい一心でせっせとパリからジェロームが出向く。二人が偶然を装いふと庭の小道で、あるいは叔父などにし向けられてベンチで邂逅、こうした出会う様のあと追憶風に、心の揺れが綴られる。さらにジェロームは気だては優しく気遣いはマメ。イトコ同士だから、二人が結婚すれば、(アリサの)Bucolin家の財産が他人に流れないうえ、政府高官(となるはず)の冠だって載せられる。このノルマリアンで外交官、結婚すればいずれは大使の令夫人として優雅に暮らす事ができる。二人は親族一同から結婚を期待されていた。しかし、アリサは一向になびかない。
アリサが選んだのは先の見えない狭き門なのだ。
狭き門とは?
Vauitier師(のちにアリサの母となったクレオールの娘を幼女にした牧師)の説教をジェロームが聞く
<<Efforcez-vous d’entrer par la porte etroite, car la porte large et le chemain spacieux menent a la perdition, mais etroite est la porte e resserree la qui conduisent a la vie>>
マタイ福音書、日本聖書協会訳:狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。
この説教がジェロームを戦慄させた。彼の言い分を聞こう;
<<je voyais cette porte etroite par laquelle il fallait s’efforcer d’enter. Je me la representais comme une sorte de laminoir, ou je m’introduisais avec une douleur extraordinaire ou se melait pourtant un avant-gout de la felicite du ciel. Et cette porte devenait encore la porte meme de la chamber d’Alissa; pour entrer je me reduisais, me vidais de tout ce qui subsistait en moi d’egoisme…>>
拙訳:説教を聞いて目が開く思いで、通るべき狭き門を心に描くことができた。 それは一種の圧搾機で、通り抜けようとする私に、とてつもない苦しみを覚えさせる。その苦しみの中にこそ至福が混じるとも予感させる。この門はまさにアリサの部屋に通じる門なのだ。縮小し自我のすべてを除いて、空虚にならなければ通り抜けられまい…>>

アリサの「部屋」と門とは、具体的な部屋と入り口を云う訳でない。彼女の精神に近づくに避けて通れない心の門なのだ。
神は2種の門を用意した。一つは誰でもそして大勢でも抜けられる広い門。誰でもとは自我が強く、欲、嫉妬、執着などで心が肥大している人で、彼らにだって広い門があるから、そちらを通れろ神が宣う。狭き門は選ばれた者のみを相手にしている。選ばれたと明確に知る者、そうと自覚している者、そうなりたいと努力する者は、圧縮機(laminoir)に心とおして「縮小」する、自我を心から除去する努力して、狭き門に挑め。
写真;多摩地区のとある門。狭い、その上片開き、まるで肥満体お断りみたいな圧縮機の門だ。

選良なる者に求められる訓練と忍耐、模索と成就。狭き門を通じて神との対峙構造、精神の持ち方をかく、ジッドが教えてくれるのである。
これってデカルトと同じでないかね。

カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ 6の了 
(次回予定は9月23日)
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カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ 5

2018年09月18日 | 小説
(9月18日)
狭き門(La porte etroite)はアンドレ・ジッドの代表作である。発表は1909年、当時の(19世紀末から20世紀初頭までの)、俗に云うベルエポックの時期の男女悲恋の顛末である。産業革命の勃興、商業資本を産業に転換して成功したフランス。おかげでパリがとてつもなく繁栄したのは19世紀後半から。その様は「パリの喜び」(歌劇オッフェンバック曲)で窺えるブルジョワの生活、成熟あるいは淫蕩で隠微さが蔓延した。しかしジッドはこれら新興階層を描いていない。旧来からの階層、土地の所有と学識を基盤とするブルジョワ階層を取り上げている。小説の主題は自制と献身、信仰と帰依。古くは「アベラールとエロイーズ」にもある「人の生き様」である。

余談ながら、ジッドは後に田園交響曲(初版1919年)を発表するが、テーマは前作に相似している、焼き直しかと投稿子は当惑する。レヴィストロース流の神話学の手法でこれを語れば、code(筋道を展開させるモチーフ、符丁)とscheme(スキーム、主題)は「狭き門」と変わらない。そしてprotagonistes(登場人物)が逆転(inverse)している、信仰生活を選ぶのはアリサならぬ息子、主人公父親でJeromeならぬ中年男。このinversementは南米ボロロ族神話の伝播の様態とすっかり同じです。

Recit(レシ、一人称の語り)形式でジェロームJeromeの追憶が淡々と語られる。対するアリサ(Alisa)の心の内は会話と行為で間接的に探る。時にはJeromeへの手紙で自らを語らる。心理内部をrecitで語る洗練さが見事です。ジッドはロマン(3人称形式で客観的に流れを語る)を幾作発表しているが、なんと申そうか、名作ではない(と感じた)。1947年にノーベル文学賞を受賞するが、ひとえに「狭き門」が評価されたから。この1作のみでノーベル賞を受賞したとも言える。

あら筋を記す;
主人公はアリサとジェローム、アリサの父とジェロームの母は兄と妹、民族学の説く「交差イトコ」である。ジェロームは12歳を迎えるばかりで父を失う。母は息子ジェロームの学業を優先するためルアーブルLe Havreからパリへの移住を決意、リュクサンブール公園の近くに「小さな」アパートを借りた。一家は夏には叔父の住むフォングーズマールFongueusemareに逗留するを習慣とする。この土地屋敷が母の実家でビュコラン(Bucolin)家の本貫であり、アリサ、ジュリエットらも住む。
さてここで投稿子からの注とは;
LeHavreとFongueusemareはおよそ10キロメートルの距離(Google地図)ならば、両家の地縁(あるいは血縁も)を暗示させる。パリでの住まいにリュクサンブールを選んだ理由はジェロームの「学業優先」と関連がある。フランスでは12歳でのリセ(中高等学校)の選択が後の一生、生き様を決める仕組みになっている。リュクサンブールから1ブロックの距離、パンテオンの横にアンリ4世学校(Lycee Henri IV)が古風な玄関と破風を見せている。父の死の直後ながら、その名門校を目標にし合格したと読者は推察する。この地区一帯は、いわゆるカルチエラタンでフランスの高等教育の中心地(だった)。Henri IVを卒業し、国政外交で働きたければ高等師範学校(EcoleNormaleSuperieure)をめざし、神学、法律あるいは医学に向かうとしたら学部(Faculte)を選ぶからソルボンヌ、droit、あるいはmedecineとなるが、すべてこの地区に林立する。

アリサとジェロームの二人は幼い頃から交流があった。
時系列で推測すると父の死のあと、パリに移ってHenriIVへの入学を決めて、新学期(10月から始まる)を待つばかり夏、ジェローム11歳。母と共にFongueusemareに逗留する。到着の夕;
<<j’etais precocement muri; lorsque, cette annee, nous revinmes a Fongueusemare, Juliette et Robert m’en parurent d’autant plus jeunes, mais e rvoyant Alissa, je compris brusquement que tous deux nous avions cesse d’etre entans.>>(ポケット版17頁)
拙訳:私は早熟だった。この年にFon..に戻り、JulietteとRobert(=二人の弟)をなんとも幼いと感じたのだが、アリサを見て、もう私たち二人は子供ではないと、突然気づいた。

写真:狭き門の作者アンドレ・ジッド。作品のテーマは自由とは何か!アリサとジェロームの悲恋はデカルトの自由を追求したからだと!!

2歳上のアリサは13歳。「突然」=brusquementとは「それが起こるとは予期していない」の意が強い。するとジェロームは己が早熟だったとそれまで気づかず、アリサに再会したとたん彼女を異性として見た。自身の早熟と図らずも、アリサを前にして認識した。すべてがアリサとの11歳の再会から始まる。
ジェロームの恋心はさらに熟成する。そのあたりを;
<<j’etais requis et retenu pres d’elle par un charme autre que celui de la simple beaute. Sans doute , elle ressemblait beacoup a sa mere; mais son regard etait d’exprresion si differente que je ne m’avisai de cette resemblance plus tard. Je ne puis decrire un visage; les traits m’echappent, et jusqu’a couleur des yeux>>(23頁)
拙訳:(アリサはjolie綺麗との全文を続けて)見てくれの美しさではない何かの魅力に、私はそれにとりつかれた。確かに彼女は母親(愛人をつくって出奔した)に似ている。でも眼差しはとても異なっている、それ故に母親似という事は後になって気づいた。表情については何も語れない。顔立ちが、目の色までも思い出せないからだ。

カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ 5 の了 
(次回予定は9月21日)
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カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ 4 

2018年09月15日 | 小説
(9月15日)
カツ丼の自由とデカルトが教える自由libre arbitre(自由意志と訳される)を対比しよう。
AかBかの選択を迫られる状況を設定する。K氏の状況とは会社の同僚4人との昼飯評定、路上談判は交差点の信号真下である。カツ丼天丼親子丼、それに焼きそばが必ず選択肢にあがる。これら候補をカツ丼対そのほか多数を非カツ丼に一切まとめて、K氏は図式化する。この構造が2者1択である。カツ丼への入れ込み加減の純粋さから、それと判断を下した。
さてデカルトにおいては;
2者1択では沈思黙考、巡らす思考の対象は昼飯の選択などではない。「存在に神は本質を与えたか、与えてないか」なんて話(投稿子の想像です)。この段階での思考の作用をデカルトはvolonteと教える。この訳は意志、あるいは意志の力となる。投稿子は発心と訳したい。仏教用語で「仏を信ずる気を起こす」が原義。2義に「思い立つ」(この場合にはハッシンと読む)が見える。以上は大字原。
volonte発心とするところは、K氏にその身をさいなむ飢渇のやすめ(具体的には腹減った、昼飯を喰いたい)。一方、デカルトのそれは真理の追究である。
年金老人と哲学者、volonte発心のありかを探るにこれほどにも卑近と高尚、下流と上層の差は激しいとは。思わずK氏の暢気面から目を背けむとまで、投稿子は動揺した。

写真:天丼と云われれば我慢は覚える、しかし焼きそばにはその憐れみが伝わらぬ(K氏)横浜中華街の名物が豊田でも食えるのだと。ネットから。

さて2者1択に臨む心構えをデカルト先生が以下に語る;
「いずれを良しとしいずれを追求すべきかを、前もって知るとしない」
これが無関心indifference。そこにvolonte発心が宿る。(l’indifference signifie cet etat dans lequel la volonte n’est point portee par la connaissance de ce qui est vrai ou de ce qui est bon a suivre..(再引用、彼の著作Meditationsの一説、文の一部は省略)と曰った。libre arbitre とはこの無関心な自由状態(liberte d’indifferrence)に裏打ちされる。
しかるにK氏は「毎日必ずカツ丼」を主張する。カツ丼が他丼よりも良いし、それを食らうべきとの脅迫感に迫られている(本当稿の1~3)。カツ丼選択においてK氏はliberte d’indifferrenceなる心境に達していたか。その姿勢を分析するに、彼のカツ丼への思いこみただならない。無関心とは大違いの執着だ。故に彼は「否」、デカルトの自由とは正反対の先入観で選択している、これが正答と思える。 
さてvolonte発心の後に選択行為に移る。この意志の力をデカルトはfaculte positiveとしている。faculteは能力、positiveを(前向きでなく)「実在の」とする。すなわちこの選択する能力は「物」であるとデカルトは教える。volonteが心であるに対してfaculteは実在性を持つとデカルトが伝える。

前段階のみならず、選択の過程にも、選択結果がもたらす反応においても無関心を保つ気構えをデカルトは要求する。選択が正しかったから喜ぶ、あるいは選択外れを後悔するなどはもっての他であるとしている。
しかるにK氏はカツ丼を食することで生の喜び、安心を確認しているとまで他言している。すると彼はこの段階でも「自由」を踏み外しているとみえる。投稿子の問いに;
「カツ丼が否定されて焼きそばとなったとしよう、したら私は不満である。大不満だ。今日の一日の働きまでが否定されてしまう。後ろ向きの感情に、午後の半日に襲われてしまう」
この拘泥の様に投稿子はただ、驚きいるばかりだが、畳みかけるかにK氏は続ける。
「昼飯にカツ丼を食らう選択は天丼にも焼きそばにも譲れない。その選択が自由なのだ、私は自由で….」
投稿子が分け入った。
「その過程を自由と言はない」
「なんと言うか」
「気まま、自分勝手だ」
「そんなはずが」
K氏のほほが驚のあまりに引きつった。
「クックーン」
チャビの吠え声まで引きつった。
カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ 4 の了 
(次回予定は9月17日)
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カツ丼の自由、、アリサの勝手でしょ 3

2018年09月13日 | 小説
(9月13日)
午前の仕事をかたづけてちょうどお昼、飯にすると事務所を出たK氏と同僚の一行は4人、降り立った街路はJR豊田イオンモールの横。昼飯の選択であれやこれかに話の華も開くのだが、K氏はカツ丼を譲らない。毎日カツ丼だと主張する。
配膳されたカツ丼の、指先もおもむろに、蓋を開けての湯気霞、沸き立ちあがるその香りに鼻先出して一息吸い込む。その安心感が
「カツ丼の自由、生きる証明なのだ」と説明した。
カツ丼自由が命の担保となるのか。「自由の名」でカツ丼を選ぶK氏に対して投稿子は向き直った。
「それは自由とは言えない」思わぬ否定は投稿子から、K氏は腹の底から反論した。
「老人の数少ない願いを叶えようとする行動なのだ、それを自由ではないと。なぜだ」

写真:K氏は天丼からは生きる証を得られない。しかし天丼がこれほどにも存在性を主張すれば、食う楽しみにはなりうる(写真はネットから)


自由とは仏語liberte,あるいは英語libertyの和訳である。訳者は福沢諭吉、著作「西洋事情」に初めて出てくる(らしい)。一方、すでに漢語の「自由」は使われていて本来の自由に福沢がliberteをひも付けしたとの説明を目にした(Wikipedia)。角川大字源には1気まま思うまま(漢文の引用が続く)2(哲)他から拘束を受けずに自身の意志によって行動できること、2の義を伝える。1が明治以前から使われている自由で2の(哲=哲学)は福沢の導入した「西洋」の自由と定義しても道理にかなうだろう。
そしてここでの留意は1と2は、その意味されるところ、すなわちレヴィストロースの語る言葉に対する「思想」であるが、そこに大きな落差が認められる点にある。このあたりは後に説明する。

西洋で初めてliberte自由を語ったのはデカルト(Descartes)とされる。それ以前には自由なる語は(ラテン語に)あったとしても、行動としてはなかった。すべてが「神の意志」なので人は疑う、考える、追求する余地などない。耶蘇は人が考えるなどを禁じていた。
ではデカルトの自由の追求に挑戦してみよう。ググってみると;
(サイト名はPHILOPHORE、主宰Eric Chevet, Le doute et liberte chez Descartesなる頁を見つけた)
  <<Le doute atteste d’une « faculté positive » que Descartes nomme le libre-arbitre (ou liberté d’indifférence):
こうした思索過程(le doute)はデカルトが自由意志(libre arbitre)と呼ぶ実在する力(faculte positive)に裏うちされるものである。自由意志は無関心の自由(libre d’indifference)でもある。
引用はないが前段でchevet氏はvolonteを解説している。これを意志と訳す。疑いの思考の中に、人には意志(volonte)と力(capacite)が備わる。デカルト的2元論に当てはめれば、意志は(考える)となり、力はfaculte positive(実在する)ので本質である。その本質は行動する、選択する力なのである。人はこの能力を持つのだ。それが自由意志で、無関心なる自由でもあるとしている。
さて、Indifferenceを無関心と訳したのでワケが分からなくなる。これを(一方に)与しない選択とすれば、投稿子にも概念が掴めてきそうだ。先入観、前判断、偏見などに惑わされない(=これがindifference)で選択するのが自由意志(libre arbitre)なのだとデカルトが語った。
選択は必ず二者択一である。AかBか。比べるまでもなくAよりBが良い、それならBを選ぶ。この思考過程にはA,Bの価値の善し悪しを判断しているという前提が潜り込んでいる。それ故、自由から遠ざかっている。そうした過程で選択をした者は、Bの僕(シモベ)であると批判できよう。

ではMeditationsから。
  << Pour le libre arbitre, je désire que l’on remarque que l’Indifférence me semble signifier cet état dans lequel la volonté se trouve lors qu’elle n’est point portée, par la connaissance de ce qui est vrai ou de ce qui est bon à suivre un parti plutôt que l’autre=後略
拙訳:自由意志について申すと、余は、偏見、前判断なし、さらにはどちらを選ぶのが正なのか良しなのかに、人の知(volonte)が一切影響されていない状態が「無関心」なのであって、この点に注目していただきたいと願う。
  <<c’est en ce sens que je l’ai prise lorsque j’ai dit que le plus bas degré de la liberté consistait à se pouvoir déterminer aux choses auxquelles nous sommes tout à fait indifférents. Mais peut-être que, par ce mot d’Indifférence, il y en a d’autres qui entendent cette faculté positive que nous avons de nous déterminer à l’un ou à l’autre des deux contraires, c’est-à-dire à poursuivre ou à fuir, à affirmer ou à nier un même chose.
拙訳:無関心の自由を念頭に入れた時に、もっとも初原的な(le plus bas degre)自由は、初めは無関心であったそれら物事に対して、まず、なにがしらかを特定する(選択する)とした。
おそらく無関心にはさらなる意味合いがあると気づいている。それは、選択する力を持って、眼前の2の物事をあれかこれかに特定して、肯定か否定し、受け入れるか退けるかして、いずれかを選ぶ。そのいずれかの選択をして、同じ事(un meme chose)であると受け入れる。

すなわち無関心の自由には2段階あって、先入観なしに虚心坦懐にいずれかを選択して(これが原初の自由)、選択した結果についても(後悔、後からの批判などせずに)無関心であることである。
無関心の自由がもたらす精神状態「libre arbitre自由意志」は、神の自由に限りなく近づくとデカルトは信じていた。何事にも決定において神は自由、その結果についても責任を問われる事などない。
デカルトは知において神に近づいた(本質の解明)。いまや精神においてより神に近づく、これがデカルトの自由なのじゃ!

「ところでKさん、あんたはカツ丼食うのは初めから決まっていると言った。その理由につきカツ丼湯気に身を託し生きる証を確認したいと聞いた」
「そのとおり、私に残された唯一の自由なのだ」
「それは自由ではない」

カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ 3 の了 
(次回予定は9月15日)

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カツ丼の自由はアリサの勝手でしょ 2 

2018年09月10日 | 小説
(9月10日)
チャビの吠え声に頷きつつ投稿子は
「ところでKさんよ、昼飯にカツ丼を賭けている気持ちはよく分かったけれど、なぜそれを選ぶのか教えてくれないか」
「昔からカツ丼だった、たまには天丼やオムライスなんかもを織り込むけれど、そうした枠外の丼種や皿種は食い終わって、その選択を後悔するハメに陥る」
「カツ丼のどんなところが気に入っているのだ」

この質問で投稿子は作戦を立て直した。自由やら神からの贈り物説などを持ち出したら、K氏の独壇場になってしまう。一向に散歩に戻らないだろう、そんな畏れに気づいたからだ。我が陋屋に長居を続けたあげく余計な咆吼でも上げられたら困るのはチャビ犬だけではない。
「どんなとことは」
「味、風味、食べ応えなど選択する際の理由付けがあると、小筆は思うのだが」

新たな作戦とは、付随する属性を質すのである。属性ごとに天丼、親子丼のそれらとカツ丼の比較を重ね、一方を良しとすれば片方は悪しとなる訳で、対象作業の繰り返しのなかでカツ丼に拘泥したはずだ。決断にいたる過程に、彼が語るカツ丼自由を投射せんと考えたのである。

「味や風味の問い質しであるが、それらに関しカツ丼が他丼をあからさまに凌ぐ要素を、この儂は見知しておらぬ。否、その真逆であろうぞ。アナゴやシバエビを甘辛ツユの衣が優しく抱く天丼には味において、さらにはカシワと称される野っぱら育ちシャモの胸肉が、溶かれた2個の卵と三つ葉の緑で飾られる親子丼には風味でカツ丼は劣等である。この食軍配を否定する者ではない」
「一口、二口と食らうカツ丼にも舌と喉、食べ応えでは」
「それにつけてもカツ丼有利を主張する輩ではない。豚とエビやらアナゴやら、はたまたシャモとの差とは、畢竟、食べ応えに収斂しているのが、そこでも豚有利が見いだせない。他丼に残る未練とは、エビの歯ごたえ、アナゴののど越し、カシワの噛み味など、まさにそれが貴殿が語る食べ応えであろうぞ」
「それならカツ丼有利が証明できない」
投稿子の口調がふと乱れたのは、有利を語れないならカツ丼自由が証明できないと決めつけたから。K氏の答えは意外だった。

「カツ丼を注文して待つことしばし、じれったくなる待ちの空白こそ料理。包丁さばきと揚げ箸の手かえしの手慣れと板慣れこそが評判で、旨くあれと丼詰めにこなす手練れが良心の店と思うを常にしている。
やっと運ばれた丼には小皿の裏返し、丼蓋が乗っている。中身と詰まる蓋に隠れるの姿の様を思うに、美味の極みがさぞかしと組み合さる逸品と、唾が思わずごくん。蓋の石突きを取る指先がカツの香りに曇る。
豚と揚げ粉、出汁と卵とタマネギと、醤油に絡まる膏と甘辛」
「その言い回しは、天丼にも親子丼にもできる」
「しかし異なる点が一つ残る」

写真:K氏が愛するカツ丼、とあるチェーン店の見本。


満足感であるとK氏は伝えた。
蓋を取って湯気がでる。湯気の香に鼻を預け、額を曇らせる度に満足感が腹の底から湧いてくるのだと。
「天丼、親子丼ではその満足を得られないのか」
「しかり、湯気に浸って箸をわり、その箸先が卵を分けてカツの一切れを、出汁と卵の覆いから引き抜く。すると匂いは甘さに満ちる。その満足感は他丼にはない」
投稿子はこの説明に大いに納得した。しかし、
「丼の優劣を己の感覚で評価している、自由ではない」

自由カツ丼、アリサの勝手でしょ 2 の了 
(次回予定は9月12日)
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カツ丼の自由はアリサの勝手でしょ 1

2018年09月06日 | 小説
(2018年9月6日)
カツ丼を食らったのは投稿子の友人K氏、アリサとは名高いき小説かの「狭き門」(=La porte etroite,アンドレ・ジッド作)の女主人公。二人の「自由」には、その起因を促す様々な事由というか、あるいは様式美なのか、埋めように穴の底すら見えない深い落差が認められる。しかしその位相差をレヴィストロース(Claude Levi-Strauss, 哲学者人類学者2009年没)構造主義が解決するとの三題噺。早速ながらカツ丼筋を進めていこう。

K氏について本ブログで時折、紹介している。最近は(テポドンテンコテンコ、本年1月17日、ボロロ族の遺構発見さる、同1月6日)でその活動あるいは珍走ぶりを取り上げている。人となりになどご興味がある訪問者には、ブログ投稿日カレンダーから入ってください、ググってもページに入れます。

チャビなる犬を連れて散歩の途中、ちょくちょくと弊屋に立ち寄るのだが、このところ姿を見せなかった。本年8月、連日の猛暑が一休みした3日間の中日、18日土曜日の夕刻、犬散歩の道すがら、久方ぶりに訪れてきた。開口一番、
「働きだしたんで散歩の暇もなくなった」
なるほど、チャビ犬の普段にましての不満のウラには散歩、減ったその回数だったか。投稿子は鼻面のシワの具合でチャビの苦労を納得した。しかし、K氏は62歳で退職してすでに数年が経過している。初老とされる年代、その世代にして「働きグチ」が見つかるとは驚きだ。
「今の世の中、どこにいっても人手不足、職探しにハローワークを覗いたその日に決まった」
人手不足とは聞いている。求人倍数なる統計数字が新聞に出るが、東京では2倍を越す勢いが続いているとか。2倍とは、求職者一人に2の求人があるとの意味である。ほんの5年前、民主党政権時代には探しようにも一件も見つからなかった。就職難のあの政権とは様変わりだ。
「仕分けにパソコンデータ入力、外出、出張などの経費管理、ほかにも…..」
仕事中身を聞くと経理の下働き兼雑用全般。かつては簿記3級など資格を持つ方がさらなる資格向上をねらうためのキャリアプランの位置付けだった。多くは若い女子でいずれは経理で責任ある職を、目標にする女子だって引く手あまたで不足しているのだろう。
「一日5時間、週4回。この歳になったら週40時間プラス残業なんて社員仕事はこなせない。小遣い稼ぎで十分だし、家に居ないだけでも感謝されているよ」
「グワン」の吠えをチャビ犬が差し挟んだ。無駄話はさっさとやめて散歩の続きに出むとの催促である。K氏はその無駄を続ける。
「一つだけ困っている。それが昼飯なのだ」
同僚あるいは上司、といっても歳はK氏よりも2世代3世代若い。12時の鐘が合図で部屋に残るが3か4人、男同士が揃って室を出る。階段を下りて立ち出た街角は豊田の駅前、イオンの横といえばその場所も分かろう。
豊田は東京日野市の地名。発音はトヨダと濁る。地元民はトヨダァと濁りを強調するが、それがこの地の氏素性である。濁らない「トヨタ」は愛知県、輸送機械の好調さから財政の優良さは全国あまたの市町村でトップと聞く。
その「ダ」の方の名を冠する駅がJR中央線にある。駅近くにスーパーが建設されたのは3年の前。町並みにすっかりとけ込んでいるとか。投稿子の住まいは同じ市内といえども遠く離れるので、日野市にまれな商店街の活況さを想像できないけれど。

「何を食うかで意見が異なる。3人で出れば3人の好みが違う、4人となったらその好みの偏差がなおさらずれる。まとまらないのだ」
「この暑い盛りだろう、儂ならソウメンとかザル一枚で決まりだけれど」
「これを言っちゃなんだが、そりゃあ、あんたは仕事してないから、腹も減らないだけだよ。こっちは通勤の混雑でへたれてそれでも午前のうち、一切まとめなくてはならねぇ書類だ、資料の集めにパソコン叩き。そんな作業なら簡単と言うな、額に汗して邁進し、ともかく一束のデータはパワーポイント、手にしたとたんに腹が減る」
急に強気になったK氏、これも仕事のおかげ、アベノミクスのトリクルダウン効果か。チャビ犬の再度の催促「グワン」も気にとめず、
「降りたは道ばた狭い歩道、何を食うかと3人4人で打ち合わせる。焼きそば、天丼、親子丼、焼き魚定食なんかが若い人、皆から提案される。しかしこれが気に入らない」
「とは」
「カツ丼なのだ。断然に絶対、必ず毎日カツ丼だ。天丼屋、親子丼屋は願い下げだ、カツ丼を食うためにはトンカツ屋に入らなければならない」
確かに理屈だ。
しかしなぜ、かくもカツ丼にK氏は拘泥するのか。
彼の世代の生き様を知ることでその複雑感情が納得できる。K氏が10代、投稿子も同じ世代に属するからこの事情を推察しているのだが、その頃テレビで刑事モノが流行りだった。デカこと刑事とは捜査する。探りを入れるとも伝える。容疑者(ホシと呼んでいた)をしょっぴいて(逮捕して)、拘置所ならぬ代用監獄(警察署にある豚箱のこと)に拘束する、これがぶち込むとか聞いた。拘留期限の10日の間に供述させねばならない。これを尾籠ながら、ゲロを吐かせるともテレビで刑事が盛んに流していた。
しかしホシだって簡単には吐かない。「そりゃ私じゃあありませんよ」と否定する。10日目を前にした9日目の夕食、そこで出てくるのがこの言葉。
「おまえ、カツ丼でも食うか」
しかしホシは沈黙を続ける、己の足下に目を落としたまま。しかし肩がわずかに揺れる、カツ丼の言葉で感情に起伏が生まれた。デカの言葉が続いて、
「儂のおごりだ、特上大盛りを頼んでおいた」
左右の肩が上下に大きく、個別に揺れてホシがワアーと泣いて叫んで「刑事さん、すべて話します」供述が始まる。
必ずカツ丼だった、天丼親子丼は出てこない。これらは美味しいけれどありがたみという点では御利益が薄い。ましてウナ丼になったら現実味がない、ホシの供述とウナ丼との因果関係を、10代の投稿子(当時)を含め多くの視聴者はついていけない。
カツ丼こそあこがれだから、そのあこがれを食らうためには真っ当人生に戻らなければならない。ホシは肩の揺すれでその改悛の心情を表現したのだ。
身をよじれさせ揺るがせ、悪しき心を魂の不浄を清浄に変え、罪を善に導く。カツ丼は神聖な食い物なのだ。
投稿子らがかつて抱いたカツ丼信仰である。
K氏は同僚の3人に
「昼飯に、必ずカツ丼を提案する、カツ丼は自由の心を担保しているのだ」
自由と結びつけた。
K氏もカツ丼に特別な感情をもっていたのだ。好き嫌いを越える一種の信仰である、カツ丼を食って昼飯のさなかに自由を感じる。カツを歯と歯の間にして自由をかみしめる。それが神に近づく道のりだ、と念じているのだろう。
投稿子は考えた。「カツ丼と自由を紐付けするK氏の信仰とは」
「ワーン、ワワワーン」
またもチャビが吠えた。
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